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第四十一候 天地始粛


 会社を出たときには夜の八時を回っていた。
 この辺りでこの時間にアルコールなしで過ごせる飲食店は、ファストフードかコーヒーチェーンの店ぐらいだ。
 亜季子は駅近くのコーヒーショップに寄った。
 レジでアイスドリップを注文しかけて、「やっぱりホットにしてください」と訂正する。
 ショートヘアがよく似合う店員が、「急に涼しくなりましたもんね、温かい飲み物がほしくなりますよね」と人懐こい笑みを浮かべた。
「一日中、冷房の中で仕事していたから…」と亜季子は答える。
「では、ゆっくりあたたまってくださいね」とカップを渡される。
 この店の接客はあまり好きではない。工場のラインのようなファストフード店よりはよほどましだが、いかにも「人が好さそ気」な笑顔と応対が鼻につくのだ。
 それなのに、つい言葉を返してしまった。
 なぜだろうと自問し、今日一日の中で一番人間らしい会話だったからだと気づく。
「私も安いもんだ」と亜季子は一人、苦笑する。

 店内の客席は、大半が若い人たちだった。
 何かにつけて額を寄せ合うカップル、飲み会の後の酔い覚ましなのか、どんよりと会話もなく向かい合っている会社員、炭酸飲料の泡が沸き立つように喋り続ける女の子のグループ、そして本を読んだりパソコンをいじったりしている一人客。
 亜季子も窓際のカウンター席に座り、コーヒーカップを両手で包んだ。
 亜季子の会社は八月が決算月に当たる。ラストスパートだと上司からプレッシャーを掛けられる。
 数年前までは、その高揚感がたまらなく好きだった。
 営業の仕事は天職なのではないかと勘違いをするぐらい、仕事が楽しかった。小さなグループのリーダーを任されたときも、そつなくこなした。
 結婚は勢いだとよく聞くが、確かにそんなものかも知れない。
 一番忙しくしていた四年前に、取引先で颯太と出会い、トントンと結婚した。
 子供はいないが、公私ともに充実していると言っていいのだろう。
 窓の外に目を遣る。
 大きなガラス窓は鏡のように、店内の様子を映し出す。
 亜季子は自分の顔から目を逸らす。
 口角が下がり、まぶたが窪んで、十歳ぐらい老けて見える。
 さりげなく、額やこめかみに散らばる後れ毛を撫でつけ、椅子の上で背筋を伸ばす。
 亜季子の背後では、若い人たちが相変わらず、思い思いに時間を潰していた。
 外は雨が降り出した。濡れた路面に明かりが滲む。
 雨を言い訳に、もう一本、電車を遅らせることにした。

 同僚や上司の些細な言葉がやけに引っかかり、いつまでも抜けない刺のように疼く。
 今までだって、心ない言葉やあからさまな嫌みを投げつけられたことはある。悔し泣きは数知れない。
 だが、その悔しさが亜季子の原動力になったことも確かだ。
 それなのに最近は、悪意のない、他愛ない一言に躓く。
 職場の高揚感に気持ちがついていかず、気持ちばかりが焦っていた。
 会社での出来事は家に持ち込まないつもりでいたが、苛立ちが言葉の端々に滲んだのかも知れない。
 今朝、穏やかな颯太が珍しく声を荒げて、「自分だけが働いていると思ってるんじゃないか?」と亜季子を詰った。
「何が言いたいの?私、家事で手を抜いたことあった?」
「そんなこと言ってるんじゃない」
 苛立ちは伝染する。お互いに言わなくていいことまで言い合った。
 そして無言のまま、それぞれ出勤した。
 思い返し、亜季子はため息をかみ殺す。
 カップの中のコーヒーは冷めかけている。

 見るともなく窓の外を見て、ガラスに映る客たちの様子をうかがう。
 いつの間に座っていたのか、年老いた夫婦がすぐ後ろのテーブル席についていた。
 亜季子の両親よりも少し上だろうか。
 夫は紺色のギンガムチェックのシャツに、焦げ茶色のベストを着ている。妻の方は、ラベンダー色のブラウスに白いカーデガンを羽織っていて、なかなか洒落たカップルだと亜季子は思った。
 特に会話もなく、二人で静かにコーヒーを飲んでいる。
 時折、視線が合うと相手に軽く頷いたり、微笑みを見せたりする。
 長年連れ添うと、特に言葉も必要ないのだろう。
 もう一度出かけたため息を、冷めたコーヒーと一緒に飲み込んで席を立った。
 カタン…と音を立てて、テーブル席に立てかけてあった傘が倒れた。
 亜季子の鞄が、老夫婦の傘に引っかかってしまったらしい。
 慌てて詫び、紺色の大きな蝙蝠傘を拾い上げる。
 夫はおっとりと手を振って「構わないですよ」と答えた。
 テーブルには、彼一人だけが座っている。
 妻の姿はない。
 テーブルの上にはカップが一つ、それと古い映画のパンフレットが置いてあった。
「…あの、奥さまは…」
 思わず、亜季子は尋ねた。
 彼はきょとんと亜季子を見返す。
「…あの、この映画、奥さまとの思い出の映画なんでしょうか」
 咄嗟に亜季子は、パンフレットを指しながら質問し直した。
「うちの両親も好きな映画なものですから」
 男性は「ああ」と納得したように答える。
「そうなんですよ、この近くの映画館でね、昔の名画をリバイバル上映しているものですから」
 ばあさんと若い頃、よく観に行ったんですよと、先ほどと同じ柔らかな笑顔を見せた。
「それは素敵ですね」と亜季子も笑顔で返す。
「奥さま、ラベンダー色がよくお似合いですね」と胸の中だけで呟くと、亜季子は男性に会釈して店を出た。
 外から店内を振り返ると、男性がパンフレットを広げているのが見えた。
 テーブルの向かい側から、妻が嬉しそうにそれを覗き込んでいる。

 電車に乗って、颯太に連絡しようと携帯電話を取り出した途端、メールを受信した。
 颯太からだった。
『スグ カエレ。ハラペコ』
『スマヌ。イソギ カエル。ケサノブンモ スマヌ』
 亜季子はメールを送ってから、電車の窓に映る自分の顔を眺めた。
 



~天地始粛(てんち はじめて さむし)~
 


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暑さが静まり、朝夕の涼しさが増す季節。
「さむし」とは、また大袈裟な…と思っていたのですが、ここ数日の雨は残暑なんか根こそぎ洗いさってしまっているようです。
肌寒くて長袖の羽織ものを慌てて引っ張り出しました。
お日さまと青空が恋しいです。。
もう少しだけ、夏の名残を楽しませてほしいんですけれど…。
秋の実りのためにも。

海の旬はスルメイカ、ハゼなどなど。
山の旬はイチジクなどなど。
昔、祖母の家に行くと庭の木で熟したイチジクを捥いでくれました。
「oriが好きだから」と、熟してない実まで取って、周りから叱られたそうです。
おばあちゃんに貰ったのより美味しいイチジクには、まだ出合っていません。
昔、江國香織が何かに、「ドライイチジクとレーズンバターの組み合わせは、お酒にピッタリ」と書いていました。
合わせるならラム酒あたりでしょうか。
試したいけれど、レーズンバターのカロリーが恐ろしくて実行できずにいます…。


次回は9月2日「禾乃登」に更新します。


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by bowww | 2014-08-28 10:10 | 七十二候 | Comments(4)

第四十候 綿柎開

【…前回からの続きです】


 少女は俯きがちにぶらんこを揺らし、時折、耳を澄ますように顔を上げた。
 キィ…キィ…と、鎖の軋む音が晴一が座るベンチにまで聞こえてくる。
 不意に、自転車が晴一の横を走り過ぎた。
 少女はキュッとぶらんこを止めた。
 自転車もぶらんこの前で止まった。
 自転車には、やはり高校生ぐらいの少年が乗っていた。晴一の場所からは、彼の背中が見えている。その後ろ姿にも乗っている自転車にも見覚えがあるような気がしてならない。
 少年は躊躇ったように見えたが、少女に声を掛けるでもなく、そのまま走り去ってしまった。
 少女は、再びぶらんこを揺らした。


 夏の大会が終わって部活の三年生が引退し、夏休みも終わる頃だった。
 せっかくの夏休みなのに、数学の成績が悪かった晴一は学校の補習を受けていた。
 朝から昼過ぎまでみっちり絞られた後は、同じ立場の友達と近くのファストフードの店で愚痴を言い合ってから帰宅した。
 あの日も友達と別れ、いつもの駅のホームで電車を待っていた。
 西日に照りつけられ、うんざりしているところで「…晴一君?」と声を掛けられた。
 振り向くと、透子先輩が立っていた。
 いつもの制服とは違う紺色のワンピース姿を見ただけで、晴一はドギマギした。
 声が上擦らないように、細心の注意を払って挨拶を返す。
 先輩は「補習の帰りでしょ?」と笑った。
 そして、同級生の家に遊びに行くのだと言って、晴一と同じ電車に乗り込んだ。
 透子先輩と並んでつり革につかまって、何を喋ったのかは思い出せない。
 電車が大きく揺れる度、先輩にうっかり触れてしまわないように足を踏ん張った。車内は冷房がきいていたはずなのに、晴一の耳は熱いままだった。
 晴一が先に電車を降りた。
 ホームから見送ると、先輩が小さく手を振った。
 駅から家まで、猛スピードで自転車を走らせた。にやけた顔を誰かに見られるわけにはいかなかったから。

 次に先輩と学校の外で会ったのは、先輩と顧問の噂話が広がった秋の初めだった。
 部活の練習を終える頃には、すっかり暮れかかっていた。
 電車を降りて自転車置き場に行くと、そこに透子先輩が居た。
 どうしてここに居るのか、誰か待っているのか、あの噂は本当なのか。
 晴一の頭の中は、一瞬で沸き立った。言いたいこと、聞きたいことが、ぶちまけられた玩具のように散らばって収拾がつかない。
 先輩は静かに立っていた。
 晴一の顔を見て、何か言おうと唇を開きかけた。
 晴一は黙って会釈して、通り過ぎた。
 引き止められるかと思ったが、晴一を呼ぶ声はなかった。
 自転車を漕ぎながら、透子先輩はやっぱり姿勢がきれいだと、どうでもいいことを思った。
 それから間もなく、先輩は学校から居なくなった。


 晴一はベンチから立ち上がって、ぶらんこの少女の前に立った。
 少女はまた、ぶらんこをキュッと止めた。
 切れ長の瞳がきっちりと晴一を見上げた。
「彼はきっと、君の幸せを願っていると思うよ」
 あのとき言えなかった言葉。
 少女は、こくりと頷いた。
 霧はいつの間にか晴れていた。

 実家に着くと、すでに夕飯の時間だった。
 両親や妹夫婦と食卓を囲む。
「そういえば、あの駅、全然変わってなくて驚いた。レトロでいいかも知れないね」と晴一が何気なく話すと、家族全員が首を傾げた。
「一昨年、駅舎ごと建て替えたわよ」と母親が言う。
 通勤に毎日使っているという義理の弟も、「だいぶ小ぎれいになっていませんでした?」と怪訝な顔をする。
 腑に落ちないまま、その話題はそのままになった。
 帰る日は、駅まで妹が車で送ってくれた。
「ほら、お兄ちゃん、新しい駅でしょ?」
 確かに駅舎は新しかった。出入り口は自動ドアだし、ガラス張りの待合室にだるまストーブの姿はない。
 では、あの霧の夜はなんだったのか。
 機械的な声のアナウンスと妹に急かされて、ホームに急ぐ。
「ホームは昔のままだけど…」と独り言を言いながら見渡すと、ベンチに座っていた女性が晴一に気づいて立ち上がった。
 姿勢がいい。
 晴一は眩しさに目を細めたまま、彼女に向かって歩いていった。
 


綿柎開(わたの はなしべ ひらく)~



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綿の花が咲き終わって約1ヶ月、萼(=柎、はなしべ)が弾けると、中からフワフワの綿毛に包まれた種が出てくる、そうです。
時々、花屋さんでも見かけることがあります。
二十四節気は処暑。暑さが一段落して秋が深まる頃のはずですね。
実際は「暑さ寒さも彼岸まで」で、残暑はまだまだ厳しいのですが。
とは言うものの、今年の夏は覚悟していたほど暑くなかった気がします。
そのかわり、グズグズ天気で湿気も多い日ばかりで。
広島などでは、大きな大きな災害も起きてしまいました。大切な人を亡くし、財産を損なわれた方々のことを思うと胸が痛くなります。
振り返ると、あまり陽気な夏ではなかった気がします。
どうか穏やかに季節が過ぎますように。

海の旬はヒラマサ、カサゴなどなど。
山の旬はパプリカ、スダチなどなど。
稲が実り始めました。新米の季節が待ち遠しいです。


次回は8月28日「天地始粛」に更新します。

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by bowww | 2014-08-23 09:35 | 七十二候 | Comments(7)

第三十九候 蒙霧升降

 切符が、ない。

 晴一(はるかず)は、改札口に向かう人の波を外れて、慌ててズボンやシャツのポケットを探った。
 鞄の底をや財布の中、車中で読んでいた書類の束の間まで探してみたが見つからない。
 落としてしまったらしい。
 仕方なく、駅員のいる窓口に行って「特急で○○駅まで来て乗り換えたのですが、○○駅からの切符をなくしてしまって…」と告げた。
 白髪頭の色の黒い駅員は、晴一を一瞥すると「二百三十円」と言った。
 切符は確かに買ったのにあらためて料金を取るのかと腹が立ったが、疑われなかっただけましだと思い直し、素直に小銭を払って改札を抜けた。

 高校時代に通学に使っていた電車で、久しぶりに帰郷した。
 ちょうど生徒や学生たちの帰宅時間に重なって、車内は混雑していた。
 男子も女子も友達と群れて他愛ない話に夢中になっている様子は、晴一が高校生だった頃と変わりがなかった。
 ただ、どの子もスマートフォンを片時も離さず、友達と笑い合いながらも画面から目を上げない。「器用なものだな」と感心しつつ、馴染めないと思った。
 子供たちだけではない、大人たちも四六時中スマホをいじっている。
 六人掛けの座席に座った会社員やOLが、全員、小さな端末を見つめている様は滑稽でもあった。
 晴一は「…なんて、自分だって携帯を手放せないくせに…」と胸の中で自嘲したとき、一人の少女に気がついた。
 まっすぐな黒髪を背中まで伸ばし、眉の辺りで切り揃えた前髪は、意思の強そうな目元を際立たせていた。彼女が着ている赤いタータンチェックのスカートと襟に校章がついた白いシャツは、晴一の母校の制服だ。
 連れは居ないようで、つり革に掴まって一人で窓の外を眺めていた。
 姿勢のいい子だな、と思って眺めていると、少女がふと此方を見た。
 一瞬、目が合う。
 痴漢と間違われてはいけないと慌てて目を逸らしてから、いつかも同じようなことがあったと、記憶の奥で何かが身じろぎした。

 駅舎は昔のままだった。
 狭い待合室の真ん中には、夏でもだるまストーブが鎮座している。
 冬には電車を待つ人たちが、かじかんだ手をかざして束の間の暖を取った。
 もっとも高校生の晴一は、いつも発車ぎりぎりの時間にホームに駆け込んでいたのだから、ストーブとは縁がなかったのだが。
 ストーブを囲むベンチには、誰かが作ってくれた薄い座布団が敷いてある。
 その模様にも見覚えがあるような気がして、晴一は「まさかな」と呟いて苦笑した。
 高校を卒業して県外の大学に進み、そのまま就職した。地元を離れて二十年近くになる。
 もちろん、年に数回は実家に戻ってきていたのだが、いつも自分で車を運転して帰った。
 今回は休みを取ったものの仕事が片付かず、移動の時間を使って書類の整理や確認をしたかったため、電車での帰郷となった。
 改札口で手間取ったせいか、同じ電車から降りたはずの乗客たちの姿はほとんどなく、駅舎はがらんとしていた。
 晴一はガタピシ軋む駅舎のガラス戸を開けた。
 途端に濃い霧が流れ込む。
 晴一が育った町は標高が高い盆地にあるため霧が立ちやすい。特に駅の辺りには大きな川が流れているせいか、川霧が立ち籠めることも多かった。
 駅前のロータリーの街灯が霧に滲む。
 家までタクシーを使うつもりでいたのだが、間が悪いことにタクシー乗り場には一台も停まっていなかった。
「仕方がない、歩いて帰るか」
 乳白色の霧に覆われた懐かしい風景の中を歩くのも悪くない。
 晴一は鞄を持ち直して歩き出した。

 霧は濃く淡く街並を覆っていた。足下だけはぼんやり明るいのに、数メートル先が見通せない。
 晴一が高校生の頃から既に寂れ始めていた商店街は、それでも辛うじて数軒が看板に明かりを灯している。
 商店街の外れにある小さな公園で、晴一は足を止めた。
 酔狂で歩いてみたものの、大きな荷物のせいか日頃の運動不足のせいか、予想以上に息が切れる。
 ベンチに腰を下ろし、持っていたペットボトルの水を飲み干す。
「透子先輩だ」
 唐突に思い出した。
 先ほど電車で出会った少女は、透子先輩に似ている。
 高校時代、晴一は剣道部だった。
 男子部は弱小だったが、女子部は地区の強豪チームだった。
 透子先輩は晴一たちの一つ上の学年で、三年生になると主将を務めた。
 もの静かで普段は目立たない生徒だったが、正面に立つと凛とした眼差しが眩しくて、晴一はなかなか気軽に話しかけられなかった。
 晴一をはじめ、透子先輩に憧れていた生徒は多かったと思う。
 だからこそ、先輩が剣道部の顧問の教師と付き合っているという噂が立ったとき、真偽はともかく騒ぎは大きくなった。
 透子先輩は卒業式の半年前に学校を辞めた。
 教師は間もなく遠くの学校へ異動になった。
 晴一は裏切られたような腹立たしさと寂しさを感じたが、それを伝える術も勇気もなかった。

 晴一はベンチに座ったまま、ぼんやりと霧の流れを目で追っていた。砂場を這い、滑り台を霞ませ、ジャングルジムをすり抜ける。
 霧が途切れたとき、揺れているぶらんこが見えた。
 さっきの少女が一人、人待ち顔でぶらんこに座っていた。


 【次回に続きます…】  
 



~蒙霧升降(ふかき きり まとう)~



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朝夕の気温が下がって、霧が立ち籠める季節です。
私の住む辺りは、ずっとぐずついたお天気が続いていて、もう秋の長雨シーズンなのかも知れません。。
暑くなるなら、カラッとしてほしいものです。

車の免許と取ったばかりの頃、調子に乗って一人で高原までドライブに出かけました。
「○○ライン」という立派な名前がついた道路なので、なんの心配もせずに車を走らせたのですが、市街地を離れれば対向車とすれ違いもままならぬ細い山道…。
若葉マークをつけてビビりまくりながら何とか高原を目指しました。
広い道路に出てほっとしたのも束の間、ほんの数分のうちに濃い霧が立ち籠め始めました。
2メートル先も見通せない霧です。
下界に降りるにも、どちらに向かえばいいのかさえ分かりません。
山の霧、恐るべしです。
海の近くなら、海霧なのでしょうか。
海の上で霧に巻かれるのも恐ろしいでしょうね。

海の旬はコチ(高級魚ですね、どんなお味でしょうか)、真蛸などなど。
山の旬はカボスなどなど。
今が旬のトウモロコシ、先日、うんと奮発して行った日本料理店で、「水とトウモロコシだけで作りました」というスープを頂きました。びっくりする甘さで、調味料を何も使っていないというのが信じられないほど。
最近のトウモロコシは、本当に甘く美味しくなりました。
でも、子供の頃に食べた真っ黄色のトウモロコシ(皮がゴワゴワして、甘さも当たり外れがある)も、ちょっとだけ懐かしかったりします。


次回は8月23日「綿柎開」に更新します。


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by bowww | 2014-08-18 09:58 | 七十二候 | Comments(8)

第三十八候 寒蝉鳴

【…前回からの続きです】



 簡単な掃除を済ませると、ぐったりとソファに座り込んだ。
 体の中の心張り棒を、どこかに置き忘れてきた感じで情けない。
 そのまま横たわり、目を閉じる。
 …いけない、いけない。エアコンをつけて。
 一番弱い風にして、間に合わせに洗いたてのバスタオルを引っ被る。
 そのまま心地好く眠りに落ちた。
 息子の言うことも、たまには聞くものだ…と、うつらうつら思っていた。

 何かを煮る柔らかな匂いに起こされた。
 窓の外は暮れかかり、カナカナゼミが三節ばかり鳴いて黙り込んだ。
 目を開けてぼんやり部屋を見回して、はっと気づく。
 キッチンに居るのは誰?
 慌てて行ってみると、若い男性が背中を向けて洗い物をしていた。
「あの…」
「あ、すいません。よく寝てたようなので、起こしませんでした」
 私に気づいた彼はちょっと振り向いて、私の息子から依頼された家政婦だと名乗った。
 そういえば息子が、「家事を手伝ってくれる人を頼んだから」と言っていた、気がする。
 それにしても、男性なのに「家政婦さん」と呼ぶのもおかしなものだし、第一、女性の一人暮らしに男性を派遣するのか?と疑問に思って、息子に確認の電話をしようかとも思ったが、「母さん、また俺の話をしっかり聞いていなかったんだろ」と叱られそうなので、暫くは様子を見ることにした。
 女性といってもこの年齢だし、盗まれて困る貴重品はほとんどない。
 なにより、私はお腹が空いている。
 とても久しぶりに、お腹の虫がグルル…と鳴いた。
「冬瓜、ですか?」
「はい、これなら食べやすいかと思って…」
 鍋の中には、冬瓜と鶏肉が煮上がっていた。出汁が染み込んで半透明になった冬瓜とほろりとほぐれそうな鶏肉を見ると、再びお腹が鳴った。
 家政婦(夫?)さんは、てきぱきと料理を器に盛り、ご飯をよそって食卓を整えた。キュウリとナスの浅漬けも並ぶ。
 冬瓜を口に入れると、出汁の味がじんわり広がった。
「肉も食べてみてください」と声を掛けられ、素直に従った。
 誰かに作ってもらった料理を、世話を焼かれながら食べるのも久しぶりだ。

 家政夫さんは口数が少ない。
 ほとんど背中を向けて作業するのも、こちらが気を使わなくて済むようにという心遣いだろうか。
 温かいお茶を入れるタイミングも絶妙だ。
 これだけの事をしてくれるなら、詐欺でも泥棒でも、まぁ許してしまおう。
「あの、少し座って一緒にお茶でもいかがです?」
 冷蔵庫から冷えた桃缶を取り出す。
 プルトップの蓋ではないから、缶切りでギコギコと缶を切る。
 どうも上手く開けられない。昔から苦手なのだ。
 家政夫さんが、つと手を出して私と交代した。
 手首にぐっと力を込めて、缶切りの歯を缶に食い込ませる。
 私は、その筋張った手を見つめていた。
 手首から二の腕に視線を移し、肩、首筋、顔…。
 この横顔には見覚えがある。


 夫とは見合い結婚だった。
 親同士が意気投合し、本人たちがうかうかしているうちに結婚が決まった。
 夫は真面目で、あまり喋らない人だった。
 手まめな人で身の回りのことは自分で片付けるし、台所に立つのも抵抗がないようだった。
 手は懸からないけれど、私の出番は少ない。
 夫は私のことを好きなのだろうかと、ふと思ったこともある。
 一緒に暮らし始めてから半年ほどたった頃、夫が風邪をひいて寝込んだ。
 桃の缶詰を食べさせようと枕元で缶切りと格闘していると、見かねた夫が起き出した。
「貸してごらん」と言って缶切りを取り上げ、あっという間にグルリと蓋を切り取った。
 ぱかんと開いた缶から、白く艶やかな桃がのぞく。
「不器用だな」と笑った夫の目元が、熱で潤んでいた。
 私は、この人のことが好きだと思った。


 ガラスの器に桃を移し、フォークでさくりと切り分ける。
「俺のこと、忘れたかと思ったよ」
「忘れかけてたわよ。だって、三十年以上も前だもの、貴方が居なくなったの」
「君は迎え火もろくに焚いてくれないからね、なかなか顔も出せない」
 この人は、こんなに穏やかに話す人だったのか。
 美味しそうに桃の欠片を口に運ぶ。
「…で、今回は私のお迎えに来てくれたのかしら」
 あまりに淡々と居るものだから、ちょっと憎まれ口を叩いてみる。
 夫は「それは先に取っておくよ」と笑った。
「向こうに行ってから、逝くときは呆気なかったし、君とろくに喋ってなかったなと後悔してさ」
「もう一度、やり直したい」なんて真剣な顔で言うから、私は不覚にも頬を赤らめてしまう。

 息子夫婦との同居はずっと先になりそうだ。
 年に数日だけとはいえ、私はもう一度、夫とやり直すのだ。




~寒蝉鳴(ひぐらし なく)~



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高校の夏休みに、リゾート地の社員寮で泊り込みのアルバイトをしました。
父親の知人が管理人をしていて、お小遣い稼ぎというよりは行儀見習いで預けられた格好です。
忙しいし、管理人ご夫婦はなかなか厳しいしで、心細いったらありません。
当時は携帯電話もパソコンもないから、友達とも連絡取れないし…。
夕方、蜩(ひぐらし)の「カナカナカナカナ…」という鳴き声で聞くと、本当に泣きたくなりました。
蜩の声って、どうしてあんなに悲しくなるのでしょうか。
昨夜、仕事を終えて家に戻ると、ご近所から花火の匂いがしてきました。
お盆で帰省している孫たちと、花火を楽しんだ後なのでしょう。
暑い暑いと言っても、夜は虫の声が聞こえてくるようになりました。
「夜の秋」という夏の季語は、こんな雰囲気を表現しているのかな、と思います。

お盆の入りです。この辺りは迎え火や送り火に「かんば」を使います。
「樺の皮」=シラカバなどの木の皮を乾燥させたものを焚くのです。
甘いようないい匂いがするので好きな行事だったのですが、祖父母が亡くなってからはすっかりサボっております。
罰当たりです。。

海の旬はイナダ(ハマチと同じかしら?ブリの若魚)、メゴチなどなど。
山の旬は冬瓜、トウモロコシ(トウモロコシの炊き込みご飯が大好きです。つい食べ過ぎてしまいます)などなど。


次回は8月18日「蒙霧升降」に更新します。




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by bowww | 2014-08-13 10:16 | 七十二候 | Comments(8)

第三十七候 涼風至

 年寄りは暑さ寒さを感じにくい。
「だから母さん、熱中症になる前に早めにエアコンをつけるんだよ。水分を摂るのも忘れずに。梅干しなんかも良いみたいだよ」
 電話口で息子がまくしたてる。
 年を取ったって、暑いものは暑い。十分に暑い。
 エアコンの風が嫌いなだけだ。やせ我慢をしているわけではない。
「それと、食欲がないからって、ナスやキュウリばかり食べてちゃ駄目だよ。栄養になる物を食べなきゃ…」
「はいはいはいはい。分かりました」
 そんなに心配なら、鰻でもぶら下げて様子を見に来いと言いたかったが、言えば本当に家族を引き連れてやって来るだろう。それはそれで煩わしい。
「お前こそ気をつけなさいよ」と返して早々に電話を切った。
 そういえば、喉が渇いたと冷蔵庫を開ける。
 冷えた麦茶を取り出し、グラスに注ごうとしたところで、視界がグラリと歪んだ。

 回覧板を持って来た隣の奥さんが、キッチンの床に伸びている私を発見してくれたそうだ。
 病院に運ばれた私を息子が引き取りに来た。
 家に帰る車中で、小言がこんこんと続く。
「…でも、熱中症じゃなかったよ、ただの栄養不足だって…」
「減らず口!」
 ヘマをやらかしたのは私だから分が悪い。大人しく黙り込む。
 息子は横目でこちらをうかがってから
「…そろそろさ、潮時じゃない?一緒に住もうよ。多佳子もそう言ってる」と切り出した。
 夫が亡くなったのは、この子が生まれて間もなくだった。
 母一人子一人、辛抱を重ねて…という程のこともなく、勝手にすくすく育ってくれた。それでも何かにつけて母親を気に掛ける。息子の性格を承知で嫁いできてくれた嫁だから、気持ちをよく汲んでくれるのだろう。
 彼らの気遣いには本当に感謝しているのだが…。
「まだまだ大丈夫。足腰が立たなくなったら迎えに来ておくれ」
「口だけは達者な寝たきり老人なんて、始末に負えないよ」と苦笑いしてから、大きな溜め息を一つついた。

 確かに足元がフワフワと心許ない。
 息子を帰してから、床の上で足踏みをしてみる。
 自覚しているよりも、もっともっと速いスピードで、体力筋力気力知力…あらゆる力が衰えていく。
 早くに夫を亡くしたから、大概のことは自分で片付ける習慣が身に付いていた。
 だから、男手が欲しいと思ったこともない。
 ただ、周りに迷惑をかけてみて初めて、自分の衰えを思い知らされる。一人で始末できないことが、これからも増えていくだろう。
 …いけない、いけない。
 体が弱っている時は、気持ちがつまらない方へ傾く。
 わざとらしいくらいに大きく頭を振って、鬱々とした思いを振り払った。
 こんな時は桃缶だ。
 とっておきの桃の缶詰を、横着して缶ごと冷蔵庫に入れた。


【……続きます】 
 
 
~涼風至(りょうふう いたる)~


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立秋です、夏が終わった…はずなのに。
吹く風に微かな涼しさが紛れ込む頃…のはずなのに。

  そよりともせいで秋立つことかいの 上島鬼貫

台風の影響なのでしょうか、熱風が止んだかと思えば、後に熱気がじっとりと淀みます。
寝苦しい夜が続いています
私の住む辺りは、夏でも朝夕は涼しいのが取り柄なのに。。
皆さまも、どうぞご自愛くださいますように。

海の旬はカワハギ、シジミ(…は、海ではないですね)などなど。
山の旬はオクラなどなど。


実はパソコン(9年選手のiBook)の調子が悪く、ここ数ヶ月は騙し騙し、ゴキゲンを伺いつつ使っている状態。
ですが、この暑さで食欲ガタ落ちのようで、電源につないでも充電を断固拒否されます。。
そろそろ諦めないといけないかしら。
基本的にはアナログな人間なので、データ移行やネット環境の更新なんて、考えただけでも心が折れそうです。。
現代って、色々と便利になった分、乗り越えるべきフクザツカイキな事柄が増えてしまいました。フクザツカイキをクリアしないと、諸々の便利や楽しみを享受できないという。。
夏の宿題はパソコンの買い替え(及びネット環境の整備)になりそうです。


次回は8月13日「寒蝉鳴」に更新します。




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by bowww | 2014-08-07 07:32 | 七十二候 | Comments(0)

第三十六候 大雨時行

 のっぴきならない事態。


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~大雨時行(たいう ときどきに ふる)~






我が家は昔、小さな薬屋さんでした。
会社勤めが嫌だと駄々をこねた父が、脱サラして始めた店です。
近所のおじいさんおばあさんが歩いてやって来て、「にいさん、足が痛いだがせ」「風邪ひいて咳が止まらないだわ」と薬を買ってくれました。
私と弟の学校が夏休みになっても、お店は休めません。
家計はいつも火の車ですから、家族旅行なんてもちろん無理。
ディスニーランドに行く友人たちが羨ましくて仕方がありませんでした。
夏休みの思い出と言えば、寝惚けた顔のままで参加した朝のラジオ体操。
灼けたアスファルトの上を歩いて通った学校のプール。
髪に塩素の匂いをまとわりつかせて家に帰れば、冷えたスイカがおやつに待っています。
暑さに耐えかねた父が庭に水を撒くと、土と芝生(ほぼ雑草化していました)の匂いが立ちます。
入道雲が怖いくらいに大きく伸び上がって、まるで水撒きが終わったのを見計らったかのように大粒の雨がパタパタと降り出します。
一日の熱を一気に冷ましてくれる夕立ち。
…案外、大人になって鮮やかに思い出すのは、遊園地のキラキラしたパレードよりも、水撒きのホースの先にできた小さな虹や、雨の匂いだったりするんじゃないかしら。
…と、ビンボー人は負け惜しみを言ってみたりするのです。

今日は旧暦の七夕です。
7月の七夕よりも、星が綺麗に見えます。
織姫彦星も無事に会えるでしょうか。
暦の上では夏の終わり、晩夏です。
夏の果て。秋の隣。
実際は、まだまだ暑い日が続きますよね。
海の旬は穴子、太刀魚などなど。
鰻と穴子を比べると、僅差で穴子が好きかも。お寿司の詰め合わせでは、必ず最後まで取って置きます(〆はイクラとどちらにしようか、真剣に迷う)。
初めて白焼きを食べたときはジンワリ感動しました。
山の旬はキュウリ、トマト、スイカなどなど。
キュウリは一年中出回っていますが、やはり露地栽培の採りたてキュウリのみずみずしさはたまりません。
甘くて爽やかに青くさくて、夏を丸ごと齧っている感じ。

今回で36回目、七十二候に添って更新すると決めているので、ちょうど折り返し地点です(その割には、今回の作り話の部分があまりに手抜きでしたが。。)。
飽きっぽいくせによくぞ続いた、と自分で自分を褒めてやりたい。
残り36回も、ヨロヨロと更新していきたいと思います。


次回は8月7日「涼風至」に更新します。


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by bowww | 2014-08-02 09:28 | 七十二候 | Comments(0)