春雨や(穀雨)

 まだ若いのに大した腕前だ、立派な跡継ぎだ。
 そんな世間の評判に、自惚れていたのだろうか。
 庭師は、大奥様の顔を一目見て、自分の失敗を悟りました。
 大奥様は「…あぁ」と小さく声を漏らすと、すぐにその声を引き戻すように口を閉じました。
 そして、いつもの穏やかな笑顔で、「ご苦労さまでした」と庭師を労いました。
 今のはきっと、溜め息だった。
「まぁまぁ!私の好きな花ばかりね。よく覚えていてくれたこと」
 大奥様は朗らかに言葉を続けます。
 でも、その言葉は庭師の耳には入りません。
 大奥様は自分の仕事にがっがりしたのです。
 何がいけなかったのだろう、難しい仕事ではなかったはずだ。
 庭師はそっと、花盛りに仕立て上げた庭を見回しました。

 お屋敷の若い主から依頼を受けたのは、冬の終わりのことでした。
 主の父親である大旦那様が亡くなってから、大奥様が鬱ぎがちだというのです。
「だから、離れの庭を賑やかにしてほしい」
 母親の気持ちを、少しでも明るくしてやりたいという思いやりなのでしょう。
 庭師は二つ返事で引き受けました。
 お屋敷には、父の代から出入りさせてもらっています。
 こぢんまりとした離れの庭も、大奥様の花の好みもよく知っています。
 一昨年の早春、一輪二輪と綻びかけた梅の花を嬉しそうに見上げるお二人の姿が、庭師には忘れられませんでした。
 春夏秋冬、花が絶えない明るい庭を拵えよう。
 庭師は張り切りました。
 紅梅白梅から始まって、沈丁花、臘梅、連翹が咲く頃には枝垂れ桜も、やがて八重桜に代わって、それから桃。雪柳は生け垣に使って、山吹も取り混ぜて、皐月が来れば一重の薔薇の季節に…。
 苗木の一本一本まで吟味して植えた花木たちは、庭師の思った通りに咲いてくれたのに。
 無数の砂糖菓子のような花桃を見つめる大奥様の横顔は、やはりどこか晴れません。

 庭師は考え込みました。
 父から厳しく仕込まれた庭造りの技は、どこに行っても喜ばれました。
 だからこそ、お屋敷での仕事も任されているのです。
 離れの庭も、依頼主である主には満足してもらえました。
 何が足りないのだろう。
 師匠でもある父は、彼に仕事を譲って気が緩んだのか、ここ数年はすっかり寝込みがちになっていました。自分の失敗で煩わせるわけにはいきません。
 庭師は縁側に腰掛け、ぼんやりと庭を眺めました。
 紺屋の白袴とはよく言ったもので、自分の家の庭は大して手も入れず、花木は野放途に枝を伸ばしています。
 今は八重の山吹が、黄金色の花枝を重たげに揺らしていました。
「少しは枝を詰めたらどうだ」
 いつの間にか、寝間着姿の父親が庭師の後ろに立っていました。
 今日は加減が良いようです。
「まったく、自分ん家はほったらかしときたもんだ」
「父さんだって同じだっただろ」
 ふふんと鼻先で笑うと、父親は庭師の隣にしゃがみ込みました。
 肩がすっかり薄くなったと、庭師は思いました。
「しかしあれだな、盛りの花は疲れるもんだな」
 満開の山吹に目を遣りながら、父親がぽつんと呟きました。
 庭師は、父親の顔を見返しました。
「力負けってやつかな。年取るとな、花の勢いに気圧されるんだよ。
 庭の仕事してて花に負けちまえば、おまんまの食い上げだよなぁ」
 からりとした笑い声を残して、父親は部屋に引き返しました。

 庭師は翌日、お屋敷に行って、離れの庭の造り直しを頼み込みました。
 花の木を数本残しただけの簡素な庭に、主は「殺風景過ぎる」と首をひねりました。
「大奥様、来年の春までお待ち下さい」
 熱心に頭を下げる庭師に、大奥様は優しく頷いてみせました。

 寒い冬が過ぎ、陽射しが和らぐ頃、離れの庭で紅梅が咲きました。
「今年も咲いてくれた」
 足元には福寿草。
 大奥様はほっと笑みを零しました。
 一週間ほど経つと、庭の隅に、緑の小さな芽がぴょこぴょこと顔を出しました。
 大奥様は毎朝、緑の芽の成長を楽しみに庭に立ちました。
 やがて、スイッと伸びた茎の先に、透き通った黄色の水仙が咲きました。
 気づけば小さな紫色の菫もあちこちに。
 あたたかい雨が降った翌日には、草花もぐっと色濃く鮮やかになります。
「ゆっくり、ゆっくりね」
 雨上がりの庭で、大奥様は深く息を吸い込みました。


  春雨や美しうなるものばかり 加賀千代女


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取り急ぎ、作り話更新。
もう既に、初夏の気配。
気温と気圧の変化が激しすぎて、春バテしそうです。。

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by bowww | 2018-04-20 22:25 | 作り話 | Comments(0)


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