第十九候 蛙始鳴

 母さんが生まれて育った家は、すごい田舎にある。
 周りは一面の田んぼ、田んぼ、時々、畑。
 お店がない。コンビニだって駅の近くに一つしかなくて、その駅は家から車で20分くらいかかる。
 夏休みや冬休みに「おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行くよ」と言われるのが、本当のことを言うと、ちょっと憂鬱だった。
 ディズニーランドに行きたかったし、なんなら近くのショッピングモールで映画見て、ハンバーガーを食べてくるだけでもいい。「海外に行く」という友達が羨ましかった。
「田舎に行っても遊ぶ場所ないじゃん」と言いたかったけれど、母さんが悲しそうな顔をするのが嫌だったから我慢した。
 僕は、母さんの悲しい顔を見るのが一番嫌いだ。

 父さんと母さんが離婚した。
 僕にも、二人が「うまくいってない」のが分かっていたから、仕方がないなと思った。
 母さんと暮らすことに決めたけれど、母さんが実家に戻ると決めたとき、思わず「えっ?!」と言ってしまった。あの田舎で暮らすのが、想像できなかった。
 あそこに中学校なんてあったっけ?
 僕と同じくらいの子供を見かけたことがあったっけ?
 塾とか、スイミングとか、どうすればいいの?
 頭の中がグルグルしている僕を見て、母さんが「やっぱり、父さんの所に残る方がいい?」と優しく言った。
 僕はちょっとだけ迷いながら、「ううん」と首を振った。

 春休みに引っ越しをして、一学期から田舎の中学校に通うことになった。
 学校は思ったより近くにあった。全校生徒が百人ぐらい。一学年ニクラスずつで、僕のクラスは二十人しかいない。
 おせっかいな女子とか、威張りたがる男子とかもいなくて、割と過ごしやすそうなクラスで助かった。
 でも、話をする奴が居ないのがつまらない。
 小学校までは、ずっと一緒に居た奴らと遊んでいたから特に考えたこともなかったけれど、「友達」ってどうやってつくるんだろう?
 幼稚園のころ、先生に「一緒に遊びたかったら、『仲間に入れて』って言えばいいのよ」と教わった。
 それが言えれば簡単なのに。

 五月の連休に、父さんに会いに行った。
 父さんは「どこか行きたい所あるか?」と聞いてくれたから、僕は「映画を見てハンバーガーを食べたい」と答えた。
「そんな所でいいのか?」と笑ったけれど、だって父さん、僕の好きなもの分からないでしょ。
 父さんは仕事が忙しくて忙しくて、僕と遊んでくれる時間はほとんどなかった。母さんとゆっくり話す時間もなかったから、きっと二人は「うまくいかない」ってなったのだと思う。
 父さんは今でも忙しいのに、わざわざ僕のために休みを取って待っていてくれた。だから、それだけで十分。無理しなくていいよ。
 …と思ったけれど、ゲームの新しいソフトやマンガなんかは、遠慮なくたくさん買ってもらった。

 駅に着いてホームに降りた途端、耳慣れない音に包まれた。
 オンオンオンオン、波のように押し寄せる。
 一瞬、動けなくなるぐらいびっくりしたけれど、「ああ、カエルの声だ」と思い直す。そう思ってよく聞いてみれば、「ゲコゲコゲコ…」「ケロケロケロ…」の大合唱だ。
 夏休みに母さんの実家に泊まって、初めてこの鳴き声を聞いたときには本当にびっくりした。夜はうるさいぐらいで、しばらく眠れなかった。
 駅にはおじいちゃんが迎えに来てくれていた。
 軽トラの助手席に乗り込む。
「ただいま」と言うと、「うむ…」とか何とか声を出して頷いた。
 僕はちょっとだけ、おじいちゃんが苦手だ。
 おばあちゃんはいつもニコニコして優しいけれど、おじいちゃんはあまり喋らない。二人っきりになると会話が続かない。
 駅前の小さな商店街を外れると、一面の田んぼ。
 どの田んぼにも水が入って、鏡みたいに三日月を映していた。
 黙ったままの僕とおじいちゃんを乗せた軽トラが、カエルの大合唱の中を進む。

【…続きます】


〜蛙始鳴(かえる はじめて なく)〜
 
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立夏です、夏です。
今年は5月1日に、蛙の声を聞きました。
私にとっては子供の頃から聞き馴染んだ懐かしい音風景ですが、都会から来た人たちはとても驚かれるようですね。
私の住む辺りでは兼業農家さんも多いので、ゴールデンウィークに田植えするのが一般的なようです。
秋の新米の季節が楽しみです。
海の旬はイシモチ、金目鯛などなど。
山の旬はサヤエンドウ、ニンジンなどなど。

5月5日はこどもの日。
「ほぼ日刊イトイ新聞」=「ほぼ日」は大好きなサイトです。そこでコピーライターの糸井重里さんが数年前のこどもの日(だったよな)に、こんなようなコラムを書いていました。
「世界中のあらゆる子供たちの一番の願いは、両親が仲良くあることなのです」
お互いを不幸にし合うような暮らしは解消するより仕方がないのでしょうし、客観的にも本人たちにとっても、離れるのが最善の方法であることが多いでしょう。
そうであっても、子供たちは誰も皆、自分のお父さんとお母さんが仲良しであってほしいと願わずにはいられない。
無理だと分かっていても、願わずにはいられない。
子供の頃、両親が口喧嘩するだけでもオロオロオロオロしたことを覚えています。
今では「喧嘩もボケ防止のうち」と、うっちゃっておきますが。

次回は「蚯蚓出」、5月11日に更新します。
…ミミズ…。



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by bowww | 2014-05-05 09:38 | 七十二候 | Comments(0)


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