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磨いて待たう(清明)〜その1〜

 町外れの、もう廃止されたはずの簡易郵便局の屋根に、古ぼけた風見鶏が取り付けられました。
 日光や雨風に晒された看板が戸口に立てかけられ、近付いてよくよく見れば『春風郵便局』と読めます。
 町の人たちは慣れたもので、看板をちらりと横目で見ては「ああ、今年もそんな季節だね」と言うのです。
 春だけ開かれる郵便局の局長はハルばあさん。
 本名なのか郵便局の名前から取った愛称なのか、誰も知りません。
 頭のてっぺんで丸めた髪は真っ白で、腰はすっかり曲がっています。
 お客さんがやってくると、大きな目をぎょろりとさせます。
 小さな子供たちが初めてハルばあさんを見ると、お伽噺に出てくる魔女を思い出して泣き出しそうになります。
 それでも、期間限定の春風郵便局にはお客さんが絶えません。
 実はこの郵便局には、伝えたい想いを絶対確実に相手に届けてくれる葉書があるのです。
 想いを書き留めた葉書は、風が運んでくれます。
「春は四方八方から風が吹くからね。好都合ってことさ」
 だから、春風郵便局。
「葉書に書けるのはカタカナ十文字まで。それ以上だと重たくなって、風じゃ運びきれないよ」
 その葉書が一枚千円。
 ボロ儲けじゃないかと陰口を叩く人もいましたが、ハルばあさんは気にしません。
「春は短いんだ。稼がないとね」
 にやりと笑います。
 なるほど、魔女そっくりです。

 高校二年生の陽菜(ひな)ちゃんは、埃っぽい南風が吹く朝、郵便局にやってきました。
 頬を真っ赤に染めて、緊張した様子で千円札を取り出します。
 ハルばあさんは「ほいほい」と葉書を一枚、陽菜ちゃんに渡しました。
「そこにある色鉛筆でね。カタカナ十文字までだよ」
 陽菜ちゃんは少し迷って水色の鉛筆を手に取ると、より一層、頬を赤くしました。
 葉書の隅っこに小さな字で
『ズット ダイスキデシタ』と書き記しました。
 卒業して遠くの大学へ行ってしまう先輩宛てです。
「…お願いします」
「ほいほい。確かにお預かり」
 ハルばあさんは葉書をエプロンのポケットに仕舞いました。
 陽菜ちゃんは気が気ではありません。
「あの…本当に届くんでしょうか?」
 ハルばあさんは、じろりと陽菜ちゃんの顔を見返します。
「南風は昼近くなればもっと強くなるのさ。もうちょっとお待ち」
 陽菜ちゃんは黙るしかありません。
「先輩って人は男前かい?」
 陽菜ちゃんは、こくりと頷きます。
「ふぅん。さてはスポーツができて優しくて、皆の人気者だろ?」
 陽菜ちゃんは項垂れてしまいました。
 私なんか、先輩に釣り合うわけがない。告白なんて、とんでもない。
 だからせめて、好きだったとだけ伝えたい。
「でもねぇ、そんな人気者なら、届いた『ダイスキデシタ』は誰からのか分からないんじゃないのかい?」
 ハルばあさんは表に出て、風見鶏を見上げました。
「うん、こんなもんだね」と呟くと、ポケットから取り出した葉書を、ツイッと放り上げます。
 一際強く吹いた風が、白い葉書をひらりと攫っていきました。
 陽菜ちゃんも空を見上げます。
「ほら!ぼーっとしてない!命短し恋せよ乙女!」
 ハルばあさんが陽菜ちゃんのお尻を叩きました。
 陽菜ちゃんは、なんだか分からないまま駆け出しました。
 今ならまだ、先輩は駅に居るはずです。
 
 史郎さんが春風郵便局に飛び込んだのは、北風が吹きつける午後でした。
 冬に戻ったような寒さです。
「葉書一枚!」
 史郎さんは、カウンターにバンッと千円札を叩き付けました。
 ハルばあさんがじろりと史郎さんを見上げます。
 葉書を「ほれ」と渡しました。
 史郎さんは黒鉛筆で、ぐいぐいと書き始めました。
 どうやら職場の課長宛てのようです。
『クソッタレ シン…』
「お前さん、人を呪わば…って言葉知ってるかい?ほどほどにしとくこった」
 史郎さんはハルばあさんを睨みつけました。
 …が、眼力でハルばあさんに勝てるわけがありません。
 苛立たしげに、書きかけた後ろ半分に線を引くと、『ハゲチマエ』と書き直しました。
 ハルばあさんは、「やれやれ…。まぁ、仕方がないね、お預かり」と葉書を受け取りました。
 吹き荒れる北風は、ハルばあさんの手から葉書をもぎ取っていきました。
「で、お前さんの上司は禿げそうなのかい?」
「…てっぺんが結構、やばいです」
 課長はトイレの鏡の前で、時々、不安そうに髪を撫で付けています。
 その貴重な髪がゾクゾクと抜け始めたら、さぞかし慌てふためくだろうと想像すると、史郎さんの気持ちは少し晴れました。
「それにしても、そんなに嫌いな奴の下で働いてると、今にかお前さんも禿げそうだね」
 史郎さんは、思わず自分の頭を撫で付けました。


【…続きます】

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長くなりました。まだ半分。
残りは明日、更新します。
そして写真は、その場しのぎで昨年の桜です。手抜きでごめんなさい。
本当はまだ、蕾の状態です。今年は少し遅そうです。
それにしても、咲きたてほやほやのソメイヨシノは、こんなにもピンクが濃いんですよね。


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by bowww | 2017-04-04 11:47 | 身辺雑記 | Comments(0)

磨いて待たう(清明)〜その2〜

 東からの風は、微かに花の匂いを含んでいます。
 薬屋のコウちゃんは幼稚園に通う男の子です。
「ハルばあさん、葉書をください」
「ほいほい。お金は持ってるかい?」
 ハルばあさんは、幼稚園児といえど容赦はありません。
「うん!あるよ!」
 コウちゃんは背伸びすると、握り締めていた百円玉を三枚、カウンターに並べました。
「お年玉取っておいたの」
「…これなら、三文字分だね」
 無邪気なコウちゃんの笑顔にも、ハルばあさんは負けません。
「うん、いいの。三文字だけ、書く」
 コウちゃんはオレンジ色の色鉛筆を選ぶと、ハルばあさんに訊ねます。
「『あ』と『そ』と『ぼ』って、どうやって書くの?」
「やれやれ、字も書けないのに来たのかい」
 ハルばあさんは仕方がなく、お手本で「アソボ」と書いてやりました。
「ほら、これを見て書きな」
 コウちゃんは鉛筆を握り締めて、一生懸命、書き写します。
「違う違う、それじゃ『リ』になっちまう。点はもっと左…そっちの点じゃなくて!」
 結局はハルばあさんがコウちゃんの右手に自分の手を添えて、やっとのことで書き上げました。
 郵便局の風見鶏が、パタパタと揺れています。
 東風は葉書を受け取ると、コウちゃんが通う幼稚園の方へピュッと去っていきました。
 ハルばあさんは、曲がった腰をとんとんと叩き「やれやれ」とため息をつきました。
 コウちゃんは満面の笑みです。
「お前さん、友達がいないのかね?」
 コウちゃんは途端にしゅんとしてしまいました。
 ハルばあさんは、「ふん」と鼻で笑いました。
「『アソボ』は届いてるんだから、あとはお前さん次第さね。友達に会ったら、おっきな声で『おはよ!』って言ってごらん。お腹に力が入れば怖いものなんかなくなるさ」
 コウちゃんの笑顔、復活です。
「ハルばあさん、ありがとう!ハルばあさんは、きっと良い魔女だね!」
 手を振るコウちゃんに、ハルばあさんは力なく手を振り返しました。

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 中学生の智己君は喧嘩したお母さん宛てに『ベントウ ウマカッタヨ』、八百屋の仁さんは行方不明になった猫宛てに『マッテルゾ スグカエレ』、小学1年生の大樹くんは泣かせてしまった大好きなリカちゃん宛てに『モウシナイヨ ゴメンネ』。
 それぞれ風に託して送りました。
 夕子さんが春風郵便局を訪れたのは、桜の蕾がだいぶ膨らんだ穏やかな日でした。
 ハルばあさんはちらりと夕子さんを見ました。
 菫色のカーディガンを羽織った夕子さんは、去年の春に比べてだいぶ痩せています。以前はお日さまのような笑顔が可愛らしい女性だったのです。
 夕子さんは去年の秋、結婚を約束した彼を見送りました。夏の初めに見つかった病気が、あっという間に彼を連れ去ってしまったのです。
「葉書を一枚」
 夕子さんは藍色の鉛筆を取り、葉書を前に暫く考え込みました。
 そしてゆっくりと、『アイタイ アイタイ アイ…』と書きました。
「…足りないわ」
 困ったように微笑む夕子さんを、ハルばあさんは黙って見つめました。
「…やれやれ。一文字百円ずつ、追加料金を頂くよ」
「ありがとう!」
 夕子さんはまた少し考えてから、『…シテル』と書き足しました。
「ほい、お預かり。追加三百円」
 ハルばあさんは葉書と小銭を受け取ると、夕子さんを連れて外に出ました。
 霞がかった空はどこまでも穏やかで、風はまったくありません。これでは葉書が飛び立てません。
 夕子さんは心配そうに、ハルばあさんの顔を覗き込みました。
「やれやれ、今日が今季最後だから、大サービスさね」
 ハルばあさんは空に向かって手招きしました。
 すると、空の高い場所で機嫌良く歌っていた一羽の雲雀が、「チチッピー」と返事をするように一声鳴いて、二人の元に舞い降りたのです。
「ご苦労だけどね、この葉書を届けておくれ」
 雲雀は両足で葉書を掴むと、再び高く高く、天上を目指しました。
 すぐに姿は見えなくなりましたが、囀りだけはいつまでも降るように聞こえてきました。

 翌朝、夕子さんが家のポストを覗くと、白い葉書がありました。
『ソバニイル ナカナイデ』
 恐る恐る手に取り、読み返します。
『ソバニイル ナカナイデ』
 葉書は次の瞬間、はらはらと零れ落ちました。
 夕子さんの手のひらには、桜の花びらが数枚、残されました。
「大サービスさね」
 ハルばあさんの声が聞こえた気がします。

 桜が咲けば、春風郵便局は今季の営業終了。
 来年の春まで、長いお休みに入ります。


  白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう  斎藤 史


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長い!長過ぎる!
明日、ちょっとだけ更新します。

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by bowww | 2017-04-04 03:31 | 作り話 | Comments(0)