木になるのだという恋人を、ぼくは結局、引きとめられなかった。
「どうして、木になんかなりたいの?」
なにか悩み事があれば一緒に考えるし、寂しいなら二度と一人にしたりしない。
君の話をもっとちゃんと聴く、悪いところは全部直すから。
「あなたに不満があるわけじゃなくて…」
困ったように笑って、恋人はぼくを抱きしめた。
ああ、もう決めてしまったんだと、彼女の腕の涼やかさに思い知らされる。
「生まれ変わってからでも遅くないのに…」
むだだと分かっていても、腕の中で駄々をこねる。
「来世なんて信じてないくせに」
耳元で弾ける笑い声に、ぼくはつい釣られてしまう。
滑らかな樹皮に、すんなりと伸びた枝。
一枚一枚、几帳面に整った葉が、良い匂いがする風に揺れる。
「綺麗な若葉だね。君らしい」
ぼくの声は聞こえているのだろうか。
ぼくのことを覚えているのだろうか。
幹に触れようとして、思いとどまる。
気やすく触れたら叱られそうだ。
翡翠色の木漏れ日に、ただ染まる。
さびしさも透きとほりけり若楓 永島靖子