フルムーン旅行、とでもいうのだろうか。
男は電車に揺られながら思う。 下の娘が先月、嫁に行った。上の二人の息子たちも、それぞれ家庭を構えている。 これでようやく、子供たちを無事に育て上げたと胸を張れる。 妻と二人だけで旅行は新婚旅行以来だった。 男の仕事は忙しく、家のことは妻に任せきりだった。 定年まで残すところ数年となり、娘を嫁がせ、やっと気持ちに余裕ができた。 ローカル線に乗って、紅葉や温泉、新蕎麦を楽しむ旅。 妻をねぎらうつもりで、秋が深まる信州へ連れ出した。 あいにくの小雨模様だったが、妻は窓の外を流れる田園風景に目を細めていた。 娘が買ってくれたという深いワイン色のスカーフが、顔に映えていつもより若々しく見える。 男は向かいの席から妻を観察した。 確かに皺が増えた。白髪もある。だが、顎の辺りは年齢の割にはすっきりしていて、横顔は若い頃とそう変わりがないように思う。 二人っきりで電車で向かい合っていても、特に話すことはない。 何十年も夫婦でいれば、こんなものだろうと男は思う。 妻がチョコレートを差し出した。男は黙って一つ摘む。 昔はよく、家族で旅行へ出掛けた。子供が騒がしいと男の機嫌が途端に悪くなる。だから子供たちがむずかると、妻は小さな鞄から玩具やら駄菓子やらを次から次へと取り出してなだめていた。 あんな小さな鞄に、どうやってあれこれ詰め込んでいたのだろうと、男はふと思い出す。 電車はゆっくりと北へ向かっている。 戸隠に着くと雨は上がり、薄日が射してきた。 まずは腹ごしらえに蕎麦を食べてから、戸隠神社へ行く。 随神門から奥社へ向かう参道は、杉の巨木が連なる並木になっている。昼も小暗く空気はしんと冷たい。 男と並んで歩いていた妻が、「ここは変わらないわね」と呟いた。 「お前、来たことあったっけ?」 男が気なしに問うと、妻は一瞬、言葉に詰まった。 「…そう。娘時代にね」 参道が急に険しくなり、男の注意は足元へ逸れた。 会話はそこで途切れた。 宿は山間の温泉旅館だった。 チェックインを早めにして、夕飯の前にそれぞれひと風呂浴びる。 男は妻よりも先に部屋に戻り、窓辺のテーブルでビールを空けた。 雨上がりの空気は澄み渡り、沈む直前の太陽の光が目の前の山肌を照らす。 金や黄、ところどころに深紅。もうすぐ冬を迎える木々が、ありったけの色を絞り出して豪奢に峰々を染め上げる。 日が沈む。 妻が戻って来た。 「もう少し早ければ、山がきれいだったのに」と男が言うと、 「私はお風呂から見ていたわ」と答えた。 浴衣を着た洗い髪の妻は、ほんのり上気している。 「…あら、あそこも紅葉してるのね」 庭が途切れる辺りに、枯れかけた松の老木があった。 蔦がぎりぎりと巻き付き、葉が滴るような赤色に染まっている。光を失ってひたひたと藍色に沈んでいく景色の中で、そこだけが暮れ残っていた。 男は残っていたビールを妻に注いでやった。 妻は苦そうに飲み干した。 夕飯まで、まだ少し間がある。 手持ち無沙汰になった男は、部屋に備え付けてあるテレビをつけた。 夕飯の後、男はもう一度、風呂に行った。妻は面倒だからと部屋に残った。 浴場まで行ってタオルを忘れたことに気がつき、男が部屋に戻った。 部屋の前まで行くと、妻の声が漏れ聞こえた。誰かと電話で話しているらしい。 「…そうなの。あの参道。あなた、途中で息が切れちゃって…」 妻がくつくつと笑う。声が甘い。 「…うん、また一緒に…。今度はどこ…」 男は部屋の襖を開ける。 窓際の椅子に座っていた妻は、ゆっくりと電話を切って男を見た。 真っ暗な窓の向こうに、見えないはずの蔦紅葉が見えた。 この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉 三橋鷹女 〜楓蔦黄(もみじ つた きばむ)〜 今年は紅葉が綺麗だね、と周りの人と言い合っています。 朝晩の冷え込みがきつかったせいでしょうか。 イチョウもカエデも庭のドウダンツツジも、色がパキッと冴えています。 カラマツの黄葉も好きです。 カラマツ林のある山全体が金色に染まり、まるで日向ぼっこをしているように見えます。 この色とりどりが散ってしまうと、寒い寒い冬が来ます。 あああぁ…年末の仕事の追い込みだとか、年賀状だとか、大掃除だとか。。 11月になると、「んぎゃあ…!」と叫びながら逃げ出したくなります。 一晩寝て覚めたら、なにもかも終わっていてお正月になっていればいいのに…。 海の旬はカジキ、ボラ(カラスミを、ふりかけ状ではなくてしっかり切り身で食べてみたい、という夢があります)などなど。 山の旬はニンジンなどなど。 林檎の季節です。 先日、栗原はるみさんがタルトタタンを作っている様子をテレビで見てから(2年前の番組の再放送でした)、ずっとタルトタタンが食べたくて仕方がありません。 美味しいアップルパイでも可。 パン屋さんのアップルパイも好きです。 仕方がないので、100%のりんごジュースを買って来て、電子レンジでチンして飲んでいます。 ホットりんごジュース。 酸味が和らいで甘みが増して、美味しいのです。 クローブやスターアニス、生姜なんかを入れて風味をつけても。 喉と鼻の奥に、風邪の気配が…なんて時に飲むと、体が温まります。 次回は11月7日「山茶始開」に更新します。 ※どういうわけか、自分のスマホからはこの記事の写真が見られなくて…。 パソコンではきちんと見られるんですけれど…。 念のため、もう一度アップしてみます。
by bowww
| 2014-11-02 10:10
| 七十二候
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