第四十九候 鴻雁来

「お前は、おばあちゃんそっくりだ」
 小絵(さえ)は子供の頃から、よくそう言われた。ほとんどの場合は呆れ声で。
 母方の祖母は、小絵が生まれて間もなく亡くなった。だから当然、小絵に祖母との思い出はない。
 写真に残る祖母の面影も淡い。小柄で華奢な体に地味な着物を纏ったその人は、どの写真も伏し目がちで表情が読めない。そのくせ唇は真一文字に引き結んでいる。
 小絵は父親似で、目はいつもびっくりしたように丸く大きい。手足が長く、女性としては大柄なタイプだろう。
 自分ではどこが似ているのか分からない。
 一度、母に「どこが似ているの?」と尋ねると、「性格」と返ってきた。
 進学する大学も、就職する会社も、結婚も離婚も、振り返ってみれば小絵が自分一人で決めてきた。
 その度、「おばあちゃんそっくり」と繰り返された。
 夫だった人からは「最後まで俺を信じてくれなかった」と言われた。
 親友からは「もう少し楽にしたら?そんなにいつも張りつめてたら、自分も周りも疲れちゃうでしょ」とアドバイスされた。
「…と言われてもねぇ。生まれつきの性分だもんね」
 小絵は胸の中で祖母に同意を求める。

 両親から、実家に残してある本の処分を言い渡された。
 結婚して実家を出る際に、ほとんどの蔵書を置いてきた。離婚後もマンションの部屋が手狭なのを言い訳にそのままにしていたのだが、兄夫婦が来春から同居するという。
 さすがに部屋を空けなくてはいけないだろう。
 秋の休日、小絵は渋々と実家を訪ねた。
 自分の本のほかに、祖父母が残した本もある。
 祖父が亡くなった際に古本屋を呼んで、ある程度の本は処分したのだが、文学全集や美術全集の類いは引き取ってもくれなかった。
「どこのご家庭でも持て余しているようで…。うちの倉庫にも、もう何組も眠っているんですよ」と、にべもなかった。
 文学全集は泣く泣くゴミに出した。
 祖母が残した日本画の全集ものは、それでも捨てるには惜しく取っておいたのだった。
 小絵は自分の本をざっと仕分けてから、祖母の本を手に取った。
 祖母が買った当時は相当高価だったであろう画集は、一冊だけでもずしりと重い。
 祖父は特に興味もなかったようだから、この全集を見て、諦め顔でため息をついたのではないか。
 竹内栖鳳、菱田春草、横山大観、川端龍子、小林古径、東山魁夷…。
 どれもページは真新しく、色鮮やかだった。
 祖母はほとんど読まずに、コレクションすることで満足していたのではないか、と小絵が思い始めたとき、一冊の画集から何かが落ちた。
「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」
 与謝野晶子の歌が、黄ばんだ便箋に書き付けられている。便箋に包まれていたのは、色を残した紅葉の押し葉。
 小絵は思わず微笑んだ。
 祖母の密かな恋心だろうか。娘時代の淡い片思いを思い出して。
 画集は上村松園の画集だった。
 ページを繰ると、着物姿の女性たちがどれも気品高く、煙るような美しさで描かれている。
 祖母はどの絵を見て、晶子の歌を思い出したのだろう。
 「花筐(はながたみ)」。
 そこにもう一枚、紅葉の押し葉が挟まれていた。
 血のように赤い袴、襟元はぐずりと弛み、袿は左肩からだらしなく滑り落ちている。花籠を提げる右手は露に白い。
 整った顔は笑っているようだけれど瞳の焦点が定まらず、赤い唇が奇妙に歪む。
 恋人と無理矢理引き離されて、焦がれて狂った女性・照日の前。
 秋の花咲く野を彷徨い歩く狂女に舞い散る紅葉。
 小絵は、言葉もなく絵に見入った。
 こうして花野にやってきたのに、どうして貴方は居ないの?どこに行ったの?なぜ私を一人にするの?
 月は人を狂おしくさせる。
 祖母は誰に焦がれたのか。

 母の呼び声で小絵は我に返った。
 便箋と紅葉を画集に挟み直し、再び本棚に戻す。
「私、また誰かを好きになれるのかな」
 小絵は母に返事をして、唇をキュッと結んだ。


 
~鴻雁来(こうがん きたる)~



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二十四節気では寒露。秋が一段と深まりました。
暦通り、今朝は冷え込みました。布団から出るのがつらくてなりません。
北の国から、日本で冬を越すために雁が渡ってくる季節。秋の風物詩ですね。
とはいえ、私、雁がどの鳥なのか分かりません。
私の住む辺りでは、もうすぐ白鳥が渡ってきます。冬の使者です。

海の旬は、ホッキ貝などなど。
山の旬は、アケビは栗などなど。
秋になると栗のお菓子がたくさん出てきますね。
栗のきんとんで餅を包んだ「栗子餅」が名物のお店があります。
素朴な栗子餅はもちろん美味しいのですが、実はここのお店の「和栗のモンブラン」が!
それまでのモンブラン、ただただ甘ったるくてあまり好きなお菓子ではなかったのですが、こちらのモンブランを食べて目が覚めました。
栗本来の甘さを殺さない程よい甘さが上品で、クリームでちょっと味に奥行きを出した感じ。食べ終わるのが惜しい美味しさでした。
以来、秋になると「和栗のモンブラン、和栗のモンブラン」と、うわ言のように呟くのですが、お店が遠いためになかなか口に入りません。故に余計に焦がれるという…。

今日は満月。皆既月食が見られるそうですね。
午後6時過ぎから部分食が始まるそうです。
昨夜の月は冴え冴えと美しかったです。台風一過で空が澄んでいたせいでしょうね。
今夜は仕事の合間にこっそりと観測したいと思います。


次回は10月13日「菊花開」に更新します。


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by bowww | 2014-10-08 10:00 | 七十二候 | Comments(4)
Commented by 高橋 at 2014-10-08 17:52 x
俺も何人かに
「生き急いでいる」とか「何もそんなに張りつめなくても…」と、言われた事があります。
何なんでしょうかね…なんかこう【何かを成さなくてはいけない感】がありながら、何を成せば良いのやら!?といった、ややこしい状態とでも言いましょうか(笑) 20代の頃はその傾向がかなり強めだった気がします(汗)
振り返って想うに、存在意義…自分が生きている証…そんなものを残してみたかったのでしょう。
そんな感覚は今もってまだ、チリチリと胸を焦がしていますが、当時ほど生き急ぎ、焦ってはいないように思えます…多分(笑)

モンブラン!
未だに「何で栗とケーキを組み合わせるんだよ!?(;´_ゝ`)」
と思う程に、どうにも甘さのバランス・甘さのジャンルが…。
しかし、拝読させて頂いたところ、
どうやらまだ俺は【ホンモノ】に出会っていないようですね(笑)

さてさて、間もなく皆既月蝕。
今宵の月は、何を語りかけてくれるでしょうか…。
Commented by bowww at 2014-10-08 22:42
高橋さま。

「なんで栗とケーキを…!」って、まったくもって私も同じ気持ちでした。
焼き栗とか、栗羊羹とかは好きなんですけれども。
そんな私のモンブラン観を覆してくれた和栗モンブラン。
お店に行った際、連れて行ってくれた友人とそのお店の店長さんが顔見知りだったので、「初めて食べたとき、美味しくてびっくりしました!」とご挨拶してしまいました。
喜びを伝えられて良かった♪
…なんて話していたら、また食べたくなってきました。。

皆既月食、隙を見て会社の窓から見上げました。
すっかり隠れた頃はちょうど雲を多かったため、判別できず…。
でも、徐々に欠けていく様を見ることができて満足です。
帰る頃にはまん丸お月さまでした。

年を取ったせいか、生き急ぐよりも、生き惜しみしたい気分です(笑)。
年々歳々、時間が経つのが早くなっていきます。
今年ももう10月!それももうすぐ中旬!と。
それでも、「チリチリとする焦燥感」、身に覚えがあるのとないのとでは、同じ年数を過ごすにしても大きな違いがあるような気がします。
Commented by 高橋 at 2014-10-09 09:13 x
皆既月蝕…。
途中まで見ていたのですが、明日は休みだぁ♪と、安心し晩酌が進むにつれ、お月様が二つに見え、ピントも…。
月も星も、昔は道標だったからでしょう、とある歌に「心の星を見つめて」という歌詞があります。
呑みすぎた時の悪い癖です。
高校の部活の友達に電話してました。
青臭い表現ですが、あの時の経験と友は自分にとって、正に宝石、心の星…なんですね。

月に替わって、想い出と友を道標にした一夜でした。

まぁ向こうは(またコイツ呑んでやがんな…(;´_ゝ`))ではありましょうけど(謝)
Commented by bowww at 2014-10-09 17:09
高橋さま。

月見酒ですね♪
確かに、休日前夜の晩酌は、ついつい気が緩みます。
海を渡る人も、陸を進む人も、旅する人たちは皆、星の位置を頼りにしたんでしょうね。
呆れながらも付き合ってくれる友達は、とても大切な存在ですよね。


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