石の椅子(大雪)

 冬の公園はあっけらかんと明るい。
 背の高い木々の葉は落ちて、骨格標本のような梢を北風に晒している。
 手袋も持ってくれば良かったと、マフラーに顔を埋める。
 日向のベンチを選んで座っても、やっぱり風が冷たい。
 皆、肩を竦め、足早に通り過ぎて行く。私を気にする人などいない。
 なんだ、こんなに簡単なことだったんだ。
 昼休みに学校を抜け出した。
 普通に帰り支度をして、普通に校門を出て、普通に駅まで歩いた。
 いつ呼び止められるか内心はビクビクしていたのに、誰にも咎められなかった。
 家とは逆方向の電車に乗ってから、スマホの電源も切った。
 こんなに簡単に行方不明になれるんだ。
 大きな公園がある駅で降りた。

 高校に入って友達が二人できて、楽しく過ごしてきた。
 でも、お昼を食べるとき、教室を移動するとき、トイレに行くとき、放課後、ちょっと遊びに行くとき。
 「とにかくいつでもなんでも一緒」なのが、正直なところ面倒くさくなっていた。
 女子は敏感だ。
 ほかの二人は、私より先に私の気持ちに気がついて、私より先に距離を置き始めた。
 無視ほどあからさまではなく、二人で遠巻きに私を見ているような。
 自分で招いたことだから仕方がないと思いつつ、やっぱり穏やかな気分ではいられない。
 このまま「ぼっち」になるのも怖い。
 スマホの電源を入れようとして手を止める。
 彼女たちから連絡が来ていれば面倒だし、来ていなければ気持ちがザワザワする。
 鞄にスマホを放り込み、文庫本を開いた。
 せっかく学校を抜け出したけれど、にぎやかな場所へ行く勇気とお金がない。
 宙ぶらりんな自分に、ため息が出る。

 やっと本に集中し始めた頃、お年寄りの夫婦がゆっくり歩いて来た。
 おじいさんは左足が少し不自由なのか、杖をついている。
 ベンチまで来ると、おばあさんが私に「お勉強中にごめんなさいね」と断って、おじいさんを座らせた。
 私は会釈して、右側を空けた。
 私、おばあさん、おじいさんの順番で並んで座る。
 おばあさんは持っていた小さな鞄を開けて、テキパキと水筒や紙包みを取り出した。
 おじいさんは杖に凭れて、生け垣を指差した。
「ああ、山茶花ね。咲いてますね」
 水筒には熱い焙じ茶が入っていたらしく、香ばしい匂いが届く。
「熱いから、しっかり持ってくださいよ」と、おじいさんの右手にカップを渡す。
 続いて紙包みをゴソゴソすると、もっと甘く香ばしい匂いが広がった。
 思わず横目で確認してしまう。
 たい焼きだ。
 おばあさんの膝の上に、むちっと太ったたい焼きが三匹並んでいた。おじいさんからカップを受け取り、代わりに紙でくるんだたい焼きを渡す。
「はい、どうぞ」
私の視界に、いきなりたい焼きが突き出された。
「…え?」
「お隣になったご縁。嫌いじゃなきゃどうぞ」
「…でも…」
「ついね、切りよく『三つください』って言っちゃうのよ。
 持ち帰っても冷めちゃうし荷物になるから、食べてもらったら助かるの」
 お腹がグゥ…と鳴る。
 そういえば、お昼を食べていなかった。
「それじゃ、いただきます」
 たい焼きは手のひらにズシッと重く、まだ温かかった。
 尻尾やヒレの先が少し焦げて、お腹の辺りは中の餡が透けて見えた。
 頭から齧る。
「あら、あなたも頭からなのね。うちの人もなの。私は尻尾から」
 おばあさんは笑って、尻尾を千切った。
「…あの、尻尾のカリカリした部分が好きで、最後に食べたくて…」
「私は餡の部分を取っておきたいのよ。だから本当はお腹を最後にしたいくらい」
 おじいさんは、私とおばあさんがお喋りしている間にたい焼きを食べ終えていた。
 おばあさんは再び、お茶を渡す。
 おじいさんはおばあさんの肘をちょいちょいと突く。
「そうね、お勉強の邪魔しちゃいけないわね」
「いえ、本を読んでいただけですから。こちらこそ、ご馳走さまでした」
 おじいさんは私の手元を覗き込み、本のタイトルを見てにっこり笑った。
「この人、学校の先生をしてたのよ。本が好きでね、家中、本だらけ。
 今は小さな字を読むのも一苦労だから、ほとんど宝の持ち腐れよ。
 それでも、本を読んでる若い人を見ると嬉しいんでしょうね」
 おばあさんが荷物を片付けている間、おじいさんは私の本を指差して、
「本はいい。本はいい」と二度呟いた。

 かじかんでいた指先が、たい焼きのおかげで少し温まった。
 ゆっくり歩いて行くおじいさんとおばあさんの背中を見送ってから、ぐんと伸びをする。
 足元に積もった枯れ葉がガサゴソと音を立て、日向の匂いが立ち込めた。


  枯れ葉のため小鳥のために石の椅子 西東三鬼

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寒くなりました。
あったか下着と貼るカイロが手放せません。
明日は雪の予報が出ています。
冬へまっしぐら。

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来年の手帳を買いました。
ここ数年、ほぼ日のウィークリータイプの手帳を買っていたのですが、どうしても最後まで使い切れず、もったいないことを繰り返してきました。
内勤なので、予定表としては月ごとのカレンダーだけで用が足ります。
今回は薄くシンプルなマンスリータイプの手帳を選びました。
表紙は向日葵みたいな陽気な黄色です。
仕事ばかりではなく、楽しい予定も書き込めるといいなと期待を込めて。



 

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# by bowww | 2017-12-07 22:40 | 作り話 | Comments(2)