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みどりつめたき(立夏)

 実家に帰ってドアを開けると、「我が家の匂いだ」と思う。
 結婚して家を出るまでは意識したことなどなかったのに、今では帰る度に鼻を掠める「我が家の匂い」を確認する。
 去年からはそこに、線香の匂いが混じっている。
 父は仏壇に、新しい花と毎朝の線香を欠かさない。

 母が亡くなって父が一人取り残された。
 私と姉は結婚し、家を出ていた。
 父は典型的な会社人間だったから、家の事など全くしたことがなかった。
 だが母は、虫が知らせたかのように、定年退職した父にあれこれ根気よく教え込んだ。
 おかげで母が亡くなった後、父はある程度、身の回りのことは自分で片付けられるようになっていた。
 今日も二階のテラスには、タオルやシーツが整然と干され、風に翻っている。
 几帳面な父は、毎日の家事といえども、きちんとこなさないと気が済まないらしい。
「ただいま」
「おう」
 父は私を出迎えると、そのままキッチンに引っ込んだ。
 後について、私もキッチンに向かう。
 見ればシンクの周りはピカピカだし、冷蔵庫の中も一目瞭然に整頓されている。
 万事おおらかだった母が主婦だった頃よりも、むしろ片付いているかも知れない。
「体調はどう?お薬は忘れずに飲んでる?」
 特に心配することはなさそうだが、ほかに話すこともない。
「ああ」
 父も簡単に答え、私が持ってきた柏餅の包みを見てお湯を沸かし始める。
 母は父と、どんな話をしていたのだろう。
 父は朝早くから夜遅くまで仕事に出ていたし、休日もあまり家にはいなかった。
 父と母が、ゆっくり会話を楽しんでいる様子は記憶にない。
 父の退職後、娘たちも家を出て、二人っきりになった二人はどうやって過ごしていたのか、そういえば私や姉はよく知らない。

 薬缶がシュンシュンと鳴り始めた。
 父は手際良く急須と湯呑みを取り出し、お湯を差して温める。
「あれ?お父さん、急須替えたの?」
 ホームセンターで間に合わせに買ってきた急須に代わり、夕日のような色の萩焼がテーブルの上に鎮座していた。
 ぽってりとした下膨れの形が可愛らしい。
「母さん、自分で買ってきたくせに、『もったいない』と言っては仕舞い込んでいたからな」
 戸棚を整理していると、新品の器やキッチンマットなどがわんさか出てきて、萩焼の急須も新聞紙で包まれたままだったという。
「俺だってそう長くないんだから、使わなきゃかえってもったいない」
 父はそう言いながら、少し冷ましたお湯を急須に注ぐ。
 会話が途切れて、二人でなんとなく庭を眺めた。
 狭い庭で、小手毬や山吹が吹きこぼれるように花を咲かせている。
「…春になったらぞくぞくと芽が出てきてな、何かと思っていたらチューリップやらヒヤシンスやら…。
 たぶん適当にありったけ、球根を植えたんだろう。
 まったく、母さんの残したものは不意に出てくるからな」
 かなわんよ、と苦笑しながら、父は湯呑みにお茶を注ぐ。
「母さんにもやってくれ」
 母が使っていた小ぶりの湯呑みを受け取る。
 仏壇の前に座ると、山吹の花束に埋もれて母の写真が見えない。
 父が柏餅を持ってきた。


  しぼり出すみどりつめたき新茶かな  鈴鹿野風呂


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この季節の小さな贅沢は、福岡・八女の新茶のお取り寄せです。
以前、伯母の家で頂いたお茶がとても美味しくて、訊ねてみると福岡の友達が毎年送ってくれる新茶だとのこと。
気前のいい伯母は、封を開けたばかりの新茶を一缶、お土産に持たせてくれました。
香りがよくて、渋みの中にほのかな甘みが感じられて、しみじみ「緑茶って美味しいもんだ」と思ったのでした。
今年も早速、いつものお店に注文しました。
あとは美味しい和菓子を見つけよう。

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田んぼにすっかり水が入りました。
田んぼの中を歩いていると、細い用水路にまで勢いよく水が流れています。
水路は田畑の血管。新鮮な水が隅々まで行き渡って、美味しいお米や野菜ができるのだと実感します。
そして、夜はカエルたちの大合唱が始まりました。
風のない朝の水鏡はもちろん良いですが、日が暮れた後、田んぼ地帯に点在する民家の明かりが、暗い水面に映り込む景色も好きです。
「早く帰って、カエルの声を聞きながら晩酌しようよ」と、酒の虫が騒ぐのです。

夏が特別好きなわけではないのですが、「立夏」という言葉を目にすると心が弾みます。
本当に良い季節ですね。

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by bowww | 2017-05-05 22:26 | 作り話 | Comments(2)