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誉めぬむすこ(小雪)

 親父の十三回忌の打ち合わせをしたいと弟から電話があった。
「週末あたり、時間取れないか?」
「すまんな、今週末は俺、S市で取材なんだよ」
 それならS市で落ち合おうと言う。
 小さいとはいえ、弟は会社を経営している。
 身軽に遠出ができる立場ではないだろうに。
「実は週明けに、S市の隣街へ出張する予定だったんだ。
 前倒しで行って兄貴と会って、当日、うちの連中と合流すればちょうどいい」
 そこまで段取り良く進むなら、こちらに否やはない。
 土曜日の夜、私がS駅に弟を迎えに行くことになった。

 親父の印刷会社を継いだのは、長男の私ではなく、四歳下の弟だった。
 親父は早い段階で私に見切りをつけていた。
 私は飽きっぽくて放浪癖があり、協調性がない。
 一方の弟は、真っ正直で粘り強く、何よりも周囲の人間を大事に扱った。
 弟の方が、明らかに経営者にふさわしい。
「本当はお前の能天気を、少しばかりあいつに分けてやって欲しいぐらいなんだが…」
 全く当てにならない長男に、親父は一度だけそう言ったことがある。
 確かに、四角四面な性格は世渡りするのも難儀だろう。狡く立ち回らなくてはいけない場面もあるはずだ。
「それでも、俺よりはずっとマシだろ?」
 親父のなんとも言いようのない情けない顔が、今でも忘れられない。
 弟は周りの期待に応えて、手堅く会社を切り盛りした。
 おかげで私は野放し状態で、好きなことをさせてもらった。
 文章を書いて、なんとか食べていけるだけの収入を得ている。

 S市で見つけた小料理屋に弟を案内する。
 港がある街だけあって新鮮な魚が旨い。
 刺身の盛り合わせを突き、牡蠣と豆腐を炊き合わせた椀物を啜って、弟と顔を見合わせる。
「こういう料理がしみじみ旨いと思う年になったよな」
 にやりと笑う弟の生え際はだいぶ後退して、亡くなった親父にますます似てきた。
 酒を注いでやりながらそう言うと、
「兄貴の腹だって、父さん並みの貫禄じゃないか」と返された。
 カウンターの向こうで女将がくつくつ笑う。
「お二人がご兄弟だってすぐに分かりましたよ。そっくりですもの」
「こんなハゲと?」
「こんなデブと?」
 同時に叫ぶ。
 ほら、息もぴったりと、女将はころころ笑い転げた。

 若い頃、私は弟が苦手だった。
 一緒に居ると息が詰まった。
 自分で好きなことをしているくせに、人望が厚い弟を妬んでいたのかも知れない。
「俺、兄貴が嫌いだったよ」
 酔いの回った弟が、ぽつりと言った。
 私は黙ったまま弟に酒を注いだ。
 手酌でいこうとした私から徳利を取り上げ、今度は弟が酒を注ぐ。
「嫌いだったんだけどなぁ」
 飲み干せば、緑釉の杯の底がてろりと光る。

 店を出ると、北風が切るように冷たい。
「雪の匂いがするな」
 もう一軒、と誘うまでもなく、弟と私は同じ歩幅で歩き始めた。


  初雪を誉めぬむすこが物に成(なり)  武玉川

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ここ数日は穏やかに暖かい日が続いたのですが、明日には雪が舞うかも知れないという天気予報です。
暦通り、雪の気配が近づいてくる季節です。
「武玉川」は江戸中期の雑俳集。
連句が大流行した江戸中期、俳諧のお師匠さんが作った初めの句に、お弟子さんたちが続く句(付け句)を詠んで添削してもらって腕を磨いたそうです。
その付け句の面白いものを集めたのが「武玉川」で、今読んでも「そうそう!あるある!」という人生の機微が、短い言葉で描きだされています。
…と、ネットで調べてみました。
田辺聖子さんの「武玉川・とくとく清水」という本がとても面白かったので、探し出して読み返そうと思います。

今年はあまり美しい紅葉に会えなかった気がします。
お天気のせいなのか、平地は鮮やかさに欠けていたような…。
昨年、見事な黄落を見せてくれた銀杏の大木も、今年の色づきは今ひとつ。
不完全燃焼のまま、冬本番を迎えそうです。
師走が目前、気忙しさばかりで仕事が捗りません。
ああ、一晩寝たら新年になっていればいいのに!
…もちろん、仕事も大掃除も年賀状もなにもかも済んだ状態で。


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by bowww | 2016-11-22 04:03 | 身辺雑記 | Comments(2)

玉のごとき(立冬)

 目の前を、女子高生たちがキャラキャラと通り過ぎていく。
 ベビーカーを押す若い母親が、なにやら我が子に語りかけながら通り過ぎていく。
 揃いの服を着た幼稚園児たちが、学生のような保育士にじゃれつきながら通り過ぎていく。
 買い物帰りらしい老いた夫婦が、荷物を分け合ってゆっくりと通り過ぎていく。
 誰も彼もが幸せそうに、楽しそうに見える。
 最初は小さな失敗だった。すぐに立て直せるはずだった。
 しかし、一度掛け違えたボタンはずれ続け、正しい場所はどんどん遠のいていった。
 そして、空っぽになった。
 行き先はもちろん、戻る場所さえなくなった。
 公園のベンチに座り込み、時が過ぎてくれることだけを待っている。

 小さな男の子が駆けてきて、ベンチの隅に何かを置いた。
 そしてまた、向こうへ駆けていく。
 視界の隅に鮮やかな黄色が飛び込んできた。
 見れば黄色の銀杏の葉が一枚。
 また駆けてくる。
 今度は赤く色づいた桜の葉三枚。
 次はもう一度、銀杏を二枚。
 その次は松ぼっくり。ハナミズキの赤い実も。
 ベンチの上は、たちまち賑やかになった。
 男の子を呼ぶ声がした。母親らしい。
 彼は初めてこちらを見てにっこり笑った。
「ほら、いっぱいきれいね」
 そして母親のところへ駆けていった。

   玉のごとき小春日和を授かりし  松本たかし


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秋らしい心地好い季節をほとんどスキップして、いきなり冬がやってきました。
山が雪を冠りました。根雪になるのはもう少し先かもしれませんが、あの雪が徐々に下に降りてきて、里も冬になるのです。
年の暮れが見えてきました。気が焦ります。。


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by bowww | 2016-11-07 01:32 | 身辺雑記 | Comments(0)