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第十八候 牡丹華

 同窓会の会場に、佐野香津美の姿はなかった。
「久しぶり〜!」
「変わらないねぇ、梓!」
 当時の仲良しグループの子たちが集まって、華やいだ声を上げる。
 高校を卒業して十五年、初めての同級会だ。
 担任だった先生が定年退職を迎え、お礼の会を兼ねて皆で集まることになった。
 三十歳を越えれば、それぞれが仕事を持ち、家庭を持ち、それなりの顔つきになっている。早くもおじさん化しつつある男子、ママさんらしい柔らかい表情を見せる女子。
 佐野さんは、どんな人になっているんだろう。
 記憶の中の彼女に、過ぎた時間を重ねてみる。

 

 教室の窓の外の桜が、すっかり葉桜になっていた。
 午後の授業は眠たい。
 英語の先生の声が間遠に聞こえる。
 誰かが当てられて、教科書の例文を読むように指示された。
 当てられた生徒が立ち上がった。
 初めは歌を歌っているのかと思った。
 日本人離れした発音で、淀みなく読み上げる。
 低いけれどよく透る声。
 読み終えて席に座ると、教室全体が少しざわめいた。
 斜め前の席に座る彼女の髪に、木漏れ日が映る。
 少し俯いた頬と、髪の隙間から見える耳たぶが赤い。

 佐野さんは、英語の授業以外ではほとんど目立たない。
 私の周りはいつもガヤガヤソワソワしているのに、彼女にはシンと静まった空気が取り巻いていた。
 一人で行動することも苦ではないように見える。
 常に誰かと一緒にいないと不安になる私にとっては新鮮な驚きだった。
 もっと話をしてみたいと思っても、とっかかりがない。共通の話題が思い浮かばない。
 友人たちとふざけながら、視界の隅には必ず佐野さんが居た。
 歯がゆいような気持ちで、一年はあっという間に過ぎた。

 ただ単純に、ピアノを弾く佐野さんを見てみたかったのだ。
 合唱祭での伴奏を頼むと、ぴしゃりと断られた。
 近づきたいと差し伸べた手が行き場をなくす。
 友達たちとお喋りをする気にもなれず、一人で大好きな桜の木がある中庭に向かった。
 満開。
 梢まで花が咲き満ち、表面張力のように張りつめ、僅かな風に花びらを零す。
 その花の下に、佐野さんがいた。
 背中に流れる髪に、桜の花びらが一枚、舞い落ちる。
 声を掛けるのをためらい、しばらく佐野さんの後ろ姿を見守る。
 きれいな人なのだと、初めて気が付く。

 結局、佐野さんは伴奏を引き受けてくれた。
 淡々と合唱の練習に付き合ってピアノを弾き、終わると「このパートは男子の声を抑えた方がバランスいいかも」「出だし、少しリズムが遅れるみたい」などとそっと私に伝えてくれた。
 私は楽譜を指し示す細い指を見つめながら、相槌を打った。
 桜貝みたいな爪だと言ったら、佐野さんはどんな顔をするのだろう。



 アルコールが入って、会場は賑やかさを増した。
「佐野って覚えてる?佐野香津美」という声が聞こえたから、思わず聞き耳を立てた。男子たちが噂話をしている。
「さの?…さの…。ああ!居たな、いつも本を読んでた地味な子だろ?」
「それがさ、この前、偶然見かけたんだけど、すっげえきれいになってた」
「へぇ、女は化けるよな」
「いや、化粧や服装とかじゃなくてさ…」
 ふん、今ごろ気づいたか。
 私はなんとなく誇らしい気持ちで、その場を離れた。

    燭(ともしび)を背けては共に憐れむ深夜の月
    花を踏んでは同じく惜しむ少年の春      白居易



〜牡丹華(ぼたん はな さく)〜



行く春を惜しんで桜の残像。
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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、と。
美人の形容詞ですけれど、ゴージャス過ぎて噎せ返るようです。
牡丹は、近づいて見ると花びらの一枚一枚が透き通っていて美しいです。
百花繚乱、春は酣。
牡丹の花が崩れるように散って、季節は夏へと移っていきます。
山の旬は蕗、クレソン、こごみなどなど。
海の旬はサザエ、アイナメなどなど。
5月2日は八十八夜。新茶の頃ですね。
私は毎年、年に一度の贅沢とばかりに、福岡県の八女の新茶を取り寄せます。
…「年に一度の贅沢」は、サクランボとか鰹の叩きとか、それぞれあるんですけれども。
新茶は早緑の香りを頂くようなものですね。
ニッポン万歳。
と言いたくなる味です。

ほぼ一ヶ月ぶりの雨です。
慈雨になりますように。
次回は5月5日「蛙始鳴」に更新します。
立夏ですね。


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by bowww | 2014-04-30 09:37 | 七十二候 | Comments(2)

第十七候 霜止出苗

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 学校は水族館みたいだ。
 隣り合う水槽が見える。でも、決して境界が崩れることはない。
 透明だけれど、とても頑丈なガラスの水槽。
 それぞれがそれぞれの水槽の中を、ふわふわと漂っている。


 春休みが明けると、倉科さんが髪を短く切って緩くパーマをかけてきた。髪の色もワントーン明るくなっている。
 彫りの深い目鼻立ちの彼女によく似合っていた。
 うちの学校は校則があまり厳しくないが、さすがに担任の先生も見過ごすわけにはいかなかったらしい。
 ホームルームが終わると、倉科さんは教室の外に呼び出され、事情聴取を受けていた。
「寝癖です。明日には直っているかも知れません」
 にっこり笑って答える彼女に、担任も思わず苦笑いする。
 あの笑顔に勝てる人は、そうはいないだろう。
 やっぱり美人は得なんだと、私は改めて思い知らされる。

「梓、反抗期?ぐれちゃった?」
「すっごく可愛い!」
 昼休み、倉科さんのグループはひと際にぎやかだった。
 倉科さんの周りには、自然と人が集まる。
 さばさばしていて面倒見がいい。美人でスタイルもいい。
 男子からはもちろんだが、女子にも人気があった。
 倉科さんたちが色鮮やかな熱帯魚だとすれば、深海コーナーの水槽の隅っこで丸まっているアンコウが私だろうか。
 棲んでいる世界が違いすぎる。

 夏休みの前に、クラス対抗の合唱祭がある。
 倉科さんがリーダーになって歌う曲を決め、練習を始めた。
「練習なんか、かったりぃよ」と文句を言う男子も、倉科さんが音頭を取るとなると素直に従う。
 私は集団行動が苦手なのだと思う。「皆で頑張ろう」と言われれば言われるほど、憂鬱になる。かと言って、正面切って異を唱える度胸もない。ぐずぐずと煮え切らない気持ちのまま、練習に参加していた。
「佐野さん、伴奏をお願いできないかな」
 放課後の練習が終わって帰ろうとしたところで、倉科さんにつかまった。
「…伴奏?」
「そう。理香が『香津美ちゃん、ピアノ上手なんだよ』って教えてくれたんだ」
 お喋りな理香に舌打ちしたい気分だった。
 ピアノを熱心に弾いていたのは中学生のころまでだ。同じ学校だった理香はそれを覚えていたのだろう。
「今は全然弾いてないから、とてもじゃないけど自信ない」
「大丈夫!弾けば思い出せるって!」
 きらきらの笑顔。
「無理だってば。勝手に決めないでよ」
 思わずきつい言葉が出た。
 倉科さんのきれいな顔が曇った。
「…そか、ごめん」
 私は鞄をひっつかんで、彼女の顔も見ずに教室から逃げ出した。
 深海から引きずり出されたアンコウの気持ちだ。
 太陽の光に面食らって、ぐずぐず崩れてしまいそうだ。

 季節はこちらの気持ちにおかまいなく進む。
 校庭の桜が満開になったのは、倉科さんに声を掛けられた一週間後だった。
 グラウンドをぐるりと取り囲む桜も見事だが、私は旧校舎の中庭にある桜の枝振りが好きだった。四方にゆったりと太い枝を広げて、下に立つと花に包み込まれるようだ。
 放課後になれば人気(ひとけ)も途絶える庭で、こっそり桜を眺めるのが楽しみになっていた。
 花天井を見上げていると、誰かに呼ばれた。
 振り向くと、倉科さんが立っていた。
 風に舞う桜の花びらが西日を受けて光る。
 倉科さんは何も言わずに隣に来て、そのまま桜を見上げた。
 私も黙ったまま、桜を見上げた。
 徐々に光は弱まり、花が仄白く暮れ残る。
「佐野さんのピアノを聴いてみたかったの」
 倉科さんがぽつんと呟いた。
「…練習してみる」
 倉科さんはふわっと微笑んだ。


 学校は水族館みたいだ。
 ただ、思っていたより水槽は大きくて、熱帯魚も深海魚もなんとなく共存できるらしい。
 きらきらの笑顔に面食らっているうちに、私は結局、伴奏を引き受けてしまった。




〜霜止出苗(しも やんで なえ いずる)〜




「霜止んで…」とはいうけれど、私の住む辺りでは、まだまだ油断できません。
昨年はリンゴの花が咲く頃に遅霜が降りて、大きな被害が出ました。果樹は花の時期に霜にやられると、実らなくなるのです。
都市化が進んで農家さんも減っているとはいえ、いまだに農業が盛んな土地柄。農作物に被害が出ると、地域全体の元気がなくなってしまうので、今年はどうか無事でありますように。
田んぼに水が張られ始めました。ゴールデンウィークは田植えの季節です。
暦の上では春ですが、初夏の気配が紛れ込むのです。
海の旬はイカナゴ、ヤリイカなどなど。
山の旬はたらの芽、山椒などなど。

作り話は、行く春を惜しむということで桜。
…単に桜の話を書きたかっただけです。
桜を見ると、少しでも気の利いたことを言いたくなるのは、何の見栄でしょうか。
次回は4月30日「牡丹華」に更新します。
…牡丹ですけれど、作り話は桜の予定。
しつこいですね。。
 
 


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by bowww | 2014-04-25 11:41 | 七十二候 | Comments(0)

第十六候 葭始生

 せせらぎ。
 木漏れ日が水面で跳ねる。
 水草が揺れる。
 鳥が鳴く。
 草の匂い。

 少女の歌声。

 流れゆくオフィーリアに、
 捧げる花を摘んでおこう。



〜葭始生(あし はじめて しょうず)〜

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二十四節気では穀雨です。
大地を潤し、万物を育む雨が降る季節。
お日さまの陽射しが嬉しい季節ですが、優しい雨が降った翌日は、芽吹いたばかりの緑がひと際きれいです。
葭の芽吹きを「角(つの)ぐむ」と表現します。
去年の枯れた葭の根元から、早緑の芽がツンツンと見え隠れしている様なのでしょうか(実際に見たことがなくて…)。
若芽を「葦牙(あしかび)」とも言うそうです。
海の旬はメバル、鯵などなど。
山の旬は、新ゴボウなどなど。そろそろ筍も出回り始めます。


先月、東京で観てきた「ラファエル前派展」の中でも、やはりミレイの「オフィーリア」は、特に魅力的な一枚でした。
シェイクスピアの戯曲「ハムレット」。主人公・ハムレット王子の恋人のオフィーリアは王子の豹変ぶり(=復習のために狂人のふりをしていた)に心を痛めます。その上、王子に自分の父親を殺害されるという悲劇にも見舞われ、とうとう気が狂ってしまうのです。
野の花を摘んでいるときに足を滑らせて川に落ち、歌いながら溺死していくという…。
ミレイは、オフィーリアの最期を描いています。
絵の前に立つと、オフィーリアの切れ切れの歌声が聞こえてきそうでした。


次回は4月25日「霜止出苗」に更新します。
春が終わる前に、今年の桜をまとめてみたいと思ってはいるのですけれども…。





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by bowww | 2014-04-20 09:45 | 七十二候 | Comments(2)

第十五候 虹始見

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 聞こえている、分かっている。
 目が開かないだけ、手が足が指が動かないだけ。
 もう痛みも感じない。心臓も肺も、そろそろお役御免とばかりに静まっている。
 喉が渇いたな。
 泣かなくていいよ、ばあさん。
 できることなら、少しの間、二人だけになれないか。
 孫たちがうるさくてかなわんよ。

 自分の家で死ぬのが理想だったが、なぁに、病院も悪くない。
 シーツはいつも乾いて清潔だし、看護師たちも皆優しかった。
 贅沢言っちゃいけないな。
 でもなぁ。
 やっぱり、ばあさんの料理が恋しかったよ。

 あっという間だったよな。
 出会って結婚して子供を育てて。
 あれは出会ったばかりの頃だったかな。
 いや、新婚の頃か。
 初めて喧嘩して、ばあさんを泣かせてさ。
 でも謝るきっかけがなくてさ。
 決まりが悪くて庭に出て煙草を吸ってたら、雨上がりだったんだな、大きな虹が出て。
 思わず「おい、虹だよ」と呼ぼうとしたら、先にお前が「虹!虹!」とはしゃいだ声を上げたっけ。
 見上げると、二階の窓から大きく身を乗り出してた。
 子供みたいだと笑うと、ぷっと膨れた。
 
 このところ、ずっとそんな些細なことばかり思い出してるよ。
 泡(あぶく)みたいに、プクプクプクプク浮いてくる。
 取るに足らないことばかり、でもまぁ、おおむね楽しかった。
 ばあさんはどうだった?
 なんと言っても、ばあさん、お前さんはきれいだったよ。
 今じゃもう、お互いにしわくちゃになっちまったけどな。
 きれいだった。
 若いときにもっと、そう言ってやれば良かったな。

 先に行って待ってるから、ゆっくりおいで。
 喉が渇いたな。
 …おや、分かったのかい?
 …ああ、甘露、甘露。

「ばあさん、ありがとうな」
 


〜虹始見(にじ はじめて あらわる)〜




私のじいさまの命日は四月十四日です。
花冷えの年で、桜が長く咲いていたことを覚えています。
作り話のおじいさんと違って、奥さんにはずっと前に先立たれました。
でも、残っている者たちへ「ありがとう」と言い置いていってくれたのは、このおじいさんと同じです。
私も、最期には感謝の言葉を残せるといいなぁと思います。

春、空気が潤み、虹が現れやすくなる頃ということですが、実際のところはひどく乾燥しております。。
写真の虹は、先日の雨上がりに。
最近の気象はどうも荒々しくて、朝から雨風だったのに時々、強い日射しが射し込むというお天気でした。
海の旬は、トビウオ(西日本では、これで「アゴ出汁」にするのですよね?実は味わったことがないのです)、桜えび(かき揚げ大好き)などなど。
山の旬は、コゴミ、三つ葉などなど。

次回は4月20日、「葭始生」に更新予定です。
その前に、もしかしたら番外編があるかもです。


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by bowww | 2014-04-15 08:45 | 七十二候 | Comments(0)

第十四候 鴻雁北

 遅霜で、咲きかけた白木蓮が全滅した。
 練り絹のように柔らかな花弁が、春の日射しで綻びかけていたのに、一夜にして茶色くなってしまった。
 庭師は大きな木を仰ぎ見て溜め息をつく。
 お屋敷の奥さまが殊の外、大切にしている木なのだ。
「ここでは滅多に綺麗に咲けないのね」と、いつか呟いたことがあった。
 奥さまの生まれ故郷は南の方だという。そこではきっと、白木蓮がゆったりと花開くのだろう。
 あの時の奥さまの悲しそうな笑顔を思い出すと、庭師の胸がぎゅっと苦しくなる。

 親方に連れられて初めてお屋敷に行ったのは、庭師が二十歳の春先だった。
 親方が刈り落とした枝を束ねたり、雑草をむしったりしていると、庭に出て来た奥さまに声を掛けられた。
 こんなに綺麗な人がいるのかと、庭師は素直に感動した。
 奥さまは、柳色の紬に桜色の帯を締めていた。銀の帯留めは燕。挨拶と自己紹介をした程度の短い時間だったのに、半襟の白さまでくっきりと覚えている。
 あれから十五年、庭師はずっと奥さまに憧れていた。
 旦那さまはほとんどお屋敷には来なかった。若い愛人と暮らしていたが、五年ほど前に事業に失敗して失踪した。
 庭師はお屋敷に行く度に、深い森のように静かだと思った。
 寂しく暮らす奥さまに同情し、想いを募らせた。
 もちろん身分が違い過ぎる。
 せめてもと、奥さまが好きだという花や木を植えて、丹誠込めて世話をした。

 庭師は故郷に帰ることになった。
 三十歳を越えた頃から、「早く身を固めろ」と周囲がうるさくなっていた。とうとう年老いた母の「孫の顔を見せてくれ」という泣き落としに負けた。
 もう独り立ちする時期だからと、親方からも背中を押された。
 奥さまへの想いを断ち切るいい機会だと、庭師も思った。
 お屋敷での仕事を片付けて別れの挨拶をすると、奥さまは悲しそうに笑った。
「そう、お前も行ってしまうのね」
 最後だからと庭師を引き止め、奥さま自らがお茶を運んできて長年の労をねぎらってくれた。
「もうすぐ牡丹が咲くわ。次の庭師も、お前みたいに上手に咲かせてくれるかしら」
 奥さまは庭の花々を次々と数え上げた。
 梅に沈丁花に枝垂れ桜。牡丹が終われば若葉が綺麗。一重の白い薔薇が庭の風景に馴染んで嬉しい…。
 庭師はそれだけで嬉しかった。嬉し過ぎて、湯のみを持つ手が震えている。震えを隠そうと慌てて飲み干す。
 と同時に、湯のみは滑り落ちて、庭師の足元で砕け散った。
 欠片を拾おうとかがみ込んだ庭師は、そのまま前のめりに倒れた。
「みんな、私を置いて行ってしまおうとするの。お前は白木蓮の下がいいわね」
 奥さまは、庭師の開いたままの目を優しく閉じてやる。



〜鴻雁北(がん きたへ かえる/こうがん かえる)〜




桜が咲きました。
毎年、自分だけの「標準木」を決めて、自分だけの「開花宣言」をするのですが。
今年、浮き浮きとその木に会いに行ったら、切り倒された後でした。
樹齢が六十年ほどになる古いソメイヨシノですから、仕方がないと言えば仕方がないのです。
でも。。。
花の季節にしか会いに行かない薄情者なのだから、今更嘆いてもいけないよなぁ…という気持ちもあって、泣きべそをかきました。
ちょっと寂しい春です。

鴻雁=雁(かり)が、北へ帰る頃ということですが、私には雁が分かりません。
白鳥が来る土地なので、白鳥の北帰行は風物詩です。白鳥たちは冬の終わりの頃に飛び立ちます。真っ青な空に隊列を組んで飛んで行く姿は、やはり綺麗。
海の旬は鰹(たたき大好き)。ホタルイカ。
山の旬は春キャベツ。山椒。

少し変わった植物の展示会を覗いてきました。
名前が…カタカナばかりで覚えられないけれど、面白い形の多肉植物が並んでいました。
それにしてもサボテンの花って、無意味に可愛いですよね。
私はいつも、「ヒゲ面マッチョが花をくわえている図」を想像してしまうのです。

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次回は4月15日「虹始見」に更新します。





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by bowww | 2014-04-10 09:05 | 七十二候 | Comments(2)

第十三候 玄鳥至

 祖母の葬式で、喪主の伯父はオンオンと泣いた。
 初めのうちは貰い泣きしていた列席者も、帰る頃には苦笑いだった。
 祖母の骨と一緒に祖母の家に戻ると、玄関の軒先からツバメがひょいっと飛び立った。
「ばあちゃん逝っちまったに、お前たちは今年も来ただか」
 伯父が再び、オンオンと泣き始めた。
「放っておこう」
 従兄弟たちとさっさと家に入り、片付けを始めた。
 伯父はそういう人なのだ。

 伯父は定年退職して間もなく離婚した。
 奥さんに愛想を尽かされたらしい。
 従兄弟の二人はとっくに独立してそれぞれに家庭を持っていたし、「まぁ、親父とおふくろが、仲良く落ち着いて老後を過ごせるとは思えなかったからな」とサバサバしたものだった。
 伯父は真面目で人が好い。だから損をする人間の典型だった。
 都心の会社でこつこつと働き、郊外に家を建て、子供二人をちゃんと育て上げた。それだけで大したものなのだと思えるのは、自分も働くようになってからだ。そして、「ああ、伯父は出世できない人なんだ」ということも、なんとなく分かってしまった。
 自分のことはいつも後回しで、せっかくのチャンスが巡ってきても他人に譲ってしまう。ちょっとした「ずる」が苦手で、かといって糾弾する度胸もない。
 つまりは要領が悪いのだ。
 家事も趣味も、万事につけてきぱきとこなす伯母とは正反対だった。
 子供たちが大きくなってからパートタイマーで働き始めた伯母は、めきめきと実力をつけてやがて正社員になった。端で見ていても、みるみる若返っていった。
 伯母に離婚を言い渡された伯父はどこかで覚悟をしていたようで、揉めることもなく家を相手に譲り、自分はさっさと田舎に引っ込んだ。
 まだ元気だった祖母は、急に戻ってきた還暦過ぎた息子に、露骨に迷惑そうな顔をした。
 私が会いに行くと、二人はしょっちゅう口喧嘩をしていた。
 漫才のようなやり取りを見ていると、こういう第二の人生も楽しいんじゃないかと思えた。

 祖母の認知症がだいぶ進み、ほとんど寝たきりになると、伯父はホームヘルパーの助けを借りながら自宅で介護を続けた。
 ある日、見舞いに行くとちょうど祖母の食事の時間だった。
 夢うつつのようにご飯を口に運んでいた祖母が、急に「苦い!」と顔をしかめた。
「お前の作る蕗味噌は、どうしてこんなに苦いだね。アクを抜かなんだずろ?」
 そして伯父に、蕗味噌の作り方を滔々とレクチャーした。
「おばあちゃん、まともじゃない?」と伯父にこっそり言うと
「まぁず食い意地は張ってるもんで、食べてるときはまともだだよ」と眉毛を下げた。嬉しそうな情けなさそうな笑顔だ。
 伯父の言葉は、いつの間にかすっかり方言に戻っていた。

 祖母を見送って一年後、今度は伯父が亡くなった。
 祖母を亡くしてがっくり老け込んではいないかと心配になって何度か訪れたが、案外けろりとしていた。
 畑作りやら山菜採りやらを楽しみ、「ずっとやってみたかったんだ」と大きなカメラを担いであちこち出掛けた。
 亡くなった日は、春休みの長男家族が遊びに来ていたという。
 孫にさんざんカメラを向けて嫌がられながらも、上機嫌だったそうだ。
 そして翌日には布団の中で亡くなっていた。
「出来過ぎな最期だったかもね」
 葬式に参列した別れた奥さんが、ぽつんと呟いた。
「畑で採れたから、と不格好なニンジンやジャガイモを送ってきたのよ。今年の夏はスイカを作るなんて張り切ってたの」
 そう言って、ちょっと鼻を啜った。

 二人が居なくなった家はきれいに片付いて(伯母が陣頭指揮を執った)、清々しいほどだった。
 軒下の巣に、ツバメは居ない。去年の巣が乾いた泥の塊になってこびりついている。
 人が住まない家に、ツバメは巣を作らないという。ちゃんと分かっているのだと感心した。
 帰り道、ツバメがついっと目の前を過ぎった。
「良かったらうちにおいで」
 声を掛けたせいだろうか。
 二、三日して、我が家の軒先にツバメが二羽、出たり入ったりし始めた。
「玄関先が汚れるからなぁ…」と難色を示す夫を、「毎朝、ちゃんと掃除するから」と説き伏せたのは、幼稚園に入ったばかりの息子だ。
 暇さえあれば、巣作りの様子を飽かず眺めている。
 巣立つまで、ツバメ一家にとってはちょっと迷惑な番人ができたようだ。



~玄鳥至(つばめ きたる)~




二十四節気では今日から「清明」。「清浄明潔」を訳した言葉だそうです。
文字からみても清々しさが伝わってきますよね。花は咲き誇り、緑は日々濃くなり、風は爽やか。
ツバメはもうすぐやってきます。
入学式のシーズン、ちびっ子たちを見ると可愛らしさに思わず笑っちゃいます。
私の住む辺りでは、桜のつぼみが脹らんで紅くなってきました。
でも、この週末は冬並みの寒さが戻るそうです。
木蓮や辛夷が綺麗に咲く頃、必ず寒くなるのです。せっかくの柔らかな白い花弁が、一夜にしてあばた面に。。
酷いなぁ。。
海の旬はサザエなど。
山の旬はワラビ、行者ニンニクなど。山菜の季節ですね。ほかに新ジャガも美味しいですよね。


作り話に登場する伯父さんのモデルは、身内のあの人この人その人…の集合体。
つくづく考えてみると、私の周りにはお人好しな人ばかりでした。
私にもどうやら、同じような血が流れているようです。
でも、時々、「損してるかも。。報われないかも。。」と落ち込んでしまう時点で、まだまだ邪心があるのでしょうね。
自分の厄介な感情を、のらりくらりとやり過ごしていけたらなぁと思います。
…と思いながら見た雨上がりの晴れ間=写真。


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次回は4月10日、「鴻雁北」に更新します。


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by bowww | 2014-04-05 08:19 | 七十二候 | Comments(0)