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霜降

 駄菓子屋のおばあさんが死んじゃった。
 去年の冬の初めに風邪をひいて、「しばらく休みます」と書いた紙がシャッターに貼られて、僕らはきっとすぐに開くだろうと思っていたけど、貼り紙が黄ばんで破れ破れになってもおばあさんは元気にならなくて、春が来る前に死んでしまった。
「ばあさん、あんなに丈夫だったのにな」
 店の前で孝介君が赤い目をこすった。
 僕と明里(あかり)ちゃんは、黙って孝介君の後ろに立っていた。
 孝介君は店に行っては、おばあさんにいたずらをして叱られて、「クソババァ」とかヒドイことを言ってもっと怒られていた。
 孝介君は宿題をしてこないし、授業中も隣の席の人の邪魔をするし、弱いくせにすぐケンカするし、いわゆる「問題児」と言われちゃう子だけど、幼馴染みの僕と明里ちゃんとは仲良しだ。
 だから僕たちは、孝介君が本当はおばあさんのことを大好きだったのを知っている。
 孝介君の家にはお父さんが居なくて、お母さんが夜遅くまで仕事をしている。
 誰も居ない家に帰るのが嫌で、駄菓子屋に行っていたんだ。
 一人暮らしのおばあさんも、本当の孫みたいに手加減なしで孝介君を叱って(時々げんこつも飛んでいた)、可愛がっていたんだと思う。
 僕たちは黙ったまま、孝介君を真ん中にして家に帰った。

 桜が咲く頃、おばあさんの息子の嫁だという人(向かいに住むおばさんが教えてくれた。「おばあさんが元気な頃は、滅多に顔も見せなかったのにね」って)が来て、店の前でおじさんたちと話していた。
 もうすぐ夏休みが始まる頃、或る朝、店の前にショベルカーが止まっていた。
 僕は何かが起こりそうで気になったけど、遅れそうだったからそのまま学校に行った。
 帰りは孝介君と明里ちゃんと一緒だった。
 好きなアニメの話をしながら歩いていると、孝介君が急に立ち止まった。
 駄菓子屋が、ぽっかり空き地に変わっている。
 店もおばあさんが住んでいた家も、夢だったみたいにきれいさっぱり消えてしまった。
 孝介君は、ぽかんと口を開けて突っ立っていた。
「駐車場にでもするんじゃないかねぇ。アパートにするには敷地が狭いでしょ」
「息子さん、どうしてるのかね。お葬式以来、姿見ないけど…」
「さぁ。気が強い嫁さんの言うなりになってるんじゃないの?」
 向かいのおばさんが、もう一人のおばさんと立ち話をしていた。
「あ!」と、明里ちゃんが空き地の隅っこを指差した。
「貴(たか)ちゃん、あそこ。あれ、ナデシコじゃないかな?」
 目を細めて見てみると、ピンクの花が揺れている。
「そうだね、花は残ったんだ」
 おばあさんは花を育てるのが好きだったから、小さな庭にはいつも何か咲いていた。
「もしかしたら、種や球根が埋まっているかも知れないね」
 僕が何気なく呟くと、孝介君がくるりと振り返った。 
「俺、いいこと思いついた!」
 僕と明里ちゃんは顔を見合わせた。
 孝介君の「いいこと」は、たいがい「いけないこと」だから。
「ばあさんに最後のプレゼントしてやるんだ。貴弘(たかひろ)も明里も協力してくれるよな?な?」
「…何するの?」
 僕が訊いても、にぃぃ…と笑うだけ。
「とにかく、明日の放課後、ここに集合な!」
 …逃げられないっぽい。
 明里ちゃんが隣でため息をついた。

 翌日、僕が一番先に空き地に着いた。
 「管理地」という札が立って、鎖が張ってある。
「おっす!貴弘、早いな」
 と孝介君がやって来た。何か小さな紙袋を持っている。
 続いて明里ちゃんが、ランドセルをカタカタ鳴らして走って来た。
「孝(こう)ちゃん、それ、花の種でしょ?」
 孝介君は僕らに得意げに紙袋を振って見せた。
「そう!コスモスの種。これをさ、空き地いっぱいに蒔いてコスモス畑にしちゃうんだ」
「…ま、待ってよ。ここ立ち入り禁止だよ、勝手なことしたら叱られるよ。ね?」
 僕は慌てて明里ちゃんに助けを求めたんだけど、明里ちゃんは
「面白そう!おばあさん、花が大好きだったから喜ぶよね」
 と嬉しそうに叫んだ。
 …僕、逃げられないっぽい。
「よし、それじゃチャッチャと蒔いちゃおうぜ」
 孝介君が早速、鎖を跨ごうとする。
「ちょっと待って。種は一袋だけなんだよね?」
「おお。俺の小遣いはたいて買ってきた」
「空き地全部に蒔くには、それじゃ足りないんじゃないかな。それに、コスモスの種なんて軽いから、ただ蒔いただけじゃ飛んでっちゃうよ」
 僕はとにかく時間を稼ぐために、思いつきを言ってみた。
「そうね、種がもっと必要ね。分かった、私もお小遣いで種を買ってくる!」
 …明里ちゃんが張り切ってどうするの?
「俺ももう少し頑張ってみる。貴弘はコスモスの育て方を調べといてくれ」
 結局、調べるのに時間が欲しいからと、コスモス作戦の決行を夏休みに延期してもらうのがやっとだった。

【…続きます】

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霜降=ぐんと冷え込みが増して霜が降りる頃、なのに、コスモスの話で申し訳ないです。
実は、長くなったので二回に分けようと作業をしている際に、前半部分がすっからかんと何処かに消えてしまったのです。
明け方近く、心が折れた音が聞こえた気がします。。
後半部分もほぼ出来ているのですが、ちょっと気を取り直す時間が欲しい。。
…いやぁ、切ない。

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by bowww | 2015-10-24 04:57 | 作り話 | Comments(2)

果て

悲しみの果てに 何があるかなんて
俺は知らない 見たこともない
ただ あなたの顔が
浮かんで消えるだろう

涙の後には 笑いがあるはずさ
誰かが言ってた 本当なんだろう
いつもの俺を
笑っちまうんだろう

部屋を飾ろう
コーヒーを飲もう
花を飾ってくれよ
いつもの部屋に

悲しみの果てに 何があるかなんて
…Oh yeah
悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ
Oh baby
Oh…

悲しみの果ては
素晴らしい日々を
送っていこうぜ

   作詞・作曲:宮本浩次


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この数日、エレファントカシマシのこの曲を、ずっと頭の中で歌っていました。
シンプルで短い曲なので、ほとんど暗記していたみたいです(ネットで歌詞を確認したら、ほぼ正解)。
きっかけは、hiyoさんのブログでした。
「泣く」「哭く」「鳴く」「啼く」。
胸がギュッとなります。

立ち竦み、声も出せず、涙も流れないほどの悲しみ。
獣のように吠えることしかできない悲しみ。
幸いなことに、私にはまだ、そんな経験はありません。
鼻水啜って、目を拳でゴシゴシこする程度で済んでいます。
「悲しみの果て」を知りません。
もし、その場に自分が立ったら、笑える日が再び来るとは思えないだろうな。
痛いから触らないで、放っておいて、と懇願するだろうな。

それでも、生きている限りはお腹が空きます。
何か食べれば、心を置いてけぼりにしたままでも、体は動き出します。
体に引きずられて、心が何か欲し始めます。
ギシギシギシギシ軋みながらも、歩き出すしかないんだろうな。


そんなことを考えながらラジオを聞いていたら、リクエストでこの曲がかかったのです。
シンクロニシティ??




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by bowww | 2015-10-19 00:23 | 思ったこと考えたこと | Comments(4)

早起きのご褒美

生活のリズムが、世間の流れと4、5時間ほどズレています。
出勤は正午前後。帰宅は夜9〜10時。
仕事ですから仕方がない。
…と言い訳しながら、だらしないことに起床は朝の8時近くです。
お肌のためにも、早寝早起きが大切なのですが。。
ただ、秋の朝、目が覚めて青空なのが分かるとソワソワしてしまいます。
日の出が遅くなって、日の入りはストンと早くなって、冬がもうすぐそこまで来ています。
私の住む場所の冬は長く、凛々と寒いのです。晴天が続く程、空の底が抜けたように冷え込みます。
「今のうち…今のうち…」と訳もなく焦ります。
貴重なお日さまの温もりを、少しでも多く身の内に取り込んでおきたい。
たった一日で様子を変える風景を、少しでも多く見ておきたい。
急かされて、自分にしては珍しく早起きをして、家の周りを散歩してきました。
露に濡れた足元の草花が、とても綺麗でした。
これはニラの花。
とても可憐ですが、天ぷらにすると美味しいそうです。風味が良いのでしょうね。

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春は花に浮かれ、秋は光に急かされます。
もし一生を四季に例えるなら、私はちょうど秋の辺りに居るのだと思います。
穏やかな日の光を欲しがり、冴え冴えとした月の光に憧れて、それらの翳りに少々びびったりして。
迎える冬を、ほんの僅かでも豊かに過ごせるように、体にも心にも栄養を蓄えておきたい。
…あ、体には蓄えは必要ないですね、冬眠はできない生き物ですものね。。



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by bowww | 2015-10-12 22:04 | 身辺雑記 | Comments(2)

寒露

 堅い椅子に長時間座っていたから腰が痛い。
 静流(しずる)さんは映画館の外に出て、ぐっと伸びをしました。
 外はすっかり日が暮れています。
 家へ帰る人、会社に戻る人。道行く人は皆、急に冷たくなった風に肩を竦めて足を速めます。
 秋の灯点し頃は特に気が急くものです。
(待つ人も用事もない身は気楽なものだわね)
 静流さんは、用心のために持ってきた薄紫色のストールを肩に巻きつけました。
 一粒パールのピアスとこのカシミヤのストールは、顔色を明るく見せてくれるので重宝しています。ピアスの穴は昨年、思い切ってショートヘアにしたのをきっかけに開けました。
 気忙しい街の中を、静流さんはことさらのんびり歩きます。
 今日は朝から掃除洗濯を片付けました。観てきたイタリア映画も、評判通りしみじみとした良い作品でした。
 文句なしの休日です。平日に休めたのは久しぶりです。
 お茶を飲んで帰ろうか、それとも軽く夕飯を済ませておこうか。
 迷いながらブラブラ歩くうちに、顔なじみのビストロの前に来ました。
 窓からはオレンジ色の明かりが漏れ、美味しそうな匂いが店の外まで漂ってきます。
 静流さんはほとんど反射的に、店のドアを押していました。
 オーナーの奥さんが笑顔で迎えてくれます。 
 カウンターの隅に座った時には、ワインを一杯だけ飲もうと決めていました。

 静流さんは、姿勢が良いとよく褒められます。
 一人で食事をする時は特に、首筋がすっきり伸びるように気をつけます。
「五十過ぎの女が一人、背中を丸めてご飯を食べてたら、あまりにもみじめでしょ」
と、静流さんは笑って答えるようにしています。
 レバーがたっぷり入った自家製のパテと、チーズとジャガイモのキッシュで、赤ワインをゆっくり飲みます。
 お腹が空いていたので、ワインの酔いが心地好く広がります。
 店内は程よく混んできて、静流さんは楽しげなざわめきを背中で感じていました。
「お父さんがフランス料理のお店だって言うから、私、すごく緊張していたのよ」
「思っていたより気軽な感じだろ?」
 後ろのテーブル席には、静流さんと同じぐらいの年齢の夫婦が座っていました。
 どうやら夫婦二人だけの食事は久しぶりのようです。
 静流さんは何となく微笑ましく思えて、二人の会話に耳を傾けていました。
「お父さんがこんな素敵なお店を知ってるなんて…」
「昔々の彼女に連れて来られたのさ」
「はいはい、それはようございました」
 奥さんは機嫌良く笑い声を上げました。
「俺にだって、そういう華やかな思い出が一つや二つあるんだよ」
 旦那さんも笑って答えます。
 静流さんの手が止まりました。
 この笑い声、知ってる。

 二十年前、静流さんには五年間付き合っていた恋人がいました。
 あの映画館で映画を観て、この店で食事をするのがデートの定番でした。
 その彼に、三十歳になる直前にプロポーズされました。
 互いの家族にも挨拶を済ませていたし、友人たちも二人は結婚するものだと思っていました。
 もちろん静流さん自身も。
 でも、土壇場で静流さんは断りました。
 仕事がちょうど面白くなってきた時期でした。上司に認められ、任される仕事が多くなっていたのです。
 結婚より仕事を選ぶのかと、両親からは当然こっぴどく叱られ、友人たちからも呆れられました。
 以来、何度か恋はしましたが、結婚には至りませんでした。
 たぶん、二十年前にずれてしまったタイミングが、そのままずっとずれたままなのでしょう。
  
 今、背中合わせに座っている彼のことはすっかり忘れていました。顔もおぼろげです。
 でも、笑い声で思い出しました。
 いつも静流さんを笑わせてくれる人でした。
 二人の会話で、一人息子が大学生であること、彼のお母さんがつい先日亡くなったこと、犬を飼っていること、彼は少し血圧が高いことが分かりました。
 犬は嫌いだと言っていたのにな。
「メインは何にします?今日の魚はスズキです、お好きですよね?」
「ごめんなさい、お腹いっぱいになっちゃった。今日はこれで…」
 忙しい合間に顔を出してくれたシェフに詫びながら、静流さんは席を立ちました。
「じゃあ、これデザート」
 レジで会計を済ませると、そっと小さな箱を渡されました。きっとタルトタタンです。
 小さな声でお礼を言って、静流さんは店を出ました。
 窓から、彼と奥さんが見えました。
 窓越しに、彼と一瞬目が合ったような気がしましたが、彼の表情は変わらず、静流さんの気持ちも平らなままでした。
「年取ったなぁ」
 静流さんは声に出して言ってみました。
「年取ったよなぁ」
 もう一度言ってみました。
 タルトタタンが、思いの外、持ち重りします。
 静流さんは、ぐっと背中を伸ばしました。

 椅子が堅くて通路が狭く、冬はコンクリートの床から冷気が這い上ってくるあの古い映画館は、今月末には閉館して取り壊されます。
 跡にはマンションが建つのだそうです。




寒露=10月8〜23日頃
初候・鴻雁来(こうがんきたる)次候・菊花開(きくのはなひらく)末候・蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)



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私の住む街のお隣の市は、映画館の多い街でした。
地方都市なのに、ロードショーがかかる映画館が3つ、4つあったのです。
小さなスクリーンではありましたが、少しマイナーな作品をちゃんと上映してくれる映画館もありました。
子供の頃はアニメ映画(主にドラえもんですね)、「南極物語」や「ET」(トシがばれる…)なんかを観に連れて行ってもらいました。
高校生の頃は、友達と授業をさぼって忍び込んだり、格好つけて一人でマイナーな映画を観に行ったり。
もともと客足は落ち込んではいたのでしょうが、郊外型のシネコンの台頭がトドメだったのだと思います。街中(まちなか)から一気に映画館が姿を消しました。
熱心な映画ファンではないけれど、寂しいことだなと思います。
人と同じように街も生きているのだから、「変わってくれるな」と願うのは勝手な言い分ではありますが…。

暦通りに、今朝は今シーズン一番の冷え込みでした。
明け方、東の空に、細い三日月と明けの明星が見えました。
空が冴え渡る季節になったのですね。
年賀状の話題が出始めました。
視界の端に「年末・年の暮れ」がチラチラし始めています。
うわぁぁぁ。。


次回の作り話は10月24日「霜降」に更新します。




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by bowww | 2015-10-08 10:21 | 作り話 | Comments(0)

ドングリころころ

クヌギのドングリ、そろそろ地面に転がっている頃かな…と思って行ってみると、ありました。
あちらにもこちらにも転がっています。
カメラを向けている間にも、風に吹かれてポッツン…!ポッツン…!と落ちてきました。
落ちたてほやほやのドングリ坊やを見ていると、どうにも我慢がならずに、幾つかポケットに詰め込んでしまいました。
つやつや綺麗な色だなぁ。全き形だなぁ。
仕事机の上に転がして、時々、くりくり撫でさすって一日楽しみました。
子供が宝物にしたくなる気持ちが、よく分かります。
…でも、私は大人になってしまったので知っているのです…。
暫くすると、ウニョウニョした虫たちが殻を食い破って出て来ることを。。
オソロシイことになる前に、土に返そうと思います。


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一目見て引き込まれる写真と、胸にころんと転がる結晶のような言葉。
素敵な作品を、ブログでも展示会でも発表され続けるhiyoさん。
ご縁があってお知り合いの隅っこに加えて頂いているのですが、エキサイトブログ「今週のピックアップブロガー」に取り上げられておられました。

写真も言葉も貴重ないただきもので、猫がいなければ猫は撮れないし、人に出会わなければ言葉は生まれないのです。ですから、見聞きしたことに加えて、その時に感じた目に見えない何かにも感謝や畏敬の気持ちを込めてお伝えできればと願っています】

インタビューに答えられたhiyoさんの言葉です。
胸がじんわりあたたかくなります。
鼻の奥がつん…とします。
やっぱり素敵な方だなぁ…。
…なぁんて思っていたら。
「好きなブログ」という項目に、私の拙いこのブログも挙げて下さっていました。
今日は更新もしていないのに、訪問して下さる方が多いなぁ(普段は本当に日に数人…)。カウンターが狂っているのかしらん…と思っていたのですが、hiyoさんのインタビューを見た後に、覗いて下さった方々だったのですね。
まだ仕事中だったのですが(ごめんなさい)、カァーッと赤面してしまいました。
とてもとても嬉しいです。
hiyoさん、ありがとうございます。身に余る光栄です、本当に。
そして、辺境の地のような当ブログに足を運んで下さった皆様、ありがとうございます。
ほんの僅かでも楽しんで読んで頂けたとしたなら、とても幸せです。


二十四節気の作り話、次回は8日「寒露」に更新予定です。
間に合うかしらん。。


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by bowww | 2015-10-04 21:50 | 身辺雑記 | Comments(2)