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第二十四候 麦秋至

 日の光を限界まで孕む

 遠く遠く
 郭公の鳴き声

 肺の奥
 深く深く
 熱を封じ込める

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~麦秋至(むぎの とき いたる)~



今日で5月が終わります。
麦秋(ばくしゅう)、麦が収穫期を迎える頃。
毎年、麦の黄金色にうっとりします。
この綺麗な金色は大麦。小麦の方が実る時期がもう少し後かも知れません。
その麦畑を渡る風を「麦嵐」と呼ぶそうです。

サン=テグジュペリの「星の王子さま」に出てくるキツネのエピソードが好きです。
小さな王子さまと仲良くなったキツネが、「君の髪の色は小麦と同じ金色だね。僕、小麦畑を見る度に君を思い出すよ」というような台詞を言いますね。
何かをきっかけに、誰かに思い出してもらえる。大切な人を思い出す。
家族や友人、同僚、知り合い。もしかしたら、道でただすれ違っただけの人。
大きさや熱量はさまざまだけれど、紛れもない好意を向けてもらうと、それだけで気持ちが明るくなります。
なかなか会うことができなくても、自分のことを大切に思ってくれる人が、この地球上に確実に居るということは、とてもとても心を強くしてくれます。
年を重ねるにつれて、自分を可愛がってくれた人たち―祖父母や伯父、伯母、恩師が順番に旅立っていきます。
最終的には両親を見送ることになるのだと思います。
心細く、不安になるけれど、頂いてきただけの愛情を、ちゃんとほかの誰かに譲っていけるといいなぁ。

海の旬はシャコ(形態がナウシカに出て来るオウムみたい。。)、ベラなどなど。じゅんさいは池や沼にできるのですね。
山の旬はサクランボなどなど。

次回は6月6日「蟷螂生」に更新します。


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by bowww | 2014-05-31 11:08 | 七十二候 | Comments(0)

第二十三候 紅花栄

 姉の部屋に忍び込む。
 鏡の辺りには、甘い香りが残っている。
 引き出しをそっと開けると、ファンデーションやマスカラ、口紅なんかが、一緒くたに転がった。姉は整理整頓が苦手なのだ。
 お目当ての赤い口紅を探し出す。
 姉が「本気出す」ときに使う一本、だそうだ。
 確かにこれをつけた姉の顔は、ぐんと引き締まって見える。
 鏡を覗き込み、姉の真似をして自分の唇にぐりんと塗り付ける。
 …はみ出た。
 特に唇の端。真っ赤な色が滲んでピエロみたい。
 慌ててティッシュで拭き取ろうとしたところで、姉が「財布忘れた!」と部屋に駆け込んで来た。
 しまった。見つかった。怒られる。
 「こら!人のものを勝手に!」と頭を叩かれた。
 姉は私の顔を一瞥すると、引き出しをザラザラと掻き回して一本の口紅を取り出した。
「お前には、まだこれぐらいで十分。ちゃんと塗り方を練習していきなよ」
 そう言いおいて、またバタバタと出掛けて行った。

 コーラルピンク。珊瑚の色。
 本当だ、こっちの方が私らしい。
 彼は気づくだろうか。
 気づかれたら照れくさいし、気づかれなかったらつまらない。
 もう一度だけ重ね塗りをしたら出掛けよう。



〜紅花栄(べにはな さく)〜



ベニバナは古くから、染料や漢方薬、食用油の原料として親しまれてきた草花です。
古名は「末摘花」。
源氏物語には「末摘花の姫君」が登場しますね。
零落した姫君に勝手な妄想を抱いた若き源氏の君が、猛烈アタックの末に思いを遂げます。ある雪の朝、彼女の顔を見てみると…。
「髪は素晴らしいが、座高が高く、やせ細っていて顔は青白い。中でも鼻が大きく垂れ下がってゾウのよう、その先は赤くなっているのが酷い有様」(横着して、ウィキペディアから引用)という…。
鼻が赤い=花が赤い=ベニバナ=末摘花。
ひどい…なんて言われよう。。。
源氏物語には美しい一流の女性たちが数多登場するのに、なんでまたこんな女性を作り上げたのでしょうか。
源氏の君は、まだ少女の若紫(紫の上)に、「こんな顔の人が世の中にはいるんですよ」と末摘花の君の似顔絵を描いて見せたりもしています。
つまりは、源氏の君の性格の悪さを表現したかったのかしら。
マザコンだし(桐壺更衣)、ロリコンだし(若紫)、不義密通はするし(藤壷宮)、引き取った親子ほども年が違う娘に迫るし(玉鬘)、年若い未来ある貴公子をいじめ殺すし(柏木)…。
どれだけ素晴らしい人物として描かれても、字にすると身も蓋もない男性だと思うのです、私は。
…ちなみに私の源氏物語の知識は、大和和紀のマンガ「あさきゆめみし」止まりですけれども。

江戸時代は紅花から赤い色素を抽出して、口紅として使いました。貝殻の内側などに塗り付けて乾燥させたものを、水を含ませた筆で少しずつ融いて塗っていたそうです。
良質な紅ほど緑色のような玉虫色になるそうで、たとえば遊郭では、高価な紅を緑色に見えるほど塗り重ねた「笹紅」というメイクも流行しました。
先頃、喜多川歌麿の幻の肉筆画「深川の雪」が発見されたことがニュースになりましたが、この絵に登場する遊女たちの唇が緑色です。実際には玉虫色に光っていた程度なのでしょうね。
海の旬はキス、黒鯛などなど。
山の旬はサヤインゲン、サクランボなどなど。

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写真は紅花染めの紬。自分で初めて誂えた着物です。
祖母や母、伯母の着物があるため、自分でも着られたらいいなと、ちょこっと着付けを習ってみたのです。
が。
何が大変って、襦袢の半襟付けが面倒で。。。
着物や帯を少しだけ買ったところで挫折しております。
まぁ、着物道楽を始めると家が建つ(ほどお金を使う)ということなので、これぐらいでちょうどいいのかも知れません。

次回は5月31日「麦秋至」に更新します。



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by bowww | 2014-05-26 08:50 | 七十二候 | Comments(0)

第二十二候 蚕起食桑

 白無垢はおばあちゃんのリクエストだ。
 打ち掛けから綿帽子、草履まで一式揃えてくれた。
 夜明け前に起きてシャワーを浴びる。
 足の指から耳たぶまで丁寧に洗う。
 今日は私の結婚式だ。
 天気は上々らしい。

 肌襦袢の上に長襦袢、掛け下に純白の帯。すべてが白。
 何本もの紐が私を締め上げる。
 着付けを担当する年配の女性が「苦しくないですか?」と気遣ってくれるのに笑顔を返す。
 打ち掛けを纏って綿帽子を被る。
 鏡の中の私は、上等な人形のようだ。
 朱色に塗った唇、潤んだ瞳。
 もともと色白な質だが、この日のためにとエステに通ったから、陶器のように肌が澄んでいる。
 少し痩せたせいで、顎の辺りがすっきりして大人びた顔つきになった。
 私はとてもとても冷静に鏡を覗き込む。
「とってもお綺麗…」「素敵な花嫁さん…」
 客観的に見て、私はとても美しい。これ以上ないほど磨き立てたから。
 おばあちゃんと両親が控え室にやってくる。
 おばあちゃんは、既にハンカチを握りしめて目を潤ませている。

 彼の支度も済んだ。
 黒紋付の羽織袴が七五三みたいで可笑しくなる。結婚式の新郎は、どんな姿をしても何処か滑稽だ。
 用意のできた私を見て、彼は嬉しそうに笑った。
「着物も髪も重いの」
 見上げるようにして甘える私を
「ちょっと我慢して。すごく綺麗なんだから」と優しくなだめる。
 私は胸が苦しくなる。
 彼のことを愛していると錯覚しそうになる。

 神社を囲む林がざわめく。
 風が出てきた。
 煽られた葉裏が銀色に閃く。
 本殿から雅楽の音が聞こえて来た。
 促されて彼の背中を見ながら、ゆっくりと歩き出す。


 ねぇ、私、知ってるの。
 貴方には私よりも好きな人がいることを。
 今日の披露宴に、その人も出席することを。


 神棚の前で、彼とそっと笑顔を交わす。
 とても幸せそうに微笑んで見せる。
 白色に十重二十重に包まれて、私は身を潜める。
 純白の繭に隠れて、時が来るのを待つ。



〜蚕起食桑(かいこ おきて くわをはむ)〜




二十四節気は小満。生命が「満ち」あふれる季節。
これから梅雨にかけては植物たちの生長が著しくて、その生命力に力負けしてしまう気がします。
私の住む辺りは昔、桑畑がたくさんありました。
痩せた土地が多く、水田や畑に向いている場所が少なかったのでしょうね。
蚕のことは「おかいこさま」と呼んで、大切に育てたようです。
桑ではなくクヌギ林で育てる「天蚕」の繭は、自然と淡い萌黄色になります。これは地元の特産品です。
ちなみにおかいこさま、幼虫のときも表面はなんとなくシルキータッチ…。
海の旬はキスなどなど
山の旬はラッキョウ、空豆などなど。

次回は5月26日「「紅花栄」に更新します。

 

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by bowww | 2014-05-21 09:20 | 七十二候 | Comments(0)

第二十一候 竹笋生

 新鮮な筍が手に入った。
 米糠と一緒に下茹でをしてそのまま一昼夜、あくを抜いて、丁寧にひいた出汁で煮含める。
 仕上げに生わかめを入れて若竹煮。
 いつも手抜き料理ばかりの私が、久しぶりに手間をかけた。
 穂先の形がいいところを選って小鉢によそって、山椒の若芽もあしらった。
 「どうだ」とばかりに食卓に置く。
 食いしん坊の夫が、案の定、目を輝かせた。
 好物だと思ったのだ。
 いつもながら、食べっぷりがいい。
 サワラの西京焼きもアサリのみそ汁もモリモリ平らげた。箸休めに添えたアスパラガスの胡麻和えも、あっという間になくなった。
 ところが、本日の自慢の逸品・若竹煮には箸をつけない。わかめをちょいちょいと突いてみるだけ。
 そうこうしているうちに、茶碗一杯のご飯も食べ終えた。
「…筍、嫌いだったっけ?」
 つい愚痴っぽく聞いてしまう。
 バツイチ同士、肩の力がちょうどいい具合に抜けた者同士で、新しい生活を始めて半年が経った。
 食べ物に対して好き嫌いが少ない人ではあるけれど、できることなら喜んでもらいたい。毎日の食事を、考え考え用意するのも楽しみのうちではある。
 若竹煮はお気に召さなかったか。
「いや、大好物」
 夫はニコニコしながら、先日手に入れたお気に入りの日本酒を取り出してきた。
「これでゆっくり食べたくてさ」
 小さなグラスを二つ並べる。
 淡い淡い琥珀色のお酒を注ぐ。
「子供の頃、筍の先っぽは特別だったんだよ。じいちゃんとばあちゃん用のとっておき。二人とも歯が弱いからさ、柔らかい部分しか食べられないの。俺らは根元に近い堅い部分をコリコリ食べたんだ。大人になったらあの三角の所をたべたいなぁ、て思ってたんだ」
 だから今でも何となく、穂先の部分は遠慮しちゃうんだよなぁ。
「なるほどなるほど…」と、私もお相伴。
 筍を齧ると、気持ちのよい歯ごたえ。出汁がじわりと口に広がる。舌にごく僅か残るえぐみを、旨口のお酒で洗い流す。
「普通は食事の前に飲むもんじゃない?」
「いいのいいの。いい酒と美味い料理は別腹です」
 筍の先っぽはとっておき。
 夫の情報を、また一つインプットした。



〜竹笋生(たけのこしょうず)〜

 

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「絵の具塗りたて!」て感じで、緑が濃くなっていく季節です。
筍は大好物。私の住む辺りでは、孟宗竹よりも細い真竹や淡竹(はちく)が採れるのです。そろそろ直売所に並ぶでしょうか。
同じ県内でも北の地域では、根曲がり竹とサバ缶を一緒に煮て食べるのが一般的です。我が家ではツナ缶を入れて濃いめの味付けにするのが定番です。
ご飯が進んで困るぐらいです。
海の旬は真鯵、アサリなどなど。
山の旬はクレソンなど。

フードジャーナリストの平松洋子さんのエッセイが大好きです。
読むと食べたくなるし、飲みたくなります。
描写が的確で、五感に響きます。故に、どことなく色っぽい。
食のある情景を、こんな風に書けたら嬉しいだろうなぁと憧れます。


次回は5月21日「蚕起食桑」に更新します。


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by bowww | 2014-05-16 09:03 | 七十二候 | Comments(2)

第二十候 蚯蚓出

【前回からの続きです…】


 父さんに買ってもらったゲームに夢中になって、つい夜更かしをした。
 翌朝、寝坊した。
 その夜もゲームをした。
 次の日の朝も起きられなかった。
 三晩続けたら、遅く起きるのが当たり前になってしまった。
 母さんは「遅刻するでしょ!」と僕を叱るけれど、自分も朝は忙しいから、お小言も最小限だ。
 学校に行っても授業中に居眠りしてしまう。
 ずっと眠たくてぼんやりしているせいで、同級生たちと話をするのがますます面倒くさくなってしまった。
 家に帰ると夕飯まで昼寝をする。
 そして夜、眠れなくなる。
 僕は毎晩、無数の蛙たちが鳴き疲れて黙り込むまで(気が付くと大合唱は終わっている)、ゲームをしたりマンガを読んだりした。

 日曜日だった。
 母さんは仕事、おばあちゃんも朝早くから出掛けたらしい。
 お昼近くに起きたら、おじいちゃんしか居なかった。
 テーブルの上には、おばあちゃんが用意してくれたおにぎりが二つ、乗っていた。味噌汁を温めて一緒にモソモソ食べていると、おじいちゃんが向かいの椅子に座って新聞を読み始めた。
 なんだろう。何か言いたそう…。
 僕は残りのおにぎりを口に詰め込んだまま、お皿やお椀を洗って片付けた。
 部屋に戻ろうとすると、おじいちゃんが新聞をきちんと畳んでテーブルに置いた。
「…ハハノヒだな」
 おじいちゃんが呟いた。
 そうか、今日は母の日だ。すっかり忘れていた。
「何かやるのか?」
 母さんにプレゼントするのか?と、訊かれているらしい。
 僕は首を横に振った。
 店もないのにプレゼントなんか買えるわけがない。
「じゃあ、探しに行くか」と言って、おじいちゃんが立ち上がった。
 ついて来いと誘われているらしい。

 軽トラは、東の山を目指した。
 東山は、ついこの前までフワフワとした黄緑色だったのに、今は濃い緑色に染まっている。
 太陽の光がまぶしくて、僕はシバシバと瞬きをした。
 相変わらす、おじいちゃんは何も喋らない。
 舗装していない林道を五分ほど走って、軽トラは止まった。
 おじいちゃんは軍手を僕に渡して、車を降りた。
 斜面を身軽に登っていく。僕は慌てて後を追った。
 おじいちゃんは、鉈で藪を払いながら進む。
 僕は木の根に躓かないように、足元だけを見て登った。
 すぐに息がゼイゼイと上がって、首に汗が流れた。
 苦しくてへたり込もうとしたところで、おじいちゃんがやっと足を止めた。
 黙って僕に道を譲った。
 そこは緩やかな南向きの斜面で、光がたっぷりと射しこんでいた。
 金色に輝く花がたくさん咲いて光を反射するから、余計に明るく見える。
 自分の心臓が少し静かになると、小鳥の鳴き声に気がついた。

 母さんとおばあちゃんへのお土産は、たくさんのワラビとヨモギ。
 おばあちゃんは「下ごしらえが大変なのよ」と、楽しそうにおじいちゃんに文句を言った。ヨモギは草餅にしてくれるそうだ。草餅が家で作れるなんて初めて知った。
 僕は母さんに、山で摘んで来た山吹と、庭に咲いていた八重桜の花束をあげた。
 お店で買った花束には敵わないけれど…。
 母さんは顔をクシャクシャにして笑った。
 おじいちゃんにも、おばあちゃんにもそっくりだなと思った。

 夕ご飯を食べたら、もう眠くて眠くて、布団に潜り込んだ。
 蛙の大合唱が、波の音みたいだ。


〜蚯蚓出(みみず いずる)〜

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カエルの次はミミズです。
ミミズは土を耕してくれる働き者。ミミズのおかげで土が肥えるそうです。
でも、あの形態は。。
小学生の頃、学校の花壇や畑を耕すと必ず、大小様々なミミズと出くわしました。
その頃はミミズごときにキャーキャー騒ぐのを潔しとしていなかったため、平気な顔をして摘まみ上げたものです。
…あの感触を思い出すと、尾てい骨の辺りがムズムズします。。

海の旬はキビナゴ(西日本の方でよく食べられるのでしょうか?私の住む辺りでは、あまり見かけません)、アサリなどなど。
山の旬はアスパラガスなどなど。

次回は5月16日「竹笋生」に更新します



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by bowww | 2014-05-11 09:06 | 七十二候 | Comments(0)

第十九候 蛙始鳴

 母さんが生まれて育った家は、すごい田舎にある。
 周りは一面の田んぼ、田んぼ、時々、畑。
 お店がない。コンビニだって駅の近くに一つしかなくて、その駅は家から車で20分くらいかかる。
 夏休みや冬休みに「おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行くよ」と言われるのが、本当のことを言うと、ちょっと憂鬱だった。
 ディズニーランドに行きたかったし、なんなら近くのショッピングモールで映画見て、ハンバーガーを食べてくるだけでもいい。「海外に行く」という友達が羨ましかった。
「田舎に行っても遊ぶ場所ないじゃん」と言いたかったけれど、母さんが悲しそうな顔をするのが嫌だったから我慢した。
 僕は、母さんの悲しい顔を見るのが一番嫌いだ。

 父さんと母さんが離婚した。
 僕にも、二人が「うまくいってない」のが分かっていたから、仕方がないなと思った。
 母さんと暮らすことに決めたけれど、母さんが実家に戻ると決めたとき、思わず「えっ?!」と言ってしまった。あの田舎で暮らすのが、想像できなかった。
 あそこに中学校なんてあったっけ?
 僕と同じくらいの子供を見かけたことがあったっけ?
 塾とか、スイミングとか、どうすればいいの?
 頭の中がグルグルしている僕を見て、母さんが「やっぱり、父さんの所に残る方がいい?」と優しく言った。
 僕はちょっとだけ迷いながら、「ううん」と首を振った。

 春休みに引っ越しをして、一学期から田舎の中学校に通うことになった。
 学校は思ったより近くにあった。全校生徒が百人ぐらい。一学年ニクラスずつで、僕のクラスは二十人しかいない。
 おせっかいな女子とか、威張りたがる男子とかもいなくて、割と過ごしやすそうなクラスで助かった。
 でも、話をする奴が居ないのがつまらない。
 小学校までは、ずっと一緒に居た奴らと遊んでいたから特に考えたこともなかったけれど、「友達」ってどうやってつくるんだろう?
 幼稚園のころ、先生に「一緒に遊びたかったら、『仲間に入れて』って言えばいいのよ」と教わった。
 それが言えれば簡単なのに。

 五月の連休に、父さんに会いに行った。
 父さんは「どこか行きたい所あるか?」と聞いてくれたから、僕は「映画を見てハンバーガーを食べたい」と答えた。
「そんな所でいいのか?」と笑ったけれど、だって父さん、僕の好きなもの分からないでしょ。
 父さんは仕事が忙しくて忙しくて、僕と遊んでくれる時間はほとんどなかった。母さんとゆっくり話す時間もなかったから、きっと二人は「うまくいかない」ってなったのだと思う。
 父さんは今でも忙しいのに、わざわざ僕のために休みを取って待っていてくれた。だから、それだけで十分。無理しなくていいよ。
 …と思ったけれど、ゲームの新しいソフトやマンガなんかは、遠慮なくたくさん買ってもらった。

 駅に着いてホームに降りた途端、耳慣れない音に包まれた。
 オンオンオンオン、波のように押し寄せる。
 一瞬、動けなくなるぐらいびっくりしたけれど、「ああ、カエルの声だ」と思い直す。そう思ってよく聞いてみれば、「ゲコゲコゲコ…」「ケロケロケロ…」の大合唱だ。
 夏休みに母さんの実家に泊まって、初めてこの鳴き声を聞いたときには本当にびっくりした。夜はうるさいぐらいで、しばらく眠れなかった。
 駅にはおじいちゃんが迎えに来てくれていた。
 軽トラの助手席に乗り込む。
「ただいま」と言うと、「うむ…」とか何とか声を出して頷いた。
 僕はちょっとだけ、おじいちゃんが苦手だ。
 おばあちゃんはいつもニコニコして優しいけれど、おじいちゃんはあまり喋らない。二人っきりになると会話が続かない。
 駅前の小さな商店街を外れると、一面の田んぼ。
 どの田んぼにも水が入って、鏡みたいに三日月を映していた。
 黙ったままの僕とおじいちゃんを乗せた軽トラが、カエルの大合唱の中を進む。

【…続きます】


〜蛙始鳴(かえる はじめて なく)〜
 
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立夏です、夏です。
今年は5月1日に、蛙の声を聞きました。
私にとっては子供の頃から聞き馴染んだ懐かしい音風景ですが、都会から来た人たちはとても驚かれるようですね。
私の住む辺りでは兼業農家さんも多いので、ゴールデンウィークに田植えするのが一般的なようです。
秋の新米の季節が楽しみです。
海の旬はイシモチ、金目鯛などなど。
山の旬はサヤエンドウ、ニンジンなどなど。

5月5日はこどもの日。
「ほぼ日刊イトイ新聞」=「ほぼ日」は大好きなサイトです。そこでコピーライターの糸井重里さんが数年前のこどもの日(だったよな)に、こんなようなコラムを書いていました。
「世界中のあらゆる子供たちの一番の願いは、両親が仲良くあることなのです」
お互いを不幸にし合うような暮らしは解消するより仕方がないのでしょうし、客観的にも本人たちにとっても、離れるのが最善の方法であることが多いでしょう。
そうであっても、子供たちは誰も皆、自分のお父さんとお母さんが仲良しであってほしいと願わずにはいられない。
無理だと分かっていても、願わずにはいられない。
子供の頃、両親が口喧嘩するだけでもオロオロオロオロしたことを覚えています。
今では「喧嘩もボケ防止のうち」と、うっちゃっておきますが。

次回は「蚯蚓出」、5月11日に更新します。
…ミミズ…。



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by bowww | 2014-05-05 09:38 | 七十二候 | Comments(0)