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群青カフェ〜立夏〜

 体育が苦手だった。スポーツ観戦にも、まったく興味がない。
 大人になって良かったと思うことの一つに、体育の授業がないというのがある。
 物心ついたときから運動が不得手で、何をやっても上達しない。
 諦めが早いというか、しんどいことからすぐに逃げてしまう軟弱者なのだ。
 その、ぐうたら軟弱者が、カフェなどを始めてしまった。
 予想以上の体力仕事だった。
 体育の授業は大切だったんだと、痛む腰をさすりながらカウンターに立つ。
「綾ちゃん、連休中は相当大変だったでしょ?」
「もう何がなにやら…。記憶が飛んでます」
「私たち、近寄れなかったもんねぇ」
 今年の五月の大型連休は、日の並びとお天気に恵まれて、この街にもかなりの観光客が押し寄せた。
 うちの店も、行列にこそならなかったものの、とにかくお客さんが途切れない。開店直後から閉店まで、無我夢中だった。
 シニアな常連さんたちは、遠慮してくれていたらしい。
 小田さんと坂口さんのおばあちゃんの顔を見るのが、とても久しぶりに思える。
「水泳の授業で、二百五十メートル泳がされたのを思い出しました」
 二人はぽかんとしている。
「中学校の担任がやたら熱血なおじさんで、クラス全員が二百五十メートル泳げるようになるのを目標にしたんですよね」
 学校のプールだから二十五メートルしかない。そこを五往復して二百五十メートル。ターンは十回。
 犬かきみたいなクロールでよろよろと泳ぎ、壁にたどり着いても「さぁ!ターン!もう一回!」と声が降ってくる。
「息も絶え絶え、水をかいてもかいてもゴールが見えない、連休中はそんな感じでした」
 二人は揃って吹き出す。
 こんな無駄話ができるのも久しぶりだ。
「忙しい時期だけでも、手伝ってくれる人が居るといいのにね」
 小田さんが言えば、坂口さんも、
「学生さんにでもアルバイトをお願いしたら?
 若いお客さんも増えるかもしれないじゃない」
と続けた。
 それは私も考えないではないけれど、人件費を捻り出せるかどうか自信がない。
「まずは自分の体力をつけるのが先ですかねぇ」
 カウンターの下で、強張ってきたふくらはぎをそっと伸ばす。

 入り口の引き戸がカラカラと鳴った。
 上下のレールを直してもらったら、調子よく開け閉めできるようになって嬉しい。
 「いらっしゃいませ」の声も機嫌よく、お客さんを迎える。
 ところが、当のお客さまは、どうもかなり、お二人揃ってご機嫌斜めのようだ。
 若くてきれいなお母さんは、眉間に思いっきり皺を寄せている。
 手を引かれた男の子は、店に入った途端にお母さんの手を払いのけた。
 カウンターにいる常連さん二人は、心配そうに、でもちょっと面白そうに目配せし合った。

 
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# by bowww | 2019-05-06 21:43 | 作り話・群青カフェ | Comments(0)