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秋分 その2

【…前(の前)回からの続きです】

 二人暮らしだから大したことはないだろうと高をくくっていたのだが、引っ越すとなると想像以上の荷物になった。
 クローゼットの奥から、同じような柄のストールが何枚も出て来る。買った張本人である朝子(とうこ)は、「あれ?これはいつ買ったんだろ?」と首を傾げている。
 それを笑って見ていた僕も、本棚の奥から同じ本が二組、同じCDが一組出てきた。
 朝子は黙って、にやりと笑う。
 十年も暮らせば、いつの間にか荷物は増えていく。
 机の抽斗(ひきだし)をゴソゴソ片付けていた朝子が、「あ!」と声を上げた。
「これ、ずっと探していたペンダントトップ。落としちゃったんだって諦めてたの」
 雫の形をした紫水晶が、朝子の手のひらで転がる。
 そう言えば一昨年の夏だったか、「ないない」と大騒ぎをしていた。
「探しものは、忘れた頃にひょっこり現れるのです」
「出た!弘道さんの『今日のひとこと』」
 朝子は紫水晶を摘んで日に透かす。
「そういう理屈っぽいところは、お義父さんに似たのかも知れないよね」
 朝子の独り言に、僕は返す言葉がない。
 父の生前、朝子は一人暮らしの父を心配して月に一度は実家を訪ねていた。
 あんな無愛想な年寄りと居て何が楽しいのだろうかと不思議に思い、無理はしなくていいと言うと、
「大丈夫、弘道さんの情報収集を兼ねているんだから」
と笑って返された。
 朝子の方が父に詳しい。

 朝子の計画通り、リフォームが終わった実家に引っ越したのは僕の夏休みだった。
 近所への挨拶も終えて、まだ未開封の段ボール箱が幾つかあるものの、当面はなんとか暮らせるように片付いた。
 引っ越してくるまではエアコンを設置するかどうか迷っていたが、住んでしまえば風通しもよく、思っていたより涼しく過ごせる。
「クヌギが西日を大分遮ってくれるね」
 西向きのキッチンで夕飯の用意をしながら、朝子が窓の外を見た。
 エアコンもクヌギの伐採も、もう少し様子をみることにした。

 クヌギの管理をはじめ、庭を小ぎれいに保つにはこまめな手入れが必要だ。
 休みの朝は寝坊を諦め、草むしりや生け垣の枝払いをすることに決めた。
 朝子は虫が出る度に騒ぐので、結局は僕が一人で片付けることになる。
 九月の終わりにもなると、朝夕の空気がしんと澄み始める。朝露に湿った土の匂いを、そう言えば長いこと忘れていた。
 今日のうちに、花が終わった朝顔や白粉花を片付けてしまおうと黙々と手を動かしていると、生け垣の向こうから声を掛けられた。
「おはようございます、お休みの日に申し訳ありません」
 顔を上げると、僕と同年代の女性がぺこりと頭を下げた。
 小学生らしき男の子も、慌ててお辞儀する。
 見慣れない親子連れだ。
「あの…突然で大変申し訳ないのですが…」
 母親が子供の背中を、「ほら」とそっと押す。
「…ドングリください!」
 男の子は真っ赤な顔をして声を張り上げた。
 母親が続けて説明してくれる。
「実は一昨年、こちらのおじいさまにお庭のドングリを頂いたんです。
 お家の裏側が、この子たちの通学路になっていて…」
 一昨年の秋、男の子が道で転んで膝小僧を擦りむいたところに、父が居合わせたらしい。泣きべそをかく男の子を慰め、傷の手当てをしてからドングリをお土産に持たせたそうだ。
「おじいちゃんが、土に埋めておくと芽が出て、ドングリの木になるよって教えてくれたの」
「それでこの子、鉢に植えて大切に面倒みていたんですけど、せっかく出た芽が去年の夏の暑さで枯れてしまったんです」
 もう一度、ドングリを分けてもらおうと親子で訪ねたが、既に家は無人になっていた。
「ご近所の方におじいさまが亡くなったと聞いて、二重にショックだったみたいで…。
 それが最近、またお家に明かりが灯ったので、もしかしたら…と思って失礼を承知で伺いました」
 僕は二人を裏庭に案内した。
「ほら、この中にドングリが入っているんだよ」
 枝に、モコモコの帽子を冠った緑のドングリが幾つもついている。
「まだちょっと早いね、もう少ししたら茶色に熟して落ちてくるから、また取りにおいでよ」
 男の子は目を丸くして枝を見上げる。仰向けた顔に、木漏れ日がチラチラと踊る。
 それを見て、僕は唐突に思い出した。
 そう、僕のドングリの木だ。
 また来ます、と嬉しそうに帰って行く親子を見送ってから、僕は木の根元にしゃがみ込んだ。
「思い出した?」
 いつの間にか、朝子が後ろに立っていた。

  弘道さんが保育園のときにね、親子遠足があったんだって。
  お義父さん、なんとか行くつもりでいたんだけど、担当の地区で大きな交通事故があって、行けなくなっちゃったんだって。
  その日の夜に帰ったみたら、もうあなたは寝ていて、枕元にドングリがたくさん転がっていたんだって。
  お母さんに聞くと、「お父さんへのお土産ですってよ」と言うから、捨てられなくなっちゃったんだって。
  それで仕方がないから幾つか鉢植えにして、芽が出たのを選んで盆栽仕立てにして、単身赴任の時も連れて行ったんだって。
  この家を建てたのも、ドングリの苗を地面に下ろしてやりたい気持ちもあったんだって。
  「とんでもない大きな土産になっちまったなぁ…」って。
  お義父さん、笑ってたよ。

 根元には何本ものひこばえが生えていて、一丁前に葉を震わせている。
「探しものは、忘れた頃にひょっこり現れるのです」
 朝子がおどけて言う。
 そのままの調子で、
「あのですね、私の方の探しものも、ひょっこり現れたようなのです」
 振り返ると、朝子がお腹に手を当てて笑っていた。
「…じゃあ、猫はお預けかな」
「弘道さんが頑張って、まとめて面倒みてくれれば良いと思います」
 僕は思わず吹き出した。
 クヌギの向こうの空が高い。

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なんとか滑り込みで9月のうちに更新…。
作り話の結末をどうしようか、あれこれ考え込んでしまって。
色々な形の幸せがあるものなぁ…。
いたずらに長くなってしまいました。
反省。

昨年、ドングリの話を書いたのは11月でした。
今はまだ、緑色のドングリです。
もう少ししたら、まん丸のクヌギ坊やに会いに行こうと思っています。


次回は10月8日「寒露」に更新します。


by bowww | 2015-09-30 23:53 | 作り話


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