第十候 雀始巣

 新幹線から単線のローカル線に乗り換え、窓際の席に落ち着いたところで、美緒がまたぐずり出した。
 通勤時間帯は避けたため車内は落ち着いてはいたが、まだかなりの乗客がいる。多佳子たちが座る四人掛けのボックス席にも、初老の女性が一人、腰掛けていた。
 多佳子は美緒を静かに揺すりながら「もうちょっとだからね、もうちょっと」と、無理を承知で宥めた。
 美緒は顔をしかめ、本格的に泣き声を上げ始めた。
「ごめんなさいね、もしかしたら赤ちゃん、ちょっと暑いんじゃないかしら」
 向かいの女性が話しかけてきた。
 確かに車内は暖房が入っている上に陽射しが射し込み、多佳子自身も軽く汗ばんでいた。風邪をひかせないようにと、必要以上に美緒に厚着をさせていたのかも知れない。靴下を脱がしてやると、美緒はようやく大人しくなった。
 女性は美緒を覗き込み、「ばぁ!」とあやす。美緒は涙がたまったままの目を大きく見開き、女性に手を伸ばした。
「可愛いわねぇ、何ヶ月?」
「ついこの前、10ヶ月になりました」
「じゃあ、うちの孫の方がちょっと大きいかな」
 そうだ、いいものがあるのと、女性は手提げ袋の中から小さな包みを取り出した。包装を解くと、タオル地のウサギのぬいぐるみが出てきた。振ると鈴の音がする。
 美緒は大喜びでぬいぐるみをつかみ、振り回して歓声を上げた。
「お孫さんへのプレゼントですよね?この子、ボロボロにしちゃいますから」
 多佳子は慌てて取り上げようとしたが、美緒は頑として手放さない。
「いいんですよ、お嬢さんが喜んでくれるなら差し上げるわ」
 女性は初めて息子夫婦の家に行くのだと言った。
 若い夫婦とは、小さな諍いがきっかけで疎遠になり、ここ数年は顔を合わせていなかったこと。家を建てて孫も生まれたと聞いて、居ても立ってもいられなくなって会いに来たことを、少し早口に多佳子に話した。
「私がいけなかったの。余計な口出しして息子を怒らせちゃった。謝らなきゃと思うんだけど、なかなかきっかけがなくてね。
 孫にも会わせてもらえるかどうか…」
 アナウンスが、まもなく次の駅へ到着することを告げた。
 女性が降りる準備を始めた。
 美緒は満足したのか、ぬいぐるみを握ったまま眠っていた。
 多佳子はそっとぬいぐるみを取り上げ、汚してはいないか確認してから
「…私も、五年ぶりの里帰りなんです」と呟いて女性に手渡した。
 電車がホームに滑り込んだ。
 軽い会釈と、照れくさそうな笑顔を残して女性は降りていった。
 多佳子は窓から日当りのいいホームを眺めた。
 ベンチに座っていた夫婦が立ち上がった。母親の腕の中には、美緒と同じくらいの赤ん坊が居る。若い父親が誰かに手を振った。
 電車がガタン…とひと揺れして、再び走り始めた。

 三つ目の駅で多佳子は降りた。
 改札口を出ると、小さな駅舎の脇に花壇ができていた。黄色や紫のパンジーが花を咲かせている。
 目を覚ました美緒に「ほら、お花が咲いてるね」と話しかけた。
 五年前には殺風景な空き地だった。
 多佳子の結婚に、両親はいい顔をしなかった。特に父親は激しく反対した。
 泣いて騒いで、二度と帰らないつもりでこの駅から電車に乗った。
 美緒が生まれなければ、戻ってこなかったかもしれない。
 早くに両親を亡くしていた夫が、「じいちゃんばあちゃんが居るって、大切なことだよ」と多佳子の背中を押した。
 花壇から離れ、タクシーに乗ろうとしたとき、多佳子と美緒の名を呼ぶ声が聞こえた。
 母が手を振りながら駆けて来る。
 父はその三メートルほど後ろを、面白くなさそうな顔をしてついてくる。
 ぶら下げている紙袋から、ぬいぐるみのウサギの耳がはみ出て、父の歩調に合わせてピコピコと揺れた。



〜雀始巣(すずめ はじめて すくう)〜



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春分です。昼と夜の長さが同じになって、ぐんぐん春めいてくる頃。
雀が巣を作り始める季節、ということですね。
生きとし生けるものが、本格的に動き始めるイメージなのでしょう。
人間界も年度末は何かと気忙しくて、ソワソワアワアワバタバタジタジタしたりするのです。
あまり雑雑したことに気を取られると、せっかくの春の萌しも見逃してしまいそうですね。日々反省…。
昔、庭に雀の立ちっ子(て、方言かしら?羽もまともに生えていないような雛のことです)が落ちていて、拾った母が大切に育てていました。
でも、いくら可愛がっても、まったく懐かなかったんですよね。
結局、ふとした時に外へ逃げ出してしまいました。
世間知らずのまま飛び出してしまったけれど、無事に寿命を全うできたのかなぁ。

海の旬は白魚(踊り食いでしょうか?未経験です)、ホタテ貝など。
山の旬は土筆(はかまを取るのが大変)、タマネギなど。

次回は「桜始開」、3月26日に更新予定です。
この辺りではまだまだ先ですが、桜の噂が聞こえ始めると居ても立ってもいられません。桜キチガイなのです。



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# by bowww | 2014-03-21 08:46 | 七十二候 | Comments(0)