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第四十七候 蟄虫培戸

 目が覚めて、やけに静かな日だと思う。
 雪の朝を思い出し、もちろんこんな時期に降るわけがないと思い返し、ではこの静けさは何だろうと考える。
 耳の奥を柔らかいもので圧迫されているような感覚。
 妻に言われて、朝一番で耳鼻科に行く。
 聴力検査をしてみると、ある音域から低い音がまったく聞こえなくなっていた。
「突発性難聴ですね。早くに受診してもらえて良かったです、治りがいいんです」と、まだ若い医師が丁寧に説明してくれた。この病気は、治療を始めるタイミングが早いほど完治する確率が高くなるのだという。
 医師は「原因は特定できていないのですが、ストレスや疲れが引き金になることが多いです」と続けて、疲れを溜めないようにと言った。
 仕事が特に忙しかった覚えもない。鬱ぎ込むほどのストレスも感じていない。
 医師のアドバイスに曖昧に頷くと、「働いていれば、疲れないわけにはいかないですよね」と物分かりの良い笑顔が帰ってきた。

 妻にメールで診察結果を知らせ、会社に電話を掛ける。
 課長が出た。
「病院に行きました。突発性難聴だそうです」
「そうか、大丈夫なのか?」
 大したことはないから、出勤するつもりでいた。
「…少し、耳鳴りと目眩がして…」
「それは良くないな、今日はそのまま休んだらどうだ?」
「申し訳ありません、お言葉に甘えます」
 電話を切って、自分に驚く。
 勤続二十年、初めて嘘をついて会社をさぼった。

 家に戻って妻にも嘘をつくのが億劫で、いつもの駅からいつも通りに電車に乗った。
 昼近くの車内は、通勤や帰宅時間と違って空いている。
 いつもは立ったまま眺める車窓を、座ってのんびりと眺める。
 いつも降りる駅に停車する。ホームに知った顔がないか、思わず見回した。
 再び電車が動き出してようやく気持ちが晴れる。
 ビクビクするぐらいならさぼらなければいいのに、と苦笑する。
 真っ青な空に、刷毛で掃いたような白い雲が浮かんでいる。
 電車は街中を抜けて、しばらくは川沿いを走る。
 土手にコスモスが揺れていた。

 左耳が聞こえづらくなっている。
 電車の響きも、水中で聞くようなもどかしさがある。それだけで、自分と外界に透明な膜ができたように感じる。
 医師は投薬だけで改善するだろうと言った。
 きっと私は、朝昼晩ときちんと薬を飲むだろう。
 子供の頃から真面目だけが取り柄なのだ。
 親や教師の言うことは素直に聞いたし、勉強もした。
 手が掛かる子ではないが、印象にも残らない。
 それは社会人になっても同じだった。
 地道に働くが目立ちもしない。
 急に欠勤すると言っても、疑われはしないが仕事に障りも出ない。
 面白みのない人間だと分かっている。
 だが、四十年以上、こうやって生きてきたので、それ意外の人生が思い浮かばない。
「今日は夜まで行方不明だ」
 そう呟くと、なんだかはしゃいだ気分になった。


 【…続きます】   


蟄虫培戸(むし かくれて とを ふさぐ)~


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春の啓蟄の反対、虫たちが冬ごもりの準備を始める頃です。
人間にも、冬眠という習性がプログラムされていればいいのに…。
そうすれば無駄なエネルギーを使わず、時間の流れも緩やかになって、今よりは多少は穏やかな世界になるのではないかしら。
…食糧難が深刻になった将来には、案外、現実的な話かもしれませんね。
今年は熊の出没が多いみたいです。
会社の同僚も、山で子連れ熊に出くわしてしまって寿命が縮まる思いをしたそうです。
冬眠前なのに、餌になるドングリなどが少ないようなのです。そして仕方がなく、山から里に下りて食べ物を探すという。
人も動物も、どうか穏やかな冬を迎えられますように。
木曽の御嶽山の噴火も、どうかこれで鎮まりますように。

海の旬は鯖などなど。
山の旬は里芋などなど。根菜が肥えてくる季節ですね。
デパ地下が大好きです。
東京に行くと、必ず絶対に欠かさず、デパ地下に行きます。
美味しいお土産をしこたま買い込もうと意気込むのですが、そして確かに「戦後の闇市帰りか!」というぐらいの大荷物になるのですが、結局はいつも似たようなラインナップになるのです。
年寄りの両親は、あまり新奇な食べ物を喜びません。移動の時間を考えると、お刺身のような生ものや宝石のようなケーキたちも持ち帰れないですし…。
鯖寿司、安心してお土産にできます。
やっぱり上等な鯖寿司は、身が厚くて脂が乗っていて美味しいですね。


次回は10月3日「水始涸」に更新します。
今年も残り3ヶ月余になりました。


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by bowww | 2014-09-28 08:58 | 七十二候 | Comments(4)

第四十六候 雷乃収声

 青空の欠片がほしい。
 と、駄々をこねた。

 恋人は「いいよ」と笑って白い梯子を駆け上り、そのまま青空に飛び込んだ。
 プールの飛び込み台の要領。
 飛沫は見えなかったから、上手に潜り込んだらしい。

 私はぼんやり口を開けたまま、恋人の帰りを待っている。

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〜雷乃収声(かみなり すなわち こえを おさむ)〜



秋分です。
今年は秋の深まりがあまりに早いので、もう衣更えをしてしまいました。
残暑がほとんどなかったですね。
朝夕の気温の低さに、毛糸の感触が恋しくなっています。
私の箪笥の中は、紺色やらグレーやら、地味な色ばかり。
でも、マフラーやストールは綺麗な色を揃えているのです。
衣替えでマフラーたちを見ると、ちょっとワクワクします。

海の旬は真鰈などなど。
山の旬はキノコ、花梨などなど。
今年は松茸を食べられるかしら。比較的、豊作なようなので、お買い得な松茸を探しに行かなくては。
元々は都会生まれのくせに、やたらキノコ採りが上手な同僚がいます。
ちょっと山の入り口を覗くだけで、山盛り採ってきます。
それを分けてもらうのが秋の楽しみです。
ハタケシメジやハナイグチ、チャナメツムタケなどなど、「雑キノコ」と呼ばれる美味しいキノコたち。
お酒とお醤油をちょろっと垂らして、ホイル蒸し焼きにします。
トースターで焼いて、「あちち…」と取り出し、「あちっ!あちっ!」とホイルを破ります。
ブワッと立ち上る秋の山の匂い。
黒胡椒をガリガリ挽いて風味を足して、日本酒と一緒に頂きます。
…思い出すだけで至福…。
地面に湿り気がないと、キノコたちは顔を出しません。
私の至福の晩酌のためにも、そろそろ穏やかな雨が欲しいところです。

花梨、私の住む辺りではマルメロと花梨が混同されているようです。
昔から花梨だと思っていた果実は、マルメロ、らしい。
いずれにしても、とっても香りが良いのです。
直売所などで5、6個入りの袋が500円程度で手に入ります。
我が家は、家族それぞれが車に置いておいて香りを楽しみます。
花梨(マルメロ)の蜂蜜漬は、咳止めや喉の痛みに効いてくれます。
以前、喉を使うお仕事の人に差し上げたら、とても喜んでもらえました。


次回は9月28日「蟄虫培戸」に更新します。


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by bowww | 2014-09-23 10:16 | 七十二候 | Comments(3)

第四十五候 玄鳥去

 休日の午後、ぽっかり時間が空いた。
 友人と会う約束をしていたのだが、急な用事が入ったとかで昼前にキャンセルの連絡がきた。
 せめて朝一番で言ってくれれば…と恨めしく思いながら、さて、どうしようかと考える。
 買い物に行ってもいいのだが、休日の街中の喧騒を思うと気が乗らない。
 だからといって、家の中に籠るにはもったいない晴れ間だ。
 読みかけの本とコーヒーを入れた水筒を持ち、当てもなく車を走らせる。
 途中、コンビニに寄って、チョコレートを買った。
 再び車に乗り込んでから、思いつく。
 隣の街の図書館に行ってみよう。

 隣街の図書館は、私が住む街の図書館よりも大きく、蔵書も格段に多い。
 住所が近隣市町村であれば、登録して本を借りられる。
 母にせがまれて、何度か連れて行った。
 母は行く度に「ああ、こんな本がある。あんな本もある。読みたいのばかりで困っちゃう」と嬉しそうに書棚の間を歩き回り、そして結局は何も借りずに「見てるだけで満足しちゃった」と帰るのだ。
 思えば、あの頃は既に体力も気力も大分衰えていたのだろう。
 母は二年前に亡くなった。
 病気が分かってから精一杯のことをしたつもりでいるが、それは所詮、生き残った者の自己満足でしかなく、今もずっと後悔のようなものが胸の底に澱んでいる。
 もっと早く気づいてやれたら、もっと気をつけていたら、もっとそばに居てやれたら。
 母との思い出は、ふとした瞬間に何度も立ち現れる。
 胸の底が、キシキシと痛む。

 図書館の中に入るのはやめて、庭の隅にあるベンチに腰掛けた。
 日が射したり陰ったりといった空模様だが、風はさらりと気持ちがいい。
 芝生の上で、父親と小さな男の子がキャッチボールをしている。
 庭の周りにぐるりと植えられた桜の葉は、既に色づき始めていた。
 ここの庭では幾種類もの薔薇を育てていて、初夏には見事な花園になるのだが、さすがに秋風が立つ今時分は末枯れた景色に変わっていた。秋咲きの薔薇は慎ましく、少し寂しげだ。
 少なくなった花を求めて蜂や蝶が集まる。息を静めて耳を澄ませば、熊蜂の羽音が低く響く。
 母は、大輪より一重のノイバラのような花が好きだと言っていた。
 思い出がまた次々と流れ出しそうになったので、慌てて本を開く。コーヒーを一口、飲む。
 しばらくは字を目で追うばかりだったのが、次第に物語に引き込まれていく。
「ねぇ、甘いもの持っていらっしゃる?」
 突然、耳元で声がした。
 本を取り落としそうになるほど驚いて、声の主を探す。
 いつの間にか、同じベンチに女性が座っていた。
 黒いベルベットのボレロに黒いロングスカート。黒ずくめなのに喪服に見えないのは、コバルトブルーのシルクのストールを巻いているせいだろうか。黒も濃い青も、女性の白銀の髪によく映える。
「ねぇ、あなた。甘いものを持っていらっしゃるでしょ?」
 不意をつかれたまま、私は黙ってチョコレートの箱を差し出した。
 女性は一粒摘まみ上げ口に入れると、にっこり笑った。
「あなたも召し上がれ」
 仕方がなしに、自分も一粒、口に放り込む。
 女性は指についたチョコレートをちろりと舐めとり、ベンチに腰掛けたまま足をぶらつかせている。
 「おばあさん」と呼ばれてもおかしくなさそうな年格好なのだが、仕草が少女めいているのだ。
「どうぞ、続きをお読みになって。お構いなく」
 そう言われても、もう本には集中できるわけがない。
 本を閉じると、女性は嬉しそうに私の顔を覗き込んだ。
「退屈な本だったのかしら。では、お喋りでもしません?」
 無下に断ることもできなくなった。
 仕方がない、傾聴ボランティアだ。お年寄りの話し相手になろう。

「…それであなたは、今もお母様を思い出して悲しくなってしまうのね?」
 私は聞き役のつもりでいたのに。
 女性はとても聞き上手だった。静かに相槌を打っていたかと思うと、こちらが考え込むような質問を返す。とりとめなくなると、「きっとこういうことね?」と言いたいことをまとめてくれる。
 私は、我に返って呆然とした。
 初めて会った見ず知らずの人に、こんなに喋ってしまうなんて。
 私の表情を見て、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「心配なさらなくて大丈夫。私、もうすぐ行く身ですもの。あなたのお話も一緒に持って行って差し上げるわ」
 そして、私の手の上に自分の手をひらりと重ねた。
 軽くてあたたかい手のひら。
「…でもねぇ、もし私があなたのお母様だったとしたら、悲しみや後悔と一緒に思い出されるのは切ないわ。私の一番きれいだったとき、一番幸せだった顔を思い出してほしいもの」
 分かっている。頭では分かっている。
 言い返そうとした私の口に、彼女はチョコレートを一粒、放り込んだ。
 舌の上で、じんわり甘さが広がる。
「すぐには無理よね。でもね、あなたは幸せにならなくてはいけないんですもの」
「あなたの悲しさを、三分の一だけ持って行って差し上げるわね。チョコレートのお礼」
 もう一度微笑んだ彼女に答えようとしたとき、ボールが足下に転がってきた。
 頭を下げる若い父親に、ボールを投げ返す。
 そして振り返ると、彼女はもう居なかった。

 私はわけも分からず、ぼんやりとベンチに座り込んだ。
 気がつくと、置きっぱなしになっていた本の上にカラスアゲハが止まっていた。
 漆黒の美しい羽を、呼吸をするようなリズムで開いたり閉じたりしている。
 静かに手を差し伸べると、蝶はふわりと舞い上がり、コバルトブルーの輝きを一筋残して消えた。
 


~玄鳥去(つばめ さる)~


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春、日本にやってきて子育て(それも2回!)を終えた燕たちが、暖かい南の地へ帰っていく季節です。
そういえば、あれだけ飛び回っていた燕たち、すっかり姿が見えなくなりました。
数千キロの旅、無事でありますように。

私の住む辺りは、そろそろ稲刈りの季節。
今週末の連休がピークになるでしょうか。
夜気に甘い枯れ草のような匂いが混じります。
きっと藁が乾いていく匂いです。
むふふ。
もうすぐ新米の季節。
スーパーには生筋子が並び始めました。
家でほぐして漬けたイクラは、市販の味付けイクラとは別物ですね。
炊きたての新米と自家製イクラ…。
思い浮かべただけでニンマリしてしまいます。
…食欲の秋、絶賛開催中。

海の旬は、舌平目(フレンチによく使われるお魚ですね。でも、甘辛お醤油味の煮付けの方が馴染み深いです)、昆布などなど。
山の旬は、葉唐辛子(ちょうど昨日、母が佃煮をこしらえました)、梨などなど。
最近は手に入る洋梨も種類が増えました。子供の頃はパサパサして薬くさいような変な食べ物だなぁと思っていたのに、大人になって熟したラ・フランスを食べてびっくり。
なんて美味しい果物なんだろう!と、一気に好物の仲間入りです。
ただ、熟し加減の見極めが難しいのですよね。
和梨も、とても美味しい品種が増えました。
甘い和梨を齧ると「甘露!」と思います。
そういえば、「二十世紀梨」ってどこに行ってしまったのかしら。


次回は9月23日「雷乃収声」に更新します。



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by bowww | 2014-09-18 09:22 | 七十二候 | Comments(3)

第四十四候 鶺鴒鳴

 風香(ふうか)はとうとう癇癪を起こしました。
 四年前に草太(そうた)が生まれてから、大人たちは何度、「風香はお姉さんなんだから」と言ったことでしょう。
 おやつのケーキを選ぶときも、夜のトイレに行くときも、お母さんに甘えたいときも、「お姉さんでしょ」と我慢させられるのです。
「もう嫌だ!お姉さんになりたくてなったんじゃないもん!」
 風香は家を飛び出しました。
 嫌い。嫌い。お母さん嫌い。お父さん嫌い。草太嫌い。大嫌い。
 ずんずんずんずん歩き続けて、もう、どこか遠くに行ってしまおう。
 スカートのポケットには、小さな財布が入っています。
 おばあちゃんにもらったお小遣いも入っています。
 バスに乗って、駅に行って、電車に乗って遠くに行くんだ。
 この角を曲がればバス通り。
「お姉ちゃん…」
 風香はぎょっとして振り向きました。
 草太です。
 頬を真っ赤にして、唇をぎゅっと結んで、風香を見上げています。
 風香を一生懸命に追いかけてきたのでしょう。
「ついてきたの?!」
 こくりと頷きます。
「草太は帰りなさい」
 ぶんぶんと首を振ります。
 振り切って行ってしまおうかと思いましたが、すぐそこは車がたくさん走っているバス通りです。草太がちょこまかと道に出てしまったら大変です。
 風香はため息をついて踵を返すと、またずんずんと歩き出しました。
 まだ家に帰るわけにはいきません。かと言って、草太を連れて遠くへは行けません。
 どこに行こうか迷っているうちに、いつしか歩き慣れた通学路を辿っていました。

 小学校に着くと、ちょうど下校のチャイムが鳴りました。
 六年生たちも帰る時間です。
 風香は誰にも会わないように、昇降口や職員室の窓を避けて、校舎の裏庭に向かいました。
 心臓がドキドキします。
(もし先生に見つかったら、忘れ物をしたと言おう)
 草太も風香の様子に合わせて、声も出さずに後をついてきます。
 裏庭は花壇と野菜畑になっています。
 サルビアの赤色は褪せ、カンナの花びらは破れ破れ。背高のヒマワリはぐったりと項垂れています。マリーゴルドだけが、元気な黄色の花をポンポンと咲かせていました。
 風香はがっかりしてしゃがみ込みました。
 夏休みの間は水やり当番を決めて、皆で育ててきた花壇です。
 風香は写生大会でこの花壇を描いて、担任の先生にとても褒められました。
 それなのに、今はすっかりガサガサとした景色になってしまいました。
「お花、寂しそうね」
 草太が呟きます。
 風香はなんだか泣きたくなってきました。
「こら。こんな時間に何をしてる?」
 二人はヒャッと首を竦めました。
 怖いと評判の教頭先生に見つかってしまったのです。
 教頭先生は毎朝、校門の前に立って、皆がちゃんと挨拶をしているか見張っているのです。
「ん?君は二年生だね?三組でしょ」
 怒られると思った風香は恐る恐る教頭先生の顔を見上げました。
「そうだ、風香さんだ。この花壇、上手に描いたよね」
 風香はびっくりしました。教頭先生が自分の事を知ってるだなんて、思いもしなかったからです。
 草太は自慢げに
「お姉ちゃんは絵が上手なんだよ。僕の大好きなアニメの絵も描いてくれるの」と教頭先生に話しかけます。
 先生は草太と同じ目の高さになるようにしゃがんで、「うんうん」と頷きました。
「それでね、お姉ちゃん、僕に絵のお花を見せてくれようとしたの。でも、お花枯れちゃってたんだ」
 風香は今度は草太にびっくりしました。まるで言い訳をしてくれているみたいです。
「そうか、それは残念だったね」
 教頭先生は庭の隅に行って、草の蔓を引っ張ったり、枯れかけた葉をガサコソさせたりして何かを探していました。
 二人の所に戻ってくると、手のひらを広げて見せました。草太が覗き込みます。
「これがアサガオ、こっちはオシロイバナ。これは分かるでしょ、ヒマワリだよ」
 大きな手のひらの上には三種類の種が乗っていました。
「この種を蒔くと、来年には綺麗な花が咲くよ」
「本当?」
 草太が嬉しそうに声を上げました。小さな手を差し出して、先生から種を大切そうに受け取ります。
「さ、早くお家に帰りなさい」
 風香はやっと「ありがとうございました」とお辞儀をしました。
 草太は右手で風香のスカートにつかまり、「先生、バイバイ!」と種を握りしめたままの左手をブンブン振りました。

「お姉ちゃん、来年はいっぱい綺麗な花が咲くかな。一緒に蒔こうね!」
 草太は二カッと笑いました。
 何だか勝てそうな気がしない…。
 お姉ちゃんはやっぱり、どこか憂鬱です。
 


~鶺鴒鳴(せきれい なく)~

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長い尻尾(尾羽)をピコピコと上下に振りながら歩くセキレイは、人をあまり怖がらない鳥のような気がします。
一度、スーパーの中に迷い込んでいるセキレイを見ました。
床を歩いたり、ちょっと羽ばたいてみたり。
「ただいま野鳥が迷い込みまして、ご迷惑をお掛けしております」と店内アナウンスが入りました。
衛生上はよろしくないのかも知れないけれど、お客さんたちも思わず「おやおや、あらまあ」と笑っていました。
無事に外に出られたのかなぁ。

海の旬は、カンパチなどなど。
山の旬は、とんぶり、葡萄などなど。

有島武郎の「一房の葡萄」(児童雑誌の「赤い鳥」に掲載されたんですね)が好きです。
絵の好きな少年が、西洋人の同級生から西洋絵の具の盗んでしまいます。それを知った若い女の先生は…。
物語の最後。
…秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。


次回は9月18日「玄鳥去」に更新します。


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by bowww | 2014-09-13 09:05 | 七十二候 | Comments(2)

9月10日 きょうの空

撮りたての空。
崩れる寸前の雲です。
秋の風物詩の鰯雲は、お天気が崩れる前兆なんですよね。

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昨日、また一つ年を重ねました。
諸手を挙げてはしゃげるトシではないのですが、親しい人たちから「おめでとう」を言ってもらえると、やっぱりジンワリ嬉しいものです。
スーパームーンの満月と重陽の節句が重なって、能天気におめでたい感じ。
うまずたゆまず。
できるかぎり誠実に(でも、イジワル心も忘れずに)。
毎日を過ごしたいと思います。


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by bowww | 2014-09-10 10:46 | 番外編 | Comments(4)

第四十三候 草露白

 夜が明ける。
 窓の外はまだ暗いけれど、まもなくすべてが目覚める気配が漂う。
 結局、眠れなかった。
 ベッドの中の中途半端な温もりにも嫌気がさして、のろのろと這い出す。
 顔も洗わず、寝間着のジャージのままで外に出た。

 そりが合わない上司と、何かにつけて衝突する。
 十代の子供じゃあるまいし、正しさや理屈ばかり主張しても、社会では通用しないことぐらい分かっている。
 同僚や先輩たちにも「もう少し大人になれ、うまくやれ」と注意される。
 分かってはいるのだが、気持ちが淀む。
 夜、職場での苛立ちを思い返しては考え込み、眠れなくなる夜が続いていた。

 近くの公園に辿りつく頃には、辺りに夜明けの明るさが満ちていた。
 生け垣に囲まれた芝生のスペースに誰かがいる。
 小さな男の子がしゃがみ込んで、しきりに何かを探している。
 こんな時間に、一人で何をしているのだろう。
「…どうしたの?」
 できるだけ驚かさないように、そっと声を掛ける。
 白い半袖の開衿シャツに紺色のショートパンツ。どこかの小学校の制服だろうか。
 むき出しの腕や足が白々と見えて、寒くはないかと心配になる。
「ないの。探しているのに、ないの」
 男の子は泣き出しそうな顔で僕を振り仰いだ。
「何を探しているの」
「大切なもの」
 大きさはビー玉より小さくて、透明で、キラキラしていて。
 僕もしゃがみ込んで、水分をいっぱいに含んだ芝生を掻き分ける。
 冷えた草の匂いと湿った土の匂いがする。
「お日さまが上る前に見つけないと…」
「落としたのは本当にこの辺り?」
「うん。夕べはお月さまが明るかったから、ここでお話してたの」
 月見がてら、親と散歩にでも来ていたのだろうか。
 僕は一度立ち上がって、ぐるりと見回した。
 明るさが増している。
 大きな桜の木の根もとで、何かが光った。
 近寄ってみると、クローバーの葉の上に雫が三つ。
 なんだ、朝露か、と突くと、雫はコロコロと手のひらに転がり落ちた。
「…ねぇ、もしかして、これ?」
 男の子を呼ぶ。
 一粒だけ、消えない朝露。水晶の欠片のような。
「それ!」
 男の子は駆け寄ると、両手を出して嬉しそうに受け取った。
「お月さまの光をちょっとだけ持ち出して作ったの。返さないといけないの。お日さまの光が当たると溶けちゃうの」
 今日の一番初めの、まっさらな太陽の光が射し込む。
 芝生の上の水滴が、一斉にきらめく。
「見つけてくれてありがとう!」
 雀たちの賑やかな囀りの中、男の子は公園の奥へ駆けて行った。

 喉が渇いたけれど小銭も持って出なかったから、水飲み場で水を飲む。
 思いがけないほど冷たくて、体の奥に澄んだ芯が通る。
 時々、朝の散歩するのも悪くない。
 もしかしたら、男の子や男の子の友達が置き忘れた宝物を拾えるかも知れない。
  


~草露白(くさのつゆ しろし)~


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写真は7日の月。
私のカメラ(FUJIのX10)と腕前(横着して三脚も使わず…)だと、お月さまを撮ってもこれが限界です。。
もう少し、綺麗に撮れるように頑張ろう…といつも思うのですが。
9日が十五夜・中秋の名月になりますので、これは十三夜の月、になるのですね。
上ってきたばかりの月も綺麗でした(写真に撮ったら、ただの白い点になってしまった。。)。

二十四節気も白露。
明け方の気温がぐっと下がって、朝露が満ちる季節ですね。
今年は天気もぐずつきがちなせいで、朝晩の涼しさのありがたさが半減している気がします。

中学生のとき、百人一首を覚えさせられました。
百人一首に触れたのはこの時が初めてだったのですが、なぜか全100首、覚えられたのですよね。
驚異の記憶力!(…以降、低下の一途。。)
初めはやはり好きな歌から覚えたのだと思います。
  白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞちりける 文屋朝康
この歌も、情景が思い浮かびやすくて好きでした。「見たまんま」なシンプルさ。
露の歌では、万葉集の
  わが背子(せこ)を大和へ遣るとさ夜更けて暁(あかとき)露に我立ち濡れし 大伯皇女(おおくのひめみこ)
も、国語で習いますよね。
ここでの「背子=愛しい大切な人」は、弟の大津皇子(おおつのみこ)です。
二人は天武天皇の子供たちです。
天武天皇亡き後、危うい立場になっていた大津皇子が、伊勢に斎宮として下っていた姉・大伯皇女を訪ねます。
都へ帰る弟を見送った姉の歌。
結局、大津皇子は謀反の疑いで捕えられ、処刑されてしまいます。
もう多分、二度と会えない弟を案じて、眠れないまま朝を迎える切なさが胸に迫ります。
…なぁんて言いつつ、「暁露に我立ち濡れし」という言葉に、艶っぽさを感じてしまうのです。

海の旬は、なんと言っても秋刀魚!肝のほろ苦さも美味しいと思えるようになったら、すっかり大人になった証拠でしょうか。
そろそろ安くなってきました。秋のうちに一度はたべなくては。
亡くなった祖父は、秋刀魚が食卓に乗るとよく、「さんま、さんま、さんま苦いかしょっぱいか」と口ずさみました。
なんのこっちゃ?と思っていたけれど、佐藤春夫の詩の一節だったのですね。
山の旬はカボチャ(ホックリよりシットリの方が好きです)、桃などなど。
果物の中では桃が最上級に好きなのですが、今年は今ひとつ、甘さに欠けた気がします。
雨め。


次回は9月13日「鶺鴒鳴」に更新します。

※訂正。「十五夜」は本日8日、本当の満月は9日、なんですね。


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by bowww | 2014-09-08 06:41 | 七十二候 | Comments(3)

第四十二候 禾乃登

 ただいまご紹介いただきました、新婦・都さんの友人で、木谷由美と申します。
 彰さん、都さん、またご両家ご親族の皆さま、本日はまことにおめでとうございます。
 友人として、お祝いの言葉を述べさせて頂きたいと思います。

 都さんとのお付き合いは、大学時代に始まりました。
 同じサークルに入ったことがきっかけでしたが、話をしてみると好きな小説家やアーティストが同じだったり、美味しいものを食べ歩くのが好きだったりと共通点がたくさんあって、すぐに意気投合しました。
 それからは、お互いの下宿に泊まっては朝までお喋りをしたり、こっそり講義をさぼって遊びに行ったり。アルバイト代を貯めては、国内外へ旅行にも出かけました。
 これだけ気が合うのに、私たちの性格は正反対と言ってもいいかもしれません。
 私は引っ込み思案で、人の輪の中に混じるのが苦手。
 一方の都さんは面倒見が良くて明るく、そしてご覧のように、スタイルは抜群で笑顔もチャーミングです。男女を問わず、みんなの人気者でした。
 都さんと一緒に居るだけで、私までもうきうきと楽しい気分になれます。私の楽しい学生時代の思い出には、必ず都さんが登場します。
 そんな都さんですが、一つだけ苦手なことがありました。
 それはお料理です。
 どちらかのアパートに泊まるとき、食事を作るのは私の役割でした。
 都さんが包丁を使う手つきなんて、危なっかしくて見ていられなかったのです。
 有りあわせの材料で私が簡単な料理を作る度に、都さんは「美味しい!由美はいいお嫁さんになるよね、料理で男の人の胃袋と心を鷲掴みだよ!」と褒めてくれました。
 それに気を良くした私は、ますます料理の腕を磨きました。
 今では小さな料理教室を開くまでになったのですから、都さんに上手におだててもらって私の将来が決まったようなものです。

 ある時、私は同じサークルの先輩に恋をしました。
 もちろん、都さんに打ち明けました。
 都さんも全面的に応援してくれたのですが、私はあっさりふられてしまいました。
「ほかに好きな子がいるんだ」と。
 一晩、泣き明かしました。都さんがずっと隣に居てくれました。
 明け方、「お腹空いたでしょ」と都さんは残りご飯でおにぎりを作ってくれたのです。
 手のひらをご飯粒だらけにして。
 三角形とも俵型とも言えない、大きさもまちまちでゴツゴツのおにぎりです。
「不格好!」と、思わず吹き出しました。
 でも、美味しかった。
 お腹にずんと、力が湧く味でした。
 おかげで、翌日からは笑顔でその先輩に挨拶できました。

 それから半年ほどしてからでしょうか。
 都さんのアパートに呼ばれました。
 いつになく真面目な顔で、都さんが私を待っていました。
「先輩と付き合うことになったの」
 どうやら、先輩の「好きな子」は都さんだったようなのです。
 なんと答えればいいか分からず、私は黙ったままアパートから飛び出しました。
 私は悔しさついでに自棄になって、先輩を問い詰めました。
 都さんのどこが好きなのか、どうして私じゃないのか。
 そんなこと、本当は自分がよく分かっているのです。
 都さんは美人で性格も良くて人気者です。私が敵うわけないのです。
「…おにぎり。あいつが作ったおにぎりが、なんか、すごく美味かったんだ」
 あ、それなら仕方がない。
 ストンと思いました。
 サークルの夏合宿で、夕飯の余ったご飯を見た都さんが、「もったいない」とおにぎりにしたことがあったのです。
 先輩はそれを食べたのでしょう。
 おにぎりは、「おむすび」ともいいますよね。
 食べることへの感謝の気持ちや、相手への愛情などを込めて、そっと大切に結ぶから「おむすび」なのではないかな、と思います。
 不格好なおむすびには、都さんのあたたかさがギュッと詰まっていたのでしょう。
 そのあたたかさを、先輩は確かに受け取ったのだと思います。

 おむすびが縁を結んだんですよね、彰先輩。

 大切に大切に絆を育ててきたお二人が、ようやく晴れの日を迎えました。
 ずっと見守ってきた私たち友人一同も、心から祝福しています。
 これをもちまして、お二人へのはなむけの言葉といたします。
 どうか末永くお幸せに。



「…由美、これ、本番では読まないよね?」
「まさか!下書きだってば。当日はちゃんと穏当なスピーチを用意してありますって」
「その笑顔が信用ならん」
「だって、都が私に頼むからいけないんでしょ」
「…なんだか由美は健気な女の子で、私が厚かましい女みたいになってない?」
「多少の毒と笑いは必要よ」
「花嫁に、毒も笑いも要らないから!」
「まぁまぁ。とにかくスピーチと、プチギフトのクッキーは私に任せて」
「…お願いします」
「うむ。…結婚式、晴れるといいね」
「晴れるでしょ。私も由美も、生粋の晴れ女だもん」

 


〜禾乃登(こくものすなわちみのる)〜

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稲が黄金色に熟し始める頃です。
家の近くの田んぼの稲穂も、だんだん重たげに垂れてきました。
もうすぐ、もうすぐ嬉しい新米の季節♪
県内の水稲の作況指数は、今までのところは平年並みだそうです。
でも、最近の日照不足が心配です。無事に稲刈りの季節を迎えられますように。

海の旬はイワシなどなど。
山の旬は茄子、スダチなどなど。

人生最後の食事、何がいいですか?という質問、時々ありますよね。
鰻は大好きだし、ウニやイクラがたっぷり乗った丼もいいなぁ。お肉だったら、高級和牛(松坂牛とか飛騨牛とかかしら)のすき焼きがいい。あ、金目鯛の煮付けも食べたいな…。
世の中にご馳走は数多あれど、でも、私は最期には炊きたての新米が食べたいです。
おかずは絶妙な漬かり具合の茄子(塩漬け)。
漬かり過ぎて酸味が出てきたのは駄目です。やや浅漬かりなぐらいの茄子。皮は艶やかな紺色。
水茄子のように皮が柔らかすぎるのはいただけません。噛んだときに、キュッと鳴るぐらいの歯ごたえが大切です。
炊きたてのご飯と茄子の漬物。
そして、可能であればデザートに桃があってほしい。
…となると、秋の初め頃に逝くのがちょうどいいのでしょうか。
食欲もりもりの秋。
理想の最後の晩餐、身近な人に聞いてみると面白いです。
よく行くお店の素敵なバーテンダーさんは「茶碗蒸し!」と即答してくれました。


次回は9月8日「草露白」に更新します。



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by bowww | 2014-09-02 09:04 | 七十二候 | Comments(6)

きょうの空

ずっと雨ばかり。
梅雨よりも雨が多い夏の終わりですね。
僅かな青空が嬉しくて、ちょっとだけ番外編。
とは言っても、実は天気雨が降っていました。
8月最後の日の空です。
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菅原一剛さんという写真家さんがいます。
ほぼ日で「写真がもっと好きになる。」という連載がありました。
写真の魅力や撮り方の基本を、とても分かりやすく誠実な言葉で紹介してくれているので、大好きなコーナーでした。
菅原さんは2001年から毎日の空を撮影して、ご自身のHPで公開しています(本にもまとまっています)。

 それは、日常の上にある「光としての空」を意識するために、
 写真には、日常が営まれる大地を入れ込んで撮ることに決めました。
 (中略)
 「今日は暗いなぁ」と感じる空であっても、
 昼間であれば、かならずその空は写ります。
 そうなのです。
 写るということは、そこに光があるという大きな証明です。
 特に、どんよりとした曇り空の下では、
 そのことを知るだけでも、
 鬱ぎ込んでいた気持ちが少しだけ
 軽くなったように感じられるから不思議です。
 〜「写真がもっと好きになる。」から


少しでも明るい方へ、光の方へ目を向けたい。
…と、思っています。
もしかしたらこの先、そんな呑気なことを言っていられない日が来るかもしれません。
私はまだ、本当に本当に辛い目に遭ったことがないだけかもしれません。
ニンゲン、本当に打ちのめされたときには、空を見上げる気力さえなくなっちゃうと思う。
それでも「そこに光がある」ということも紛れもない事実なのですよね。
忘れたくないなぁ…と思います。

そうは言っても、曇天と雨空にはヘキエキしております。。


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by bowww | 2014-09-01 00:10 | 番外編 | Comments(0)