遠く行かんため(小暑)

 埃っぽい街道を、歩き、歩き、歩き疲れた辺りに、水を売る店がある。
 旅人は皆、地獄に仏とばかりに駆け込み、一杯の水を購っては「甘露」と飲み干す。
 人心地ついて、振り向けば来た道、前には行く道、遥々と見晴るかす小高い丘に立っている。
 南へ向かえば海、北を目指せば山。
 数多の旅人が、海辺の街へ山間の村へと街道を行き交う。

 若い男は、喉を鳴らして水を飲み、続けてもう一杯も浴びるように飲み干した。
 昨夜泊まった宿で、安酒を飲み過ぎたのだ。
 強い陽射しに、目の奥がずきずき疼き、吐き気が絶え間なくこみ上げる。
 水屋の裏にある木立の下へ逃げ込み、べたりとしゃがみ込んだ。
 元々重かった足は、萎えて二度と立ち上がらないかも知れない。
 男は海の街から歩いて来た。
 一旗揚げようと生まれ育った山の村を捨てて海の街へ下り、そして再び、ここに戻ってきた。
 男には何もない。
 残してきた家族も待っている親戚も居ない。
 行く当てもないまま歩き続けて、気がつけば故郷へ向かっていた。
 木立はみっしりと茂り、陽射しを遮ってくれる。
 汗で粘つくこめかみに、涼しい風が気まぐれのように通り過ぎた。
「これが海の匂いかね?」
 男は驚いて目を上げる。
 木陰には先客が居た。
 小柄だが、がっちりとした体躯に日に焼けた肌。髪も髭もすっかり白いものの、声は明るく強い。
 老人は南の方へ向かって、鼻をうごめかしている。
「風の匂いが変わった、海の匂いかね?」
 男は釣られて風の匂いを嗅ぐが、違いは分からない。
「…さぁ、どうでしょう。海はかなり向こうですから…」
「あんたさんは、海の方から来たのでしょ?分からないものかね」
 相手をするのは面倒と、男は返事もせず黙り込んだ。
 老人は男の顔色を眺め、懐から小さな瓶を取り出した。
「気付けになる。ちっと苦いが、飲めば後が楽だ」
 差し出された丸薬を、男はしぶしぶ受け取った。後で捨てればいいと思ったが、老人は目を離さない。
 仕方がなく、丸薬を飲み込んだ。
 舌を抓るような苦みが口に広がり、喉に流れ、胃の腑に落ちていった。
 一瞬、強烈な吐き気が迫り上がってきたが、それをやり過ごすと気分がぐっと楽になった。
「…ありがとうございました」
 男は素直に頭を下げた。
 老人は小さく頷いた。
 日は高く、影はいよいよ濃い。

 老人は先日、連れ合いを亡くした。
 生まれてこの方、故郷を離れたことはなかった。
 春夏秋冬朝も夕も、田畑を耕し、肥やし、穫り込み、家族を養ってきた。
 妻は海の街の出だった。
 よく働き、子を育て、老人を支えた。
 里帰りしたのは、ほんの数回だけだった。
 山の暮らしに、すっかり馴染んだのだと思っていた。
 だが、最期が迫った時、子供に帰ったような妻は「海を見たい、海を見たい」と呟いた。
 老人は途方に暮れた。
 今まで我慢していたのか、故郷が恋しかったのか。
 長年連れ添った相手の心中を、腰を据えて推し測ったことがなかったと気づいた。
 途方に暮れている間に、妻は死んだ。
 葬る前に、小指の骨だけそっと抜き出しておいた。
 それを懐深くに仕舞って、老人は初めて旅に出た。
 妻の育った街を見てみようと思った。
 骨はとても軽く、小さく、頼りなかったから、懐に手を入れて何度も確かめずにはいられなかった。

 若い男は立ち上がった。
 老人にもらった丸薬の苦みで、腸(はらわた)が動き始めた。
 萎えた足に、再び力が戻る。
「ここからもう少し歩けば、海がちらっと見える場所がありますよ」
 男は南を指差した。
「そうかね。それは楽しみだ」
 老人も立ち上がった。
 並んで木立から出て、白く伸びた街道に立つ。
「それじゃ、お気をつけて」
「あんたさんも」
 男は北へ、老人は南へ。


 やがて男は、風の匂いが変わったことに気づく。
 老人は、遠くに光る海の欠片を見つける。


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  緑陰に憩ふは遠く行かんため 山口波津女


梅雨明け間近になると大雨が降るというけれど、九州の豪雨はあまりに酷いです。
報道で映像を見る度に切なくなります。
被災された方々は、本当にお気の毒です。
どうかどうか、これ以上の被害が出ませんように。


先月、学生時代の友人たちと、「オトナの修学旅行in東京」に出掛けました。
東京駅で待ち合わせて、美味しいモノを食べたり、こじゃれたお店を覗いたり、夜はホテルで喋り倒したり。
メインイベントはスカイツリー!
個人では絶対に行かないであろう名所へ、ヤイヤイ言いながら繰り出しました。
…でも、超高い場所って、すぐに慣れちゃうものですね。
キャーキャー言ったのは最初の10分だけでした…。
蔵前のお店でオーダーしたノート(好みの表紙や中の紙、紙留めなどを選んで、その場でノートに仕立ててもらえる)をお土産に、大満足の修学旅行でした。
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友達は少ない方、だと思います。
大勢で賑やかに楽しむのが苦手で、気を使うぐらいなら一人の方がよっぽど気楽。
でも、粒選りの友人たちが各地に居てくれるだけで、いつもちょっとだけ元気になります。
安心して一人遊びができる。
ありがたいです。
…会えば互いに毒づいてばかり、なんですけど…。





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# by bowww | 2017-07-07 12:15 | 作り話 | Comments(0)