きらりと(立冬)

 目の前の絵が、香ったのかと思った。

 閉館時間が迫る美術館に駆け込み、とにかくお目当ての絵だけでもと、急ぎ足で館内を巡る。
 古今の日本画が並ぶ展示室に人気(ひとけ)は少なく、残った人たちは思い思いのペースで作品を眺めている。
 気忙しい足音が恥ずかしくなり、私も足を止める。
 目の前には、薔薇を一輪だけ描いた小品があった。
 タイトルに「冬薔薇(そうび)」とある。
 くすんだ金泥を背景に、紅を滲ませた薔薇の蕾が綻びかけている。金泥は、最後の花を包みこむ冬の陽射しのようだ。
 薔薇の香りが、鼻を掠めた。
 思わず絵に鼻を近づける。
 香るはずがない、作者名を確かめたふりをして一歩下がった。
「…あ!すみません!」
 知らぬ間に背後に立っていた誰かとぶつかってしまった。
「いえいえ、こちらこそ」
 穏やかな女性の声が返ってくる。
 グレーのニットワンピースに紫紺のストール、そのストールに真っ白な髪が映える。
 再び薔薇の香りが漂い、どうやらこの女性の香りであるらしいことに気がつく。
「良い絵ですものね、冬の薔薇」
 女性は静かな声で話を続けた。
「明日には寒さで枯れてしまうかも知れないけれど、それでも咲くのね」
 こちらを見ると照れたように微笑んだ。

 それをきっかけになんとなく歩調を合わせ、二人で展示室を回った。
 気に入った絵があれば足を止め、互いに一言二言感想を伝える。
 女性は小柄だか姿勢が良く、手の仕草が美しかった。
 そして動く度に、ふわりと薔薇の香りがした。上等なトワレなのだろうか、いやみのない自然な香りだ。
 作品を一通り観終わってロビーに出た。
「ご一緒できて良かった、楽しかったわ」と微笑む彼女に、思いきって尋ねてみる。
「あの、薔薇の香水をお使いですか?とても良い香りだから、羨ましくなってしまって…」
 女性はそっと私を手招きすると、持っていた栗色の小さなハンドバッグを開けて見せた。
 覗き込むと薄い花弁がひらりと揺れた。
 良く出来た造花かと目を凝らす。
 ピンクの薔薇、純白の薔薇、茜色の薔薇、クリーム色の薔薇、深紅の薔薇。
 みずみずしい香りが馥郁と立ちのぼる。
 作り物ではない。
 声も出せないまま顔を上げた私を、女性はいたずらっ子のような瞳で見つめ返した。
「私の薔薇たちは枯れないの」
 また何処かでご一緒しましょうと朗らかに告げると、女性は夕暮れの街へ歩いて行った。


  返り花きらりと人を引きとどめ 皆吉爽雨

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この薔薇は、返り花というより名残花と呼ぶべきでしょうね。
枯れていく庭の中で、最後の彩りを見せてくれていました。
日が落ちた直後、北風が時々吹く中で撮ったため、ふるふる震えているよう…。
…単なる手ブレです。。


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冬が来ました。
この数日は文字通りの小春日和で、カリンの蜂蜜漬けを作ったり、布団と一緒に日向ぼっこしたりと、お日さまの恵みを堪能しました。
写真は昨日の朝、駅のホームです。
里山の麓にあるため、朝日が届くのが遅いのです。
色づき始めたお社の銀杏が、光を受けてとても綺麗でした。



 

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# by bowww | 2017-11-07 18:29 | 作り話 | Comments(0)