春のスカート(春分)

「きぃちゃん、きぃちゃん…」
 おばあちゃんの部屋の前を通ったら、呼び止められた。
「ちょっと見てみてくれる?」
 部屋に入ると、おばあちゃんが箪笥の前で照れ笑いをしている。
 真っ黄色のタンポポみたいなスカートを履いて。
「どうしたの?そのスカート?」
「やっぱり派手かしらねぇ、そうよねぇ」
 思わず出た大きな声に、おばあちゃんはしゅん、と項垂れる。
 慌てて首を振った。
「違う違う、おばあちゃんがそんな明るい色の服を着るなんて、初めて見たから。
 いいじゃん、よく似合ってる」
 そう言うと、途端に笑顔が戻った。
 実際、すっかり銀色になった髪に鮮やかな色が映えて、なかなか素敵なのだ。
「なんだか、春のせいか、久しぶりにスカートを着てみたくなって。
 ほら、この前、きぃちゃんに洋服屋さんに連れて行ってもらったじゃない?
 あのお店で店員さんに選んでもらったの」
 大学の冬休みで実家に帰省したとき、少し元気がなかったおばあちゃんを外に連れ出した。
 ファストファッションの店で自分のニットを買ったついでに、おばあちゃんにも淡いピンクのカーディガンをプレゼントしたのだっけ。「こんな若い人が着るような服、おばあちゃんには似合わないわよ」と、仕舞い込んだままだけれど。
「そのスカートなら…ネイビーのカーディガンがいいかな」
「ネイビー?」
「紺色。おばあちゃん、持ってるでしょ」
 一緒に箪笥の中を覗いてみる。
 クルーネックのシンプルなカーディガンを引っ張り出し、おばあちゃんに着替えさせ、二人で鏡を覗き込む。
「ほら!素敵になった」
 おばあちゃんはとても嬉しそうに、スカートをふんわり摘まんで見せた。

「希衣子、ちょっとおばあちゃんの様子を見ててあげてよ」
 今度はキッチンで、母に呼び止められる。
「なんで?具合悪いの」
 去年の春、おじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんは暫く元気がなかった。
 それがこの一カ月ぐらい、なんだかソワソワしているようだ、と。
「元気ならいいじゃない」
「でも、もしも認知症だとか、何かの病気の前触れだといけないでしょ」
 春休みの間、お目付役になれという。
「どうせ暇でしょ?三食昼寝付きなんだし」
 短期のアルバイトでも入れようかと思っていたが、僅かずつとはいえ仕送りを頂いている身。たまには家の役に立つこともしないといけないだろう。
 それに、おばあちゃんと一緒に過ごせる時間も、そう多くは残ってはいないと思う。
「大丈夫だとは思うけど、おばあちゃん孝行しておくよ」
 母にはそう答えた。

 暖かく晴れた日曜日、おばあちゃんはいそいそとお出かけの支度を始めた。
「おばあちゃん、どこか行くの?」
 紺色のカーディガンに、タンポポ色のスカート。
「うん、ちょっと病院、とか…?」
 通院にしては、バッグも念入りに選んでいる。
「白いスニーカーを履くなら、ポシェットも白にしたら?」
「うんうん、そうね、そうするわ」
 私の方を振り返りもしない。
 どうやら、一人で出掛けたいらしい。
 おめかしして、どこへ行く気だろう。
「…お母さんの取り越し苦労だろうけど…」
 私はこっそり、おばあちゃんの後を付けることにした。

 黄色のスカートを風に揺らしながら、おばあちゃんはスタスタ歩いている。
 少なくとも、足腰は元気。
 運動不足だった私の方が、付いていくのにやっとという有様だ。
 駅の近くで、知り合いの奥さんとばったり会って挨拶している。ニコニコしながら顔の前で盛んに手を振っていた。
 きっとスカートを褒められたのだろう。
 さっき馴染みの八百屋さんの前を通りかかった時も、「奥さん、すっかり若返ったね!」と大きな声で言われて照れていた。
 そのまま、足取り軽く駅に入っていく。
 電車に乗るらしい。
 いつも行く病院なら、駅前からバスに乗る。
 いよいよ、どこへ向かうのか気になって仕方がない。
 上り線のホームのベンチに座るのを確認して、私も大急ぎで切符を買う。
 私がホームに着いたのと同時に、電車が滑り込んだ。

「なぁんだ…」
 おばあちゃんが降りた駅は、私もよく知っている場所だった。
 おじいちゃんのお墓まで、歩いて十分ぐらいだろうか。お彼岸も近いから、お墓参りに来たのだろう。
 おばあちゃんは、駅前の花屋さんで花束を買っている。
 私は花屋の向かい側にあるコンビニで、雑誌の立ち読みをしている風を装いながら、おばあちゃんを待った。
 もう一週間もすれば、家族や親しい親戚が集まって、皆でお墓参りに来る予定なのに。
 それとも一人で静かに、おじいちゃんを偲びたかったのだろうか。
 ちょっとしみじみとしていたら、おばあちゃんが花屋さんから出てきた。
「…でかっ!」
 思わず呟いた。
 おばあちゃんが、花束に埋もれてしまいそうだ。
 ミモザやスイートピー、フリージア、かすみ草などなど色とりどりの春の花を、ありったけ束ねたみたいな豪華な花束。
 お墓に供えるなら、菊の花数本でいいはずなのに、あの花束はどうしたことだろう。
 おばあちゃんは機嫌良く、墓地公園に向かって歩き出した。

 やはり行き先は、おじいちゃんのお墓だった。
 花を供え、枯れ葉や枯れ草などの小さなゴミを片付けてから、おばあちゃんは静かに手を合わせた。
 仲のいい二人だったから、おじいちゃんに先立たれて寂しい思いをしてるのだろう。心の中で、おじいちゃんと思い出話でもしているのだろうか。
「よっこいしょ」
 おばあちゃんは立ち上がって花束を抱え直し、再び歩き出した。
 よく見れば、おじいちゃんのお墓にはスイートピーが数本、供えられている。
 花束は一つではなく、大小二つあったのだ。
 じゃあ、あの大きな束は?
 首を傾げながら、おばあちゃんの後を追う。
 我が家のお墓から数十メートルほど奥まった場所で、おばあちゃんは足を止めた。
 少し古ぼけた墓石に、大きな花束を置く。
 手を合わせた後、おばあちゃんはスカートを、ふんわり摘んで見せた。

 大急ぎで先回りして家に戻り、おばあちゃんの帰りを待つ。
「ただいま」
 おばあちゃんを迎えに出ると、「はい」と包みを渡された。
 苺大福のお土産だ。
「ありがとう。
 おばあちゃん、どこへ行ってたの?」
「デート。内緒ね」
 おばあちゃんはにっこり笑った。
 
 おばあちゃんが立ち去った後、花束が置かれた古ぼけた墓石を確かめてみた。
 私の知らない男の人の名前。
 刻まれた享年は、今から五十年も前の日付だった。
 お茶を淹れて、お土産の苺大福を取り出す。
 白い餅に、苺の紅色がほんのり滲んでいる。


 
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数日前、まるで一カ月も先にようなポカポカ陽気だったのに…。
すっかり真冬に逆戻りしたような春分の日でした。
体が付いていきません。。
取り急ぎ、作り話だけ更新します。


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by bowww | 2018-03-21 22:11 | 作り話 | Comments(0)


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