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第二十二候 蚕起食桑

 白無垢はおばあちゃんのリクエストだ。
 打ち掛けから綿帽子、草履まで一式揃えてくれた。
 夜明け前に起きてシャワーを浴びる。
 足の指から耳たぶまで丁寧に洗う。
 今日は私の結婚式だ。
 天気は上々らしい。

 肌襦袢の上に長襦袢、掛け下に純白の帯。すべてが白。
 何本もの紐が私を締め上げる。
 着付けを担当する年配の女性が「苦しくないですか?」と気遣ってくれるのに笑顔を返す。
 打ち掛けを纏って綿帽子を被る。
 鏡の中の私は、上等な人形のようだ。
 朱色に塗った唇、潤んだ瞳。
 もともと色白な質だが、この日のためにとエステに通ったから、陶器のように肌が澄んでいる。
 少し痩せたせいで、顎の辺りがすっきりして大人びた顔つきになった。
 私はとてもとても冷静に鏡を覗き込む。
「とってもお綺麗…」「素敵な花嫁さん…」
 客観的に見て、私はとても美しい。これ以上ないほど磨き立てたから。
 おばあちゃんと両親が控え室にやってくる。
 おばあちゃんは、既にハンカチを握りしめて目を潤ませている。

 彼の支度も済んだ。
 黒紋付の羽織袴が七五三みたいで可笑しくなる。結婚式の新郎は、どんな姿をしても何処か滑稽だ。
 用意のできた私を見て、彼は嬉しそうに笑った。
「着物も髪も重いの」
 見上げるようにして甘える私を
「ちょっと我慢して。すごく綺麗なんだから」と優しくなだめる。
 私は胸が苦しくなる。
 彼のことを愛していると錯覚しそうになる。

 神社を囲む林がざわめく。
 風が出てきた。
 煽られた葉裏が銀色に閃く。
 本殿から雅楽の音が聞こえて来た。
 促されて彼の背中を見ながら、ゆっくりと歩き出す。


 ねぇ、私、知ってるの。
 貴方には私よりも好きな人がいることを。
 今日の披露宴に、その人も出席することを。


 神棚の前で、彼とそっと笑顔を交わす。
 とても幸せそうに微笑んで見せる。
 白色に十重二十重に包まれて、私は身を潜める。
 純白の繭に隠れて、時が来るのを待つ。



〜蚕起食桑(かいこ おきて くわをはむ)〜




二十四節気は小満。生命が「満ち」あふれる季節。
これから梅雨にかけては植物たちの生長が著しくて、その生命力に力負けしてしまう気がします。
私の住む辺りは昔、桑畑がたくさんありました。
痩せた土地が多く、水田や畑に向いている場所が少なかったのでしょうね。
蚕のことは「おかいこさま」と呼んで、大切に育てたようです。
桑ではなくクヌギ林で育てる「天蚕」の繭は、自然と淡い萌黄色になります。これは地元の特産品です。
ちなみにおかいこさま、幼虫のときも表面はなんとなくシルキータッチ…。
海の旬はキスなどなど
山の旬はラッキョウ、空豆などなど。

次回は5月26日「「紅花栄」に更新します。

 

第二十二候 蚕起食桑_b0314743_01545033.jpg

by bowww | 2014-05-21 09:20 | 七十二候


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