あの頃と同じだな。
僕よりほんの少し、一呼吸分、先を歩く彼女の肩を横目でちらりと窺う。 高校生の頃より、だいぶ肩が薄くなった。後ろ姿がすっきりときれいになった。 そう言うと、彼女は振り返ってからかうように笑った。 「そんなことも言えるようになったんだね」 「ま、それなりに経験積んだからね」 あの頃、もっと軽やかに言葉が出ていたら、彼女との関係も変わっていただろうか。 もう一軒、付き合わない? さらりと言えばいいものを、肝心なところで言葉は僕の喉にひっかかる。 高校生の頃から大して成長してないじゃないか。 「まだ時間ある?お茶でも飲んでいこうか」 彼女が言った。 僕はコートの袖をちょっとめくり、腕時計を見て、「うん…大丈夫そう」と答える。 彼女はまた笑った。 「そういうところは、相変わらずね」 「どんなところ?」 「独特なテンポ。小さな時間稼ぎをするの」 返す言葉を探しているうちに、駅に着いた。 高校を卒業して二十年、初めて同窓会に出席した。 仲が良かった奴らとは数年に一度は会って飲んでいたし、懐かしい先生も特にいないから今まで出席したことがなかったのだ。 二十年の節目だからという訳でもないが、案内はがきの幹事の欄に、彼女の名前を見つけて出る気になった。 彼女の名字の後に(旧姓・○○)とある。 僕自身は六年前に結婚して、子供も二人いる。彼女も結婚したということが分かったから、行く気になったのかも知れない。 お互いに安全圏に入ったのなら、気兼ねなく挨拶できるだろう。 彼女とは三年間、同じクラスだった。 二年生のとき、彼女から告白された。 それまでは特に意識したこともなかったのに、僕の前で真っ赤になって話す彼女を見て、初めて可愛いと思った。 目立つような美人ではないけれど、笑顔がいい。彼女が笑うと、こちらまで幸せな気持ちになる。 しっかり者で明るく、同級生たちから信頼されていた。 僕はどちらかというと教室の隅にいるタイプの生徒で、決して明るくはなかった。 ただ、顔立ちが何とかいう俳優に似ているそうで、話したこともない後輩の女子数人から、誕生日やクリスマスにプレゼントをもらったことがあった。 それは僕の気を良くしたけれど、実際のところは、容姿にしても性格にしても成績にしてもコンプレックスの塊だったから、素直に喜べなかった。 彼女に、僕のどこが気に入ったのか聞いてみたことがある。 彼女は「顔」と即答した。 「いつもかっこいいなぁ、て思ってたの。で、もっと笑わせてみたくなったんだ」 照れもせずに言い切った彼女は、ニッと笑った。 僕たちは放課後、近くの公園で待ち合わせた。 大概、僕が彼女を待った。 彼女は足早にやって来ると、決まってホッとしたように笑う。 僕はその瞬間が好きだったから、彼女を待っていたのだと思う。 並んで歩くのは照れくさい。 でも、お互いに部活や塾で忙しくて、二人で過ごす時間が貴重だったから気にしていられなかった。 彼女はいつもほんのちょっと前を歩く。何か話すときは、少し振り返るようにして僕を見上げる。 二人で居ると、ほとんど彼女が喋っていた。 本当は何か気の利いた返事をしたかったのだが、考えているうちにタイミングを逃してしまう。 考えているうちに上の空になって、彼女によく叱られた。 付き合い始めて半年たった頃だと思う。 昼過ぎにちらつき始めた雪が、夕方になって本降りになった。 いつもの帰り道は白く染まり、街路灯や通り過ぎる車のライトに照らされた雪が青白く光る。 見慣れない景色に、二人ともはしゃいでいた。 彼女が傘を忘れたから、相合い傘で雪道を歩いた。 二人の歩幅が揃って肩が並ぶ。 今だったら手を繋げるのに、あいにく僕の右手は傘でふさがっている。 密かに溜め息をついた。息が白い。 傘の中が急に静かになる。 彼女は左手の手袋を外すと、僕の右手に重ねた。 「冷たくなっちゃったね」 僕はなんて答えたのか、思い出せない。 同窓会は盛況だった。 僕が彼女を見つけるより早く、彼女が僕の名前を呼んだ。 彼女は会場を回って世話を焼いていた。 人垣の向こうで、あの笑顔で手を振っていた。 目尻に少し、皺が増えただろうか。 それでもほとんど変わっていない。むしろきれいになった。 同窓会がお開きになるまで、彼女と話す機会はなかった。 挨拶できただけ良かったと帰ろうとすると、彼女が後を追ってきたのだった。 駅ビルの喫茶店で向かい合ってコーヒーを飲む。 とりとめなく互いの近況を報告する。 彼女は一昨年結婚して、男の子のママになったと言う。 「高齢出産だったから、大変。産むより育てるのが体力勝負なのよね」 そう言う彼女は幸せそうで、心から良かったと思う。 会話が途切れ、窓の外を眺める。 雪が降り出した。 「相変わらず男前だったから良かった。お腹出ていたらがっかりだなって思ってたの」 「中身も相変わらず、なんだろ?」 コーヒーカップを手に、彼女はくつくつと笑う。 「いっつも私に決めさせるんだもん。告白したのも私だし、デートで行く映画も、食事の場所も、私が決めたもんね」 「俺が口出す暇がなかったじゃん」 「おしまいも、私に決めさせたよね」 あの雪の日の後、なんとなく気まずくなって、うやむやになっていった。 彼女がきっぱりと、「もう、おしまいにしよう」と宣言してくれたとき、寂しさと同時に開放感も感じたことを思い出す。 「…ずるいな、俺」 「そ。ずるかったね」 雪がみるみる景色を染めていく。 改札口を抜けようとすると、彼女が立ち止まった。 「私の電車はもう少し後だから、見送ってあげる」 僕は、「じゃあ」と手を振って改札を抜けた。 振り向くと、彼女が立っていた。 笑顔が一瞬、泣きそうに歪む。 僕の足が止まる。 今度は、僕が決める番だ。 〜款冬華(ふきの はなさく)〜 二十四節気は大寒、寒さの底です。 款冬は蕗の花、フキノトウが顔を出す頃ということですが、実際のところはまだまだですね。 私の住む辺り、今年はまだ大雪にはなっていません。 このまま春になってほしいけれど…そうは上手くいかないだろうなぁ。 海の旬は、ブリ(一度は食べてみたい美味しい鰤しゃぶ)などなど。 山の旬は、百合根、蜜柑などなど。 次回は1月25日「水沢腹堅」に更新します。
by bowww
| 2015-01-20 09:04
| 七十二候
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