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大寒 その2

【前回からの続きです…】


 会わなければ良かった。
 妖精は思いました。
 男の子は立派なおじさんになっていました。
 少し立派になり過ぎたようです。
 小さいとはいえ、会社の社長になっていました。
 一代で築いたのですから、相当な努力をしたのでしょう。
 でも、得たものより失ったものが多かったのか、いつも不満げな様子でした。
 従業員が気に食わない、妻と子供が気に食わない、政府が、社会が気に食わない。
 不自由のない暮らしぶりなのに、常にいきり立ったままの肩は物欲しげで貧相でした。
 大きな目は、ただギョロギョロと何かを睨みつけるだけの道具になっていました。
 妖精は力なく飛び立ちました。

 彼が赤ん坊だったときに暮らした家は取り壊され、立派なマンションになっていました。
 妖精は見覚えのある電信柱の天辺に座って、ぼんやり雲を眺めました。
 空もあの頃に比べれば、だいぶ狭くなりました。
 男の子に何があったのかは分かりません。
 つらく悲しいことがあったのかも知れません。
 大きな夢を抱いて、がむしゃらに働いたのかも知れません。
 いずれにしても、五十年もあれば人間は別人のように変わってしまう。
「…つまんないの」
 妖精は口笛を吹きました。
 でたらめの旋律は、やがて懐かしいあの子守唄に変わりました。

 彼の「終わり」は、思いの外、早くやってきました。
 長年の無理が祟ったのか、彼の体はあちらこちらガタがきていたのです。
 社長が倒れると、会社は呆気なく人手に渡りました。
 ワンマン経営のせいで部下は育たず、従業員たちには愛社精神など欠片もありませんでした。
 社長という肩書きがなくなった途端、彼の周りには誰もいなくなりました。
 家族でさえ、彼を病院に入れた後は滅多に顔を出しませんでした。
 見舞いに来てくれるような友人など、もちろんいるはずもありません。
「野垂れ死にの方がまだマシだ」
 毒づく彼は、病院の中でも厄介者でした。
 一人だけの病室は花さえなく(彼が鼻先で笑って、「邪魔だ」と片付けさせたのです)、冷たい北風が吹く窓の外と同じぐらい、寒々としていました。
 妖精は病室の隅っこで膝を抱えて、ベッドに横たわる彼を見ていました。
 目を覚ましている間は、体中を襲う激しい痛みに唸っているか、悪態をついているかのどちらかでした。
 薬でうつらうつらと眠っている間、妖精は静かに子守唄を歌いました。
 彼に届くことのない歌は、空っぽの病室に悲しく響きました。

 彼が浅く短い眠りから覚めると、小さな女の子がベッドの傍らにいました。
 お喋りを始めたばかりの孫娘です。
 さすがの彼も、この初孫にだけは笑顔を見せることもありました。
「…雪の匂いがするな」
 孫娘の母親、彼の長女は立ったまま、
「…ええ、降り始めました」と、素っ気なく答えました。
 女の子の手を離さず、用が済んだらすぐに立ち去るつもりでした。
「おじいちゃん、起きて。もう朝ですよ」
 女の子は無邪気に祖父の体を揺すります。
 母親が慌てて止めて、
「おじいちゃんは病気なの。体が痛くて起きられないのよ」
と説明しました。
「痛いの?かわいそうね。寝んねして早く治してね」
 女の子は椅子によじ上ると、彼の体を布団の上からポンポンと優しく叩きました。
 そして、たどたどしく歌を歌い始めました。
 見守っていた妖精は、「…あっ」と声を上げました。
 彼は、重たい瞼を無理矢理押し上げて、女の子の顔をしげしげと眺めました。
 どこかで聞いたことがある。
 メロディーがじんわりと胸に広がります。
 どこで聞いた?誰が歌ってた?
「これ、寝るときにママが歌ってくれるお歌だよ」
「…亡くなったおばあちゃんが、よく歌ってくれたんです」
 ああ、そうだ。懐かしい歌だ。
 明るい暖かい部屋で、母親と…それと誰かもよく歌っていた。いつも誰かがそばに居た。確かに居た。
 彼はゆっくり目を閉じました。
 そう、誰かがいつも居てくれた。

「おじいちゃん、寝んねしたの?」
「そうみたいね、起こしたら悪いから静かに帰ろうね」
 母親に手を引かれて病室を出るとき、女の子は振り向いて、妖精にニッコリ笑って「バイバイ」と言いました。
 妖精は黙って手を振りました。

 翌朝はよく晴れた分、一際(ひときわ)冷え込みました。
 昨日降った雪が辺り一面を覆い尽くし、朝日に眩しく輝いています。
 まっさらな朝です。
 彼の心臓は、もうすぐ止まります。
 妖精は小さな小さな花を手に、彼の枕元に居ました。
 水晶のような氷でできた純白の花です。
「これなら溶けちまうから、邪魔にならなくていいだろ」
 妖精にとっての精一杯の「贈り物」でした。
 彼は目を閉じたまま、ニッコリ笑いました。
 そして、大きく深い呼吸を二つしました。
 子守唄が聞こえます。


大寒=1月21日〜2月3日頃
初候・款冬華(ふきのはなさく)次候・水沢腹堅(さわみずこおりつめる)末候・鷄始乳(にわとりはじめてとやにつく)



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暦通りの寒さの底です。
今日は奄美大島で、実に115年ぶりの雪がちらついたとか。
南の島で見る雪なんて、ちょっとロマンチックな気もしますが、住んでいる方々は大変でしょうね。
大きな災害になりませんように。

母と行ったスーパーで、出来心で「焼き芋」を買ってみました。
野菜売り場の近くなどで、甘く焦げたような匂いを立てているアレです。
「紅はるか」と「安納芋」を一つずつ。
寒くて小腹が空いていたから、ちょっとした虫養いのつもりで。
お行儀悪く、車に乗ってすぐ半分こして食べてみてビックリ。
しっとりねっちり、蜜が滴るような甘さです。
これは良いおやつを見つけてしまいました。
最近、チョコレートの食べ過ぎだと反省していたので(この季節、コンビニもスーパーも新作チョコがたくさん並ぶから、ついつい…)、こちらに乗り換えようと思います。
ただ、焼き芋はコーヒーとは相性が悪いですね。
何と合わせれば美味しいかしら。


次回の作り話は、2月4日「立春」に更新します。

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by bowww | 2016-01-24 21:59 | 作り話 | Comments(0)

大寒

 雪催いの早朝、その家の窓にはぼんやりとオレンジ色の明かりが滲んでいました。
 やがて明かりが消え、大きなお腹を抱えた若いお母さんが玄関から出てきました。
 若いお父さんが、彼女の足元を気遣いながら車のドアを開けて、エンジンを掛けます。
「雪の匂いがするね」
 若いお母さんは、短い呼吸を繰り返しながら空を見上げました。
「三人で帰ってくる頃には、雪景色かな」
「俺、雪だるま作って待ってるよ」
 お母さんはニッコリ笑って、お腹をそっと撫でました。
「だから元気に出ておいで」
 車は、産院を目指して、そっと発車しました。

 妖精は、車を見送ると空を見上げました。
 雪雲が重く広がる空も、薄明るく白み始めました。
「雪の匂いがする」
 若いお母さんの真似をして呟いてみました。
 あの家にはもうすぐ、ちっぽけな赤ん坊が来る。
 妖精は自分がどこで生まれたのか、誰が親なのか知りません。
 気がつくと、そこに居たのです。
 冬の或る朝、細く凍える梢にぶら下がって、日の光に透けていく三日月を眺めていました。
 それが妖精の始まりの日でした。
 妖精は、人間たちにとても興味がありました。
 もうすぐ生まれる赤ん坊の始まりと終わりを見届けてやろう。
 妖精は家を見下ろす電信柱の天辺で、両足を機嫌良くバタバタさせました。

 人間の赤ん坊って、なんてフニャフニャ頼りないんだろう。
 妖精はベビーベッドの中を覗き込んで思いました。
 見え始めたばかりの目をクリクリ見開き、玩具のような手足をモゴモゴ動かし、そして突然、ビックリするような大声で泣きます。
 まったく理解できません。
 でも、若いお母さんにはちゃんと泣き声の意味が分かるようで、「おむつが濡れたかな?」「お腹空いたのね」「そう、眠いんだ」と話しかけながら赤ん坊を抱き上げます。
 すると赤ん坊はピタリと泣き止み、お母さんの顔を見上げるのです。
「まったく変な生き物」
 妖精はお母さんの肩越しに赤ん坊を眺めました。
「…でも、いい匂いがするな」
 ミルクとお日様の光が混じったような、あたたかな匂い。
 妖精は、そっと赤ん坊の頭に鼻を寄せました。
 ぴしゃり!
 赤ん坊が振り回した手が、妖精の鼻を直撃しました。
「いってぇ!」
 思わず鼻を押さえた妖精の方を向いて、赤ん坊はキャッキャと笑い声を上げました。
「あら!初めての笑い声!ねぇ、聞こえた?」
「聞こえた聞こえた!録音しておけば良かった」
 お父さんもやってきて、お母さんの胸の中にいる赤ん坊の顔を覗き込みました。
 妖精は悔しくて、思いっきり「あかんべぇ」をしてやりました。
 赤ん坊は、もっと楽しそうに笑いました。
「今日はご機嫌さんねぇ」
「この笑い声を聞くと、嫌なことなんて全部忘れちゃうな」
 お母さんは赤ん坊を静かに揺らしながら、小さな声で子守唄を口ずさみました。
 お母さんのお母さんが歌ってくれた古い歌です。
「俺まで眠くなっちゃうよ」
 お母さんとお父さんは、顔を見合わせてクスクス笑いました。
 妖精はなんとなく面白くなくて、部屋を出ました。
 電信柱の天辺に座って、
「ほんと、人間って変な生き物」
 と、口を尖らせました。
 そしてそのまま、口笛を吹きました。
 お母さんが歌っていた子守唄のメロディーです。
「この曲は気に入ったけどね」
 妖精の口笛は、雪解けを誘う柔らかな陽射しに溶け込んでいきました。

 妖精が顔を出すと、赤ん坊はいつも嬉しそうに手を振ります。
 これぐらいの小さな人間は、妖精ととても近い所に居るのです。
 妖精はわざとしかめっ面をしてやるのですが、赤ん坊の笑い声は嫌いではありませんでした。
 胸の奥がくすぐったくなるのです。
 妖精は気が向くと、子守唄を歌ってやりました。
 お母さんがいつも口ずさむ歌を、妖精が勝手に歌詞を替えて歌うのです。
 風や鳥が教えてくれた物語や、遠い国のお伽噺、妖精が見てきた美しい風景。
 赤ん坊は目をクリクリ輝かせて、妖精の歌に聴き入っていました。
 そのうちスヤスヤ眠り始めます。
「おい、最後までちゃんと聞けよ」
 妖精はフワフワのほっぺたを抓ってやろうと手を伸ばすのですが、結局は優しくそっと突くだけなのです。
 赤ん坊は眠りながら微笑みました。

 赤ん坊はスクスク育って、やんちゃな男の子になりました。
 立って歩いて喋って、昨日よりも今日、今日よりも明日、できることがどんどん増えていきます。
 時間がゆったりゆったり流れている妖精にとっては、目まぐるしいほどの変化でした。
 或る日、男の子が不思議そうに妖精を見つめました。
 まるで初めて気がついたように。
「ママ、あれはなぁに?」
 妖精を指差して叫びました。
 妖精は悟りました。
 お別れの時です。
 男の子はもうすぐ、妖精の歌声が聞こえなくなるでしょう。
 その次には妖精の姿が見えなくなります。
 やがてすっかり忘れてしまうのです。
「こっちからおさらばだよ」
 お別れに何か「良き贈り物」をしたかったのですが、妖精にはまだその力はありませんでした。
 そのかわりに、「あかんべぇ」をして部屋を出ました。


 妖精は、男の子が住む街を離れて、世界中を旅しました。
 高いビルがニョキニョキ伸びて大勢の人間がひしめき合う大都会から、幼い女の子が何キロも離れた井戸に水を汲みに行く山村まで、思いのままに。
 何年も何年も旅をして、たくさんの人間の始まりと終わりを見てきました。
 幸せな人間も不幸せな人間も、善人も悪人も、金持ちも貧乏人も、必ず死んでいきます。
 砂の数ほど生まれて、砂の数ほど消えていく。
 妖精にとってみては呆気ないほどです。
 それでも生きている人間たちは、ゴールが決まっているのに懸命に走り続けます。
 砂漠に囲まれた貧しい国で、銃の使い方を教え込まれている少年を見たとき、妖精は無性にあの赤ん坊に会いたくなりました。
 もちろん、とっくに大人になっているのは分かっています。
 それでも、あのクリクリとした瞳をもう一度見てみたくなったのです。



【…続きます】


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「今年は暖冬だ」と甘えていたこちらを嘲笑うかのように、ドサッと大雪。ガリガリの冷え込み。
震えながら、雪かきで体中を痛くしながら、うんざりしながら、それでも心の何処かに「そりゃそうだよね。冬はこれだよね、こうじゃなきゃおかしいよね」とホッとするような気持ちも隠れています。
やっと辻褄が合うような、申し訳が立つような。
大寒の朝、私の住む辺りは氷点下10度を下回ったようです。
ちょっとだけダイヤモンドダストっぽいキラキラもみえました。
全国的に、今週末は大荒れのお天気になる予報。
もっともっと冷え込むようです。
事故にも風邪にもお気をつけくださいませ。

年明けから軽い鼻風邪をひいて、市販薬でなんとか乗り切ったと思ったら、今度は吐き気と頭痛で沈没。。という、何とも低空飛行な日々を送っていました。
縋る思いで、初めての鍼灸院へ。
インフルエンザの予防接種や健康診断の採血にさえ怯える人間なのに、「この頭痛が楽になるのならば」と駆け込みました。
若い男前な先生にドキドキ、初めての鍼にバックンバックン。
色々な意味で緊張し過ぎて、むしろ逆効果なんじゃないかしら…と心配になりましたが、効果覿面。
数時間後にはお腹が空いて、夜には頭痛も嘘のようにに楽になりました。
すっかり「にわか鍼灸信者」です。
鍼灸が効いたということは、体中の血の巡りが滞っていたということなのでしょうね。
気力だけでは乗り切れない年代になってきたなぁ…と実感しています。
心も体もできるだけ、巡りよく風通しよくしていかなくちゃ。
メンテナンス、大切ですね。


作り話の続きは、近日中に更新します。

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by bowww | 2016-01-21 10:13 | 作り話 | Comments(2)

小寒

「次に行く町、久美子も住んでた町だろ?」
 夫に言われるまで、すっかり忘れていた。
「住んでたといっても、一年も居なかったからなぁ…」
 父が転勤族だったから、私たち家族も全国をあちこち回った。
 長くて二年、短ければ一年足らずで引っ越したから、子供の頃に住んだ場所の記憶は何処も曖昧なのだ。
 だが、夫の転勤でこの町に来てみれば、ふとしたきっかけで鮮やかに思い出が蘇る。
 私が通った保育園に、息子の太一もお世話になることになった。
 あの頃は、神社の社務所を増築した古い建物を園舎にしていた。地域のお母さんたちのためにと、戦後間もない時期に一人の女性が奔走して立ち上げた私立の保育園だった。
 もちろん、その園長先生はとっくに亡くなったし、建物も立派に建て直されてはいたが、太一の手を引いて園に行けば、独特のもわっとした埃っぽい匂いや子供たちの甲高い歓声に既視感を覚える。そして、私が通った園舎の床板の隙間や、遊戯室に射し込む西日、手のひらにこびりついたブランコの鎖の錆の匂い、木製オルガンの空気漏れがしているような音などが、一斉に押し寄せてくるのだ。
 瞬間解凍された思い出の圧倒的な情報量に、思わず目眩を起こしそうになって、太一の小さな汗ばんだ手をぎゅっと握りしめる。

 山に近いこの町には、今まで住んでいた都会よりもずっと早く冬が来る。
 例年になく暖かな年の暮れだったこともあって油断していたら、年明け早々の寒波にやられて風邪をひいた。
 夫に太一を託し、一人で別室に籠って横になった。
 熱のせいで悪寒がし、関節がツキツキと痛む。
 浅い眠りの夜が明ける頃、外がシンと静まり返っているのに気がついた。
 カーテンをそっとめくると、一面の雪景色だった。
「…ユキちゃん」
 そう、ユキちゃんと皆が呼んでた女の子。
 思い出した。


 物心ついた頃から、よそ者扱いされることに慣れていた。
 どんなに仲良くなっても、逆に冷たくされても、じきに私はこの場から居なくなる。期間限定の付き合いだから、よそ者で構わないと何時しか思っていた。
 だから、私よりも後に保育園に来たユキちゃんに、なんとなく親近感を覚えたのかも知れない。
 初雪が舞った朝、ユキちゃんはお母さんと一緒に保育園にやってきた。
 ユキちゃんとよく似たお母さんはすらりとしてとても美しく、透き通るような頬をしていた。
 園長先生はにこやかに二人を迎えると、ユキちゃんを教室の窓際の席に座らせた。
 真っ白なセーターを着たユキちゃんを見た私は、絵本に出てくる白雪姫みたいだと思った。
「…遊ぼ」と声を掛けたのは私だった。緊張して喉がカラカラだったけれど、この綺麗な女の子と仲良くなりたいと強く思ったのだ。
 ユキちゃんはなんて返事してくれたのだろう。
 大きくて真っ黒な瞳が、嬉しそうに輝いたことだけは覚えている。

 ユキちゃんはいつでも短いスカートを履いていた。
 マフラーやコートも着ない。「暑いの嫌い」と、すぐに教室から出て行ってしまう。
 曇った窓ガラスにおでこをくっつけて、気持ち良さそうに笑う。
 お遊戯の時間には、天使のような声で調子っぱずれな歌を歌う。
 先生たちは特に叱るでもなく、皆と同じようにユキちゃんの世話を焼いていた。
 私は暖かい室内で本を読んだり、積み木をしたりして遊びたかったけれど、ユキちゃんが外に行きたがるから仕方がなく付き合った。
 北風に吹かれながらブランコを漕いでいると、ユキちゃんが空を見上げて「明日はきっとカマクラが作れるよ」と笑った。
「カマクラ?なぁに、それ?」
「ゆきのお家。久美ちゃんだけ、招待してあげる」
 翌朝、ワクワクしながら目を覚ますと、辺りはすっぽり雪に覆われていた。
 はしゃいで大急ぎで着替え終わると、ユキちゃんが迎えに来た。
「早く早く!」
 手を引かれるまま、保育園へと向かった。
 氷のような空気が、ツンツン鼻の奥に突き刺さる。空は晴れて、真っ白な雪に光が跳ね回り、キラキラと眩しかった。
 ユキちゃんは保育園を突っ切って、神社の林の中へ私を連れて行った。
「ほら、これだよ。カマクラ」
 少し開けた場所に、大人の背丈ほどに雪が丸く積まれていた。
 中はくり抜かれて、私たちなら腰をかがめることなく中へ入れた。
 丁寧に、雪で作った小さなテーブルと椅子も二つ、用意されている。
「どうしたの、これ。ユキちゃんが作ったの?」
「皆で作ったんだよ。どう?気に入った?」
 私は声もなく頷いた。
 カマクラの中は、固まった雪が青く光っていた。
 壁には小さな窓まで開けてあって、そこから覗き見ていると、風に揺れる樹々の梢から雪が金の粉のように舞い落ちる。
 こんな素敵な秘密基地、見たことない。
 私たちは時間を忘れて遊んだ。二人の笑い声がカマクラの中で響き合って、たくさんの友達がいるみたいだった。
 おままごとや手遊びに飽きると、ユキちゃんが不思議な物語をたくさん話してくれた。
 一方で大人たちは、一日中、私たちのことを探していたらしい。
 見つけられたとき、私は氷のように冷たくかじかんでいた。

 水風呂に浸かったみたいに寒さに震えたかと思うと、全身が焼かれるように熱くなる。
 私は肺炎を起こす寸前だったそうだ。
 高熱にうなされて、息苦しさに身悶えしていた夜中、ユキちゃんの声が聞こえてきた。
「ごめんね、久美ちゃん。ごめんね」
 とても悲しそうな声だから、私が泣きたくなる。「ユキちゃんのせいじゃないよ」と言ってあげたくても、声も出ないし目も開かない。
「熱、ユキが持ってってあげるから」
 冷たい手のひらが額をそっと覆った。
 ユキちゃんの小さな手を思い出す。私よりも一回り小さくて、いつもすべすべしていた手。
 体中の嫌な熱がぐんぐんと吸い取られていくようで、私は心地好さに身を任せた。
「ユキちゃん、楽しかったね」
 やっとそれだけ言うと、私はすとんと眠りに落ちた。
 ユキちゃんの笑い声が、キラキラと耳元で跳ね返った。

 一週間休んで保育園に行くと、ユキちゃんはいなかった。
 引っ越したのだという。
 ユキちゃんのお母さんが、一度だけ保育園に荷物を取りに来た。
「ユキちゃんは?」
「久美ちゃん、ユキとたくさん遊んでくれてありがとう」
 ユキちゃんのお母さんは、しゃがんで私の顔を覗き込んだ。
「ユキちゃんは?」
「ユキもとても喜んでたの。久美ちゃんにありがとうって」
「もう会えないの?」
 泣きべそをかく私の頭を優しく撫でると、
「ううん、またきっと会えるから。忘れないでやってね」
と微笑んだ。

 春が来る前に、私たち家族も引っ越した。
 暖かい地方に移り、海の近くで暮らすうちに、カマクラの思い出は遠く霞んでいった。
 この町に戻って、風邪をひいて、雪が降って、やっと思い出すなんて…。
「ユキちゃん、ごめんね…」
 耳元で、すっかりぬるくなった水枕がタプンと揺れた。


「僕ね、友達できたの」
 保育園に迎えに行くと、真っ赤なほっぺたをした太一が駆けて来た。
「へぇ、良かったね。どの子?」
 何組かの親子連れが、保育園の門から出てきた。
「えとね…、」
 太一は伸び上がって新しい友達の姿を探していたが、「あ、あそこだ!」と昇降口の方に向かって嬉しそうに手を振った。
 真っ白なセーターに半ズボンを履いた男の子が、ぴょんぴょんと飛び跳ねて太一に応えている。
 明日から、太一に手袋と厚い靴下を持たせなくちゃ。あの子と遊ぶなら、防寒対策を万全に。
 キラキラした笑い声が、ここまで届いてくる。




小寒=1月6〜19日頃
初候・芹乃栄(せりすなわちさかう)次候・水泉動(しみずあたたかをふくむ)末候・雉始鳴(きじはじめてなく)



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明けましておめでとうございます。

年末年始、本当に穏やかな陽気でした。
春のような暖かさに体がびっくりしたのか、ぐずぐず鼻風邪をひいてしまいました。
どうもお正月は、毎年あまり冴えません。昨年は元旦に盛大な尻餅をついてアチコチが痛くて、一ヶ月ぐらい難儀しましたし。。
それでも、新玉の春。
手つかずの一年が目の前に広がっているかと思うと、ちょっとワクワクします。

写真は冷え込んだ朝の夜明け。
凍えていた景色に太陽の光が徐々に沁み込んで、すべてのものが息を吹き返し、色を取り戻す時間。
お日さまのパワーって、本当に偉大です。
「なんて綺麗なんだろ、なんて綺麗なんだろ」と、一人呟いてしまいます。
そして何にもない地面にしゃがみこんで、カメラを構えているんだから、端から見たら変な人だろうな。。
私が子連れママさんでこんな人を見かけたら、子供に「見ちゃいけません!」と言って聞かせるだろうな。。

今年も、こんな感じでコツコツコソコソ、ブログを続けていきたいと思っています。
お付き合い頂けたら嬉しいです。

次回は1月20日「大寒」に更新します。
暖冬とはいえ、これからが寒さの本番。
皆様もご自愛くださいませ。

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by bowww | 2016-01-06 10:10 | 作り話 | Comments(0)