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みどりつめたき(立夏)

 実家に帰ってドアを開けると、「我が家の匂いだ」と思う。
 結婚して家を出るまでは意識したことなどなかったのに、今では帰る度に鼻を掠める「我が家の匂い」を確認する。
 去年からはそこに、線香の匂いが混じっている。
 父は仏壇に、新しい花と毎朝の線香を欠かさない。

 母が亡くなって父が一人取り残された。
 私と姉は結婚し、家を出ていた。
 父は典型的な会社人間だったから、家の事など全くしたことがなかった。
 だが母は、虫が知らせたかのように、定年退職した父にあれこれ根気よく教え込んだ。
 おかげで母が亡くなった後、父はある程度、身の回りのことは自分で片付けられるようになっていた。
 今日も二階のテラスには、タオルやシーツが整然と干され、風に翻っている。
 几帳面な父は、毎日の家事といえども、きちんとこなさないと気が済まないらしい。
「ただいま」
「おう」
 父は私を出迎えると、そのままキッチンに引っ込んだ。
 後について、私もキッチンに向かう。
 見ればシンクの周りはピカピカだし、冷蔵庫の中も一目瞭然に整頓されている。
 万事おおらかだった母が主婦だった頃よりも、むしろ片付いているかも知れない。
「体調はどう?お薬は忘れずに飲んでる?」
 特に心配することはなさそうだが、ほかに話すこともない。
「ああ」
 父も簡単に答え、私が持ってきた柏餅の包みを見てお湯を沸かし始める。
 母は父と、どんな話をしていたのだろう。
 父は朝早くから夜遅くまで仕事に出ていたし、休日もあまり家にはいなかった。
 父と母が、ゆっくり会話を楽しんでいる様子は記憶にない。
 父の退職後、娘たちも家を出て、二人っきりになった二人はどうやって過ごしていたのか、そういえば私や姉はよく知らない。

 薬缶がシュンシュンと鳴り始めた。
 父は手際良く急須と湯呑みを取り出し、お湯を差して温める。
「あれ?お父さん、急須替えたの?」
 ホームセンターで間に合わせに買ってきた急須に代わり、夕日のような色の萩焼がテーブルの上に鎮座していた。
 ぽってりとした下膨れの形が可愛らしい。
「母さん、自分で買ってきたくせに、『もったいない』と言っては仕舞い込んでいたからな」
 戸棚を整理していると、新品の器やキッチンマットなどがわんさか出てきて、萩焼の急須も新聞紙で包まれたままだったという。
「俺だってそう長くないんだから、使わなきゃかえってもったいない」
 父はそう言いながら、少し冷ましたお湯を急須に注ぐ。
 会話が途切れて、二人でなんとなく庭を眺めた。
 狭い庭で、小手毬や山吹が吹きこぼれるように花を咲かせている。
「…春になったらぞくぞくと芽が出てきてな、何かと思っていたらチューリップやらヒヤシンスやら…。
 たぶん適当にありったけ、球根を植えたんだろう。
 まったく、母さんの残したものは不意に出てくるからな」
 かなわんよ、と苦笑しながら、父は湯呑みにお茶を注ぐ。
「母さんにもやってくれ」
 母が使っていた小ぶりの湯呑みを受け取る。
 仏壇の前に座ると、山吹の花束に埋もれて母の写真が見えない。
 父が柏餅を持ってきた。


  しぼり出すみどりつめたき新茶かな  鈴鹿野風呂


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この季節の小さな贅沢は、福岡・八女の新茶のお取り寄せです。
以前、伯母の家で頂いたお茶がとても美味しくて、訊ねてみると福岡の友達が毎年送ってくれる新茶だとのこと。
気前のいい伯母は、封を開けたばかりの新茶を一缶、お土産に持たせてくれました。
香りがよくて、渋みの中にほのかな甘みが感じられて、しみじみ「緑茶って美味しいもんだ」と思ったのでした。
今年も早速、いつものお店に注文しました。
あとは美味しい和菓子を見つけよう。

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田んぼにすっかり水が入りました。
田んぼの中を歩いていると、細い用水路にまで勢いよく水が流れています。
水路は田畑の血管。新鮮な水が隅々まで行き渡って、美味しいお米や野菜ができるのだと実感します。
そして、夜はカエルたちの大合唱が始まりました。
風のない朝の水鏡はもちろん良いですが、日が暮れた後、田んぼ地帯に点在する民家の明かりが、暗い水面に映り込む景色も好きです。
「早く帰って、カエルの声を聞きながら晩酌しようよ」と、酒の虫が騒ぐのです。

夏が特別好きなわけではないのですが、「立夏」という言葉を目にすると心が弾みます。
本当に良い季節ですね。

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by bowww | 2017-05-05 22:26 | 作り話 | Comments(2)

立夏

 一つ違いの姉は、いつもどこでも人気者だった。
 器量が良い上に愛嬌がある。勉強やスポーツが得意で友達も多い。
 私は地味な顔立ち、平凡な成績、内気な性格と、ちょうど姉の裏返しのような存在だった。
 両親は揃って小学校の教師だったせいもあって、私たち姉妹をとても理性的に平等に扱った。
 姉がとびきり優遇されていた記憶はない。無責任な他人が姉をちやほやすると、やんわり私を庇った。
 欲しいものは姉も私も同じように与えられ、または与えられなかった。
 洋服や靴を新調する時は、同じものを同じタイミングで用意してくれた。
 お揃いの白いワンピースを着て、二人並んで撮った写真が残っている。
 姉はふんわり白い花のようだ。
 私は、その格好を懸命に真似している奇妙な子供だ。
 今思えば、母は無意識のうちに、姉に似合う洋服ばかり選んでいたのではないか。
「なんでも平等っていうのは、残酷なものよね」
 半世紀も生きてくれば、そんな思い出も笑い話にもできる。

 子供の頃に読んだ童話の「眠り姫」には、生まれたばかりのお姫さまに、妖精たちが様々な贈り物を与えるという場面が出てくる。
 美貌だとか知恵だとか優雅さだとか。
 きっと姉には、キラキラしたギフトが山のように贈られたのだろう。
 そして、あまりに気前良く贈ってしまったものだから、私に回すギフトがほとんど残らなかったのだ。
 小さな頃は可愛らしい姉にひたすら憧れ、思春期になればコンプレックスに苛まれた。
 それでも、数は少ないながら良い友人に恵まれ、私は私なりの楽しみを見つけていった。
 私には似合わない服は選ばなくなった。
 姉はいつでも私に優しかったが、共通の話題は少なく、互いになんとなく距離を置いていた。
 姉は短大に、私は教職を目指して大学に進んだ。
 教職は自分に向かないと早々に判断し、図書館司書の資格を取ろうと方向転換した頃、姉には早くも縁談が持ち上がっていた。
 短大の教授に気に入られ、ぜひ息子の嫁にと請われたのだ。
 息子は開業医で、姉が短大を卒業したらすぐに式を挙げるという。
「お姉ちゃん、もったいなくない?私なんかより頭良いんだし、モデル顔負けの美人なんだし…」
 もっと自由を楽しんでから結婚すればいいのに。
「女の人は、請われて結婚するのが幸せなのよ。それにいつまでも美人でいられるわけでなし」
 と、母は笑った。
 姉には玉の輿というギフトも用意されていたらしい。
 となると、私は自活できる道を考える方が手っ取り早い。
 華やかな結婚式で、姉は咲き誇る花よりも美しかった。

 その後、姉は二回離婚した。
 一度目の医者には実は数人の愛人がいて、隠し子騒動まで勃発、二年で実家に戻ってきた。教授夫妻が二人揃って実家を訪れ、誠実に詫びてくれたことは救いだった。
 なかなかドラマティックな展開になったのだが、姉は案外、あっけらかんとしていた。
 短大で取得した資格を生かして、病院の事務で就職した。
 当然、言い寄る医者は多かったようだが、「もう医者はこりごり」と見向きもせず、友人の紹介で知り合ったという会社員と再婚した。
 再婚相手の男性は、姉をとても大切にしてくれた。
 慎ましくてもあたたかい家庭になりそうだと皆で安心していたら、今度はなんと、姉が「ほかに好きな人ができた」と言い出した。
 別れる別れたくないとかなり揉めて、結局は三年後に離婚が成立した。
 それでその「好きな人」と結婚するのかと思ったら、「前の夫に申し訳が立たないから」ときっぱり別れたという。
 きわめて常識的な両親は、一連の騒動でぐったり老け込んだ。
 私は同じ頃、大学図書館で働いていた。
 就職と同時に実家を出たので、姉と両親の様子を遠巻きに眺めているような状態だった。
 自慢の娘が、どうしてこんな騒動ばかり起こすのか、老いた両親には皆目見当がつかないようだった。
 姉が戻った翌年、父が倒れ、半年ほど患ってから亡くなった。
 健康に気をつけていた母も、三年後に倒れた。
 姉にばかり介護を任せるわけにはいかないと、私も実家に戻ろうとすると、
「いかず後家と出戻りが揃った家なんて、格好悪いわよ。あなたはあなたの生活をお続けなさい」
と、姉がおっとりと笑い飛ばした。
「私が二人の寿命を縮めたようなものだもの、責任取るわ。時々、手伝いに来てね」
 私はしげしげと姉の顔を見つめた。
 姉は変わらず美しく、美しい上に強い。
(無敵だな)と思うと、なんだか可笑しさがこみ上げてきた。

 母を見送った頃には、姉も私も四十代になっていた。
 姉はさっさと実家と敷地を片付けると、私が住む街に越して来た。
「バラバラでいるより、二人まとまって暮らす方が経済的」と意見が一致し、結局は「いかず後家と出戻り」が、喧嘩しながら一つ屋根の下で暮らすことになった。
「子供の頃は喧嘩なんかしなかったのに…」
「あの頃はお姉ちゃん、優しかったもん」
「あなたはもっと素直で可愛かったわ」
 お互いに憎まれ口を叩きつつ、気楽に日々を送った。
 年齢を重ねて、やっと近づく距離もあるのだと思った。

 一生、独り身だと思っていたら、五十歳を目前にして恋人ができた。
 同級会で再会したクラスメイトと、話をしてみたら思った以上に会話が弾んだ。
 相手はバツイチで、気ままな独身生活が長いという点が共通していた。
「残り僅かな人生、笑いながら支え合って過ごそうよ」というプロポーズの言葉が、やたらと現実的に響いた。
 姉に話すと、
「あら!それなら一緒に結婚式やっちゃいましょ」
「…はい?」
「私もプロポーズされちゃったの。ちょうど良かったわね
「プロポーズ?誰から?受けるの?三回目?」
「ほら、夫だった人、二度目の。この前ばったり会ったって話、しなかったかしら?
 そうしたら、もう一度やり直そうって…。
 気心も知れてるし、何より『今でも好きだ』なんて五十歳になって言ってくれる人なんて、そうそう居ないでしょ」
 …呆れて何も言えない。
「三度目の正直っていうのかしら?今度はうまくいくと思うの」
 おっとりと笑う姉は、やはり無敵だ。
 ウェディングドレス姿は絶対に姉に適わないから、私は着物にしようと思っている。
 



立夏=5月5日〜19日頃
初候・蛙始鳴(かわずはじめてなく)次候・蚯蚓出(みみずいずる)末候・竹笋生(たけのこしょうず)

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今年は季節の進み方が早くて、すでに初夏の気配濃厚ですね。
写真の八重桜、実は去年の5月4日に撮ったものでした。今年はとっくに散っています。
ツバメが元気よく飛び回っているのですが、この数日は風が強くて、紙切れのようにヒラヒラと煽られています。

今回の作り話、なかなかネタが思いつかず。。
ええぃ!と書き始めたら、なんだか呑気な二人の話になってしまいました。
本当はもう少し、屈託した話にするつもりだったのですが、スカッとした青空を見ていたらこんな感じに…。
書いている本人が能天気なので、仕方がないですかねぇ…。

とりあえず、作り話のみ更新です。


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by bowww | 2016-05-05 11:17 | 作り話 | Comments(2)

第二十一候 竹笋生

 新鮮な筍が手に入った。
 米糠と一緒に下茹でをしてそのまま一昼夜、あくを抜いて、丁寧にひいた出汁で煮含める。
 仕上げに生わかめを入れて若竹煮。
 いつも手抜き料理ばかりの私が、久しぶりに手間をかけた。
 穂先の形がいいところを選って小鉢によそって、山椒の若芽もあしらった。
 「どうだ」とばかりに食卓に置く。
 食いしん坊の夫が、案の定、目を輝かせた。
 好物だと思ったのだ。
 いつもながら、食べっぷりがいい。
 サワラの西京焼きもアサリのみそ汁もモリモリ平らげた。箸休めに添えたアスパラガスの胡麻和えも、あっという間になくなった。
 ところが、本日の自慢の逸品・若竹煮には箸をつけない。わかめをちょいちょいと突いてみるだけ。
 そうこうしているうちに、茶碗一杯のご飯も食べ終えた。
「…筍、嫌いだったっけ?」
 つい愚痴っぽく聞いてしまう。
 バツイチ同士、肩の力がちょうどいい具合に抜けた者同士で、新しい生活を始めて半年が経った。
 食べ物に対して好き嫌いが少ない人ではあるけれど、できることなら喜んでもらいたい。毎日の食事を、考え考え用意するのも楽しみのうちではある。
 若竹煮はお気に召さなかったか。
「いや、大好物」
 夫はニコニコしながら、先日手に入れたお気に入りの日本酒を取り出してきた。
「これでゆっくり食べたくてさ」
 小さなグラスを二つ並べる。
 淡い淡い琥珀色のお酒を注ぐ。
「子供の頃、筍の先っぽは特別だったんだよ。じいちゃんとばあちゃん用のとっておき。二人とも歯が弱いからさ、柔らかい部分しか食べられないの。俺らは根元に近い堅い部分をコリコリ食べたんだ。大人になったらあの三角の所をたべたいなぁ、て思ってたんだ」
 だから今でも何となく、穂先の部分は遠慮しちゃうんだよなぁ。
「なるほどなるほど…」と、私もお相伴。
 筍を齧ると、気持ちのよい歯ごたえ。出汁がじわりと口に広がる。舌にごく僅か残るえぐみを、旨口のお酒で洗い流す。
「普通は食事の前に飲むもんじゃない?」
「いいのいいの。いい酒と美味い料理は別腹です」
 筍の先っぽはとっておき。
 夫の情報を、また一つインプットした。



〜竹笋生(たけのこしょうず)〜

 

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「絵の具塗りたて!」て感じで、緑が濃くなっていく季節です。
筍は大好物。私の住む辺りでは、孟宗竹よりも細い真竹や淡竹(はちく)が採れるのです。そろそろ直売所に並ぶでしょうか。
同じ県内でも北の地域では、根曲がり竹とサバ缶を一緒に煮て食べるのが一般的です。我が家ではツナ缶を入れて濃いめの味付けにするのが定番です。
ご飯が進んで困るぐらいです。
海の旬は真鯵、アサリなどなど。
山の旬はクレソンなど。

フードジャーナリストの平松洋子さんのエッセイが大好きです。
読むと食べたくなるし、飲みたくなります。
描写が的確で、五感に響きます。故に、どことなく色っぽい。
食のある情景を、こんな風に書けたら嬉しいだろうなぁと憧れます。


次回は5月21日「蚕起食桑」に更新します。


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by bowww | 2014-05-16 09:03 | 七十二候 | Comments(2)

第二十候 蚯蚓出

【前回からの続きです…】


 父さんに買ってもらったゲームに夢中になって、つい夜更かしをした。
 翌朝、寝坊した。
 その夜もゲームをした。
 次の日の朝も起きられなかった。
 三晩続けたら、遅く起きるのが当たり前になってしまった。
 母さんは「遅刻するでしょ!」と僕を叱るけれど、自分も朝は忙しいから、お小言も最小限だ。
 学校に行っても授業中に居眠りしてしまう。
 ずっと眠たくてぼんやりしているせいで、同級生たちと話をするのがますます面倒くさくなってしまった。
 家に帰ると夕飯まで昼寝をする。
 そして夜、眠れなくなる。
 僕は毎晩、無数の蛙たちが鳴き疲れて黙り込むまで(気が付くと大合唱は終わっている)、ゲームをしたりマンガを読んだりした。

 日曜日だった。
 母さんは仕事、おばあちゃんも朝早くから出掛けたらしい。
 お昼近くに起きたら、おじいちゃんしか居なかった。
 テーブルの上には、おばあちゃんが用意してくれたおにぎりが二つ、乗っていた。味噌汁を温めて一緒にモソモソ食べていると、おじいちゃんが向かいの椅子に座って新聞を読み始めた。
 なんだろう。何か言いたそう…。
 僕は残りのおにぎりを口に詰め込んだまま、お皿やお椀を洗って片付けた。
 部屋に戻ろうとすると、おじいちゃんが新聞をきちんと畳んでテーブルに置いた。
「…ハハノヒだな」
 おじいちゃんが呟いた。
 そうか、今日は母の日だ。すっかり忘れていた。
「何かやるのか?」
 母さんにプレゼントするのか?と、訊かれているらしい。
 僕は首を横に振った。
 店もないのにプレゼントなんか買えるわけがない。
「じゃあ、探しに行くか」と言って、おじいちゃんが立ち上がった。
 ついて来いと誘われているらしい。

 軽トラは、東の山を目指した。
 東山は、ついこの前までフワフワとした黄緑色だったのに、今は濃い緑色に染まっている。
 太陽の光がまぶしくて、僕はシバシバと瞬きをした。
 相変わらす、おじいちゃんは何も喋らない。
 舗装していない林道を五分ほど走って、軽トラは止まった。
 おじいちゃんは軍手を僕に渡して、車を降りた。
 斜面を身軽に登っていく。僕は慌てて後を追った。
 おじいちゃんは、鉈で藪を払いながら進む。
 僕は木の根に躓かないように、足元だけを見て登った。
 すぐに息がゼイゼイと上がって、首に汗が流れた。
 苦しくてへたり込もうとしたところで、おじいちゃんがやっと足を止めた。
 黙って僕に道を譲った。
 そこは緩やかな南向きの斜面で、光がたっぷりと射しこんでいた。
 金色に輝く花がたくさん咲いて光を反射するから、余計に明るく見える。
 自分の心臓が少し静かになると、小鳥の鳴き声に気がついた。

 母さんとおばあちゃんへのお土産は、たくさんのワラビとヨモギ。
 おばあちゃんは「下ごしらえが大変なのよ」と、楽しそうにおじいちゃんに文句を言った。ヨモギは草餅にしてくれるそうだ。草餅が家で作れるなんて初めて知った。
 僕は母さんに、山で摘んで来た山吹と、庭に咲いていた八重桜の花束をあげた。
 お店で買った花束には敵わないけれど…。
 母さんは顔をクシャクシャにして笑った。
 おじいちゃんにも、おばあちゃんにもそっくりだなと思った。

 夕ご飯を食べたら、もう眠くて眠くて、布団に潜り込んだ。
 蛙の大合唱が、波の音みたいだ。


〜蚯蚓出(みみず いずる)〜

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カエルの次はミミズです。
ミミズは土を耕してくれる働き者。ミミズのおかげで土が肥えるそうです。
でも、あの形態は。。
小学生の頃、学校の花壇や畑を耕すと必ず、大小様々なミミズと出くわしました。
その頃はミミズごときにキャーキャー騒ぐのを潔しとしていなかったため、平気な顔をして摘まみ上げたものです。
…あの感触を思い出すと、尾てい骨の辺りがムズムズします。。

海の旬はキビナゴ(西日本の方でよく食べられるのでしょうか?私の住む辺りでは、あまり見かけません)、アサリなどなど。
山の旬はアスパラガスなどなど。

次回は5月16日「竹笋生」に更新します



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by bowww | 2014-05-11 09:06 | 七十二候 | Comments(0)

第十九候 蛙始鳴

 母さんが生まれて育った家は、すごい田舎にある。
 周りは一面の田んぼ、田んぼ、時々、畑。
 お店がない。コンビニだって駅の近くに一つしかなくて、その駅は家から車で20分くらいかかる。
 夏休みや冬休みに「おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行くよ」と言われるのが、本当のことを言うと、ちょっと憂鬱だった。
 ディズニーランドに行きたかったし、なんなら近くのショッピングモールで映画見て、ハンバーガーを食べてくるだけでもいい。「海外に行く」という友達が羨ましかった。
「田舎に行っても遊ぶ場所ないじゃん」と言いたかったけれど、母さんが悲しそうな顔をするのが嫌だったから我慢した。
 僕は、母さんの悲しい顔を見るのが一番嫌いだ。

 父さんと母さんが離婚した。
 僕にも、二人が「うまくいってない」のが分かっていたから、仕方がないなと思った。
 母さんと暮らすことに決めたけれど、母さんが実家に戻ると決めたとき、思わず「えっ?!」と言ってしまった。あの田舎で暮らすのが、想像できなかった。
 あそこに中学校なんてあったっけ?
 僕と同じくらいの子供を見かけたことがあったっけ?
 塾とか、スイミングとか、どうすればいいの?
 頭の中がグルグルしている僕を見て、母さんが「やっぱり、父さんの所に残る方がいい?」と優しく言った。
 僕はちょっとだけ迷いながら、「ううん」と首を振った。

 春休みに引っ越しをして、一学期から田舎の中学校に通うことになった。
 学校は思ったより近くにあった。全校生徒が百人ぐらい。一学年ニクラスずつで、僕のクラスは二十人しかいない。
 おせっかいな女子とか、威張りたがる男子とかもいなくて、割と過ごしやすそうなクラスで助かった。
 でも、話をする奴が居ないのがつまらない。
 小学校までは、ずっと一緒に居た奴らと遊んでいたから特に考えたこともなかったけれど、「友達」ってどうやってつくるんだろう?
 幼稚園のころ、先生に「一緒に遊びたかったら、『仲間に入れて』って言えばいいのよ」と教わった。
 それが言えれば簡単なのに。

 五月の連休に、父さんに会いに行った。
 父さんは「どこか行きたい所あるか?」と聞いてくれたから、僕は「映画を見てハンバーガーを食べたい」と答えた。
「そんな所でいいのか?」と笑ったけれど、だって父さん、僕の好きなもの分からないでしょ。
 父さんは仕事が忙しくて忙しくて、僕と遊んでくれる時間はほとんどなかった。母さんとゆっくり話す時間もなかったから、きっと二人は「うまくいかない」ってなったのだと思う。
 父さんは今でも忙しいのに、わざわざ僕のために休みを取って待っていてくれた。だから、それだけで十分。無理しなくていいよ。
 …と思ったけれど、ゲームの新しいソフトやマンガなんかは、遠慮なくたくさん買ってもらった。

 駅に着いてホームに降りた途端、耳慣れない音に包まれた。
 オンオンオンオン、波のように押し寄せる。
 一瞬、動けなくなるぐらいびっくりしたけれど、「ああ、カエルの声だ」と思い直す。そう思ってよく聞いてみれば、「ゲコゲコゲコ…」「ケロケロケロ…」の大合唱だ。
 夏休みに母さんの実家に泊まって、初めてこの鳴き声を聞いたときには本当にびっくりした。夜はうるさいぐらいで、しばらく眠れなかった。
 駅にはおじいちゃんが迎えに来てくれていた。
 軽トラの助手席に乗り込む。
「ただいま」と言うと、「うむ…」とか何とか声を出して頷いた。
 僕はちょっとだけ、おじいちゃんが苦手だ。
 おばあちゃんはいつもニコニコして優しいけれど、おじいちゃんはあまり喋らない。二人っきりになると会話が続かない。
 駅前の小さな商店街を外れると、一面の田んぼ。
 どの田んぼにも水が入って、鏡みたいに三日月を映していた。
 黙ったままの僕とおじいちゃんを乗せた軽トラが、カエルの大合唱の中を進む。

【…続きます】


〜蛙始鳴(かえる はじめて なく)〜
 
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立夏です、夏です。
今年は5月1日に、蛙の声を聞きました。
私にとっては子供の頃から聞き馴染んだ懐かしい音風景ですが、都会から来た人たちはとても驚かれるようですね。
私の住む辺りでは兼業農家さんも多いので、ゴールデンウィークに田植えするのが一般的なようです。
秋の新米の季節が楽しみです。
海の旬はイシモチ、金目鯛などなど。
山の旬はサヤエンドウ、ニンジンなどなど。

5月5日はこどもの日。
「ほぼ日刊イトイ新聞」=「ほぼ日」は大好きなサイトです。そこでコピーライターの糸井重里さんが数年前のこどもの日(だったよな)に、こんなようなコラムを書いていました。
「世界中のあらゆる子供たちの一番の願いは、両親が仲良くあることなのです」
お互いを不幸にし合うような暮らしは解消するより仕方がないのでしょうし、客観的にも本人たちにとっても、離れるのが最善の方法であることが多いでしょう。
そうであっても、子供たちは誰も皆、自分のお父さんとお母さんが仲良しであってほしいと願わずにはいられない。
無理だと分かっていても、願わずにはいられない。
子供の頃、両親が口喧嘩するだけでもオロオロオロオロしたことを覚えています。
今では「喧嘩もボケ防止のうち」と、うっちゃっておきますが。

次回は「蚯蚓出」、5月11日に更新します。
…ミミズ…。



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by bowww | 2014-05-05 09:38 | 七十二候 | Comments(0)