かなかな(立秋)その2

 むき出しの脛に、朝露に濡れた草が触れる。
 早起きは苦手だが、草むしりは朝のうちにやってしまう方が楽だ。
 がっしりと根を張った草を力任せに引き抜くと、カエルや小さな虫たちがワラワラと逃げ出す。
「…うわっ!」
 丸々と太ったミミズまで出てきた。クネクネとのたうち回る姿に、思わず声が漏れる。
 後ろで、くつくつ笑う声がした。
「あらあら、ミミズ?」
 妙子さんだ。
「…久しぶりに見たからびっくりして…」
「青くんは、昔からミミズが苦手だったもんね」
 確かにそうなのだ。
 昔、やんちゃな村の子供にミミズを投げつけられたのがトラウマになっている。
 照れ隠しに、わざとゆっくりと立ち上がり、軍手についた土を払い落とす。
「あの、昨日は差し入れありがとうございました。
 美味しかったです」
 妙子さんはパッと笑う。
 今日は向日葵が描かれたスカートを履いている。
「お勝手に、茹でたトウモロコシ置いてあるから、良かったら朝ご飯の足しにしてね」
 スカートをひらりと翻して、妙子さんは帰って行った。
 外の水道で手を洗って家に入ると、味噌汁の匂いがした。
 鍋を覗くと、茄子とインゲンが浮いている。
 ぴかぴかの黄色いトウモロコシには、薄く塩をまぶしてあった。
 腹の虫がぐうっと鳴る。
 朝からご飯を二膳、平らげた。

 やっぱり妙子さんは、親戚の誰かなのだろう。
 子供の頃に一緒に遊んだのかも知れない。
 静かになった家に度々やってきて、祖父母を気遣ってくれたのかも知れない。
 夜にでも、父に電話して確かめてみようと思っていると、その日一番の見学者がやってきた。
 やはり初老のご夫婦だ。
 旦那さんは少し気が弱そうで、奥さんが張り切っている。
 奥さんは頻りに、「素敵!素敵!」と歓声を上げていた。
 和風モダンな設えにしたいのだと言う。
「それにこのお庭!ガーデニングが存分に楽しめるわね。
 ねぇ、あなた、こちらに決めましょうよ」
 すぐにでも買う勢いだ。
「村にコンビニはありません。最寄りのスーパーまで車で二十五分。
 もちろん、病院も遠いです。
 夜は真っ暗だし、虫も蛇も出るし、庭で作ったトマトは猿が根こそぎもっていきます。
 そうそう、冬は雪が腰ぐらいまで積もります」
 明るい声で説明したのは、いつの間にか僕の後ろに来ていた妙子さんだった。
 見る間に奥さんの腰が退けた。
 旦那さんは「うんうん」と頷いて、
「…とりあえず、一度ゆっくり考えてみます」
 と、奥さんを促して帰った。
「妙子さん、困ります。あんなこと言ったら、みんなびびって買ってくれなくなっちゃうじゃないですか」
「でも、本当のことよ。
 田舎に慣れてないお年寄りがいきなり来ても、苦労するだけだもの」
 でも、腰まで雪が積もるってのは言い過ぎたわね、とコロコロと笑っている。
 僕は縁側にへたり込み、水色の夏の空を見上げた。

 午後には初めて、若い二人がやって来た。
 家の隅々を丁寧に見て回る。特に水回りを確認し、色々な場所のサイズを計っている。
 妙子さんは、興味津々といった様子で、僕の後ろをついてくる。
 磨り減って光る階段の手すりを、奥さんが嬉しそうに撫でた。
 旦那さんは、天井を渡る太い梁を見上げて目を細めた。
 何も言わなくても、二人がこの家を気に入ったことが分かった。
「あの、でも、村にはコンビニもなくてですね…」
 やっぱりネガティブな情報を伝えなければ、フェアじゃない。
「ええ、知ってます。調べました。
 便利な場所ではないですよね」
 奥さんはニコニコと言った。
「僕たち、カフェを開きたいんです」
 旦那さんは、少し照れながら話した。
「こんな場所で?」
 僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。
 こんな田舎でカフェをやっても、わざわざ来てくれる人なんてどれだけ居るだろう。
「そうですよね、無謀ですよね。
 でも、そのために、僕たち何年も準備してきたんです」
「村の人たちも来てくれるような、近所のお茶飲み所みたいなお店にしたいんです」
 妙子さんは静かに、二人の話を聞いていた。

 熱心な若い二人が帰った頃には、日はだいぶ西に傾いていた。
 山間は早く暮れる。
「青くん、カフェーってなぁに?」
 妙子さんの思いがけない質問に驚く。
 今時、カフェを知らない女子なんて。
 それに「カフェー」と伸ばすなんて。
「えと、喫茶店?が、おしゃれになった、感じ、かな?」
「そうなのね。
 あの二人は、この家でカフェーをやりたいって言ってるのね」
 ふんふんと、頻りに頷いている。
「いいわね、楽しそうね。あの人たちならいいわね」
「確かに感じが良い人たちだったけど、買ってくれるかどうかは別です」
「カフェーになれば、色々な人が来て賑やかでいいじゃない」
 僕はあらためて、妙子さんを見つめた。
 丸っこい顔に大きな目。
 …あれ?
「どこかのお年寄り夫婦が住んでるだけじゃ、寂しいもの。
 それに、カフェーなら、あなたたちだって来てくれるでしょ?」
 思い出した。
 名前、妙子、って…。
「………おばあちゃん?」
 我ながら、バカみたいなことを言っていると思うけれど。
 でも、妙子さんはにっこり笑って答えた。
「あら、ばれちゃった。
 青くんが来てるから、嬉しくてついつい、ね」
 それにしたって、若返り過ぎじゃない?
「せっかくなら、しわくちゃのおばあちゃんより、きれいな姿で会いたいじゃない?」
 向日葵のスカートを、ふわっと広げて見せる。
「これね、おじいさんと初めてデートした日に着たの。
 おじいさん、帰り際にちょこっとだけ褒めてくれたのよ」
 ふくふくと笑う顔は、本当に楽しそうだ。
 蜩(ひぐらし)の鳴き声が、高く低く波のように、僕らを包み込む。
 降りそこなって崩れ始めた入道雲の縁が、金色に染まる。
「おばあちゃん…」
 妙子さんは、僕の手を取った。
「青くんは、ばあちゃんの自慢」
 またね、という声と、手のひらの温もりを残して、妙子さんは行ってしまった。


 祖父母の家は、若い二人に売ることが決まった。
 妙子さんはきっと、喜んでいると思う。
 でも、若い人たちに高く売るわけにはいかないから、僕の小遣いは大して増えなかった。
 カフェが完成したら、従兄弟たちを誘って行こうと思う。


  また蜩のなく頃となつた
  かな かな
  かな かな
  どこかに
  いい国があるんだ
          山村暮鳥



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あまりの酷暑にうんざりして、少しでも涼しげな場所に脳内トリップしたくて書きました。
最近のトウモロコシは、とてもとても甘いかわりに白っぽくなりましたね。
子供の頃に食べていたトウモロコシは、張り切ってパツパツに実って、ピカピカの黄金色をしてたなぁ、と懐かしく思い出しました。
お盆は、亡くなった懐かしい人たちが近くに来てくれる季節ですね。

台風が近づいています。
大きな被害が出ませんように。
そして、少しでも涼しくなりますように。


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いつかの緑陰。
涼しい風が吹くと、天からの気まぐれな贈り物のような気持ちになります。







 
 
 
 
 
 

 
 

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# by bowww | 2018-08-08 13:01 | 作り話 | Comments(0)