第十三候 玄鳥至

 祖母の葬式で、喪主の伯父はオンオンと泣いた。
 初めのうちは貰い泣きしていた列席者も、帰る頃には苦笑いだった。
 祖母の骨と一緒に祖母の家に戻ると、玄関の軒先からツバメがひょいっと飛び立った。
「ばあちゃん逝っちまったに、お前たちは今年も来ただか」
 伯父が再び、オンオンと泣き始めた。
「放っておこう」
 従兄弟たちとさっさと家に入り、片付けを始めた。
 伯父はそういう人なのだ。

 伯父は定年退職して間もなく離婚した。
 奥さんに愛想を尽かされたらしい。
 従兄弟の二人はとっくに独立してそれぞれに家庭を持っていたし、「まぁ、親父とおふくろが、仲良く落ち着いて老後を過ごせるとは思えなかったからな」とサバサバしたものだった。
 伯父は真面目で人が好い。だから損をする人間の典型だった。
 都心の会社でこつこつと働き、郊外に家を建て、子供二人をちゃんと育て上げた。それだけで大したものなのだと思えるのは、自分も働くようになってからだ。そして、「ああ、伯父は出世できない人なんだ」ということも、なんとなく分かってしまった。
 自分のことはいつも後回しで、せっかくのチャンスが巡ってきても他人に譲ってしまう。ちょっとした「ずる」が苦手で、かといって糾弾する度胸もない。
 つまりは要領が悪いのだ。
 家事も趣味も、万事につけてきぱきとこなす伯母とは正反対だった。
 子供たちが大きくなってからパートタイマーで働き始めた伯母は、めきめきと実力をつけてやがて正社員になった。端で見ていても、みるみる若返っていった。
 伯母に離婚を言い渡された伯父はどこかで覚悟をしていたようで、揉めることもなく家を相手に譲り、自分はさっさと田舎に引っ込んだ。
 まだ元気だった祖母は、急に戻ってきた還暦過ぎた息子に、露骨に迷惑そうな顔をした。
 私が会いに行くと、二人はしょっちゅう口喧嘩をしていた。
 漫才のようなやり取りを見ていると、こういう第二の人生も楽しいんじゃないかと思えた。

 祖母の認知症がだいぶ進み、ほとんど寝たきりになると、伯父はホームヘルパーの助けを借りながら自宅で介護を続けた。
 ある日、見舞いに行くとちょうど祖母の食事の時間だった。
 夢うつつのようにご飯を口に運んでいた祖母が、急に「苦い!」と顔をしかめた。
「お前の作る蕗味噌は、どうしてこんなに苦いだね。アクを抜かなんだずろ?」
 そして伯父に、蕗味噌の作り方を滔々とレクチャーした。
「おばあちゃん、まともじゃない?」と伯父にこっそり言うと
「まぁず食い意地は張ってるもんで、食べてるときはまともだだよ」と眉毛を下げた。嬉しそうな情けなさそうな笑顔だ。
 伯父の言葉は、いつの間にかすっかり方言に戻っていた。

 祖母を見送って一年後、今度は伯父が亡くなった。
 祖母を亡くしてがっくり老け込んではいないかと心配になって何度か訪れたが、案外けろりとしていた。
 畑作りやら山菜採りやらを楽しみ、「ずっとやってみたかったんだ」と大きなカメラを担いであちこち出掛けた。
 亡くなった日は、春休みの長男家族が遊びに来ていたという。
 孫にさんざんカメラを向けて嫌がられながらも、上機嫌だったそうだ。
 そして翌日には布団の中で亡くなっていた。
「出来過ぎな最期だったかもね」
 葬式に参列した別れた奥さんが、ぽつんと呟いた。
「畑で採れたから、と不格好なニンジンやジャガイモを送ってきたのよ。今年の夏はスイカを作るなんて張り切ってたの」
 そう言って、ちょっと鼻を啜った。

 二人が居なくなった家はきれいに片付いて(伯母が陣頭指揮を執った)、清々しいほどだった。
 軒下の巣に、ツバメは居ない。去年の巣が乾いた泥の塊になってこびりついている。
 人が住まない家に、ツバメは巣を作らないという。ちゃんと分かっているのだと感心した。
 帰り道、ツバメがついっと目の前を過ぎった。
「良かったらうちにおいで」
 声を掛けたせいだろうか。
 二、三日して、我が家の軒先にツバメが二羽、出たり入ったりし始めた。
「玄関先が汚れるからなぁ…」と難色を示す夫を、「毎朝、ちゃんと掃除するから」と説き伏せたのは、幼稚園に入ったばかりの息子だ。
 暇さえあれば、巣作りの様子を飽かず眺めている。
 巣立つまで、ツバメ一家にとってはちょっと迷惑な番人ができたようだ。



~玄鳥至(つばめ きたる)~




二十四節気では今日から「清明」。「清浄明潔」を訳した言葉だそうです。
文字からみても清々しさが伝わってきますよね。花は咲き誇り、緑は日々濃くなり、風は爽やか。
ツバメはもうすぐやってきます。
入学式のシーズン、ちびっ子たちを見ると可愛らしさに思わず笑っちゃいます。
私の住む辺りでは、桜のつぼみが脹らんで紅くなってきました。
でも、この週末は冬並みの寒さが戻るそうです。
木蓮や辛夷が綺麗に咲く頃、必ず寒くなるのです。せっかくの柔らかな白い花弁が、一夜にしてあばた面に。。
酷いなぁ。。
海の旬はサザエなど。
山の旬はワラビ、行者ニンニクなど。山菜の季節ですね。ほかに新ジャガも美味しいですよね。


作り話に登場する伯父さんのモデルは、身内のあの人この人その人…の集合体。
つくづく考えてみると、私の周りにはお人好しな人ばかりでした。
私にもどうやら、同じような血が流れているようです。
でも、時々、「損してるかも。。報われないかも。。」と落ち込んでしまう時点で、まだまだ邪心があるのでしょうね。
自分の厄介な感情を、のらりくらりとやり過ごしていけたらなぁと思います。
…と思いながら見た雨上がりの晴れ間=写真。


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次回は4月10日、「鴻雁北」に更新します。


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by bowww | 2014-04-05 08:19 | 七十二候 | Comments(0)


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