第十五候 虹始見

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 聞こえている、分かっている。
 目が開かないだけ、手が足が指が動かないだけ。
 もう痛みも感じない。心臓も肺も、そろそろお役御免とばかりに静まっている。
 喉が渇いたな。
 泣かなくていいよ、ばあさん。
 できることなら、少しの間、二人だけになれないか。
 孫たちがうるさくてかなわんよ。

 自分の家で死ぬのが理想だったが、なぁに、病院も悪くない。
 シーツはいつも乾いて清潔だし、看護師たちも皆優しかった。
 贅沢言っちゃいけないな。
 でもなぁ。
 やっぱり、ばあさんの料理が恋しかったよ。

 あっという間だったよな。
 出会って結婚して子供を育てて。
 あれは出会ったばかりの頃だったかな。
 いや、新婚の頃か。
 初めて喧嘩して、ばあさんを泣かせてさ。
 でも謝るきっかけがなくてさ。
 決まりが悪くて庭に出て煙草を吸ってたら、雨上がりだったんだな、大きな虹が出て。
 思わず「おい、虹だよ」と呼ぼうとしたら、先にお前が「虹!虹!」とはしゃいだ声を上げたっけ。
 見上げると、二階の窓から大きく身を乗り出してた。
 子供みたいだと笑うと、ぷっと膨れた。
 
 このところ、ずっとそんな些細なことばかり思い出してるよ。
 泡(あぶく)みたいに、プクプクプクプク浮いてくる。
 取るに足らないことばかり、でもまぁ、おおむね楽しかった。
 ばあさんはどうだった?
 なんと言っても、ばあさん、お前さんはきれいだったよ。
 今じゃもう、お互いにしわくちゃになっちまったけどな。
 きれいだった。
 若いときにもっと、そう言ってやれば良かったな。

 先に行って待ってるから、ゆっくりおいで。
 喉が渇いたな。
 …おや、分かったのかい?
 …ああ、甘露、甘露。

「ばあさん、ありがとうな」
 


〜虹始見(にじ はじめて あらわる)〜




私のじいさまの命日は四月十四日です。
花冷えの年で、桜が長く咲いていたことを覚えています。
作り話のおじいさんと違って、奥さんにはずっと前に先立たれました。
でも、残っている者たちへ「ありがとう」と言い置いていってくれたのは、このおじいさんと同じです。
私も、最期には感謝の言葉を残せるといいなぁと思います。

春、空気が潤み、虹が現れやすくなる頃ということですが、実際のところはひどく乾燥しております。。
写真の虹は、先日の雨上がりに。
最近の気象はどうも荒々しくて、朝から雨風だったのに時々、強い日射しが射し込むというお天気でした。
海の旬は、トビウオ(西日本では、これで「アゴ出汁」にするのですよね?実は味わったことがないのです)、桜えび(かき揚げ大好き)などなど。
山の旬は、コゴミ、三つ葉などなど。

次回は4月20日、「葭始生」に更新予定です。
その前に、もしかしたら番外編があるかもです。


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by bowww | 2014-04-15 08:45 | 七十二候 | Comments(0)


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