<   2017年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

持重りする柔らかさ(雨水)

 店に入るまでは、一つずつ、と決めていたのに。
 頬っぺたが苺大福のような女の子が、ニコニコしながら注文を待っている。
「…あら、うぐいす餅も出たのね」
「はい、さきほど本店から届いたばかりですから、特に柔らかいんですよ」
 受け答えが明るくて気持ちいい。
「…じゃあ、桜餅と草餅、うぐいす餅を二つずつ…」
 ガラスケースから目を上げて、女の子の顔を見て、
「苺大福も…」という言葉はやっと飲み込んだ。

 一人暮らしなのに、「一つだけ、お願い」がなかなか出来ない。
 一つだけ包んでもらうのが申し訳ない気がするし、寂しい人と思われるのが嫌だという見栄も、多少あるのかもしれない。
 餅菓子の包みは、見た目よりも重いし傾けられないから、意外と気を使う小荷物だ。
 バスに乗り込み、膝の上に包みを置く。
 包装紙越しに、桜の葉がふわんと香った。
 バスの中は暖房が効いて暖かい。数少ない乗客は皆、私と同じような年寄りばかりだから静かなものだ。
 つい、うとうととしかけて目を覚ます。
 気がつくと、隣の席に誰かが腰掛けていた。
 そっと隣を窺うと、むき出しの膝小僧が見える。
 年がら年中日に焼けて、擦り傷切り傷かさぶたが絶えない膝小僧だ。
 こんなたくましい膝は、今時なかなかお目にかかれない。
 その上に、握った手をちょこんと乗せて、男の子はおとなしく座っている。
 小学校の五年生ぐらいだろうか。
 停留所でバスが止まり、開いたドアから冷たい風が吹き込んだ。
 桜餅の葉が、再び香る。
 ぐうぅぅう…!
 びっくりするほど大きな音で、男の子のお腹が鳴った。
 思わず、隣を覗き込む。
 男の子は顔を真っ赤にして俯いている。
 桜餅の匂いに釣られてしまったらしい。
 だとしたら、私にも責任がある。
「あのね、ちょっと助けてもらえないかしら」
 私は男の子に声を掛けながら、包みを手早く開いた。
「私ね、帰っても一人なのに、こんなに沢山、お菓子買っちゃったの。
 半分、もらってもらうとすごく助かるんだけど…」
 私の膝の上で、薄いビニールフィルムにくるまった桜餅、草餅、うぐいす餅が行儀良く並んでいる。
 私はハンカチを取り出した。出掛けにアイロンをかけておいて良かった。
 男の子はまん丸な目で私を見た。
「…いいの?」
「うん。人助けだと思って。それとも、こういうお菓子は嫌いかな?」
 ぶんぶんと頭を横に振る。
 日向の匂いがした。
「…妹が、桜餅食べたいって言ってた」
「それなら良かった」
 私が降りる停留所が近い。大急ぎでハンカチに三つ、餅菓子をくるむ。
 アナウンスが停留所の名前を告げる。
 慌てて降車ボタンを押してから、男の子の膝にハンカチの包みを置いた。
「妹さんと仲良く食べてね」
「はい。ありがとうございます!」
 席を立つ私に、男の子は嬉しそうに頭を下げた。
 ハンカチの包みを、両手で抱えている。

 家に戻って、熱いほうじ茶を淹れる。
 桜餅を食べる。葉っぱもむしゃむしゃ食べる。
 湯呑みや皿を洗った後も、指先に桜の葉の香りが残っている。
 ちょっと愉しくなって指をくんくん嗅いでいるときに、唐突に思い出した。
「お兄ちゃん…」
 昔々、私はよく熱を出して寝込む子供だった。
 あの日もたぶん、風邪をひいて寝ていたのだと思う。
 五つ年上の兄が、そっと部屋に入ってきて枕元に座った。
 神妙に正座している。
「桜と草とウグイス、どれがいい?」
 熱でぼんやりした頭では、何を言われているのかさっぱり分からない。
 腫れぼったい瞼をこじ開けると、得意げな兄の顔が見えた。
「やっぱり桜だよな?俺はウグイス!」
 私に見えるように、枕元で包みを解く。
 開いたハンカチの上に、桜餅、草餅、うぐいす餅が行儀良く並んでいた。

「それで、草餅はどうしたんだっけ?」
 半分こ、したんだっけ?
 もう居ない兄に、胸の中で呼びかけてみる。

 
鶯餅の持重りする柔らかさ 篠原温亭

 
b0314743_02364193.jpg


我が家はやたら風通しが良い土地に建っています。
夜、気持ちよく眠っていると、「ドンッ!ミシミシッ!」という音で目が覚めます。
南風が全力で体当たりしてくる音です。
お願い、安普請なんだから、もう少し手加減して。。
一昨夜のこの南風が、春一番、になるのでしょうか。
暦に合わせたように、昨日は雨が降りました。
ただ、雪ではないとはいえ、冷たい雨です。
春一番が吹いた後は、「必ず、絶対、確実に」寒くなりますよ、と何人もの気象予報士さんが言ってました。
最近は天気予報だけでなく、気象の仕組みを分かりやすく解説してくれるのでありがたいですね。
解説の通り、本当に今日は冬に逆戻りの寒さです。

b0314743_02352317.jpg

写真は二枚とも、一昨日、家の近くをフラフラ歩いて撮ってきたものです。
薄氷(うすらい)などという儚げな氷ではありません。日が当たらない場所はがっつり凍りついたままです。
一方で、南向きの土手の斜面には、柔らかい草が萌え始めています。
冬と春を行ったり来たり。
当分は、冬が優勢、でしょうか。

 
 

[PR]
by bowww | 2017-02-18 10:52 | 身辺雑記 | Comments(2)

二月の桜の木(立春)

 煙草の巻き紙が焼けて、チリリと音がする。
 風に煽られないようにと覆った手の内を、ライターの炎が照らす。
 あんな小さな火に縋りついているみたいだと、女は思った。
 煙草を吸う男の肩と背中が丸い。
 三年前は、もっと角ばっていた気がする。
「じゃあね」
 男は驚いたように女の顔を見る。
 女はにっこり笑って手を振った。

 思っていたよりさっぱりしたものだと思う。
 別れ話らしい話もしないまま、もう会わないと決めた。
 こちらが連絡しなければ、きっとこのままになる。
 男はいつも、何も決めない。
 主導権を握っているのは自分だと思っていたが、案外、都合良く扱われていたのはこちらの方だったのか。
 男を狡いと決めつけるのは容易いが、それはフェアではない。
 ぐるぐるとそんな自問自答を繰り返す時点で、終わっていたのだと女は思い定める。

 駅へ向かう。
 帰宅途中の人の流れに逆らって、いつもより大股で歩く。
 ここの商店街の総菜屋でコロッケを買って、駅前のコンビニで缶ビールを買って、小さな公園のベンチで花見をした。
 女の足が止まる。
 コンビニの前だった。
 そのまま店に入り、甘ったるいミルクティーを買った。
 店を出て少し歩き、公園の前で再び立ち止まる。
 日没直後、夜が来る手前の薄青い闇が辺りを包んでいた。
 女は冷えきったベンチに座った。
 あの日満開だった桜の木の梢は、藍色の空に細々とした枝を広げ身震いしている。
 風が冷たい。
 まだ温かいミルクティーの缶を握り締める。

「ごめん!マジでごめん!もうしない、しません!ほんっとにごめんなさい」
 突然響いた声に驚き、女は声の主を探した。
 桜の木の下、高校生らしき男の子が携帯電話で誰かと話している。
 相手は彼女なのか友達なのか、内容までは聴き取れないものの、懸命な様子は離れていても分かった。
 やがて声の調子は嬉しそうに変わって、どうやら思いは伝わったらしい。
「…良かったぁ、電話出てくれて。超嬉しい、マジで」
 やはり彼女だろうか。
 女は思わず笑みをこぼす。
 冷めかけたミルクティーを飲み干し、甘ったるさに顔をしかめながら立ち上がった。
 今度は男の子が、びっくりした顔で女の方を見た。
 ちょうど瞬きする時間ぐらい余分に、女は彼の顔を見返した。

 女は再び、大股で歩き出す。
 強い向かい風が、髪にまとわりつく煙草の匂いを吹き飛ばしてくれる。
 この街へは、多分もう来ない。


   少年がもたれ二月の桜の木   坪内稔典


b0314743_22472030.jpg

少しずつ少しずつ、日が長くなっています。
「日脚伸ぶ」という言葉がぴったりくるのは、まだ先になりそうですが、日向の暖かさがしみじとありがたい季節です。
立春。
「春」ということばがちらつくだけで嬉しくなります。
実際はまだまだ凍えるほど寒かったり、雪が降ったり(それも春が近づくほどドッサリ重たい大雪)する季節なのですが…。

b0314743_22470312.jpg

写真は、私が尊敬する一本桜の枝先です。
厳しい余寒を乗り越えるため、まだキュッと堅く閉じています。
木全体がほんのり紅色を帯びてくるのは、一ヶ月ほど後でしょうか。
老いて罅割れた太い幹の奥では、きっと着々と春の準備が進んでいるはず。
今年も見事な花を見せてもらえますように。



[PR]
by bowww | 2017-02-04 22:48 | 身辺雑記 | Comments(0)