ああ、また今日も…。
ご近所の吉岡さんは、いつも何かに怒っている。 面倒見がよくて働き者で、正義感が強い。強すぎる。 よく見ればなかなかの器量良しだと思うのだが、周りの人は吉岡さんの容姿など気にしてはいない。 怒られないように、そっと遠巻きに見ている。 「悪い人じゃないんだけどねぇ…」 この辺りの人たちは、何かしら、吉岡さんに助けてもらっている。風で飛んだ洗濯物を届けてもらったり、雪かきを手伝ってもらったり。 そして、その倍、叱られている。「ゴミの出し方が悪い」とか、「車の停め方が邪魔だ」とか。 吉岡さんは、私の店に一日おきにパンを買いに来てくれる。大切なお客さまだ。 ガラガラと戸を開けて足音高く入って来る。店内をぐるっと見回してから、カレーパンとアップルパイをトレイに乗せた。 レジにドンッと音を立てて置く。 「あと、食パン一斤も。いつも通りにスライスお願いします」 仕草はやや荒っぽいが、言葉遣いは丁寧だ。 どうやら、うちの店に腹を立てているのではないらしい(以前、既に何度か叱られている)。 「だいぶ寒くなりましたね」と挨拶すると、 「まったくね。今年は夏が短くて、秋だってろくになかったようなものじゃない?寒くなるのが早すぎるわよ」 そうか、今日は空模様に腹が立つのか。 なんとなく背中を見送る。 細い肩は、いつもピンと張っている。 「いつでも親の敵を探してる感じよね」と、私の母がため息混じりに言った。 「旦那さんが早くに亡くなったでしょ、それから女手一つでお子さんを二人育て上げたんだもん。しっかり者になるのは当たり前なんだけどねぇ…」 「それでも、言ってることは間違ってないよね」 「それだから、叱られた方はぐうの音も出なくなるでしょ?正論で攻められちゃ、逃げ場ないじゃない」 なるほど、母が言うのももっともだ。 吉岡さんの娘さんも息子さんも、結婚してからあまり実家に寄らないようだ。 ああいうお母さんとだと、気詰まりなのかも知れない。 そう思うと、吉岡さんがちょっと気の毒になる。 あれ? 吉岡さんがサーモンピンクのマフラーをしている。 いつも黒や灰色の地味な服装なのに。 「吉岡さん、とてもお似合いです、そのマフラー。素敵ですね」 「お世辞は嫌いよ」 返事は相変わらず愛想もこそもないが、口元がちょっとだけ緩んでいる。 お世辞なんかではなく、本当に驚いたのだ。 吉岡さんの肌の白さが際立つし、何よりも表情がとても柔らかく見える。 私が本気で感心しているのを見て取ると、吉岡さんは照れ隠しのように、 「アップルパイ、林檎の量が減ったんじゃないの?ちゃんと紅玉を使ってるんでしょうね?」と文句を言い出した。 そのくせ、今日はアップルパイを二つ買って行った。 「吉岡さんに褒められちゃった」 常連の山口さんが、目を丸くして店に入って来た。 山口さんは吉岡さんの隣に住んでいる。 「ほら、うちは子供たちがまだ小さいでしょ?あまり騒々しいと叱られるから、いつも息を潜めるように暮らしてるわけ」 それはお気の毒だ。 「ま、子供たちがうるさいと怒られたことはないんだけどね。そのかわり、挨拶ができないと容赦なく叱るの」 筋は通っている。 「今朝、子供たちが学校へ行く前に玄関先を掃除していたら、吉岡さんが『偉いわね、ちゃんとお手伝いできるようになったのね』って…。 それもニッコリと! もう、子供たちも私も、『この人、笑えるんだ』ってびっくりしちゃったわよ」 雪が降らなきゃいいけどね、と笑いながら山口さんは帰って行った。 吉岡さんが四日間、店に顔を出していない。 いつも判で押したように定期的にパンを買いに来るのに。 どうしたのだろうと、少し心配になってくる。 店が終わったら様子を見に行こうかと思ったとき、初老の男性が戸を開けた。 「いらっしゃいませ」 グレーのフランネルのジャケットに、デニムシャツ。眼鏡が似合う、なかなかダンディな男性だ。 小さなピンクの花束を、恥ずかしそうに、でも大切そうに持っていた。 「あの…アップルパイを二つ…。それと、えぇと…食パンを」 あれ? パンを包みながら閃いた。 「もしかして、吉岡さんの…お知り合いです?」 男性はパッと顔を赤らめた。 「…はい。こちらのパンが美味しいからとリクエストされまして…」 どうやら、風邪をひいて寝込んだ吉岡さんのお見舞いに行く途中らしい。 そうかそうか、そういうわけだったのか。 私はクリームパンを二つ、袋に入れた。 「これは私からのお見舞いです。お大事に、とお伝えください」 男性は片手に花束、片手にパンが詰まった袋をぶら下げて出て行った。 遠ざかる広い背中の隣に、吉岡さんの後ろ姿を並べてみる。 歩道に落ちる陽射しが柔らかい。 〜金盞香(きんせんか さく)〜 金盞は水仙のことだそうです。 昔、中国で水仙の花の黄色の部分を金色の杯(金盞)、周りの白い花弁を銀台に見立てたから、とあります。 水仙、私のイメージでは早春の花なのですが、確かに年末からお正月にかけてお花屋さんに並びますね。 だいぶ寒くなりました。 小春日和が嬉しい季節です。 小春日和、ヨーロッパでは「老婦人の夏」と呼ぶそうです(厳密には、9月末から10月初めの頃の季節感のようですが)。 一説によると、この頃に蜘蛛の糸が銀色に輝く様が、マダムの銀髪を連想させるからだとか。 アメリカではインディアン・サマー。 外国でも日本でも、厳しい冬が来る前のご褒美みたいな時間なのだな、と思います。 海の旬は甘鯛(関西でよく食べられる魚ですね。美味しいですよね)などなど。 山の旬はレンコン、カリフラワーなどなど。 母が漬けてくれたカリン(マルメロ)の蜂蜜漬けが、そろそろ飲み頃です。 蜂蜜の中で、カリンが黒っぽく萎れてきました。 今年はたっぷり漬けたので、冬の間は安心です。 咳っぽい時にはぴったり。 小さなお子さんにも安心して飲ませてあげられますよね。 まだ風邪をひいていないけれど、味見したいなぁ…と思っています。 次回は11月22日「虹蔵不見」に更新します。
by bowww
| 2014-11-17 10:05
| 七十二候
|
カテゴリ
以前の記事
2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 フォロー中のブログ
エキサイトブログ向上委員会 日記のような写真を toriko がらくーた** もの言う猫 穏やかな、日々の暮らし 赤煉瓦洋館の雅茶子 たなぼた 日記のような写真を2 もの書く猫 お布団小僧と僕のこと 『住みこなし』にチャレンジ メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||