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第三十四候 桐始結花

「もういい加減、始末したら?」と夫が言う。
 小さいながら念願の一戸建てを郊外に買った。
 引っ越しを秋に控えて、片付けを進めている。
 長年のアパート暮らしで荷物は少ない方だと思っていたのだが、いざ片付けを始めてみると、処分すべきか残すべきか迷ってばかりで捗らない。
 夫は、私の古い和箪笥を「捨てたらどうか」と言うのだ。
 確かにアンティークと呼ぶにはガタが来ている。抽斗(ひきだし)の底や、背板の一部がひび割れているし、表面は傷だらけだ。古道具…いや、ガラクタの類いだろう。
 新しい家にはクローゼットがある。造り付けの棚なども含めて収納スペースはかなり用意してあるから、確かに箪笥は必要ないのだ。
 箪笥は亡くなった祖母のもので、私が一人暮らしを始めるときに譲り受けた。
 子供の頃、父親や母親に叱られると祖父母の部屋に逃げ込んだ。逃げ込んだはいいが手持ち無沙汰だった私は、部屋の隅っこで、箪笥の取っ手をカタカタと鳴らしながら、ほとぼりが冷めるのを待った。
 今でも黒くて重たい半円形の取っ手を引っ張ると、あの頃と同じ音がする。そして、テレビの相撲中継や時代劇をを見ていた祖母の丸っこい背中を思い出す。

 箪笥の中身をすべて出して整理をする。
 ハンカチなどを詰め込んでいた小さい抽斗を引っ張り出した。
 かすかに音がする。乾いた紙がカサコソ鳴るような。
 よく見ると、抽斗の底が二重底になっていた。こんな仕組みになっていたとは、今まで気づかなかった。
 小刀の先を隙間に入れて、軽くこじると蓋が外れた。
 中には、「百円」とか「五拾円」とか書かれた古い紙幣が、何枚も丁寧に畳んで仕舞われていた。
 戦後まもなくのお金だろうか。
 お嫁に来たばかりだった祖母が、こっそり隠したへそくりかも知れない。
 祖母の茶目っ気たっぷりの笑顔を思い出しながら、お札を手に取った。
 その下に、黄ばんだ手紙があった。
「たえ様」と、拙い字で祖母の名前が書いてある。
 恋文?
「おばあちゃん、やるなぁ」と思わず呟く。
 いけないとは思ったのだが好奇心には勝てず、慎重に封筒から手紙を抜き出した。
「タッシャデスカ コメハアリマスカ」
 片仮名だけの手紙は、子供たちは元気なのか、舅姑にはよく尽くしているか、食べるものはあるかと、娘を案じている母親のものだった。
 祖母のお母さん、私の曾祖母の手紙だ。
 父の話では、祖母のお姑さんが厳しい人で、嫁である祖母を相当きつく仕込んだらしい。夫である祖父は結婚して間もなく、招集されて戦地へ送られた。幸い無事に帰ってきたが、夫が留守の間、祖母はほとんど孤立無援で耐えたのだろう。
 何枚ものお札は、曾祖母が手紙に添えたり、何かの折に娘にそっと握らせたりしたものではないか。
 手紙の最後には「イツ カエレマスカ」と書かれていた。

「和箪笥、やっぱり連れて行く」と宣言すると、夫は呆れながらも承知してくれた。
 日当りと風通しのいい場所に置こうと思う。




〜桐始結花(きり はじめて はなを むすぶ)〜


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桐の木に紫色の花が咲く頃です。
そして二十四節気は大暑。大いに暑い毎日が始まりますね。梅雨も明けました。
夏本番。
都会の学校や大学は夏休みが始まっている頃。
私が住む辺りでは、夏休みはごく短いのです。7月25日頃から8月のお盆過ぎまで。
以前は「稲刈り休み」(=秋の一週間ほどの休み)や「寒中休み」などがあったものですが、学校が週休二日の現在では、そんなおまけのような連休もなくなってしまいました。
働く親たちにとっては休みが取りづらくて迷惑だから、という理由もあるみたいです。
都会の子供たちは8月いっぱい夏休みだなんて、羨まし過ぎる…というよりは、そんな長い休みがあるなんて、お伽噺のようだと思っていました。
社会人になってからは、長い連休をほとんど取っていません。
忙しい仕事だからというよりは、一度そんなに休んでしまうと、二度と立ち上がれないような気がして怖い。。

桐の花は、ちょっと前まではよく見かけた気がします。
昔は女の子が生まれると桐を植えたのだとか。
生長が早く良い材になる桐は、女の子がお嫁に行くときに箪笥にして持たせてやったそうな。
そんな話を聞いてから、お庭に桐の花が咲くお宅を見かけると、娘さんが居るのかな、箪笥に間に合うかな、と思うようになりました。
ちなみに、作り話に出て来た和箪笥は実在しております。
私は祖父から譲り受けました。
東京大空襲を潜り抜けたとか抜けないとか。
あちこちガタが来ているのですが、抽斗の開け閉めはピタリと決まります。
なかなか手放せないでいます。

海の旬は、やはり鰻(…いや、養殖ウナギは「海」のものではないのかしらん)になるのでしょうか。7月20日に土用入りをしていますから、鰻屋さんは一番の書き入れ時のはず。
我が家のすぐ近くに、地元でもちょっと有名な鰻屋さんがあります。ものすご〜く美味しそうな匂いが、風に運ばれてきます。
…匂いだけで白いご飯を頂いています。。
でも、正確には鰻が一番美味しいのは冬らしいですね。
平賀源内が「土用の丑」という販促キャンペーンを張ったというのは有名なお話。
現代の節分の恵方巻きや、バレンタインデーのチョコレートなんかと同じですね。
山の旬は枝豆、ピーマンなどなど。

次回は7月28日「土潤溽暑」に更新します。


# by bowww | 2014-07-23 08:52 | 七十二候