第五十三候 霎時施

 冷たい雨が降っている。
 朝の冷え込みは和らいだものの、今日はこのまま、気温が上がらないらしい。
 クローゼットの奥から、白いニットのカーディガンを引っ張り出す。
 思い直して、カナリアンイエローのニットに着替える。
 こんな空模様の日は、少しでも明るい色を着ないと顔色も気持ちも沈む。
 私を可愛がってくれた伯母に、昔から「本当にお前は地味な格好ばかりで…」と、よく呆れられた。
 自宅で洋裁の教室を開いていた伯母は、上等な生地を買い込んでは自分のスーツやワンピースを仕立てていた。
 お気に入りの姪である私にも誂えてくれるのだが、如何せん、趣味が合わない。
 華やかなパステルカラーやフリル、リボン、金ボタン。
 私の好みからすると、どこか必ず飾りが多い。
 服を作ってもらうのも、買ってもらうのも、だからちょっとだけ憂鬱だったものだ。
 今になれば懐かしい。
 今日は伯母の見舞いに行く。
 たぶん、今日が最後になるだろう。

 伯母は賑やかな場所が好きで、人を招いて振る舞うのが趣味だった。
「人生なんてケセラセラよ」と、よく笑ってたくさん食べた。
 大柄な体型に、ピーコックブルーやフィーシャピンクの服がよく映えた。
 その伯母が入退院を繰り返し、会う度に小さくなっていった。
 人に会うのを嫌がり、愚痴が多くなった。献身的に世話を焼く夫にも悪態をついた。
 もっとも、伯父へ文句を言うのは元気な頃からの習慣だったから、口が達者なのは変わりがないと言える。
 衰えていく伯母を見るとのはつらかったが、会わずにいればきっと後悔する。
 感謝の気持ちを伝えたくても、「ありがとう」と言えばそれが最後になるような気がして、なかなか口に出せなかった。

 伯母はほとんどの時間を、病室で眠って過ごしているらしい。
 枕の上の伯母の顔は、水に晒したように白々としていた。
 二十年以上前に亡くなった祖母に、やっぱりよく似ている。
 細く細くなった手を、そっと握る。
 目を開けて、私を見つめようとする。でも、焦点を合わせることさえ億劫なのか、再び瞼が閉じる。
 代わりに、私の名前を呟く。
「うん、来たよ」
 伯父が、伯母の耳元に口を寄せて、喉が渇かないか、寒くはないかと声を掛ける。
 伯母はうるさそうに首を振った。
 もう一度、私の名前を呼んだ。
 私が近寄ると、目を閉じたまま、
「…きれいな色のセーター。あんたは美人なんだから、もっとそういう色、着なさい」と言った。
 そして、僅かに微笑んだ。
「ありがとう。おばちゃん、いっぱいありがとうね」
 伯母は小さく頷いてくれた。

 病院を出ると雨は上がっていた。
 水たまりが鈍色に光る。
 私を守ってくれた人たちは、順繰りに彼岸へ旅立って行く。
 暖かい毛布を、一枚、また一枚と剥がされていく気持ちがする。
 水たまりを覗くと、呑気な黄色のニットが映った。
 お別れを言う時間を与えてくれた伯母に敬意を表して、ストロベリーアイスのような色のマフラーを買おうと思う。
 
 

〜霎時施(こさめ ときどき ふる)〜


b0314743_01283414.jpg


雨が降る度に秋が深まります。
「霎」で「こさめ」と読むのですね。
陰暦10月の異称は「時雨月」。
秋から冬にかけて、一時的に降ったり止んだりする雨(時に雪も)のことを、時雨というそうです。
   神無月降りみ降らずみ定めなき時雨ぞ冬のはじめなりけり   詠み人知らず(「後撰集」)
インターネットって便利だなぁと思うのは、「確かこんな言葉を使った歌や句があったはず…」という不確かな記憶の断片を打ち込むだけで、いとも容易く、その作品を手繰り寄せてくれる時です。
「降りみ降らずみ」がキーワードでした。
水たまりのことは「にわたずみ(潦)」と呼ぶらしいということも、不意に思い出しました。
これまたネットで確認したりして。
私の記憶の倉庫はとっても乱雑なので、なにが何処に仕舞われているか、本人にも見当がつきません。
探し物は、まず見つかりません。
昔々に仕舞っておいた言葉が、脈絡もなく転がり出てきます。
役立たずな倉庫です。

海の旬は、ノドグロ(日本海側の超高級魚なんですね。どんな味でしょうか)などなど。
山の旬は、サツマイモ、長芋などなど。
近くに長芋の産地があります。
長芋の蔓や葉も、なかなか見事に黄葉するのです。この葉が枯れる頃、芋が太って収穫の季節を迎えます。
長芋、すり鉢ですってとろろ汁にするのも美味しいけれど、私はみじん切りにして出汁を加えて伸ばしたものの方が好きです。歯ごたえが残るので。
短冊に切って海苔をまぶし、わさび醤油で食べるのも好きです。

次回は11月2日「楓蔦黄」に更新します。

エキサイトブログさん、今日はこれからメンテナンスに入るそうで、数時間ログインが出来なくなるようです。
更新できなくなると嫌なので、今回は真夜中に更新。
コメント欄も仕様が変わっているようで、どうもどんどん使いづらくなっていくなぁ。。



[PR]
by bowww | 2014-10-28 02:16 | 七十二候 | Comments(0)


<< 第五十四候 楓蔦黄 第五十二候 霜始降 >>