冬の花(大雪)


 春先、おばあちゃんの家に行くと、真っ白な花をいっぱいに咲かせたコブシの大木が迎えてくれた。
 その下で、おばあちゃんがニコニコと手を振っている。
「綺麗でしょう?花嫁さんみたいでしょう?」
 純白のドレス? それとも白無垢?
「優花(ゆうか)ちゃんがお嫁さんになったら、きっともっと綺麗になるねぇ」
 春が来る度におばあちゃんはそう言った。
 幼い私は無邪気に頷いていた。


「優花、式はどうするの?」
「う〜ん、やらなきゃいけないかなぁ…」
 母の問いに、生返事をする。
 子供の頃は、女の子は誰でも花嫁さんになるものだと思っていた。
 小学校に行くのと同じように、結婚するのが当たり前だと思っていた。
 どうやら、そう簡単な話ではないらしいと分かった頃には、私は立派な「イキオクレ」となり、周りを見渡せば、友人たちはとっくに良いパパママになっていた。
 仕事が忙しかったというのは言い訳だろう。いつも目の前の雑雑としたことに気を取られて、うかうかと年を取ってしまった。
 このまま一人で過ごすのだとぼんやり覚悟を固めていたのだが、ひょんなことから気が合う相手が見つかり、トントンと結婚が決まった。
 とはいえお互いに四十路、相手は再婚だ。
 派手な披露宴は勘弁してほしい。気力体力が追いつかないし、呼ばれる友人たちも迷惑だろう。
「まぁ、あんたたちが決めればいいことだけど、きちんと報告することも礼儀のうちよ。
 二人っきりで生きていけるわけじゃないんだからね」
 私以上に私の結婚を喜んでいる母だから、お叱言もありがたく頂戴しておく。
 年が明けたら、ささやかな食事会程度の式を挙げようかと話がまとまった。

 祖父母が暮らした家は、伯父夫婦が引き継いだ。
 妹である母を可愛がっていた伯父は、その延長のように私のことも気にかけてくれる。
 結婚の報告がてら、久しぶりに伯父と伯母を訪ねた。
 すき焼き、おでん、自家製の漬物と、私の好物ばかりがたっぷり並ぶ食卓は、子供の頃から変わらない。
 今はそこにビールも加わって、思い出話が尽きない。
 昔はそうでもなかったが、伯父は最近、亡くなった祖父によく似てきた。
 年を取るとそういうものなのだろうと考えていたところで、
「優花はお母さん…、というより、死んだばあちゃんによく似てきたよなぁ」
 と、伯父がしみじみ呟くので、ちょっとだけ複雑な気持ちになる。
「おばあちゃん、優花ちゃんの花嫁姿を楽しみにしてたわよねぇ」
 伯父の言葉に頷いてから、伯母が言葉を足す。
 少しぬるくなったビールがほろ苦い。

 喉が渇いて目が覚めた。
 時間を確認すると午前三時過ぎだった。
 パジャマの上にカーディガンを羽織り、足音を忍ばせてキッチンへ行く。
 古い家だから、床から冷気が這い上ってくる。
 身震いしながら水を飲み、ふと窓の外の明るさに気がつく。
 今日は満月だったっけ?
 カーテンの隙間から、庭を覗き見た。鼻先が冷たいガラス窓に触れる。
 ……え?花?
 花?満開?冬に?
 おばあちゃんのあのコブシが、大きく枝を拡げ、純白の花を無数に咲かせていた。
 月の光に染まったように、花びらの一枚一枚が発光している。
 思わず窓を開ける。
 手を伸ばし、花に触れる。
 しっとりとした絹のような花弁は微かに震え、ほわと散って、私の手のひらで溶けた。
 右手は、いつまでも暖かかった。

 翌朝、明るくなった庭を確かめる。
 一面に降りた霜が、朝の光にキラキラと輝いている。
「…昔、大きなコブシの木があったよね?」
 伯父に尋ねた。
「そうそう、ばあちゃん自慢のコブシな。
 あれは、ばあちゃんが死んだ翌年だったか、台風で倒れちゃったんだよ。
 古い木だったから、根元も傷んでいたんだろうなぁ」
 伯母が淹れてくれるコーヒーの香りが、暖かいリビングに満ちる。
 ウェディングドレスだけでも着ておこうか。
 出来るだけシンプルな、シルクの白いドレスを探してみよう。
 案外、彼も面白がってくれそうだ。

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通勤路に、大きなコブシの木があるお宅があったのです。
早春には、それはそれは見事な咲きっぷりで、車で通過するだけだとはいえ楽しみにしていました。
夜にはささやかにライトアップもしていたから、きっとご自慢の木だったのだと思います。
それが一昨年だったか、火事でお家は全焼、住んでおられた方は皆ご無事だったのが不幸中の幸いだったのでしょうけれど、あの立派な木は焼け焦げてしまいました。
お家が解体され、コブシが切り刻まれて積まれているのを見かけたときは切なかったです。
もう一度、あの花が見たいなぁ…と思って書いてみました。

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今年は暖冬の予報が出ているものの、今週末には真冬並みの寒気がやってくるとか。
数日前に夏日を記録したところもあるぐらいなのに、本当に季節がしっちゃかめっちゃかですね。
師走でバタバタ、やっぱり例年通りの余裕のなさです。
皆様もご自愛くださいませ。
写真は宝物のの一つ、硝子でできた万華鏡です。
iPhoneのレンズを覗き口にくっつけて撮りました。

 
 


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# by bowww | 2018-12-07 22:55 | 作り話 | Comments(0)