第六十八候 水泉動

 ビルの間を吹き抜ける風が冷たい。
 手袋を持ってくれば良かった。
 私はコートのポケットに手を突っ込み、首をすくめた。
 クリスマスや正月が終わり、街はどこか、間が抜けたような顔をしている。
 冬の午後はすぐに暗くなる。自分の影が長く伸びるのを見れば気が焦る。
「…別に急ぐこともないか」
 夫は帰りが遅い。
 一昨年、社会人になった娘も、今夜は残業になりそうだと言っていた。
 私一人なら、夕飯の準備も必要ない。冷蔵庫の中にあるもので済ませておく。
 足取りを緩めたとき、小さな画廊の「春の小品展」という看板が目についた。
 春という言葉に誘われ、画廊の中をガラス戸越しに覗き見れば、数人の客が作品を眺めていた。
 これだけ人が居れば、私一人にうるさく購入を勧めたりはしないだろう。
 私は気まぐれに足を踏み入れた。
 綺麗なものを見てみたくなった。

 店内は暖かく、ジャズが低く流れていた。
 私はほっと息をついて、ポケットから手を出す。
 画廊の女性スタッフに会釈をして、ゆっくりと作品と作品の間を巡った。
 個展ではなく、数人の作家の作品を集めた展示らしい。「春」にちなんだ作品も多い。ほころびかけた梅をさらりと描いた水墨画や、花瓶から溢れるように咲くミモザの花の水彩画、淡い桜色が滲む茶碗は萩焼だろうか。
 美術に詳しくない私でも、見ているだけで気持ちが浮き立ってくる。
「退屈」
 いきなり背後で声がした。
 びっくりして振り返ると、ぞろりと長い黒いコートを着て、ステッキをついた老人が立っていた。
 枯れ枝のような体にコートが重そうだ。
 驚いた私の顔を見て、にやりと笑うともう一度、
「退屈」
と言い放った。
 かなり大きな声だったのに、ほかの人たちはこちらを見向きもしない。
 係わり合いになるのが嫌で、見ないふりをしているのだろう。
 私も無視して、次の作品(芽吹いたばかりの森を描いた風景画)の前に移動した。
 ところが、老人は私と歩調を合わせてついてくる。
「…のっぺりした絵だな、深みがまるでない」
 これまた遠慮なく言い出すので、私の方が慌ててしまう。
 少しでも老人と距離を置きたくて、わざと数作品飛ばして、ガラスの器のコーナーに移った。
 繊細なカッティングが施されたグラスや皿が、光を反射して美しい。
「実用性ゼロだ。工芸品は使ってみたいと思わせなきゃ無意味だ」
 このおじいさん、あちこちの画廊を徘徊して文句をつけるクレーマーなんだろうか。
 私は腹に据えかねて老人を睨みつけた。
 相手は益々、上機嫌だ。
「もっと面白い作品が向こうにあるぞ」
 そう言って、ステッキで「向こう」を指し示した。
「案内するぞ」
 もちろん、私は小さく「結構です」と答えて、逆方向に歩き出した。
 さすがに老人もついては来なかったが、一通り見て回ると、彼の言葉が気になった。
 ちらっとだけ見て帰ろうと、展示スペースが区切られ、小部屋のようになった場所に向かった。

【次回に続きます…】   


〜水泉動(しみず あたたかを ふくむ)〜


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寒さの最中です。
ここ連日、朝は氷点下5℃ぐらいまで冷え込んでいます。結露した窓に、氷の華が咲きます。
それでも、地中の水は僅かに温かさを含んで動き出す季節。
確かに夕方、日が長くなってきたと実感できます。
本当に冬至が過ぎると違うものだなぁ。
このまま、どうか大雪が降らずに春を迎えられますように。

海の旬は、シジミ(…は、淡水に棲むんですよね?海ではないですね)などなど。
山の旬は、ブロッコリーなどなど。
ブロッコリーの旬は冬なんですね。年間通じてあるから知らなかったです。
お弁当の緑で大活躍。
あのこんもりした部分は、小さな蕾が集結したものなんですよね。
何千もの蕾を惜しげもなく食べてしまっている、と思うと、なんとなく罪深い気持ちにならなくもない…。

11日は鏡開き。お正月に供えたお餅を「お下がり」として頂く日。
以前は、私が勤めている会社でも大きな大きな鏡餅を飾りました。
黴びてカピカピになった餅を、総務のお姉さんがカチ割って、ほぼ一日かけて揚げてくれたものです。
出来たてのアラレ、美味しかった。
今では、時間的にも人の気持ちにも、そんな余裕がなくなってしまいました。
…と、会社の歴史を語れるぐらいは、年を重ねたということですね。
媼の昔語り…。


次回は1月15日「雉始鳴」に更新します。





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by bowww | 2015-01-10 10:00 | 七十二候 | Comments(0)


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