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第三十五候 土潤溽暑

 熟れた巴旦杏のような頬した子供たちが、歓声を上げて遊んでいる。
 うちの娘も、つられて駆け出した。
 一面の向日葵の畑に、けもの道のような通路が不格好に続く。
 手作り感いっぱいの田舎の「ヒマワリ迷路」だ。
 実家に帰省中、ドライブの途中で娘が目敏く見つけて、遊んでいきたいと駄々をこねた。
「お父さんもおいでよ!」
 娘が手を振った。前髪は早くも汗に濡れて、額に貼り付いている。
「帽子をかぶらなきゃダメだよ」
「大丈夫だよ!」
 言うなり彼女は向日葵畑に駆け込む。
 追いかけなければ。
 そう思いながら、僕は一瞬、足を止める。
 風に揺れた無数の向日葵が、一斉にこちらを向いた。
 なんだ、僕より頭一つ分、低いじゃないか。少し背伸びをすれば、出口も入り口も見通せるじゃないか。
 僕は手にした娘の白い帽子を見つめ、水色のリボンを整えた。

 通路に足を踏み入れると、ひんやりと湿った土の匂いがした。
 畑の外よりは、幾分か涼しく感じる。
 通路は狭く、歩きにくい。ざらついた向日葵の葉が、半袖の腕をチクチクと刺す。
 向日葵は、奥に行くほど背丈が高くなっていた。視界が遮られる。
 出口の見当をつけて歩いていたつもりなのに、じきに方向を見失った。
 娘の名前を呼ぶ。
 すぐ後ろで返事が聴こえた。
 ほっとして振り向く。
 誰もいない。
 かくれんぼしているつもりなのか。
 苛立って、大きな声を出した。 
 返事は大勢の笑い声にかき消された。
 心臓が、ドクンと跳ねる。
 息が苦しくなる。
 汗がこめかみを流れ落ちる。
 土の匂いに自分の汗の匂いが混じる。
 もう一度、娘を呼ぶ。
 声が情けなく震える。
 大丈夫だ。大丈夫だ。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
 向日葵がざわめく。
 少し遅れて風が吹き抜ける。
 気づけば向日葵の花は、僕の背をはるかに越して、僕を見下ろしている。花と葉の隙間に空のかけらが見える。
 笑い声だけが、僕を取り囲んだ。
 耐えきれずに、僕はその場にしゃがみ込む。

「ずっとずっと待ってたんだよ」
 男の子が僕の肩を揺する。
「約束したじゃないか。必ず来るって」
 ああ、そうだった。
 あの日、僕は彼と約束したのだ。明日もここで会おうと。明日もかくれんぼしようと。
 あの日一日、とても楽しかったから指切りしたのだ。
「ごめんね、僕、熱が出ちゃって行けなかったんだ」
「そうだったんだ…」
 真剣だった男の子の目が、少し和らぐ。
 小さな手のひらを、そっと僕の額に当てる。
 ひんやりと冷たくて気持ちがいい。
「もう大丈夫?治った?」
「うん、平気だよ。だって僕、大人だもの」
 そう言うと、彼は初めて気が付いたように目を見開いた。
「そういえば君、ずいぶん大きくなったんだね」
 もう一緒には遊べないね、と悲しそうに俯く。
 ふっくらとした頬に、泥がこびりついている。
「そうだね、僕、大きくなりすぎちゃったね」
 ふと思いついて、僕は握りしめていた帽子からリボンを解いた。
 男の子の左手首を取って、水色のリボンをそっと結んでやる。
「きれいだね。くれるの?」
 僕が頷くと、男の子はパッと笑った。
 彼の頬を指で拭うと、乾いた泥がパラパラと零れ落ちた。
 そして男の子も、ほろほろと崩れていった。
「ありがと。宝物にするね。ありがと」
 ありがと。ありがと。ありがと。
 やがて男の子の声は、向日葵畑の奥へ吸い込まれていった。

 転校生だった僕は、新しい小学校になかなか馴染めず、一人で遊んでばかりいた。
 あの日、いつもより少し遠くまで出掛けて、一面の向日葵畑を見つけたのだ。
 気が付くと、彼が居た。
 日が暮れるまで、追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりして遊んだ。
 僕が帰ろうとすると、とても寂しそうだったから「また明日」と約束したのだ。
 翌日、熱が出て寝込んだ僕の枕元で、二ヶ月前から行方不明になっていた男の子が遺体で見つかったと、大人たちが小声で話していた。
「向日葵畑にね、埋められていたそうだよ。可哀想に…」
 僕はそのまま三日ほど熱にうなされた。
 熱が下がったときには、男の子と向日葵畑のことをすっかり忘れていた。

「お父さん!お父さん!迷子になっちゃったの?」
 娘に発見されて、手を引かれる。
 難なくゴールに辿り着いた。
 向日葵の茂みから出た途端、強い陽射しに包まれた。
 帽子のリボンのことを、娘にどうやって説明しようか。
 もう一度、「ありがと」と声が聴こえた。
 向日葵は、そっぽを向いている。
 

向日葵は金の油を身にあびて ゆらりと高しひのちいささよ 前田夕暮


~土潤溽暑(つち うるおうて むし あつし)~



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梅雨が明けたはずなのに、ムシムシが続いています。
「土潤溽暑」という字面を見るだけで、モワッとした熱気と湿気を感じます。
私の住む辺りは標高400〜500メートルほどで、全国屈指の「強力紫外線地域」なのです(故に不美人が多いと言われる。。)。
暑くはなりますが、湿気が少ないのが取り柄なのに。
子供の頃の夏は、昼間はチリチリと灼けるように暑くて、午後にざあっと夕立ちが降って、夜は涼風が吹いていたものなのです。
最近はすっかり亜熱帯気候ですね。
朝からスコールのような雨が降ったかと思うと、すぐに太陽が照りつけるから、天然のサウナ状態です。
こんな夏が増えていくのでしょうか。
人間の自業自得と言われれば、返す言葉がないのですが。


海の旬はコハダ、太刀魚などなど。
山の旬はゴーヤー、枝豆などなど。
先日、小料理屋さんで、出汁で茹でた枝豆を頂きました。出汁の旨味と豆の甘さがじんわり溶け合って、おかわりしたくなったほど。
ちなみにそのお店で、生まれて初めて岩牡蠣に挑戦しました。
「生牡蠣を食べてはいけません」と、母の遺言にあるのですが(いえ、母は健在ですが)、食い意地に負けました。
スダチをちょっと絞って、恐る恐る…。
結果、「これで当たっても、我が人生、悔いなし!」。
世の中には、美味しいものが満ちあふれているのですね。


次回は8月2日「大雨時行」に更新します。




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by bowww | 2014-07-28 09:04 | 七十二候 | Comments(4)

第三十四候 桐始結花

「もういい加減、始末したら?」と夫が言う。
 小さいながら念願の一戸建てを郊外に買った。
 引っ越しを秋に控えて、片付けを進めている。
 長年のアパート暮らしで荷物は少ない方だと思っていたのだが、いざ片付けを始めてみると、処分すべきか残すべきか迷ってばかりで捗らない。
 夫は、私の古い和箪笥を「捨てたらどうか」と言うのだ。
 確かにアンティークと呼ぶにはガタが来ている。抽斗(ひきだし)の底や、背板の一部がひび割れているし、表面は傷だらけだ。古道具…いや、ガラクタの類いだろう。
 新しい家にはクローゼットがある。造り付けの棚なども含めて収納スペースはかなり用意してあるから、確かに箪笥は必要ないのだ。
 箪笥は亡くなった祖母のもので、私が一人暮らしを始めるときに譲り受けた。
 子供の頃、父親や母親に叱られると祖父母の部屋に逃げ込んだ。逃げ込んだはいいが手持ち無沙汰だった私は、部屋の隅っこで、箪笥の取っ手をカタカタと鳴らしながら、ほとぼりが冷めるのを待った。
 今でも黒くて重たい半円形の取っ手を引っ張ると、あの頃と同じ音がする。そして、テレビの相撲中継や時代劇をを見ていた祖母の丸っこい背中を思い出す。

 箪笥の中身をすべて出して整理をする。
 ハンカチなどを詰め込んでいた小さい抽斗を引っ張り出した。
 かすかに音がする。乾いた紙がカサコソ鳴るような。
 よく見ると、抽斗の底が二重底になっていた。こんな仕組みになっていたとは、今まで気づかなかった。
 小刀の先を隙間に入れて、軽くこじると蓋が外れた。
 中には、「百円」とか「五拾円」とか書かれた古い紙幣が、何枚も丁寧に畳んで仕舞われていた。
 戦後まもなくのお金だろうか。
 お嫁に来たばかりだった祖母が、こっそり隠したへそくりかも知れない。
 祖母の茶目っ気たっぷりの笑顔を思い出しながら、お札を手に取った。
 その下に、黄ばんだ手紙があった。
「たえ様」と、拙い字で祖母の名前が書いてある。
 恋文?
「おばあちゃん、やるなぁ」と思わず呟く。
 いけないとは思ったのだが好奇心には勝てず、慎重に封筒から手紙を抜き出した。
「タッシャデスカ コメハアリマスカ」
 片仮名だけの手紙は、子供たちは元気なのか、舅姑にはよく尽くしているか、食べるものはあるかと、娘を案じている母親のものだった。
 祖母のお母さん、私の曾祖母の手紙だ。
 父の話では、祖母のお姑さんが厳しい人で、嫁である祖母を相当きつく仕込んだらしい。夫である祖父は結婚して間もなく、招集されて戦地へ送られた。幸い無事に帰ってきたが、夫が留守の間、祖母はほとんど孤立無援で耐えたのだろう。
 何枚ものお札は、曾祖母が手紙に添えたり、何かの折に娘にそっと握らせたりしたものではないか。
 手紙の最後には「イツ カエレマスカ」と書かれていた。

「和箪笥、やっぱり連れて行く」と宣言すると、夫は呆れながらも承知してくれた。
 日当りと風通しのいい場所に置こうと思う。




〜桐始結花(きり はじめて はなを むすぶ)〜


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桐の木に紫色の花が咲く頃です。
そして二十四節気は大暑。大いに暑い毎日が始まりますね。梅雨も明けました。
夏本番。
都会の学校や大学は夏休みが始まっている頃。
私が住む辺りでは、夏休みはごく短いのです。7月25日頃から8月のお盆過ぎまで。
以前は「稲刈り休み」(=秋の一週間ほどの休み)や「寒中休み」などがあったものですが、学校が週休二日の現在では、そんなおまけのような連休もなくなってしまいました。
働く親たちにとっては休みが取りづらくて迷惑だから、という理由もあるみたいです。
都会の子供たちは8月いっぱい夏休みだなんて、羨まし過ぎる…というよりは、そんな長い休みがあるなんて、お伽噺のようだと思っていました。
社会人になってからは、長い連休をほとんど取っていません。
忙しい仕事だからというよりは、一度そんなに休んでしまうと、二度と立ち上がれないような気がして怖い。。

桐の花は、ちょっと前まではよく見かけた気がします。
昔は女の子が生まれると桐を植えたのだとか。
生長が早く良い材になる桐は、女の子がお嫁に行くときに箪笥にして持たせてやったそうな。
そんな話を聞いてから、お庭に桐の花が咲くお宅を見かけると、娘さんが居るのかな、箪笥に間に合うかな、と思うようになりました。
ちなみに、作り話に出て来た和箪笥は実在しております。
私は祖父から譲り受けました。
東京大空襲を潜り抜けたとか抜けないとか。
あちこちガタが来ているのですが、抽斗の開け閉めはピタリと決まります。
なかなか手放せないでいます。

海の旬は、やはり鰻(…いや、養殖ウナギは「海」のものではないのかしらん)になるのでしょうか。7月20日に土用入りをしていますから、鰻屋さんは一番の書き入れ時のはず。
我が家のすぐ近くに、地元でもちょっと有名な鰻屋さんがあります。ものすご〜く美味しそうな匂いが、風に運ばれてきます。
…匂いだけで白いご飯を頂いています。。
でも、正確には鰻が一番美味しいのは冬らしいですね。
平賀源内が「土用の丑」という販促キャンペーンを張ったというのは有名なお話。
現代の節分の恵方巻きや、バレンタインデーのチョコレートなんかと同じですね。
山の旬は枝豆、ピーマンなどなど。

次回は7月28日「土潤溽暑」に更新します。


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by bowww | 2014-07-23 08:52 | 七十二候 | Comments(0)

第三十三候 鷹乃学習

 店の前の紫陽花は、すっかり色が抜けていた。
 剪定した方が見栄えがいいと毎年思うのだが、マスターはお構いなしだ。
 扉を開けるとカラコロとベルが鳴る。コーヒーの香りと煙草の匂い。
 カウンターの向こうで、白いシャツに黒いエプロンをつけたマスターが、「いらっしゃいませ」と、ぽきりとお辞儀する。
 カウンター席だけは禁煙だが、テーブルにはよく磨かれた灰皿が置かれていて、常連客たちが新聞を読みながら、煙草とコーヒーカップを交互に口に運んでいる。
 私は、店の隅のスプリングが少しへたれたソファに腰を下ろした。
 浅い焙煎のコーヒーを頼むと、豆を挽く音がして店の中の香りがさらに濃くなる。
 持って来た本を広げたところで、扉のベルが鳴った。
 何気なくページから目を上げると、買い物袋をぶら下げた金髪頭の男の子が入ってきた。
 店の空気が、少しだけ揺れた。
 彼は遠慮なくカウンターに入る。
 アルバイトの学生だろうか。
 マスターは何も言わずにコーヒーを淹れている。
 男の子も、何も言わずに買って来た物を冷蔵庫に仕舞った。
 マスターがカップにコーヒーを注ぎ終わると、男の子がトレイに乗せて私のところへ運んで来た。
「お待たせしました」
 思いのほか丁寧な手つきでカップを置いてから、ミルクのピッチャーとシュガーポットも並べた。
 カウンターに戻る彼の背中を見て気が付いた。
 マスターの息子さんだ。
 肩から腕にかけての線がそっくりだ。
 私がこの店に通い始めた頃、時々、小さな男の子が駆け込んで来てはランドセルをマスターに預けて、再び外へ駆け出していった。
 あの子がこんなに大きくなったのか…。
 カウンターの奥の様子を、見るともなく見守る。
 マスターがカウンターの客と世間話をする間、金髪クンは洗い終わったカップを拭いて戸棚にしまう。コーヒー豆が入っている瓶を調べて、残り少なくなった瓶には焙煎室から豆を持って来て足す。マガジンラックの雑誌をきちんと並べ直す。
 注文が入ると、ドリッパーを温めたサーバーに乗せてペーパーフィルターをセットし、父親に場所を譲る。
 斜め後ろに立って、手元をじっと見つめる。
 まだまだ修行中の身らしい。
 コーヒーをテーブル席の客に運び終わると、外に出て行った。
 私も少しぬるくなったコーヒーを飲み干して、レジの前に立った。
「頼もしい跡取りさんですね」
「継いでくれ、なんて頼んでないんですがねぇ」
 迷惑そうな口ぶりの割には、目元が嬉しそうだ。
 店の外に出ると、金髪クンが紫陽花の花殻を摘んでいた。
 私に気が付くと手を止めて、「ありがとうございました」と、ぽきりとお辞儀をした。
 


~鷹乃学習(たか すなわち わざを なす)~


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春の終わりや夏の初めに孵化した鷹が、飛び方や餌の取り方(狩りですね)を覚える季節、ということです。
猛禽類、私が住む辺りではトンビが一般的です。
空の高い高いところで風に乗って、気持ち良さそうに「ピーヒョロロ」と鳴いています。
景色がいい里山の展望台でお弁当を広げるときは要注意です。トンビが目聡く見つけて、おかずをかっさらうのです。
そんなトンビも、カラスは天敵のようです。
カラスは集団でトンビを囲んで追い掛け回します。耐えかねたトンビが餌を落とした瞬間に横取りするという…。
一度、電信柱の天辺で、がっくり肩を落として俯いているトンビを見たことがあります。
カラスにいじめられたのかなぁ。
思わず「元気出せよ」と肩を叩きたくなりました。

燕も元気いっぱい飛び回っています。
春にやって来た燕、二度目の子育てを終える季節なのだそうです。
最近、やけに燕の集団を見かけるなぁ…と思って調べてみると、先に巣立った若い燕たちが、二度目の子燕たちの面倒をみているらしいのです。
外敵から守ってやりつつ、飛び方や餌の取り方などを教えるのだそうな。
ほぉ!
夫婦仲が良い鳥だとは思っていたのですが、そんなコミュニティーもあるのですね。


海の旬はオコゼ(唐揚げが美味しいそうですね。食べてみたい)などなど。
山の旬はレタス、ズッキーニなどなど。
ズッキーニ、私が子供の頃には見かけなかった野菜です。
今では近くの直売所で新鮮なものが手に入ります。浅漬けもなかなかいけます。
先日、ラジオを聞いていたら、「ズッキーニ田楽」なる簡単おつまみが紹介されていました。
輪切りにしたズッキーニに和辛子を塗って、味噌を塗って、オリーブオイルをちょろっと掛け回してトースターで焼くだけ。
ビールや日本酒に合いそうです。
夏が終わる前に試してみよう。


次回は「桐始結花」、7月23日に更新します。





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by bowww | 2014-07-18 09:04 | 七十二候 | Comments(0)

第三十二候 蓮始開

「知ってるか知らんか知らんが」。
 教授の口癖だ。
 地質学の講義はしばしば脱線する。
 自然科学はもちろん、政治経済歴史の話、本の話、映画の話、音楽の話…。芸能界のゴシップにいたるまで教授の雑学は幅広い。
 訥々とした語り口で、なかなか辛辣な批評を繰り出す。
 かと思うと、やはり訥々とほらを吹くものだから、あっさり騙される。
「知ってるか知らんか知らんが」が出たときは、特に要注意なのだ。

 ゼミの仲間と飲みに行くことになった。
 教授を誘うと、「じゃ、少しだけお付き合いしましょう」と言ってついてきた。
 大学近くの居酒屋で、十人あまりでテーブルを囲んだ。てんでに飲み物を注文し、面倒見のいい先輩が料理の希望を取りまとめる。
 私は教授の隣に座った。
 教授は酎ハイの中の梅干しを、興味深げに突いている。
 私がビールを飲んでいるのを見ると、「日本人はビールを喉で味わう」などと言い出した。ビールの蘊蓄をひとしきり語るので、
「お詳しいですね。先生はビールもお好きなんですね」と適当に相槌を打つと、
「いや、好かないね。腹が膨れるし、第一、苦いじゃないか」と顔をしかめた。
 挙げ句に「知ってるか知らんか知らんが、飲み残しのビールでゴキブリが捕れるんだ」などと言い出す。
 ビールを飲む気が失せて、私も梅酎ハイを頼んだ。

 蓮の花が、酒の相手をしてくれると言う。
 教授が素っ頓狂な話を始めた。
「知ってるか知らんか知らんが、蓮の花は酒が好きなんだ」
「……はぁ」
 教授も酔っているのかと思ったが、グラスの酎ハイはほとんど減っていない。
 例のほら話が始まったかと、調子を合わせる。
「どんな酒を飲むんです?」
「酒ならどれも好きみたいだが、一番はやっぱり日本酒だな。一度、灘の大吟醸をくれたら大喜びだった」
「贅沢なもんですね。花は酔うとどうなるんですか」
「そりゃ君…」
 教授はにやりと笑った。
「しどけない、さ」
 堅く堅く閉じた蕾が、盃一つでほろりと綻びる。そこですかさず、もう一杯。蝋細工のような花弁に紅色が滲む。盃を重ねて花が咲く。
 夏の夜は短い。東の空が白むまでの無言の宴。
「そうやって毎夜、逢瀬を重ねるわけだがね、三日目の朝にはもろもろと散っていくのさ。それでおしまい。後腐れなし」
「散った花びらをかき抱いて、別れを惜しんだりはしないんです?」
 酔いに任せて茶化したつもりだったのだが、教授はふと目を伏せた。

 賑やかに盛り上がる学生たちに、「周りの方々のご迷惑にならない程度に」と釘を刺して教授は帰っていった。
 私にはこっそり「蓮が待っているんでね」と言い置いて。
 年に三夜だけの逢瀬なら、引き止めるわけにもいかない。
 実は私も水盤で蓮を育てているのだが、盃はまだ交わしていない。



〜蓮始開(はす はじめて ひらく)〜


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蓮の花、て造形的な美しさがあると思うのです。
露が転がる大きな葉っぱに、お椀のような、手のひらを広げたような美しい花。
泥の中からニョキニョキスクスク伸びる姿。
極楽浄土の花と決めたくなる気持ちも分かります。
蓮の茎の繊維を利用した「蓮糸」もあるそうですね。
どんな手触りなのかな、ゴワゴワしてるのかな、と興味津々です。
写真の蓮、自宅近くの田んぼに咲いています。農家の方が、水盤の蓮を遊び半分で休耕田に植え替えてみたら、みるみる一面の蓮畑になったそうな。
生命力も旺盛なんですね。
レンコンも採れるのかしらん。

海の旬はアワビ(松島で食べた残酷焼き=生きたアワビの炭火焼が、大変美味しかったです)、スズキなどなど。
山の旬はニンニク(生ニンニク、美味しいそうです)、ゴーヤなどなど。
キュウリがぐんと美味しくなりました。
一年中出回っているけれど、やはり夏が近づくと甘みもみずみずしさも増してきます。
イボイボがまだ痛いぐらいの新鮮なキュウリと味噌マヨネーズがあれば、晩酌が上等になります。

「知ってるか知らんか知らんが」先生、どなたかが思い出の先生としてエッセイに書いていたと思うのです。
勝手に拝借してしまったけれど、誰のエッセイだったか…。



次回は7月18日「鷹乃学習」に更新します。


 


 



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by bowww | 2014-07-12 09:00 | 七十二候 | Comments(0)

第三十一候 温風至

 胸元に熟れた果物の香り
 香りの結界

 待ちくたびれたのだ
 幾千の夜と幾千の朝
 終わりがないのなら始まりもない

 凌霄花(ノウゼンカズラ)が暮れ残る

 崩壊の兆し
 

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〜温風至(あつかぜ いたる)〜



二十四節気は小暑へ。
「温風」は熱を帯びた風。
梅雨が明ければ夏本番、ですが、梅雨は後半になるほど荒れる傾向があるようですね。
猛烈な台風も近づいています。
どうかどうか、大きな被害が出ませんように。

7月7日は七夕…とはいっても、新暦の七夕は梅雨の最中ですから、天の川もほとんど見えませんよね。
旧暦の「七夕」は秋の季語。現在の8月はどれだけ暑くても、暦の上では秋なんですね。
織姫彦星は、年に一度だけしか会えないそうですが、そうは言っても何千年(何千回)も会っていれば、飽きてしまわないかしらん。
「亭主元気で留守がいい、だわ」なんて、織姫さんも思っているのかなぁ。
東京の浅草寺では、ほおずき市が開かれる頃ですね。
あ、入谷の鬼子母神では朝顔市も。
行ってみたいなぁ、と田舎者は憧れるのです。

海の旬はコチ(高級魚ですね)などなど。
山の旬はシシトウ、スモモなどなど。
そろそろ桃がお店に並び始める頃です。
たぶん、食べ物の中で一番好きなものは桃です。
香りも味も姿形もパーフェクトな果物!だと思うのです。幸せの権化だと思うのです。
今年も美味しい桃に会えますように。



次回は7月12日「蓮始開」に更新します。





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by bowww | 2014-07-07 11:30 | 七十二候 | Comments(0)

第三十候 半夏生

 娘は森へと走りました。
 肺が悲鳴を上げ、喉が灼きつき、唇はひび割れて血が滲んでいます。
 蔓や木の根につまずいて幾度も転びましたから、手も足も傷だらけです。
 それでも娘は駆け続けます。
 森の奥へ奥へと。


 妹を傷つけるつもりはなかったのです。
 幼い頃から仲が良かった姉妹です。
 二人は慎ましい家で育ちました。
 同じ布団で寝て、食べ物を譲りあい、秘密を分かち合いました。
 何処へ行くにも一緒でした。
 仲が良すぎたのかも知れません。
 二人は同時に、一人の若者に恋をしてしまいました。

 若者はやがて、妹を選びました。
 妹は嬉しそうに、でも、申し訳なさそうに打ち明けました。
 娘は、自分のお腹の底がカチンと凍りついた気がしました。
 息が苦しい。苦しい。苦しい。
 なのに、笑顔で妹を祝福する自分が、不思議でたまりませんでした。

 娘はありとあらゆる手段を使いました。
 身なりや化粧、仕草や話し方まで磨き上げました。
 若者と妹の前に現れては、飛びきりの笑顔で彼に微笑みかけました。
 まじないや占いに頼り、惚れ薬まで手に入れました。 
 ただただ、若者が欲しかったのです。
 お菓子のように、妹と分け合うわけにはいかなかったのです。
 若者は徐々に、妹よりも姉娘と過ごす時間が多くなっていきました。

 皆が異変に気づいた時は、もう遅かったのです。
 妹は何も喋らなくなりました。
 何も食べなくなりました。
 そして、露が葉から零れ落ちるように、死んでしまいました。
 娘は我に返り、妹の亡骸を抱きしめました。
 後悔で身の内が焼けるようです。
 心の底から詫びても、妹は目を開けてはくれません。
 そして娘は森へ逃げ込んだのです。


 森の奥深くに「賢者の木」「神の宿」と呼ばれる大樹がありました。
 幹は大人十人で囲んでも囲みきれない太さ。
 枝を大きく広げ、梢ははるか高みにあります。
 娘は大樹の下に身を投げ出し、祈りました。
 赦してほしい。赦してほしい。赦してほしい。
 日が沈み、闇が森を包み込むころ、娘は地面の堅さも冷たさも分からなくなっていました。
 ただ一心に祈り続けました。
 朝の光が苔むした大樹の根元に射し込んだとき、そこに娘の姿はなく、代わりに一本のひこばえが生えていました。
 朝露の重みにさえ耐えかねるように、ふるふると震えて。


 あと七十七回、半夏生の激しい雨を浴びれば、娘の罪は赦されるのだといいます。
 木々は曇天を仰ぎ、雨を呼びます。


〜半夏生(はんげ しょうず)〜
 
 
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夏至から数えて11日目。昔はこの日までに田植えを済ませていたそうです。
名前の由来と言われる半夏は、サトイモ科のカラスビシャクの別名。
調べてみると、不思議な形をした花でした。
畦や道端に普通に生えている草花だそうですが、見かけた覚えがありません。
しっかり目を凝らさないと見つけられないのかしら。
また、ハンゲショウという草の葉が白くなる季節でもあるそうで
す。

海の旬は蛸、鱧などなど。
山の旬は紫蘇、ライチなどなど。
関西では、鱧はポピュラーなのですね。
以前、この季節に京都へ行ったことがあって、素敵な小料理屋さん(おばんざい屋さんというのでしょうか)で鱧料理を頂きました。
…正直なところ、骨が口の中で気になって気になって。。
もちろん、きちんと骨切りしてあったのですが、それでもムチッと弾力がある白身の中で、ザラリザラリと骨が舌に障るんですよね。
もともと軟骨系の食べ物が苦手なので、余計に「……」だったのかも。
ちりめん山椒のご飯の方が、よっぽど美味しかったです。
京都では祇園祭が始まっていますね。
鱧の旬と祇園祭の季節が重なるので「祭り鱧」と言われるそうです。

川上弘美の「センセイの鞄」に、主人公とセンセイが蛸の刺身を食べるシーンが出てきます。
美味しそうな上に、なんともエロティックで、確かにこのシーンでは蛸だなぁ…と思って読みました。
半夏生には、蛸を食べる地域もあるそうです。

次回は7月7日「温風至」に更新します。



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by bowww | 2014-07-02 09:02 | 七十二候 | Comments(4)