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心かたむく(処暑)

 智花(ちか)と暮らし始めて四年が過ぎた。
 食事は智花が作って、僕が後片付けをする。週末には僕がカレーなんかを作ることもある。
 洗濯は一日おきに、先に帰った方が洗濯機を回しておく。
 ゴミ出しは基本的に僕がやっているが、細かい分別は智花に任せている。
 時には喧嘩もしながら、それでもスムーズに日々を過ごすため、役割分担やルールを決めてきた。
 おかげで居心地のよい毎日が送れている。
「誠司たち、居心地がよすぎて結婚のタイミングが分かんなくなってるんじゃないか?」
 共通の友人たちに、時々そう言われる。
 僕たちは二人とも、あまり実家に寄りつかないせいもあって、家族に結婚を急かされることもない。
「ま、ぼちぼちでいいんじゃないかな、てさ」
 互いに忙しいながらも、仕事は充実している。
 帰れば、気持ちよく片付いた部屋に気心の知れたパートナーが居る。
 僕は今の生活にとても満足している。

『ごめん、今夜も遅くなりそう。誠司もどこかで夕飯済ませて来てもらえると助かる』
 そろそろ帰る支度を始めようとした時、智花からメールが来た。
 最近、彼女は残業が多い。
 同年代の女性の同僚たちが産休に入ったり、育児中だったりで手が足りないのだという。
「こういう時、独身だと都合良く使われちゃうのよね」
 今朝も朝食を食べながら、智花は軽く愚痴をこぼしていた。
「でも、それだけ智花が頼りにされてるってことだろ?キャリアを積むチャンスじゃん」
「キャリアねぇ…」と苦笑いして、智花はコーヒーを飲み干した。
『こっちはもう上がれるよ。たまには夕飯作っとく。リクエストある?』
 今朝の智花の様子を思い出して返信したが、忙しいのか返事は来なかった。

 作ると言っても、大してレパートリーはない。
 週末用に買っておいたカレーの材料を、前倒しで使ってシチューにすることにした。
 パン屋でバケッドを、スーパーでワインを買って帰る。
 智花の帰りが多少遅くなっても、このメニューならすぐに温め直して食べられる。
 洗濯機を回している間にシチューを作る。野菜や肉は細かく切れば、煮込む時間が短くて済む。
(家事のスキル、実は上がってるよな、自分…)などと思いながら、出来上がったシチューを一人で食べる。少し考えて、ワインは開けずに冷やしておく。

 洗濯物を干し終えて風呂にも入った後、智花がようやく帰ってきた。
「おかえり。遅かったね、お疲れさん」
 智花の目元がほんのり赤い。微かに酒のにおいがした。
「うん、課長の接待に付き合わされた。『若い子だと気が利かないからさ、頼むよ』だって。いちいち腹立つわぁ」
 そう言いながらも機嫌は良い。
「それなら飯はいらないよな。ワイン冷やしておいたけど、どうする?」
「赤?白?ロゼ?」
「白。チリの。安いけど美味かったやつ」
「じゃあ飲む。これと」
 智花は、ぶら下げていたビニール袋から、桃を二つ取り出して見せた。
「どうしたの?それ」
「果物屋さんの前を通った時、『桃が大好きなんです』って言ったら課長が買ってくれたの。付き合ってくれたお礼だって。でも二個だけ。どうせなら、一山買ってくれればいいのにね」
 今夜の智花はよく喋る。
 確か智花の課長は、仕事ができて厳しいけれど、面倒見がよいから部下からの信頼も厚いという人だったはずだ。
 着替えもせずにお喋りを続ける智花から、桃を取り上げる。
 甘く濃厚な匂いに噎せ返りそうになる。
「皮つきのままでいいよな?」
 水道の水を勢いよく流して、桃をゴシゴシ洗う。
「うん、いいよ。ありがと」
 智花は座って、ゆっくりとグラスを口に運ぶ。
「誠司も飲むよね?」
 刃を立てると、桃は果汁と香りを迸らせた。
 桃の産毛が手のひらにこびりついて、チクチクする
 智花のお喋りは続いている。


  白桃や心かたむく夜の方 石田波郷

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青空をほとんど見られないまま、八月も下旬になりました。
そのくせ、しっかり暑いのですからやりきれません。
少しでも日が射すと、トンボたちが盛んに飛び交います。
夜には虫の声。
せめて穏やかな秋になりますように。

桃が大好きです。
先日、スーパーで1箱、オトナ買いしました。
でも、ビンボーなオトナなので、ついケチって1箱1000円のものを選んでしまいました(ほかは1670円とか、2700円とか…)。
見事に失敗。。
美味しくない桃ほど、悲しい買い物はありません。
母親に「好物を買うときは、ケチっちゃ駄目」と笑われました。
子々孫々、家訓として伝えていきたいと思います…。

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畳2枚分ほどの庭は、父のフリースペースです。
朝顔、向日葵、マリーゴールド、黄色い薔薇、トマト、茄子が植わっていてカオスです。
それでも、今年は朝顔がきれいに咲いてくれました。
もう暫くは楽しめそうです。

 

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by bowww | 2017-08-23 14:06 | 作り話 | Comments(0)

そよりともせいで(立秋)

 八月の昼下がり、中途半端に降った雨のせいで、街はまるで蒸し風呂だ。
 熱い空気に包まれて息も出来ない。
 普段、冷房が利き過ぎた屋内に籠って仕事をしているせいで、暑さにまったく免疫がないのだ。
 郵便局はすぐそこだからと、考えなしに出掛けたのがまずかった。書類の入った分厚い封筒が、手のひらの汗でじっとり湿ってくる。
 強過ぎる日の光を避けて俯けば、アスファルトの照り返しに灼かれる。 
 ようやく郵便局が見えて来た。
 少しほっとして、ふと気がついた。
 会社を出てからここまで、そういえば誰ともすれ違っていないじゃないか。
 平日のオフィス街、いくら炎天下とはいえ、人の行き来は絶えないはず。
 立ち止まって、辺りを見回す。
 人は居ない。
 後ろにも前にも左右にも、ビルの出入り口にも、店先にも、誰も居ない。
 白々と灼けた、がらんどうの街。ガラス窓は容赦なく光を返すだけ。
 貧弱な街路樹に凭れ掛って、大きくを息を吐いた。
 ビルとビルの間の細い暗がりに、目が吸い寄せられる。
 あそこを抜ければ…。

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○●○●○


 久しぶりにお盆に休みが取れたから、子供たちを連れて両親と姉家族が住む実家に帰省した。
 うちは男の子二人、姉夫婦には男の子と女の子、合計四人の子供たちが集まったわけだから、それはそれは賑やかな夏休みになった。毎日が保育園状態だ。
 プールに昆虫採集、バーベキュー、スイカ割り。家に戻ればお決まりのゲーム。
 子供のパワーは計り知れない。
 でも、女の子は一人だけだからちょっと分が悪い。お兄ちゃんたちに邪魔者扱いされて、泣きべそをかいていることもあった。
 最後の夜は花火大会になった。
 水を張ったバケツを置いて、火を点けるための蝋燭を灯す。
 子供たちが取り囲んで、花火に火が点く瞬間を息を詰めて見守る。
 パッと鮮やかな炎が立つと、一斉に歓声が上がった。
 一人一人に花火を持たせてやる。
 怖々と逃げ腰の子、持った途端に振り回して大人から叱られる子、ただうっとりと炎を見つめる子。
 反応はそれぞれだけれど、花火に照らし出された横顔は、どれも同じようなふっくら頬だ。
 いつもは大人しい姪っ子も、「ねぇ、こっちで花火やろうよ」と、隣の子の手を引いてはしゃいでいる。庭の隅で女の子たちの楽しげな笑い声が響いた。
 大人たちは縁側に座って、子供たちの様子を笑いながら見守っている。
 小さな五つのシルエットが花火の明かりに浮かび上がった。
 …五つ?
「…ねぇ、ご近所のお子さんでも呼んだ?」
「ううん?うちの子たちだけよ?」
 最後の花火が消えて、庭は急に静かになった。


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○●○●○


 帰宅すると、鞄を置くのももどかしく、買ったばかりの本を取り出す。
 アメリカのミステリ小説のシリーズ最新刊だ。やんちゃな主人公が傷だらけになりながら、事件の真相に迫っていく。小気味よい台詞の応酬や、個性的な脇役たちも魅力的なのだ。
 読み始めると止まらない。
 「ちょっとだけ…」のつもりで、自分の家なのに立ち読み。いつの間にかソファの端に腰を下し、そのままズルズルと床に座り込み、お尻が痛くなれば寝転がり、ページを繰るのに夢中になる。
「ほら!また!」
 母の呆れ声にも生返事で、読み耽る。
「暗い所で読むと目を悪くなるってば!」
 ついに後頭部を小突かれた。
 気づけば外はすっかり暮れている。
「…またやっちゃった…」
 慌ててカーテンを引いて明かりをつける。
 仏壇に水を供えると、写真の中の笑顔の母に、軽く睨まれた。


【お盆の頃三景】

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 そよりともせいで秋立つことかいの 上島鬼貫

残暑お見舞い申し上げます。
それにしても、この息苦しいほどの暑さ。
山国とは思えない粘っこさです。
今年の夏は、どうにも毒々しいですね。ノロノロ台風に大雨。
祈るような気持ちで、空を見上げています。


子供の頃、じい様にお話をしてもらうのが好きでした。
それもやっぱり、怖い話が大好き。
美しい幽霊がカランコロンと下駄を鳴らして恋しいお侍さんを訪れる話、大蛇がお寺の鐘に巻き付いて恋人を焼き殺す話、崩れた顔で亭主に恨み言を言う女の人の話。
もう少し大きくなってから、その怖いお話は、牡丹灯籠や安珍清姫、四谷怪談だったのだと知りました。
ほかにも、雨月物語・春雨物語を読んで「あれ?この話知ってる…」と思ったものは、たぶん、じい様の話で聞いていたのでしょう。
そのせいか、ン十年たった今でも、怪談や不思議な話が大好きです。
昔は夏になると、テレビで「本当にあった怖い話!心霊特集!」といった番組をよくやっていましたね。
喧嘩ばかりしていた弟と、この時ばかりは一緒に毛布にくるまって(暑いって!)、テレビを見ていたのを思い出します。
あ、ホラー映画は駄目です、緊張感に耐えられない。
お化け屋敷も嫌い。
肝試し的に、心霊スポットに行くのも絶対NG。
人には入ってはいけない領域があって、そこは尊重すべきだと考えているので。
…単なるビビリですね。


 


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by bowww | 2017-08-07 09:47 | 作り話 | Comments(0)