<   2014年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

第二十九候・菖蒲華

【前回からの続きです】


 重い…アンジェロ、重い。
 その上、熱い。
 長い毛のせいで嵩が大きく見えるだけかと思っていたが、中身もずっしり詰まっているらしい。
 気温も湿度も高い中で、毛皮を着た湯たんぽを抱いているようなものだ。
 家が建て込み、狭い路地は息苦しささえ感じる。
 男の子が僕の荷物を持とうと言ってくれたが、彼の細い腕と小さな手を見てしまうと頼む気にはなれなかった。
 「すぐ近く」と言ったが、さっきから十分以上は歩いている。
 兄の家に荷物が届くはずの時間が迫ってきて、内心焦り始めていた。
 遅れるかも知れないと兄にメールを送っておこうか…と思ったとき、男の子が「ここです」と一軒の家に駆け込んで行った。
 この家も古い。モルタルの壁が煤けて屋根の瓦も重たげだ。
 庭の木々もだいぶ大きい。
 色づき始めた紫陽花が、生け垣代わりに植わっている。庭の奥の方で、てりてりとした若葉を茂らせているのは柿の木だろうか。たわわに実った梅の木もだいぶ古そうだ。
 ところでアンジェロ、もう降りてもいいんだが…。
 どういうわけだか、僕の腕の中で寛いでいる。
 男の子の呼び声で、廊下の奥から誰か出てきた。
 ほっそりとした足がショートパンツから伸びている。着古したTシャツ、刈り上げ寸前のショートヘア。
 男の子とそっくりの大きな目が、警戒心を込めて僕を見つめた。
「お姉ちゃん、このおじさんがアンを捕まえてくれたんだよ」
 彼女はアンジェロを見て、もう一度、僕を見た。
 僅かに警戒は解けたようだが、にこりともしないまま頭を下げた。
「アン、こっちにおいで」
 タヌキ猫は、「どっこいしょ」というように玄関の上がり框に飛び降りた。そのまま腹這いになって、毛繕いを始める。
「おじさん、道に迷ったんだって。○○っていうアパートに行きたいんだって。お姉ちゃん、知ってる?」
 お姉ちゃんは首を傾げた。
 大きなマンションでもない限り、アパートの名前なんて分からないだろう。
 僕は手短かにアパートの壁の色や、周りに何があるか説明した。
「…それなら分かるかも」
 男の子に「ほら、△△君の家のすぐ近くに…」と言うと、男の子は「ああ!」と頷いた。
「だったらおじさん、全然、逆方向に歩いてたよ?」
 よく似た瞳が二組み、同じように憐れみを湛えて僕を見つめた。
 …大人だって、時々、迷子になるんだよ。
 男の子が早速、「案内するね」と駆け出そうとすると、お姉ちゃんが引き止めた。
「ちょっと待っててください」と呟くと、奥の台所らしき部屋に引っ込んだ。
 ガラスが触れ合う音、氷の音が聞こえる。
 程なくして、小さな盆にグラスを乗せて戻って来た。
「…どうぞ」と、ぎこちなく差し出される。
 琥珀色の飲み物と氷が満たされたグラスが、火照った手のひらに気持ちがいい。
 遠慮なく頂く。
 甘酸っぱい飲み物が、さらさらと喉を流れ落ちた。汗がひく。
「それ、梅ジュースだよ。庭の梅で作ったシロップ。死んだおばあちゃんが、去年作っておいたとっておきだよ」
 あっという間に飲み干すと、男の子が自慢そうに教えてくれた。
 その時、家の中を風が通り抜けた。
 薄荷の香りがする。
「気持ちいいなぁ!」
 突然、年老いた男性の声が響いた。
 お姉ちゃんが庭に面した部屋に入っていく。
「おじいちゃん、よく寝たね。喉渇いてない?少し体起こしてみようか」
 話しかける口調は、とても優しい。
 そうか、昼間は彼女が小さな「女主(あるじ)」なんだ。
「そうだ、おじさん、ちょっと待っててね」
 靴を脱ぎ散らかして、男の子も台所に駆け込む。
 再び玄関先に戻ってくると、白い濡れタオルを渡してくれた。
 おしぼりらしい。
 広げると薄荷の匂いが広がった。
 ミントの葉が仕込んである。
 アンジェロがクスンと鼻を鳴らして、のそのそと立ち去った。
「おばあちゃんが、お客さんが来るとこうしてたんだ」
「庭にいっぱい生えてるから、お茶にしたり、お風呂に入れたりもするの」
「僕、お茶は嫌い」
 姉弟が交互に説明してくれる。
「もしかして、アンジェロのシャンプーにも使う?」
 二人が頷いた。
 たぶん、本人はあまりミントもシャンプーも好きじゃないんだろう。ミントの香りで察して逃げ出したに違いない。
 もう一度、薄荷の風が抜けた。
 古くても、風通しがいい家らしい。
「薄荷、いい匂いなのにね」
 お姉ちゃんがクスクス笑う。
「おじいちゃんも『薄荷』って言うよ」と男の子も笑う。
 …おじさんじゃないと訂正したかったのに、完全にタイミングを逸した。

 兄の部屋で無事に荷物を受け取り、冷蔵庫の中身を確認する。
 カルビが1パック。それも和牛。
 よし。それなら、設定までやってやる。
 テレビが映ってビールが冷えた頃、兄が帰ってきた。
 二人で肉を焼き、ビールを開ける。
 お腹も気持ちも満たされた頃、兄が僕の胸辺りを指さして
「ところで、毛だらけなんだが?」と言った。
 アンジェロの毛だ…。
 仕方がなく、道に迷って姉弟に助けてもらった顛末を話す。
「お前、もう一度、ちゃんとその家に辿り着けるか?」
 兄がにやりと笑って、手早くテーブルを片付け始めた。
 失礼な。
 タヌキ猫用のブラシでも手土産に、近々、寄ってみようと思う。


    六月を奇麗な風の吹くことよ   正岡子規



〜菖蒲華(あやめ はな さく)〜



b0314743_12135601.jpg

学校の国語で教わった俳句や、授業で覚えさせられた百人一首の歌は、今でもふと口ずさんだりします。
じめじめした梅雨時、スイッと軽やかな風が流れると思い出すこの句は、子規が大喀血した直後に詠まれたものだとか。
暑い最中の涼風や、春先の日溜まりなどに出会うと「恩寵」という言葉が浮かびます。
ありがたやありがたや…と、おばあさんみたいに手を合わせたくなります。
生死の境を彷徨い、辛うじて此岸に戻ってきた子規が、深呼吸のようにして呟いた句なのかな、と想像します。
「奇麗な風」を書きたかっただけなのに、長くなってしまった。。

写真はハナショウブです。
私、アヤメ、カキツバタ、ハナショウブの区別が曖昧ですが、私が好きなのはどうやらアヤメのようです。
5月頃、草地などですっきりと潔い濃紺の花を咲かすのがアヤメ。
江戸前の粋な芸者さんのようだな、と思います。
東京の根津美術館は、庭のカキツバタが咲く頃に、尾形光琳の「燕子花図屏風」を公開します。
一度は行ってみたいと思っています。
海の旬はカンパチなどなど。
山の旬は茗荷、オクラなどなど。


次回は7月2日「半夏生」に更新します。




[PR]
by bowww | 2014-06-27 12:15 | 七十二候 | Comments(0)

第二十八候 乃東枯

 兄のアパートに、すんなり辿り着けたためしがない。
 私鉄の駅を降りて商店街を抜けると、昔からの住宅街が広がる。新しいモダンな家もポツポツ混じるが、ほとんどは昭和時代の建物だろう。同じように古ぼけた家々が並ぶ。道路も狭く、入り組んでいる。
 小さな郵便局の先の三叉路を「ここを左、左…」と呪文のように唱えて進むと…。
 ほら、やっぱり間違えた。
 郵便局から五分も歩けば、本当ならアパートが見えてくるはずなのだ。
 たぶん、三叉路の次に曲がらなくてはいけない交差点を見過ごしたのだろう。
 僕はうんざりして溜め息をつく。
 だいたい、兄は人使いが荒い。お互いに社会人になった今も、弟のことを子分にしか思っていないのだ。何かにつけて呼びつける。
 今日は新しいテレビが届くから、仕事で不在の兄の代わりに受け取っておくように言いつかった。「ついでに設定もよろしくな」と。
 先週末、休日出勤をしたせっかくの代休を、こんなことで使いたくはないのだが、「もちろん夕飯は奢るさ。最近、肉食ってるか?」という一言に負けた。電話の向こうの兄の顔が目に浮かぶ。
 給料日前ということもあって、財布の中はかなり寂しい。
 人使いは荒いが気前のいい兄は、確かに会う度に美味い物を食べさせてくれる。
 いいように使われていると自覚しているが、生まれる前から決定していた力関係は、そうそう逆転できるものでもない。
 もう一度、溜め息をついて適当な路地に入った。
 荷物が届く予定の時間まで間があるし、元来た道を戻るのは癪だ。
 暇つぶし気分で、当てずっぽうに歩き始めた。

 迷ったらいつでも駅に戻ればいいと、軽く考えていたのが間違いだったらしい。選ぶ曲がり角が悉く「ハズレ」で、僕は結局、住宅地の中を彷徨い歩くことになってしまった。
 曇り空とはいえ、梅雨時だけあって蒸し暑い。兄と飲もうと提げて来た缶ビールが、ずしりと邪魔になる。汗が流れる背中にTシャツが貼りついて、苛立ちが募った。
 板塀の角を左に曲がった時、足元を猫がすり抜けた。焦げ茶色で毛足が長いから、小型のタヌキに見えなくもない。
 不意のことでちょっと驚いて立ち止まった僕を尻目に、慣れた足取りで生け垣を潜る。モコモコとした外見からすると、意外なほど動きが機敏だった。
 生け垣の向こう側でチリチリと鈴の音がする。首輪をしていたらしい。
 再び歩き出そうとして、そこが行き止まりであることに気が付いた。
 思わず悪態を吐く。
「アン?どこに行ったの、出ておいで、アン!アンジェロ!」
 子供の声がした。何かを探しているらしい。
 方向転換した僕は、すぐにその声の主と対面した。
「こんにちは。おじさん、猫見なかったですか?茶色くてフワフワの…」
 …おじさん。
 傷ついたが、相手はいたって礼儀正しく挨拶をしたのだから、こちらも大人の対応をしなくてはいけない。
 十歳くらいだろうか、目の大きな男の子が、唇をキュッと結んで僕を見上げている。
 ふと薄荷の匂いがした。
「さっき、そこの生け垣を潜っていったのがそうじゃないかな。鈴のついた首輪している?」
「そう!その猫です!アンジェロです、僕のうちの猫」
 タヌキにしては洒落た名前をもらったものだ。
 男の子はぺこりと頭を下げると、生け垣の家に入って行った。
「アンジェロ、帰ろう!」
 チリチリチリ。
「おじさん、そっちに行った!捕まえて!」
 生け垣の穴からアンジェロが飛び出して来た。とっさに抱きとめる。
 やっぱりタヌキみたいだ。顔が黒い。
 逃げ回っていた割には、腕の中に大人しく納まった。
「ありがとうございます!」
 駆けて来た男の子は息を弾ませて礼を言った。
 やっぱり彼から薄荷の匂いする。飴でもなめていたのだろうか。
 アンジェロは三ヶ月に一度のシャンプーが嫌で逃げ出したそうだ。
 このまま引き渡せばいいようなものだが、体の大きい猫を抱えて家まで帰るには、小学生にとっては大仕事だろう。
 腕時計で時間を確認する。
「お家は遠いの?」
「ううん、すぐ近くです」
 猫と男の子を家まで送って、代わりにアパートまでの道を教えてもらう方が話が早そうだ。
 そう提案すると、男の子はパッと笑顔になった。
「アン、僕の言うこと聞かないんだ。お姉ちゃんの言うことなら聞くのに」
 当のタヌキ猫は、素知らぬ顔で短く鳴いた。


【次回に続きます】


〜乃草枯(なつかれくさ かるる)〜




二十四節気は夏至。一年で一番昼が長く夜が短い季節です。
夏の季語に「短夜」「明急ぐ」などがあります。
日が長いのは嬉しいことの筈なのに、短い夜を惜しむような気持ち。朝の爽やかさも得難いですが、昔々の恋人たちは明け易い夜を恨んだのかもしれません。
夜遊びして帰るとすでに白々と明け始めていたりして、とっても罪悪感を感じるのもこの季節です。。
「乃草(だいとう)」は靭草(うつぼぐさ)の異名。冬至の頃に芽を出して、6月頃に紫色の花を咲かせ、夏の盛りには枯れているので「夏枯草(かっこそう)」とも言われるそうです。
海の旬は太刀魚などなど。
川では鮎の季節。平松洋子さんのエッセイを読むと、鮎をたらふく食べてみたくなります。
山の旬はソラマメ、杏などなど。
 

b0314743_01460833.jpg


「虹色風鈴」なるものを買ってしまいました。
糸井重里さん主宰のサイト「ほぼ日」で開発する商品は、「ずるい!」と叫びたくなるぐらい魅力的です。
ストーリーを感じさせる商品づくりが抜群にうまいと思うのです。
風鈴は「しゃぼん玉のよう」と紹介されていました。
子供の頃、割れないしゃぼん玉が欲しいと憧れました。
それが実現されるなんて!…と即決衝動買い。
硝子モノに弱くて、器やオブジェなど、ついつい集めてしまうのです。
届いた風鈴は、本当にしゃぼん玉のようです。
ただ、繊細すぎて、壊してしまいそうで怖いです。
眺めているだけで夏が終わるかも。

次回は6月27日「菖蒲華」に更新します。
 
 


[PR]
by bowww | 2014-06-21 09:26 | 七十二候 | Comments(4)

第二十七候 梅子黄

【…前回からの続きです】


 暗闇を透かして、相手の顔を確認しようと目を凝らす。
 と、頬に冷たいものが当たった。
 雨だ。それも大粒。
 はるか遠くの空に光が走った。だいぶ遅れて雷が低く鳴る。
 彼は私の手を取り、遊歩道から外れた四阿(あずまや)に駆け込んだ。
 四阿の支柱に小さな外灯が取り付けてあって、弱弱しい光を投げかけている。
 私は改めて彼の顔を見上げた。
 濃い眉毛に切れ長の目。鼻筋も通っている。
 髪をこんなに刈り込んでなければ、きっともっと男前なんだろうな…。
 …いやいや、そうではなくて、この人は誰なんだ?
 当の本人は、にこにこしながら遠くを眺めている。
 四阿の屋根、木々の葉を打つ雨の音がパタパタと騒がしい。
 雲の奥の方で光った雷が、黒い雲の縁を照らし出す。
「雷が遠ざかって行く。すぐに雨も止むね」
 機嫌が良さそうに話す。
 どう考えても「あり得ない状況」なのに、なぜか不安な気持ちが消えていた。
 肩が触れる位置に居る相手が、あまりに楽しそうだからつられてしまう。
 彼が言う通り、激しかった雨脚が少しずつ穏やかになって、やがて止んだ。
「見ててごらん、蛍が動き出すから」
 公園は池を底にしたすり鉢状で、その縁を辿って遊歩道が続いている。四阿からは池が一望できた。
「ほら!」
 彼が指差す方を眺めても、僅かな明かりに慣れてしまった目には暗闇しか映らない。彼は私の後ろに立って、外灯を遮った。
 大きな影に包まれる。
 目を閉じて深呼吸して、そっと目を開ける。
 すると、窪地のあちこちで、無数の淡い光の粒が瞬いているのが見えた。
 呼吸をするように明滅する光。
 羽を乾かし終わったのか、蛍たちは空気の揺らぎに乗るようにして一斉に舞い上がった。
 無数の光の水尾がフワフワと斜面を滑り上がる。
 私は声もなく見つめていた。
 四阿にも、蛍の一群れが辿り着いた。
 袖口に止まった蛍を、彼がそっと捉えた。
 指の隙間から光が漏れる。
 思わず覗き込む私を見て、彼は嬉しそうに笑った。
「良かった、幸せそうだ」
 その時、携帯が鳴った。
「美沙、どこにいるの?」
 友人たちが、私が居ないことにやっと気が付いたらしい。電話の向こうで「いたいた!無事を確認!」と賑やかな笑い声がした。
「ごめん、雨宿りしてた。待ってて」と告げて電話を切った。
 画面の明かりが眩しくて眉を顰める。
「会えて良かった。ミサオが幸せそうで、良かった…」
 振り向くと、彼はもう居なかった。

 ミサオ…操は、おばあちゃんの名前だ。
 
 公園の出口で待っていてくれた友人たちと無事に合流し、家に帰った。
 浴衣を脱いで衣紋掛けに掛ける。
 あれは結局、誰だったのか、何だったのか…。
 ぶら下がった浴衣をぼんやり眺めていたら、ふと違和感を感じた。
「あれ…。蛍、一匹じゃなかったっけ?」
 襟の近くに描かれた蛍が二匹になっている。
「…ついて来ちゃったのかな」
 カキツバタの葉先が、さっきより少し撓んでいる。

 操おばあちゃんに、心当たりがあるか聞いてみなくては。
 おじいちゃんが居ない時に、こっそりと。



〜梅子黄(うめのみ きばむ)〜



我が家の庭の梅の実は、そろそろ収穫期です。
大きな瓶に、同量の氷砂糖と漬け込んで、お酢をちょっとだけ入れて放置しておくと、それだけで上等な梅シロップが出来上がります(梅がシワシワになるまで、毎日一回、瓶をグルグル回す。梅が常に濡れている状態にしておく)。
梅酒よりも応用範囲が広いので重宝します。
何よりこういう保存食的なものを作ると、「きちんと暮らしている」錯覚に浸れるのが嬉しいのです。
「梅は手を選ぶ」と両親が言います。
どんなに工夫しても、「ぱりぱり漬けの素」なるモノを浸かっても、我が家の梅漬けはどうしてもヤワヤワのクチャクチャになってしまうのです。味はともかく、食感が頗る残念。。
一度、私も紫蘇の葉を揉んだり梅を洗ったりと手伝ってみたのですが、やっぱり結果は同じでした。
うちの家系は、梅とは相性が悪いようです。
海の旬はホヤ(仙台に旅行に行った時に食べた塩辛=「ばくらい」は美味しかった…気がします)、ウニ(新鮮なウニ丼をたらふく食べてみたい…)などなど。
山の旬は梅のほか、トマトなどなど。

b0314743_02191906.jpg
この週末は気持ち良く晴れました。
まさに梅雨の晴れ間。
風が心地好かったです。
写真は近くの美術館の庭に咲くバラ。それほど広い庭ではないけれど、色々な種類のバラを見事に咲かせていて、割と見応えがあるのです。
名札を見たら「シティオブヨーク」とありました。
バラは大輪より、小ぶりの花の方が好きです。

次回は6月21日「乃東枯」に更新します。


[PR]
by bowww | 2014-06-16 08:35 | 七十二候 | Comments(3)

第二十六候 腐草為蛍

「浴衣、用意してあるから」
 学校から帰ると母に呼ばれた。
 白地に藍色でカキツバタの絵があっさりと描いてある。母は朱色の帯と濃緑色の帯を交互に当てて、「若いんだから、やっぱり赤か…」と独り言を言っていた。
 ちょっと地味なんじゃないかな…。
 今夜、高校の友人たちと蛍を見に行く。
「せっかくだから、皆で浴衣で行こう!」と話はまとまって、私は二週間ほど前から母に頼んでおいたのだ。
 友達たちは、きっともっと華やかな浴衣を選んでいるに違いない。
 私が浮かない顔をしているのを察した母は、
「夜に出掛けるなら白地の方が目立っていいのよ。それにこれ、おばあちゃんが娘時代に大切に着ていた浴衣なんだって」と宥めるように言った。
 手に取ると、ぱりっと糊がきいている。
「美沙が着れば、おばあちゃん、喜んでくれると思うな」。
 そこまで言われて「嫌だ」と言うほど子供でもない。待ち合わせの時間も迫っている。
 急かされながら、母に着付けてもらう。
「髪の毛はちゃんと上げていきなさい。襟は時々、きちんと合わせ直すのよ。おはしょりも整えて。浴衣はこざっぱり着るのが一番かっこいいんだから」
 はいはいと適当に答えて鏡を見る。
 胸元に描かれているカキツバタの葉先に、蛍が一匹、とまっていた。
 なかなかお洒落だ。
 少し気を取り直して、私は待ち合わせ場所へ向かった。

 駅からバスで二十分、郊外の公園に向かう。
 友人たちはやっぱり、黒地にピンクや水色や、紫色の花柄といった鮮やかな浴衣を着ていた。「美沙、渋い〜。大人っぽいね」と、皆は褒めてくれたけれど…。
 朝からどんより曇り空だったが、なんとか降らずにいてくれた。バスから降りると、モワッと湿気に包まれる。
 蛍の見学用に照明を落としているようで、園内は思っていたより暗かった。
 昔からあった池や小川の周りを整備した公園で、一時は蛍も姿を消したそうだ。地元の人たちが十年以上前から幼虫を放流するなどして、蛍の名所に戻したという。
 でも、おばあちゃんに言わせれば「昔はあんなもんじゃなかった。一面に蛍が舞ってね、それは見事だった」そうだ。
 遊歩道は砂利道で、下駄なんか履いているせいでとても歩きづらい。まだ時間が早いせいか、蛍もいない。
 皆で文句を言いながら歩いていると、視界の隅で小さな小さな緑色の明かりが瞬いた、ような気がした。
 思わず立ち止まって、目を凝らす。
 いた。光った。
 草影の小さな光は、細い草の茎を伝って移動して、葉の先まで辿りつくとフワッと飛び立った。光の跡を残して、林の奥へ飛んで行く。
 見届けて気が付くと、私は完全にはぐれていた。
 遊歩道にはたくさんの人が歩いている。けれど、暗くて顔がよく見えない。友達たちがどこまで行ったのか見当がつかない。
 たぶん、私が居ないことにも暫くは気が付かないだろう。
 慌てて歩き出そうとすると、袂がクイッと引かれた。
 枝にでも引っかかったのだろうかと振り返ると、紺色の浴衣を着た男性が立っていた。
 もちろん知らない人だ。
 こんな所で絡まれても困ると、気づかなかったフリをして行こうとすると、
「…ミサ…」と聴こえた。
 この人、誰なんだろう。
 とても懐かしそうに、私の名前を呼ぶ。
 だからつい、足を止めてしまった。

【続きます…】


〜腐草為蛍(くされたる くさ ほたると なる)〜



b0314743_15064033.jpg


じめじめした毎日で憂鬱になります、梅雨まっさかりですね。
写真は、少しでもカラッとした空気を思い出したくて、先月末に隣の街で行われたクラフトフェアで撮った1枚です。
毎年、日本全国から作家さんがやってきて、素敵な工芸品がたくさん並ぶフェアです。今年はお天気にも恵まれて楽しくブース巡りができました。
…はてしない物欲との戦いでもあるのですが。。

蛍は、湿度も気温も高い夜によく動くそうです。
昔は家の裏にも毎年1匹2匹はいたのですが…。田舎でも、最近はあまり見かけることがありません。
近くのキャンプ場で、数年前、ヒメボタルの観察会に参加しました。
ゲンジボタルやヘイケボタルよりも光は弱いのですが、チカチカチカチカとフラッシュのように点滅するのです。
「恋に焦がれて(恋し恋しと)鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす」なぁんていう都々逸は有名ですね。
ヒメボタルの光り方は「身を焦がす」というよりも、小鳥がさえずるような可愛らしさがありました。「早く早く!」と誘ってるみたいで。

  ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜  桂信子

この句の女性は、きっと着物を着慣れている人なのでしょうね。襟元をいつもより僅か寛げてゆったりと着こなす。それでいて着崩れしない。
蛍狩りのお相手は、蛍の瞬きよりも彼女のうなじの方が気になって仕方がないだろうなぁ。
事が起こるか起こらないか。
身支度している時が、気持ちは一番華やぐかも知れませんね。
艶っぽいのに品のある景色が思い浮かびます。

海の旬はシマアジ(絶品だそうですね。どんなお味かしらん)、イサキなどなど。
山の旬は枇杷(なかなか甘い枇杷に当たりません)などなど。

次回は6月16日「梅子黄」に更新します。



[PR]
by bowww | 2014-06-11 15:09 | 七十二候 | Comments(0)

第二十五候 蟷螂生

 気が付くと、僕は長谷川沙織の手元ばかりを見ていた。
 料理を取り分ける、グラスや小皿を持ち上げる、箸を使う。
 ネイルを施していない爪は短く切り揃えられている。手の甲はふっくらとしているのに、指は細くて長い。
「田崎君はビールでいいの?」
 彼女はそう言って、僕のグラスにビールを注いでくれた。瓶を支える手首と添えた指がよく撓る。
 仕草の一つ一つが緩やかなのだ。
 ビールを飲み干してグラスをテーブルに置いたとき、そう気が付いた。
 仕事中は、同じ手がてきぱきと的確に動くのに。

 大勢の飲み会が苦手で、必要に迫られなければ出席しない。
 今夜の会社全体の宴会も欠席する理由を探していたが、斉田課長に「当然、出るよな?」と釘を刺された。
 渋々と会場に足を運ぶと、隣の席に長谷川さんが座っていた。
 総務部の経理担当で、営業部の僕は、仕事以外でほとんど喋ったことがなかった。
 いつもデスクで伏し目がちに電卓を叩き、細かな数字を計算している。年齢も社歴も上の女性ということもあって、受付の女の子たちへ言うような軽口も出てこなかった。
 だから当然、制服ではない私服の長谷川さんも初めて見た。
 濃紺のシルクのブラウスに、象牙色のレースのタイトスカート。職場では一つに束ねているだけの髪を、緩く巻いて肩まで下ろしている。
「長谷川さんは何を飲んでるんですか?」
 返杯しなくてはと訊ねると、彼女はこちらに半身を傾けた。
「ごめんね、私、右耳がよく聴こえないの。騒がしい場所だと、特に聴こえにくくて
…」
 言いながら、右の耳にさらりと髪をかけた。
 一瞬、白いうなじが露になった。
「すみません、何も知らなくて…」
 声が届くように、僕も自然と彼女の方に半身を傾ける。
 柔らかな花の香りがした。
 
「長谷川は何でもグイグイ飲めるよな」
 斉田課長が、後ろからいきなり声を掛けてきた。
「あら、人をうわばみみたいに…。斉田君は飲んでる?」
「俺は車だから、ウーロン茶。田崎は弱いんだから、あまり飲ませないでくれよな」
 課長は、僕の後頭部をパシッと叩き、
「お前も先輩に注がせてなにやってるんだ?酌に回る立場だろ?」
 僕は慌ててビール瓶を持って立ち上がった。
 確かに上司の誰にも挨拶に行っていなかった。さすがにまずい。
 一通り、ビールや酒を注いで回って戻ると、長谷川さんは僕の同期の溝口と話し込んでいた。空になったワイングラスをゆらゆらと回している。溝口はだいぶ酔っているようで、長谷川さんの顔を覗き込むようにして話し続けていた。
 僕はなんとなくつまらなくなって、テーブルを離れた。
 
 宴会がお開きになり、二次会に行く気もない僕は駅に向かって足を早めた。
「おい、送っていこうか?」
 斉田課長に呼び止められた。
 上司に運転させて帰るなんて気詰まりだから断ろうとしたが、ちょうど雨が振り出し、傘を会社に忘れてきたことも思い出して甘えることにした。
「長谷川さんて、課長と同期なんですね」
「ああ」
 車の中で、少し沈黙が続く。
「田崎さ、お前、もう少しだけでいいから、社内の噂にも気を配れ」
「はい?」
「長谷川さ、専務のお気に入りなんだよ」
 僕は彼女の撓る指を思い出した。
「今年は溝口が犠牲者だな」
 課長は苦々しげに呟いた。

 しばらくして、溝口は地方の支社に異動になった。
 あの宴会以来、僕はますます飲み会が億劫になった。



〜蟷螂生(かまきり しょうず)〜



b0314743_03383404.jpg

梅雨入りしました。
しばらくはジメジメとした憂鬱な日々が続きますね。
二十四節気も移り、芒種です。穀物の種まきや麦の刈り入れなどに適した時期を指すそうです。
カマキリ、卵から孵化したばかりのチビチビカマキリは可愛いです。
いっちょまえに鎌を振りかざしたりして。
でも、カマキリと言えば、メスの凶暴さが有名ですよね。
交尾の際に、相手のオスをそのまま食い殺して栄養源にしてしまうという…。
頑張れ、男性諸氏。

海の旬はマナガツオ、アイナメなどなど。
山の旬は茗荷、ラッキョウなどなど。

次回は6月11日「腐草為蛍」に更新します。
 



[PR]
by bowww | 2014-06-06 09:51 | 七十二候 | Comments(0)