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第六十五候 麋角解

【前回からの続き、第3話目です…】

「それで、そのノート、読んでみたんですか」。
 僕は勢い込んで枝野皐月さんに尋ねた。
 僕の祖父と祐造さんが仲違いした理由を知りたいという手紙を送ったら、枝野さんから「では一度お会いしませんか」と返事をもらったのだ。
 二人とも実家に帰って年を越す。
 新年の準備の合間を縫って家を抜け出し、こぢんまりとした喫茶店で落ち合った。
 枝野さんは大学図書館の司書をしているという。年賀状の文字と同じように、落ち着いたきれいな人だけれど、時々、目がいたずらっぽく輝く。
 思わず前のめりになった僕を軽く制して、枝野さんは一本の万年筆を取り出した。
「これが日記と一緒にあった万年筆です。もしかしたら、水野さんのおじいさまがプレゼントしてくれたものなんじゃないでしょうか。うちの祖父が自分で買うとは思えなくて」
 受け取るとずしりと重い。黒い胴に銀の飾りが一本入っている。
 傷をつけないように気をつけてキャップを外すと、ペン先がだいぶ磨り減っていた。
「…そうですね、そうかも知れない。同じメーカーの万年筆を祖父も愛用していて、僕も高校入学の記念に似たようなペンをもらいました」
 枝野さんは嬉しそうに頷いた。
 答え合わせをしているみたいで、僕も嬉しくなる。
 今度は僕が、ある品物を取り出した。
「祖父が死ぬまで使っていた眼鏡ケースなんです」
 ナラ材をくり抜いた本体に、こんもりと丸い蓋をかぶせる眼鏡入れだ。一見、飾り気のない無骨なデザインなのだが、持てば全体のカーブが手に馴染みやすく、本体と蓋もぴたりとかみ合って歪みがない。
 祖父が長年、身近に置いて使い続けたせいで、飴色のいい色合いになっている。
「これ、祐造さんの作品なんじゃないでしょうか。自分でも家具を作るようになったから分かるんですけど、こんな小さなものをきちんと作るのは難しいんです。祐造さんなら、こういう細工物も得意だったんじゃないかなって」
 枝野さんはそっとケースを手に取り、「いい色」と微笑んだ。
「そうだと思います。祖父は暇さえあれば器用に何かを作っている人でしたから」
 また一つ、答えが合った気がした。


「日記、パラパラと読んではみました。
 ほとんどがメモ書きみたいなもので、その日のニュースだとか、天気だとか走り書きしてある程度なんです」
 私はそう言いながら、持って来た一冊のノートを取り出した。
 水野さんのおじいさんが亡くなった年のノートを抜き出してきたのだ。
「でも、この年の四月六日、いつものメモの後に『○○病院』とだけ書いてありました」
「うちの祖父が入院していた病院です」
 水野さんはノートを手に取って表紙をしげしげと眺めた後、テーブルの上にそっと置いて指を組んだ。
 物を作っている人だから、指の節々がしっかりとしている。大きな手のひらだ。
 ノートや万年筆を受け取るとき、コーヒーカップを口に運ぶとき、その大きな手が静かに動く。一つ一つの動作がゆったりしていて気持ちがいい。
 水野さんは少し遠くを見ながら「思い出した」と呟いた。
「祖父が入院した春、僕も見舞いに行ったんです。『今年は桜が遅いなぁ』と思いながら行ったので、ちょうど四月の初めだったと思います。
 病室は五階だったからエレベーターで上がります。五階に止まって扉が開くと、おじいさんが一人、立っていました。
 一瞬、目が合ったので、僕は会釈してエレベーターを降りました。二、三歩歩きかけたとき、おじいさんに何か話しかけられたような気がしてふり向いたんですが、もうエレベーターのドアは閉まっていました」
 コーヒーを一口飲む。
「病室に入ると、うちの祖父が窓際に立って外を見下ろしていました。そこから病院の玄関が見えたんです。
 何を見てるのかな、と僕も隣に立ちました。
 遠くだからよく分からないんだけど、どうもさっきのおじいさんらしき人が出て来て、ちょっと立ち止まりました。そしてこっちを見上げたんです。
 祖父は少しだけ、右手を挙げました。
 お互い、相手の姿は見えないだろうに…。
 『お見舞いに来てくれた人?』と僕が聞くと、祖父はさっさとベッドに戻りながら、アアとかウウとか、よく分からない返事をして黙ってしまいました」
 その後は寝たふりを通したんですよ、うちのじいさん、と水野さんは笑った。
 私はコーヒーのおかわりを二つ頼んだ。
 温かいコーヒーを飲んで、ほっと息をつくと水野さんと目が合った。
 思わずお互いに笑ってしまう。
 なんてまぁ、不器用な仲直りだったのだろう。


 僕たちは結局、頑固じいさんたちの喧嘩の原因を追究することは止めにした。
「武士の情けです」と真面目な顔で枝野さんが宣言するから、また笑ってしまった。
 ふと思いついて、訊いてみる。
「枝野さんも年賀状は手書き派なんですか」
「こだわってるわけじゃないんです、パソコンを使うのが面倒くさくて…」
 同類だ。
 別れ際、僕は初めての個展(とはいえ、小さなギャラリーでごくごく小規模な…)のDMを枝野さんに渡した。


 貰ったDMには、日溜まりに置いてある小さな椅子の写真があった。
 私は来年の手帳を開いて、まっさきに水野さんの個展の日を書き込んだ。
 …おじいちゃんたちの企みに、乗せられている気もするけれど。



〜麋角解(さわしかの つの おつる)〜



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私の祖父も日記を残しました。
残したからには読まれても構わないのであろうな?と、めくってはみるのですが、やはり熟読するのは躊躇われます。
ずかずかと踏み込んではいけない領域はありますものね。
それに私、優しい孫ではなかったので、もしも恨み言が書かれていたら今更ながら凹みますもの。。

麋(さわしか)は、巨大な角を持つヘラジカなどの大型の鹿のことだそうです。
春に生えた角が取れる季節ということですが、この鹿、日本には生息していないそうなのです。
いきなり七十二候に登場するんですね、不思議。
鹿といえば、上橋菜穂子さんの新著「鹿の王」を読みたいと思っています。
上橋さんの「守り人」シリーズ、あまりに好き過ぎてまだ全巻読破していません。
読んだら終わっちゃう…。
ここ数年、「年越し読書」=大晦日の夜、家族が寝静まってから本をこっそり読むのを習慣にしています。
この時に良い本に会えると、新年の「読書運」が良くなる気がして。
なので、年越し読書用の本を見繕っておくのが楽しみなのです。
上橋菜穂子さんにしようか、梨木香歩さんにしようか、はたまた初めての作家さんにしようか…。

海の旬はアンコウ、マグロなどなど。
山の旬は黒豆、海老芋などなど。
今年の1月、母と憧れの「築地で朝ご飯!」を決行いたしました。
いやぁ、すごい!築地すごい!
場内の煮魚定食が美味しいお店で朝ご飯を頂いた後、ぶらぶら歩いていたら店の裏口にアンコウがいました。
朝日に照らされてテラテラでろん…と光っておりました。
…怖い…。。
「アンコウ食べたぞ!」と言えるほど食べた覚えがない(鍋の具材の一部、という程度)ので、美味しさがよく分かりません。
あ、でも、あん肝は好きだなぁ。
禁断の美味しさ、という感じがします。食べ過ぎると自分の肝臓があんな感じになっちゃうんじゃないかしら…。

年明けに引っ越しを控えているため、今年の年用意は何もかも手抜きです。
掃除はもうすぐ嫌でもしなくちゃいけないし、おせち料理も(もともと重箱に詰めるほどの料理はしないけれど)ありったけ簡素に。
でも、黒豆だけは丹波の豆を仕入れて、例年どおりコトコト炊きます。
毎年、お裾分けを楽しみに待っていてくれる人たちが居るので。
土井勝さんのレシピで失敗知らずです。


次回は年が明けて1月1日「雪下出麦」に更新します。
この時期、どんなにバタバタしていても、別れ際に「良いお年を」と挨拶を交わしますよね。
私、とても好きなのです、この挨拶(だから、必要以上にニコニコしてしまう)。
今年一年、お世話になりました、お疲れさまでした。
来年もよろしくお願いします、お元気で。
慌ただしさの中、一瞬、目の前にいる人に気持ちを向けてご挨拶する。
素直に気楽に、相手の小さな幸運を祈れる気がします。

拙い私のブログを読んで下さる方へ。
どうか良いお年をお迎えくださいますように…。

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by bowww | 2014-12-27 10:11 | 七十二候 | Comments(0)

第六十四候 乃東生

【前回からの続きです…】


 暮れに実家に帰ると、ほかの家族が居ないタイミングを見計らって、おじいちゃんが、
「皐月、ちょっとさ、頼むわ」
 と声を掛けてきた。
 こんなときは要注意。ろくなお願いごとではない。
「だめよ、甘い物は食べちゃいけないんでしょ?」
 夏に帰ったとき、医者から止められているのを知らずに、頼まれるままにアイスクリームを買って来て、おばあちゃんやお母さんに二人揃って叱られたのだ。
「そうじゃねぇさ。ちょっとさ、年賀状、書いてくれよ」
「…年賀状?おじいちゃん、自分で書いてるじゃない」
「そうじゃなくてさ、お前の名前で、ここん所に送ってくれや」
 水野祐。住所は隣の県の街だ。
「…誰なのよ」
「ほら、お前が小学生のときにさ、時々、俺の仕事場に見学に来てた小僧が居ただろ?じいさんに連れられてさ」
 そう言われれば、記憶の片隅にそんな風景が残っている。一つ下だったろうか、目をまん丸にしておじいちゃんの手元を見ていたっけ。
「…ああ、あの子ね。
 でも、私、名前も知らなかったし、今の今まですっかり忘れてたわよ。年賀状なんて書けないでしょ。向こうだってびっくりして困っちゃうわよ」
「いいからさ。文句なんてなんでもいいんだよ。頼む」
 人に滅多に頭を下げない(私を騙してお菓子を買って来させるときは別だ)おじいちゃんが、拝まんばかりにして繰り返すから、渋々と引き受けた。
「そもそも、お孫さんじゃなくて、おじいさんの方に出せばいいんじゃない?お友達なんでしょ?」
 おじいちゃんはテレビのスイッチを入れた。
 毎日見ている夕方のニュースの時間だ。
「…あいつさ、死んじまったんだってさ」
 こちらを振り向きもせずに、何でもないように答えた。
 意地っ張りめ。

 おばあちゃんたちから、おじいちゃんと水野さんのおじいさん(水野輝彦さん)が、もう何年も前に仲違いしたことを聞かされた。
「原因は知らないけどね、どうせ大したことじゃないんだよ。二人とも頑固なところはよく似ていたみたいだから、仲直りするきっかけがなかったんじゃないのかね」
 おばあちゃんは呆れ顔でそう言った。
「そうそう、お前の名前は水野さんが考えてくれたんだって。五月生まれだから、皐月。新緑のように清々しい溌剌とした子になるようにって。うちのおじいちゃん、得意げに話してたわよ」
 お母さんが付け足した。
 おじいちゃんは昔気質の職人で、口癖は「おらぁ『学』がねぇから分かんねぇさ。学者先生にでも聞いとくれ」だ。
 私の名前一つに、そんな「学のある」蘊蓄を語るわけがないのだ。
 きっと学校の先生だったという水野さんの受け売りなのだろう。
 それだけ仲が良かった二人が、何がきっかけで喧嘩別れしたのか。
 どうせおじいちゃんに聞いたところで、口を割らないだろう。
 そのくせ、お孫さんに年賀状を書けと言う。
 私も好奇心に負けた。
 その年の正月七日、職場からアパートに戻ると、水野さんから年賀状の返事が届いていた。
 たぶん、私が誰なのか分からないままだろう。
「おじいちゃん、水野祐さん、家具職人になったみたいよ」
 早速、実家に電話をしておじいちゃんに伝える。
「ふぅん…」
 気のない返事。
 電話を代わった母がこっそりと、
「お風呂で鼻歌歌ってるわよ、おじいちゃん」
 と教えてくれた。

 それから毎年、暮れになると水野さんへの年賀状を巡って、おじいちゃんと私の押し問答が繰り返された。
 結局は私が根負けして送ることになるのだが。
 今年の夏、入院したおじいちゃんを見舞った。
 口だけは達者で、看護師さんたちを笑わせたり困らせたりしていたらしい。
 元気そうだと帰ろうとする私を呼び止めて、
「おい、水野ん所への年賀状、今年はもういいからな」と笑ってみせた。
 私は胸がツキンとしたが、
「今年こそ、自分で書きなさいよ」と、わざと邪慳に返した。
 おじいちゃんは、もう一度、笑ってみせた。

 おじいちゃんが日記をつけていたことを、亡くなった後に知った。
 古びた万年筆と、大学ノートが二十冊ほど残された。
 このノートの中に喧嘩の原因も書いてあるのだろうか。
 少し迷ったが、水野さんへ喪中はがきを送ることにした。


【この話、もう一回、続かせてください】     




〜乃東生(なつかれくさ しょうず)〜






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二十四節気では冬至。一年のうちで一番昼が短くて夜が長い季節です。
でも、ここが暗さの底だとするならば、後は明るい春を待つのみ。
冬来りなば…ですね。
ゆず湯に入って、じっくり温まりたいです。
なつかれくさ=靫草(ウツボグサ)。野の草花は枯れ果てて、索漠たる眺めではあるけれど、この草だけは密かに芽吹き始めるそうです(そして夏には枯れてしまう)。
葉を落とした樹々も枯れ果てた草花も、地下深くに根を伸ばし、小さな種を残し、息を殺して春を待っているようです。
どんなに暗くて朝は来るし、どんなに寒くても春は来る。
心までは凍らせずに、明るい方を見つめていたいと思います。
…ええ、たとえ年末進行やら大掃除やら年賀状書きやらで追いつめられていたとしても。。

海の旬は、フグ(たらふく食べてみないことには、本当の美味しさは分からないと思うのです。大阪に行って食べてみたい)などなど。
山の旬は、レンコン、ユズなどなど。


先代の柳家小さん師匠の「笠碁」という落語が、とても好きです。
お得意の噺だったようで、小さん師匠が高座に上るとお客さんから「笠碁っ!」というリクエストの声が掛けられたそうです。
すると師匠はおもむろに、「えぇ…お求めに応じまして…」と一席始める。
「かっこいい〜」と、お弟子さんの柳家さん喬師匠は痺れたそうであります。
幼馴染みのご隠居さん2人、へっぽこ同士の碁仲間です。
ある日、いつものように碁を打ってる最中、「待ってくれ」「いや待てない」なんてことから大喧嘩。絶交と相成ります。
が、そこは幼馴染みで碁敵で、三日も行き来がなければお互いに寂しくてたまりません。
そこで…というお話。
2人のイジイジモジモジっぷりが、何とも言えず可笑しいやら可愛らしいやら。
…というわけで、今回の作り話のおじいさんたち、このご隠居さんたちからヒントを頂きました。

落語、先日は古今亭菊生師匠(古今亭圓菊師匠のご子息)の「掛け取り」と「芝浜」を聴いてきました。
菊生師匠はお人柄なのか、気持ちのいい明るい高座です。
まだ40代半ば、これからどんどん芸風に厚みが増していくんだろうな、と楽しみに通っています。
もうちょっと前には、立川談春師匠の独演会にも。
「文七元結(ぶんしちもっとい)」は、もう…圧巻でした。
息をのむ迫力。確かに人気が出るはずです、惚れちゃいます。
夏には柳家喬太郎師匠も聴けたし、立川志の輔師匠独演会も行った。そうそう、一月には新宿の末廣亭にも行ったのでした。
身近に寄席があれば、もっともっとたくさん落語が聴けるのになぁ。
来年もフットワーク軽く、好きな道を邁進しようと思います。


次回は12月27日「麋角解」に更新します。



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by bowww | 2014-12-22 09:59 | 七十二候 | Comments(2)

第六十三候 鮭魚群

「今年も残るところ半月となりました」
 ニュースキャスターのそんな挨拶にさえも急かされる。
 年賀状の準備をしなくては。
 真っ白な年賀はがきの束を手に溜め息をつく。
 毎年、せめて宛名と自分の住所氏名はパソコンで印刷しようと思うのだが、ソフトを手に入れてダウンロードして、住所録を入力して…と考えるだけで気持ちがくじける。
 もともとアナログ派なのだ。パソコンをいじるのは最小限にとどめたい。
 百枚も二百枚も書くわけではないのだから…と、結局はすべて手書きで済ませている。
 まずは相手の住所を確認するため、今年の正月に届いた年賀状を引っ張り出す。
 それぞれ読み返すうちに、懐かしさが仄仄と滲んでくる。
 もう年賀状でしかやり取りしていない友人、変わらず達筆の恩師。親戚の子供たちの写真を見て成長ぶりに驚き、「今年こそ会おうな!」という親友のメッセージを読んで、今年も果たせなかったな、としんみり思う。
 一枚の年賀状をめくったとき、「…あ」と小さく声が漏れた。
「今年も水野さんにとって良い年でありますように」。
 差出人は枝野皐月。住所は隣の県の街だ。
 さらさらと流れるような整った字で、僕の名前が書かれている。
 彼女が誰なのか、僕は知らない。

 六年前の正月、初めて枝野皐月さんから年賀状が届いた。
「ご無沙汰しています。お元気ですか」
 センスのいい絵柄に、当たり障りのない挨拶が手書きで添えられている。
「誰だろう…」
 小中学生のころ、僕は教員の父の転勤に合わせて五回、転校している。
 だから、もしかしたらどこかの学校の同級生かも知れないが、いつだって女子と打ち解ける前に次の学校へ移っていたから、二十年近く経った今になって年賀状をくれる女性がいるとは思えない。
 ちょうど家具職人(見習い)として工房で働き始めた頃だったので仕事関係の人かとも考えたが、どれだけ頭をひねっても心当たりがない。
 もしかしたら詐欺か新手の勧誘かと疑った。でも、手書きの年賀状なんて効率が悪そうだと思い直す。
 誰だか見当がつかないまま、それでも万が一知り合いだとしたら(なにしろ、相手はこちらの住所を知っているのだから)無礼になってはいけないと、僕も枝野さんに年賀状を出した。
「相変わらず、丈夫なだけが取り柄です。今年は自分の家具を作れるように精進します!」
 そのうち、思い出せるかも知れないと気楽に構えたまま、あっという間に一年が経ち、年の暮れに年賀状を書く段階になって、「さて、誰だっただろう…」と首を傾げる。
 元旦になれば、届いた年賀状の束の中にやっぱり枝野皐月さんの一枚も混じっている。
 そんなことを五回繰り返した。
 今年もまた。
 僕はもう一度、枝野さんからの年賀状を裏表隈なく眺めてヒントを探した。

 答えは翌日、届いた。
 枝野皐月さんからの喪中はがき。
 年賀状と違って、素っ気ない活字の文面だった。
 年賀欠礼を詫びる文言の後に「今年九月二十六日に祖父・加賀野祐造が八十八歳で永眠いたしました」と続く。
 祐造…ゆうぞう…。
「思い出した!」
 そうだそうだ、大工の祐造さん!ゆうじいちゃんだ!
 そうか、枝野さんは祐造さんのお孫さんだったのか。
 小学生のころ、祖父は僕を連れて祐造さんの仕事場を何度も訪れた。
 そう言えば、僕と同じぐらいの年の女の子と何回か会った気がする。
 僕はゆうじいちゃんの見事な仕事ぶりを見るのが好きで、祖父にねだっては連れて行ってもらった。
 二人は幼なじみの碁敵で、顔を合わせば憎まれ口を叩き合っていた。
 僕の祖父は学校の先生、祐造さんは生粋の職人。
 共通点は碁だけなのに、どこか気が合ったのだろう。口喧嘩をしている二人は、子供じみて楽しそうだった。
 僕の名前・祐(たすく)は、祖父がつけたという。祐造さんの名前から一字もらったのだと大人になって気付いた。
 家具作りの道を選んだのは、どこかで祐造さんの仕事への憧れがあったせいかも知れない。
 ただ、あれだけ仲が良かった二人なのに、或る時を境にぱったりと行き来がなくなった。
 僕は中学生になっていたから、特に気にも留めなかったのだが、母が「お義父さんも祐造さんも、本当に頑固なんだから…」と嘆いていたことは覚えている。
 祐造さんの話題が出ると、みるみる祖父の機嫌が悪くなるから、家族は誰も触れなくなっていった。

 僕が大学を中退して、家具作りの勉強をしたいと言ったとき、両親は猛反対した。
 だが、祖父だけは「手に職をつけるのは良いことだ」と僕の味方をしてくれた。
「やるなら一流になりなさい」と言い残して、祖父は七年前に亡くなった。
 葬式に、祐造さんの姿はなかったと思う。
 枝野さんが祐造さんの孫なら、二人が仲違いした原因を聞いているかも知れない。
 それに、僕に年賀状を送ってきた理由も知りたい。
 僕は枝野さんに手紙を書くことにした。


【…続きます】



〜鮭魚群(さけのうお むらがる)〜




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鮭が産卵のため、川に遡上してくる頃。
映像でしか見たことがないのですが、壮絶な様ですよね。
このブログは、うつくしいくらしかた研究所のアプリ「くらしのこよみ」を一番参考にさせてもらっています。
(糸井重里さん主宰の「ほぼ日」で、数年前、連載していたのです)
そこで新潟から東北地方にかけて残る伝説が紹介されていました。
霜月の或る夜、オオスケという鮭の王様が眷属を引き連れ「オオスケコスケ、今のぼる」と言いながら川を遡って来る、その声を聞いた者は三日のうちに死んでしまう、と。
冴え冴えとした月の光に鱗をギラギラギラギラ閃かせ(そしてもちろん、見開かれたままの目は無表情)、オオスケコスケがやって来る!
…とても怖いです。。ナマハゲより怖いです。。
ちょっとトラウマになりそうです。。
…でも、イクラは大好きです。
「年取り魚」=大晦日から元旦にかけて食べる魚は、東日本は鮭、西日本が鰤ですね。
私の住む辺りは、ちょうど東西の文化が入り混じっているようですが鰤が優勢かな。
ただ、年末の鰤はステーキ肉並みのお値段がつきますよね…。

海の旬は、ヒラメ、タラバガニなどなど。
山の旬は、三つ葉などなど。

北海道では猛吹雪の予報。全国的にも荒れるようです。
「不要不急の外出は避けるように」と言われても、社会が動いている限りは働かなくてはいけない人たちが必ずいるんですよね。
いっそ国全体が緊急休日になってしまえばいいのに。
私の住む辺りも一面の雪景色になりそうです。
どうぞ大きな被害が出ませんように。


次回は12月22日「乃東生」に更新します。



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by bowww | 2014-12-17 09:55 | 七十二候 | Comments(2)

第六十二候 熊蟄穴

 フラれた。
 ほかに好きな人ができたって。
 まぁね、ちょっと前からそうなんじゃないかな、って思ってたんだ。
 彼女と別れて、そのまままっすぐアパートに帰る気にもなれなくて、ラーメン屋に行ってラーメン食った。
 本当は餃子もつけたかったんだけど、バイト代が入るのが来週で、懐が寂しかったから我慢した。
 フラれてもラーメンはうまいよなぁ…なんて思いながら、一人でラーメンを啜ったんだ。

 さて、帰ろうと店を出たら、途端に猛烈に腹が空いてきた。
 ラーメンで満腹のはずなのに。
 慌ててコンビニに駆け込んだ。
 スナック菓子やパン、ケーキにプリンにヨーグルト。
 アメリカンドックも三本買った。
 とにかく手当たり次第、目に入るもの全部を食べたくて仕方がない。
 餃子を我慢した意味ないじゃんと思いながらも、有り金全部で買い込んだ。
 アパートに戻って、まずポテトチップスの袋を開けた。
 三分で完食。
 次に生クリームが乗ったでかいプリン。
 飲み込むみたいに二口で終了。
 アメリカンドックはあったかいうちに食わなきゃ。
 しょっぱいもの食べたら甘いもの、甘いもの食べたらまたしょっぱいもの。
 エンドレスで食い続けたんだ。
 …いや、マジで。嘘じゃないって。あ、悪い、聞いてるだけで胸悪くなりそう?
 …そう、「急性過食症かよ、俺」て。
 でもさ、どれもこれも、すごくうまく感じてさ。
 俺、なんだか嬉しくて泣きそうになって食ってた。

 買って来たものを食い尽くしても、まだ腹が減っている。
 どうしようかと部屋の中を見回した。
 ちょうど、実家から米が届いたばかりだったから、それを炊こうと思いついた。
 で、炊きあがるまでに非常食で買っておいたインスタントラーメンを三つ食った。
 米を炊いてるとさ、甘い匂いがするじゃん?
 それを嗅いだら、腹がぐぅ…って鳴るんだよ。
 いやいやいや、俺、おかしいだろ?って思っても、どうしようもないんだ。
 で、生卵かけたり、ふりかけ振ったりして四合分を食べきった。
 そうそう、熱々ご飯にバター乗っけて醤油垂らしてみ?
 うま過ぎて泣けるから。

 米の飯が腹に納まったところで、ようやく満腹中枢が正常に機能したらしい。
 空腹がピタッと治まった。
 そしたら今度は、猛烈に眠くなってきた。
 とても立っていられない。ドロドロに眠い。
 這うみたいにしてベッドに潜り込んで、ひたすら眠った。
 試験やゼミ発表が終わってて良かったよ。バイトも入れてなかったし。
 時々、うとうとと目が覚める。
 薄明るいけど、夕方なのか明け方なのか分からない。
 すぐに閉じそうになる瞼を必死でこじ開けると、見慣れた部屋の景色が紗が掛かったように霞む。
 また眠る。
 次に目を開けると、もうすっかり周りが見えない。薄い布が何重にも重なっているみたいで、外の光がぼんやりと滲んでいる。
 ああ、そうか。繭籠もりなんだ。
 繭の中なら仕方がない。春まで待つしか仕方がない。
 俺、特に疑問も持たずにすんなり寝てた。


「…で、そこにお前が来て起こしてくれたわけ」
 沢口はそこで大きく伸びをした。
 メールしても返信がない、電話にも出ない。
 四日の間、音信不通だったから心配になって、沢口のアパートを訪ねた。
 ドアを叩いても反応がない。
 不安で半ばパニックになって、大家に頼んで鍵を開けてもらった。
 ガクガクする膝で部屋に入り、掠れた声で名前を呼んだ。
 ベッドの布団が、ごそりと動く。
「…おい、沢口…」
「…う〜ん」
 さも気持ち良さげに伸びをするから、思わず思いっきり引っぱたいた。

 外の寒い空気に晒してやろうと、沢口を部屋から連れ出した。
 沢口は首をすくめながら歩いている。
 ビル風が吹き抜ける。
「…あのさ、彼女のこと、すごく好きだったんだろ」
 沢口は空を見上げた。
「…どうだろ。どうかなぁ。どうでしょ。ね?」
 元々、つかみ所のない奴だから、「繭籠もり」の話もどこまで本当か分からない。
 いずれにしても、失恋の度にこんな騒ぎを起こされたらたまらない。
 次の沢口の恋がハッピーエンドであるように、友人一同で祈っている。



〜熊蟄穴(くま あなに こもる)〜




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つい先日、市内で熊が出没しました。
もう冬眠している時期なのに。
やっぱりお腹が空いて眠れないようです。
来年はドングリがたくさん実りますように。
うんと寒くなったり、かと思えば、生温い南風がゴーゴーと吹いたり。
いつもの冬とはちょっと違うような気がします。
私の住む県は、今年は災害が多い年でした。
穏やかな新年を迎えられるように、祈るような気持ちでします。
…とはいえ、公私ともにドタバタドタバタ。
気ばかり焦る12月です。

海の旬は、ナマコなどなど。
山の旬は、春菊などなど。
5年前、母と松島や仙台に旅行に行きました。
仙台では、人にすすめられて調べておいた居酒屋さんを目当てに出掛けたのですが、まさかまさかの「臨時休業」。
私、このパターンが本当に多いのです。。
定休日なら自分のリサーチ不足なだけなのですが、わざわざ訪ねて行っての臨時休業。
母も仲の良い友人も、最近は諦め顔です。
ただ私、美味しいお店(特に飲み屋さん)を探し当てるのが得意なのです。
行き当たりばったりでも、勘と鼻でほぼ間違いなく良いお店を引き当てられるのです。
これまた、周りに有名(?)。
で、仙台でも探し当てました。
小さな小料理屋さん風のお店で、お造りも炊き寄せもとっても美味しかったのです。
母もご満悦。
そこで出して頂いたのが「ばくらい」という珍味でした。
お店の人に「なんですか?」と聞いたら、「海鞘(ホヤ)と海鼠腸(このわた=ナマコの内蔵)の塩辛ですよ」とのこと。
ホヤもナマコも初体験。
ドキドキしながら頂いたら、酒好きにはたまらない逸品でした。
震災後、あのお店はどうなったのかなぁ。


次回は12月17日「鮭魚群」に更新します。
本当は鮭=と書きます。

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by bowww | 2014-12-12 09:55 | 七十二候 | Comments(0)

第六十一候 閉塞成冬

 指をかざすと、ほのかに温い。
 血色の木の実。

 言葉にならない祈り。

 かなわない約束はいらない。

 
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〜閉塞成冬(そら さむく ふゆとなる)〜



二十四節気は大雪。
暦に合わせたかにように雪が降りました。
それも、結構な勢いで。
スタッドレスタイヤに替えたのが3日前。ギリギリ間に合いました。
地面の温度が高いせいか、平地では道路に積もることはなかったのですが、さすがにノーマルタイヤで走るには恐ろしい初雪でした。

海の旬は、金目鯛などなど。
山の旬は、白菜、大根などなど。
お店に入って、刺身定食と煮魚定食がメニューにあれば、迷った末に煮魚定食を選びます。
特に金目鯛の煮付け、美味しいですよねぇ。
数年前、仲良しの同僚夫婦と、冬の静岡に遊びに行ったことがあります。
そこで食べた金目鯛の煮付けが、抜群に美味しかったです。
甘辛のたれでこっくり煮上げて、口の中でほろりと崩れる白身。
ご飯が何杯でもおかわり出来てしまう。
白菜も大根も、寒くなるにつれて甘さが増しますね。
両方とも、大きくて形のきれいなものを見つけると、なんとなく「育ちのいい若奥さん(それも昭和の)」を思い浮かべます。
白菜と豚バラ肉を鍋に交互に重ね入れて、出汁を少しだけ加えて火にかける「ミルフィーユ鍋」は我が家の定番料理です。…て、少し前のCM(味の素でしたっけ)の真似なのですが。
母はそこに、ネギも入れます。
私はあまりネギが好きではないけれど、確かに豚肉特有のくさみが消えて、より一層美味しくなります。
大根はもう、冬の食卓の必須アイテムですよね。
おでんや風呂吹き大根。牛すね肉と煮込んだり、ブリ大根にしたり。
千切りにして塩でしんなりさせた後、缶詰の貝柱と一緒にマヨネーズで和えたサラダは、口直しにピッタリですし。
冬は美味しいものが沢山ありますね。


次回は12月12日「熊蟄穴」に更新します。



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by bowww | 2014-12-07 09:26 | 七十二候 | Comments(0)

第六十候 橘始黄

 雨の月曜日、ショッピングモールは閑散としている。
 赤、緑、金。サンタクロースやらトナカイやらポインセチアやら。
 あちらこちらにクリスマスの飾りが揺れて、クリスマスソングが流れる。
 華やかな筈なのに、買い物客もまばらな店内ではどれも空っぽだ。
 十二月は好きではない。
 夫がまだ勤めていた頃は、とにかく気忙しいだけだった。
 お歳暮の手配から年賀状、子供たちのためにクリスマスの準備。大掃除も始めなければ間に合わない。
 夫はほぼ毎週末、付き合いの忘年会に出掛けて行った。家に居れば大概二日酔いで、使い物にならない。
 苛々とくたびれ果てるだけの月。
 子供たちが結婚し夫が退職してからは、煩雑なことはほとんど放棄して楽になったのに、クリスマスソングを聞くと意味もなく急かされる気分になるのは変わらない。
 憂鬱な師走の冷たい雨。
 今日みたいな日は出掛けたくなかったのに、夫に無理矢理、連れ出された。
 孫たちへのクリスマスプレゼントを買いたいと言う。
 そう言われれば「一人で行けばいい」とも返せず、不承不承ついて来たのだった。

 プレゼントのほかにも、夫のズボンやセーターを物色し、温かいという下着を買った。
「あなたは欲しいものはないの?」
 私は「特にない」と首を振った。
 本当に、改めて訊かれると欲しいものが思いつかないのだ。
 インターネットでの買い物を覚えてから、必要な物はピンポイントで選んで買っている。
 自分の身を装う暇と習慣がなかったせいで、店に並ぶ洋服や装身具を見てもピンと来ない。
 夫はつまらなそうな顔をした。
 私は私で、そっとため息をついた。

 さて帰ろうと一階に降りたところで、夫が「ちょっと忘れ物」と売り場に戻って行った。
 私は、やれやれと窓際のベンチに座る。
 自動販売機でお茶を買って飲みながら、窓の外をぼんやり眺める。
 雨脚が強い。
 傘をさし、足元を気にしながら歩く人たちは憂鬱そうだ。
 冬の街は色がない。
 店や街路の飾りがきらびやかでも、人が色を纏わない。
 そういう自分が一番地味なくせに、と小さく笑った。
 夫はまだ戻らない。
 少し苛立ち始めたとき、風景の片隅がパッと明るくなった。
 オレンジ色のレインコートと長靴。
 オレンジ色のてるてる坊主みたいな格好をした小さな女の子が、お母さんに手を引かれて歩いている。
 水たまりを見つけてはしゃがみ込もうとしたり、仰向いて雨粒を顔に受けたり。
 お母さんに小さく叱られても、ご機嫌ではしゃいでいる。
 そうだった、子供の頃は長靴を履くと嬉しくて、わざと水たまりでバシャバシャ足踏みをしたっけ。
 お母さんは大変だ、と可笑しくなって眺めていると、二人が店内に入って来た。
 目が合った女の子に、思わず手を振る。
 女の子はニコニコと空いている方の手を振り返してくれた。

 家に戻って夕飯の用意をしようとすると、夫が「お茶を飲もうよ」と言う。
 どこまでも自分のペースだ。
 私はムッとしながら、乱暴にお茶の用意をした。
 夫はみたらし団子を取り出す。
 さっき戻ったのは、これを買いに行ったのか。
「これ、好きだっただろ?」
 ええ、好きですけどね、今こんなものを食べたら夕飯が食べられないじゃないですか。
 とも言えずに、頷いて一口お茶を飲む。
 飲み終わると、「ちょっとこっちに来てみて」と言う。
 私は癇癪を起こす寸前だ。
 夕飯は手作りのワンタンが食べたいって、あなたが言いましたよね?私、それをこれから作るんです、下ごしらえがあるんです。
「あのね、ワンタン…」
 抗議しようとした私に、夫は紙包みを手渡した。
 軽くて柔らかい。
 包装を解くと、蜜柑色のストールが出てきた。
 混じりけのない明るく澄んだ色。大判なのに軽くて手触りが良くて…。
 もしや、カシミヤ?
「どうしたの?高かったでしょ、こんなストール…」
「いいから、ちょっと巻いてみてよ」
「私にはもったいないし、第一、こんなに綺麗な色、おばあちゃんには派手よ」
「いいからさ」
 夫は私を鏡の前に引っ張って行った。
 鏡に映った私は、ちょっとだけ若く見える。気がする。
 黙り込んだ私に、夫は得意げに笑ってみせた。
「ほら。似合うでしょ」
「…でも」
「あなたがおばあちゃんなら、俺はじいさん。お互い、年を取りました。
 でもさ、俺はあなたの三つ上でしょ?
 だからあなたは、俺にとってはいつまでも可愛い年下なんだよ」
 憎たらしい。
 思い返せば、いつもこんな調子でしてやられるのだ。
 私は思わず、笑い出してしまう。
 夫はますます、得意げになる。
 憎たらしい!


〜橘始黄(たちばな はじめて きばむ)〜



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橘の実が黄色く色づく頃。
昔々は、橘は柑橘類の総称だったそうです。
古事記や日本書紀には、垂仁天皇が田道間守(たじまもり)を常世の国に遣わして、「非時香実(ときじくのかくのみ)」という不老不死の薬を持ち帰らせた、とあります。
これが橘だとか。
橘は実よりも花の香りの方が、よく詠まれてきたと思います。
  さつきまつ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする  詠み人知らず
私の住む辺りは寒冷地なので、柑橘類はまず、屋外では実を付けません(と思います)。
子供の頃、東海地方の親戚の家に遊びに行くと、家々の庭に当たり前のように柑橘類が生っていてびっくりしました。
ですので、柑橘類の花の香りを嗅いだ覚えがないのです。
どんな香りなのかなぁ。
精油の「オレンジ」や「マンダリン」みたいな感じなのでしょうか。
香りで別れた懐かしい人を思い出すのは、昔も今も変わりないのでしょうね。
ちなみに、橘について調べていたら、山岸凉子の「時じくの香の木の実」というマンガが出てきました。
私、読んだことがあると思います。
後味がとても悪いので、オススメは出来ません。
山岸凉子さんのマンガは、素晴らしいけれど好きにはなれないのです。。

海の旬はハタハタ、海苔などなど。
山の旬はホウレンソウ(生で食べられるホウレンソウ、美味しいですよね)などなど。
我が家では海苔は必需品です。
簡単に食べられる焼き海苔、味付け海苔と焼き海苔を雑雑と刻んでブレンドした刻み海苔(コープのスーパーで買える)、ちょっと上等な板海苔が常備されています。
焼き海苔は普段のおむすび用。板海苔はのり巻き用。刻み海苔は納豆にも山かけにも、とにかくご飯のお供に。
板海苔を炙ると、香ばしいいい香りが立ちますよね。
ごくごく弱火のコンロの上を、サーッ、サーッと滑らせて。
黒々した表面が、渋い緑色に変われば食べごろ。
お醤油をちょこっとつけて炊きたてご飯と一緒に食べればご馳走です。
岩海苔の旬は春だったかしら。
生のものを買って来て、母が佃煮にしてくれます。
市販の佃煮(「ご飯ですよ」とか)は好きではないのに、自家製の佃煮は大好物。
考えてみると、ワカメも昆布もヒジキも、海藻はすべからく好物です。
純ジャパニーズ。


写真は数日前の雨上がり。
ザーッと降ったと思ったら急速に晴れ上がっていきました。
水蒸気が朦々と立ち籠めて、この季節にしては不思議な風景でした。
こんな勢いで雪が降ったらたまりません。。
今週からは全国的にぐっと寒くなる予報。
皆さまもお風邪召されませんように。


次回は12月7日「閉塞成冬」に更新します。
紛う方なく、冬ですね。

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by bowww | 2014-12-02 10:04 | 七十二候 | Comments(0)