<   2014年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

第十二候 雷乃発声

 目が覚めて、彼女をかき寄せる。指に絡まる髪が冷たい。
 彼女は先に起きていたらしく、しばらくはされるがままになっていたが、やがて目を開けてこちらを見つめた。
 夜明けにはまだ間がある。もう少し、このままで居ようと腕に力を込めた。
 唇も冷えきっていた。


 手が届くはずのない人だった。
 六歳上の兄の恋人だった。
 高校時代に出会った二人は長い交際期間を経て、そのまま結婚する予定だった。
 それぞれの家族も一緒に挙式の打ち合わせを始めた矢先、兄が交通事故で死んだ。夜中に彼女の家へ向かう途中、交差点で信号無視をしたトラックに突っ込まれた。
 遺体を前にしても彼女は泣かなかった。青ざめた顔からは表情が消えていた。
 通夜に現れ、僕たち家族に無言のまま深々と頭を下げ、それきり姿を消した。

 職場の近くにある書店で本を探しているとき、後ろを通り抜ける誰かとぶつかった。
 詫びようと振り返ると、彼女が立ちすくんでいた。
 髪を伸ばした彼女は、以前よりむしろ幼く見える。
 こんなに華奢な人だっただろうか。 
 彼女は詰めていた息を吐き出しながら、僕の名を呼んだ。
「…お兄さんかと思った」。
 泣きそうな笑顔を見て、僕は兄に嫉妬した。

 手を離したら、今度こそ二度と戻って来ない。
 僕は強引に会う約束を取り付け、会えばその次の予定を組んでと、彼女の時間に食い込んだ。
 ためらいがちだった彼女も、やがて呆れたように僕と付き合い始めた。
 それでも、時折浮かべる泣き出しそうな笑顔は、相変わらず僕を焦らせた。
「僕を見て。兄貴じゃない、僕を見て」
 素直に言えたら、もっと楽になれるのに。

 薔薇の花束を持って、初めて彼女の家を訪れた。
 白い薔薇を数本束ねただけのささやかな花束なのに、部屋に香りが満ちて息苦しいほどだ。
 香りの中で彼女を抱きしめた。
 兄を思い出すゆとりもないほど、僕で満たしてしまえばいいと思った。


 シーツにくるまったまま、夜明けを待つ。
「…お兄さんは、私が殺したようなものかもしれない」
 僕の腕の中で、彼女が話し始める。
 あの夜、彼女は電話で兄に別れを告げたという。好きな人ができたから、結婚できないと。
 兄は「会って話をしよう」と、真夜中に車を走らせたのだ。
「私があんなことを言い出さなければ、お兄さんは事故になんか遭わなかったのに…」
 これは罰。
「あなたに会ったとき、真っ先にそう思った。あなたの姿を借りて、お兄さんが私を責めているんだ、て」
「…じゃあ、これは罪滅ぼし?」
 僕の言葉に、彼女は一瞬、いつもの笑顔を浮かべた。
 頷きかけた途端、涙が零れた。
 後から後から零れる涙が、僕の腕を濡らす。
 遠くで低く雷が鳴った。間もなく、雨粒が屋根を叩く音が聞こえてきた。
 僕はもう一度、彼女をかき寄せる。



あえかなる薔薇撰りをれば春の雷  石田波郷
黒髪のみだれもしらずうちふせば まづかきやりし人ぞ恋しき  和泉式部



〜雷乃発声(かみなり すなわち こえをはっす)〜




春の好天は長続きしません。
大気が不安定で、思わぬ嵐になることもままあります。
それでも、潤いを得ると草木はぐんぐん生長していきます。
でも、桜の満開のときだけは、なにとぞなにとぞ荒れないで…と祈る思いです。
海の旬はイイダコ、真鯛(鯛飯、大好きです)
山の旬はニラ、ウドなどなど。

ようやく庭の梅が咲きました。福寿草も咲きました。
これから桜が咲くまで、一気呵成に花の季節になります。
日も目に見えて長くなってきました。
ず〜〜〜っと屋内でチマチマと働いているため、外の変化に疎くなりがちです。
窓からいい入り日が見えたりすると、ちょっといい気分になります。

次回は4月5日「玄鳥至」に更新します。

 


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by bowww | 2014-03-31 07:47 | 七十二候 | Comments(0)

第十一候 桜始開

「日が傾くと肌寒くなりますから…」と、宿の女将が親切に声を掛けてくれた。
 荷物になるかと思ったが、薄手のコートを持って出ることにした。
 この宿を使うのは三度目になる。
 温泉のある古い宿場町で、落ち着いた風情が気に入っていた。
 桜の季節に来たのは初めてだ。
 一人で訪れたのも、初めてだ。

 四年間付き合った彼と、春が来る前に別れた。
 互いの仕事が忙しくすれ違いが続き、気づけば修復できないほど距離ができていた。二人ともやり直すという選択肢はなかった。
 寂しさはもちろんあるが、自分を責めて彼を追いつめて再び自分を責めて…という無限ループから脱出できて、憑き物が落ちたようにさっぱりしているのも事実だ。
 旅行をしようと思い立ったとき、何も考えずに慣れている場所や宿を選んだ。「思い出の場所へ一人旅だなんて、未練がましかったかしら」と電車に揺られながら思わず苦笑いが出た。

 川の堤防は桜並木になっていて、地元の人も観光客ものんびりと散歩を楽しんでいた。日当りのいい場所から花を咲かせている。川からの風が冷たいのか、周りよりは多少遅れ気味だ。
 小さな寺には自慢の枝垂れ桜が咲き誇り、いつもは静かな境内も賑わっていた。檀家の人たちが、テントで甘酒を振る舞っている。
 昔の街道をぶらぶら歩き、一休みしようと彼とも来たことがある喫茶店に入る。中庭に濃いピンクの桜が噴き上がるように咲いていた。ヒガンザクラの仲間だろうか。この庭に桜があったとは気づかなかった。
 コーヒーを持って来てくれた女の子に桜の話をすると、「ちょうど良い季節にいらっしゃいましたね」と明るい声が返ってきた。

 喫茶店の居心地が好かったため、つい長居をした。
 外に出ると、街道沿いの家々に明かりが灯り始めていた。コートを羽織って宿への道を急ぐ。
 宿の前庭には大きなソメイヨシノがある。
 ほの暮れに見る満開の桜は、白々と光を発しているようだ。僅かな風に枝が揺らぎ、花びらをひとひら、またひとひらと散らせた。掌に受けると、ひんやりと冷たい。
「桜、綺麗だよ」と彼に伝えようと思いかけて苦笑いをする。
 なんでもない呟きを、もっと伝えていたら、聞いていたら、二人の結論は違ったものになっていただろうか。
 玄関に入ると、女将が笑顔で迎えてくれた。


人恋し灯(ひ)ともしころをさくらちる  加舎白雄


〜桜始開(さくら はじめて ひらく)〜


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桜、東京では開花宣言が出たみたいですね。
私の住む辺りでは4月11日頃だそうです。でも暖かさが続くようなので、多少は早まるでしょうか。
今はようやく、梅が咲くかな、という季節です。
桜にこんなに心を奪われるようになったのは20代後半だったと思います。
名所なんかではない、自分だけの桜をいくつか決めていて、睡眠時間を削ってでも開花から落花まで見届けます。「ものぐるほしけれ」なレベル。
写真は数年前のもの。毎年、カメラを持って行くのですが、「うわ!うわ!」と浮かれて桜をアップで撮るため、後でどこの桜だったのか分からなくなるのです。。

祖父が亡くなったのは4月。花冷えで桜が長持ちした春でした。
ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ  西行法師
生前、この歌を愛誦していたとかいないとか。
かっこつけ屋だったからなぁ、うちのじいちゃん。

海の旬はサヨリ、モズク(ワカメや昆布も美味しい季節ですよね)。
山の旬は浅葱、アスパラガス。緑色の野菜が増えてきます。

次回は3月31日「雷乃発声」に更新します。


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by bowww | 2014-03-26 09:26 | 七十二候 | Comments(0)

第十候 雀始巣

 新幹線から単線のローカル線に乗り換え、窓際の席に落ち着いたところで、美緒がまたぐずり出した。
 通勤時間帯は避けたため車内は落ち着いてはいたが、まだかなりの乗客がいる。多佳子たちが座る四人掛けのボックス席にも、初老の女性が一人、腰掛けていた。
 多佳子は美緒を静かに揺すりながら「もうちょっとだからね、もうちょっと」と、無理を承知で宥めた。
 美緒は顔をしかめ、本格的に泣き声を上げ始めた。
「ごめんなさいね、もしかしたら赤ちゃん、ちょっと暑いんじゃないかしら」
 向かいの女性が話しかけてきた。
 確かに車内は暖房が入っている上に陽射しが射し込み、多佳子自身も軽く汗ばんでいた。風邪をひかせないようにと、必要以上に美緒に厚着をさせていたのかも知れない。靴下を脱がしてやると、美緒はようやく大人しくなった。
 女性は美緒を覗き込み、「ばぁ!」とあやす。美緒は涙がたまったままの目を大きく見開き、女性に手を伸ばした。
「可愛いわねぇ、何ヶ月?」
「ついこの前、10ヶ月になりました」
「じゃあ、うちの孫の方がちょっと大きいかな」
 そうだ、いいものがあるのと、女性は手提げ袋の中から小さな包みを取り出した。包装を解くと、タオル地のウサギのぬいぐるみが出てきた。振ると鈴の音がする。
 美緒は大喜びでぬいぐるみをつかみ、振り回して歓声を上げた。
「お孫さんへのプレゼントですよね?この子、ボロボロにしちゃいますから」
 多佳子は慌てて取り上げようとしたが、美緒は頑として手放さない。
「いいんですよ、お嬢さんが喜んでくれるなら差し上げるわ」
 女性は初めて息子夫婦の家に行くのだと言った。
 若い夫婦とは、小さな諍いがきっかけで疎遠になり、ここ数年は顔を合わせていなかったこと。家を建てて孫も生まれたと聞いて、居ても立ってもいられなくなって会いに来たことを、少し早口に多佳子に話した。
「私がいけなかったの。余計な口出しして息子を怒らせちゃった。謝らなきゃと思うんだけど、なかなかきっかけがなくてね。
 孫にも会わせてもらえるかどうか…」
 アナウンスが、まもなく次の駅へ到着することを告げた。
 女性が降りる準備を始めた。
 美緒は満足したのか、ぬいぐるみを握ったまま眠っていた。
 多佳子はそっとぬいぐるみを取り上げ、汚してはいないか確認してから
「…私も、五年ぶりの里帰りなんです」と呟いて女性に手渡した。
 電車がホームに滑り込んだ。
 軽い会釈と、照れくさそうな笑顔を残して女性は降りていった。
 多佳子は窓から日当りのいいホームを眺めた。
 ベンチに座っていた夫婦が立ち上がった。母親の腕の中には、美緒と同じくらいの赤ん坊が居る。若い父親が誰かに手を振った。
 電車がガタン…とひと揺れして、再び走り始めた。

 三つ目の駅で多佳子は降りた。
 改札口を出ると、小さな駅舎の脇に花壇ができていた。黄色や紫のパンジーが花を咲かせている。
 目を覚ました美緒に「ほら、お花が咲いてるね」と話しかけた。
 五年前には殺風景な空き地だった。
 多佳子の結婚に、両親はいい顔をしなかった。特に父親は激しく反対した。
 泣いて騒いで、二度と帰らないつもりでこの駅から電車に乗った。
 美緒が生まれなければ、戻ってこなかったかもしれない。
 早くに両親を亡くしていた夫が、「じいちゃんばあちゃんが居るって、大切なことだよ」と多佳子の背中を押した。
 花壇から離れ、タクシーに乗ろうとしたとき、多佳子と美緒の名を呼ぶ声が聞こえた。
 母が手を振りながら駆けて来る。
 父はその三メートルほど後ろを、面白くなさそうな顔をしてついてくる。
 ぶら下げている紙袋から、ぬいぐるみのウサギの耳がはみ出て、父の歩調に合わせてピコピコと揺れた。



〜雀始巣(すずめ はじめて すくう)〜



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春分です。昼と夜の長さが同じになって、ぐんぐん春めいてくる頃。
雀が巣を作り始める季節、ということですね。
生きとし生けるものが、本格的に動き始めるイメージなのでしょう。
人間界も年度末は何かと気忙しくて、ソワソワアワアワバタバタジタジタしたりするのです。
あまり雑雑したことに気を取られると、せっかくの春の萌しも見逃してしまいそうですね。日々反省…。
昔、庭に雀の立ちっ子(て、方言かしら?羽もまともに生えていないような雛のことです)が落ちていて、拾った母が大切に育てていました。
でも、いくら可愛がっても、まったく懐かなかったんですよね。
結局、ふとした時に外へ逃げ出してしまいました。
世間知らずのまま飛び出してしまったけれど、無事に寿命を全うできたのかなぁ。

海の旬は白魚(踊り食いでしょうか?未経験です)、ホタテ貝など。
山の旬は土筆(はかまを取るのが大変)、タマネギなど。

次回は「桜始開」、3月26日に更新予定です。
この辺りではまだまだ先ですが、桜の噂が聞こえ始めると居ても立ってもいられません。桜キチガイなのです。



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by bowww | 2014-03-21 08:46 | 七十二候 | Comments(0)

第九候 菜虫化蝶

 一軒目の居酒屋は、歓送迎会の時期だけあってかなり騒がしかった。
 飲みに行こうと誘うと、西村は素直についてきた。聞き出したいことがあったのだが、これだけ騒がしいとゆっくり話もできない。
 腹ごしらえが出来た頃に、智則は西村を「もう一軒、付き合えよ」とバーに誘った。
「先輩ほどは飲めませんよ」と笑いながら、今度もあっさり同意した。

 西村は智則の職場の後輩で入社三年目になる。
 部署の中で年齢が近いこともあり、智則が世話係として面倒をみてきた。
 とはいえ、西村が智則の手を煩わせることはほとんどなかった。時間に正確で仕事の飲み込みが早い。ほどよく社交的で誰とでもうまく付き合えた。小さなミスで叱られても拗ねたり投げ出したりせず、同じ過ちは二度と繰り返さなかった。
 地味だが着実に成績を上げてくる営業担当者に育っていた。
 その西村の様子が、この数ヶ月おかしい。
 上の空でケアレスミスが続く。
 社内の休憩スペースや公園のベンチで、時には職場のデスクでも、目を閉じたままじっと動かずにいる姿が度々目撃されて、同僚たちの間でも話題になっていた。
 鬱病ではないかと心配になった智則も、幾度となく声を掛けたり、ランチに誘ったりしてみたが、受け答えはいつも通り快活だし、食欲が落ちている様子ではなかった。
 そこで久しぶりに、飲みに誘ったのだった。

 バーも混んではいたが、運良くカウンターの隅の席をもらえた。
 腰を落ち着ける前にと智則がトイレに立ち、席に戻ると西村が目を閉じて座っていた。
「西村、眠いのか?」
 西村はすぐに目を開けて「いいえ、ぜんぜん」と笑った。
 程なく、智則の前にはウイスキーの入ったショットグラスが、西村の前にはオレンジのスライスが添えられたカクテルが置かれた。
 智則はグラスを口に運んで一息ついてから、最近の西村の様子について皆が心配していると切り出した。
「皆さんにご迷惑かけて、本当に申し訳ないです。特に先輩にはフォローしてもらっちゃって…」
「そんなことは構わないんだが…。俺にできることがあれば、力になるぞ?できないことはできないけどな」
 西村は小さく笑うと、しばらく自分のグラスを眺めていた。そして
「…蝶がいるんです」と呟いた。
「チョウ?虫の?どこに?」
「…目の中、なのかな」
 ふと気が付くと、視界のごくごく僅かな一点が黒く欠けていた。何かを見つめようと意識を凝らすと、黒い小さな粒が邪魔をする。
「飛蚊症か?」
「目医者にも真っ先にそう言われました。目玉の中の硝子体が濁って、黒いゴミみたいなものが見えるんだ、と。
 でも、何回検査をしても違うんです。
 気になり始めると気になって、それに少しずつ大きくなっている気がして、ちょっとまいったな、と思っていたら、羽化したんですよ」
「…羽化…?」
「夜、眠りに落ちる瞬間、いつもの黒い粒が弾けて、青…群青…いや瑠璃色っていうのかな、瑠璃色の蝶が羽ばたいたんです」
 西村はその光景を正確に描写しようとするためか、目を瞑っていた。
「視界いっぱいに瑠璃色が広がって、すぐに遠くへ、闇の中へと遠ざかっていくんです」
 そして、その「羽化」は周期的に繰り返されるのだという。
「だんだん慣れてはきたけれど、追わずにはいられないんですよね」
 西村の右手が宙を泳いだ。蝶の軌跡を辿るつもりなのか、指先が波を描くように動いた。
 智則はウイスキーを喉に流し込み、チェーサーの水をあおった。丸く削った氷がグラスの中で鳴った。
 その音で西村は我に返ったように目を開けて、智則の横顔を見た。そしてすぐに正面を向いた。
 智則は言葉を探していた。目医者以外の病院には行ったのか、カウンセリングを受けたらどうか、何か悩み事があるのではないか…。
「…俺も見てみたいな」
 智則は自分の言葉に呆気にとられた。
 西村も智則を見つめたまま、動きを止めた。
「…今、羽化するところです」
 西村は俯いて独り言のように呟き、次の瞬間にはいつもの笑顔を智則に向けた。
「じゃ、僕、終電そろそろなんでお先に失礼します。先輩も飲み過ぎないように気をつけてくださいよ」
 と言い残すと、さっさと席を立った。
 智則は引き止めるのも忘れ、曖昧な返事をして西村の背中を見送った。
 カウンターには、西村が飲み残したオレンジ色のカクテルがある。
 何気なく手を伸ばすと、初老のバーテンダーが控えめにそれを制した。
 怪訝に思った智則がバーテンダーの顔を見返すと、
「飲み残しの酒はおよしなさい。悪酔いしますよ」と静かに諭された。
 彼はグラスを白いリネンで拭って、智則に見せた。
 ラピスラズリを削ったような粉がついていた。雲母のかけらのようにきらきらと光る。子供のころ、蝶を捕まえると指にこんな粉がついたっけ。
「鱗粉ですね」
 バーテンダーはカクテルを片付けて、智則の前には氷水がたっぷり入ったグラスを置いた。
 智則の視界の隅を、瑠璃色の光が一瞬、横切った。



〜菜虫化蝶(なむし ちょうと なる)〜



作り話を書いていると、思いがけない方向に話が進んでいくことがあります。ほぉ、そういう結末ですか…と書いている本人が呆れてしまうような。
私、飛蚊症です。老化現象の一つだそうです。
とほほ。。。
そんなところから書き始めたのですが、こんな話になりました。

菜虫は青虫。蝶の幼虫がさなぎになって、蝶になる季節ということだそうです。
海の旬はアサリ、サヨリなど。3月は「貝のお正月」、一番美味しい季節だと聞いたことがあります。
山の旬はワラビやセリ。山菜の季節ということですね。

先日、一泊二日で東京に出掛け、4つの美術展を巡るという弾丸ツアーを決行しました。
・「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義」(http://mimt.jp/beautiful/)
・「ラファエル前派展」(http://prb2014.jp/)
・「アンディ・ウォーホル展」(http://www.mori.art.museum/contents/andy_warhol/)
・「星を賣る店 クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会」(http://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html)
やはり、4つも回ればキャパオーバーではあります。。。
でも、貧乏性といいますか欲張りといいますか、とにかく「見たいものは無理してでも見る!」という気持ちで行ってきました。
お金はなかなか貯まらない(貯められない)けれど、せめて思い出や経験は蓄えておきたいなと思います。
おばあちゃんになった時、思い出すものが少しでも多ければ楽しいのではないかしら…と思いまして。

写真は六本木ヒルズ(初めて行きました)から見えた東京タワー。
イナカモノにとっては、きらびやかなものばかりです、花の東京。

次回は「雀始巣」、3月21日に更新予定です。
もう春分になりますね。いよいよ春本番!となっているでしょうか。


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by bowww | 2014-03-16 02:01 | 七十二候 | Comments(2)

第八候 桃始笑

【前回からの続きです…】

 グラス二杯飲んだところで、そろそろボンヤリしてきた。立ち上がるのが億劫になる。
「それが今のところのあなたの限界。よく覚えておきなさい」
 叔母はそう言ってグラスを片付け、コーヒーをいれた。小さいけれど、甘みも苦みもズシンと効かせたチョコレートケーキを取り出し、ゆるく泡立てた生クリームを添えてくれた。こんな時は手早い。
 暫く、最近読んだ本や好きな映画の話など、とりとめなく話した。
 今日は同級生たちとの約束があったのだと言うと、「あら、邪魔しちゃったわね」と片頬だけで笑った。
「なんとなく苦手なの。一人ひとりと会うのは楽しいんだけど…。大勢になると疲れちゃうし。卒業式終わってから、もう何度も遊んでるし…」
「気になってた彼は来なかったんでしょ」
 図星だ。
 同じクラスの彼は、気が付くといつも、教室の隅で本を読んでいた。付き合いが悪いわけではないらしい。仲の良い友人数人とよく笑い合っていた。それでも彼の名前を聞くと、目を伏せてページを繰る姿が思い浮かぶ。
 一度だけ、何気ないふうを装って何を読んでいるのか訊ねてみた。「ん?」と本の背表紙を掲げて見せて、「わりと面白いんだよ」と笑った。
 叔母の部屋で同じ本を見つけて、貸してほしいと頼むと、「あなたにしては珍しいジャンルね。誰に教わった?」と追求が始まり、つい白状させられてしまったのだ。
 好きとかじゃなくて、ただちょっと気になって…本もたくさん読んでいるみたいだし…。もう少しだけ話をしてみたい…ぐらいの気持ち…。
 彼も希望の大学に合格して、一足早く東京に行ったそうだ。
「私なんかと話したって面白くないだろうし…」
 東京には、可愛くて頭が良くて面白い子がたくさんいるだろうし…。
「『私なんか』は、最近のあなたの口癖ね」
 叔母はケーキを大きく切り分けて口に運ぶ。
 ベランダで猫の鳴き声がした。ギンが「中に入れろ」と呼んでいるらしい。
 叔母が窓を開けるとスルリと入ってきて、叔母の隣の椅子に飛び乗った。毛がところどころ抜けて、左の前脚には黒くなった血が滲んでいた。
「ギン、さっき公園で喧嘩してたよ」
 私がそう言うと、ギンはちらっとこちらを見た。「余計なことを言うな」ということだろうか。
「あら、じゃあそれで怪我したのね。見せてごらん」
 叔母に前脚を捉えられ、迷惑そうに一声鳴いた。
「骨は折れてないわね。名誉の負傷だ。舐めておけば治る」。そう言って叔母はギンを解放した。ギンは言葉が分かったかのように傷口を丹念に舐め始めた。
「ギンは強いのよ。こう見えて『喧嘩上等』なの。売られた喧嘩は必ず買ってるみたい」
「勝てたのかな」
「さて、どうだろ。勝ち負けは二の次よ。戦うことに意味があるの」
 叔母はゆっくりコーヒーを飲み干した。

 叔母はどんな人と結婚していたのだろう。
 そういえば聞いたことがなかった。
「そうねぇ…どんな人だったかしら」
 とぼけている風でもない。本当に忘れかけているのだ、この人は。
「叔母さんが三行半を突きつけたんでしょ?」
 そんな言葉、若者が使うかなと一頻り笑って
「残念、私がふられたのよ」
「どうして?」
「向こうに、好きな人ができたのよ」
 初めはびっくりして腹が立って悲しくて、どうしてやろうかと思った。その相手を憎んで憎んで憎み殺してやろうと、思ったところで足が止まっちゃったの。
 私、醜い。私、しんどい。
 醜くなるのもしんどいのも嫌。だったらこんな喧嘩、降りてしまえ。
 …さっさと逃げ出したわ。亭主なんてくれてやる、と思ったの。
「…楽になった?」
「そうね…。足掻いたって、人の心はどうにもならないもの。あれで良かったんだと思うよ。
 でもね、あの時以来、逃げ癖がついちゃった」
 叔母は皿に残った生クリームを指で拭い、ギンの鼻先に持って行った。ギンは匂いを嗅ぐと、ピンク色の小さな舌を出して叔母の指を舐めた。
「怪我しても醜態さらしても勝っても負けても、戦うべき時って確かにあると思う」
 叔母はテーブルに肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せた。
 カーテンを閉めていない窓は、部屋の中を鏡のように映し出した。叔母の背中と私とギンが映っている。窓の鏡の中で、ギンと私は一瞬だけ視線を合わせた。

「東京で遊ぶ時は、あなたのアパートに泊めてね」
 翌朝、叔母は浮き浮きと私を送り出した。あの分だと、しょっちゅう押しかけてきそうだ。来客用の布団を用意しておかなくては。
 餞別だと渡されたのは小さな口紅。透明な赤色だ。
 電車を待つホームで携帯電話を取り出し、彼のメールアドレスを確認する。
 今日は無理かも。明日もどうだろう。
 でも、東京に着いたら、一番先に、彼にメールしてみよう。



〜桃始笑(もも はじめて さく)〜




 大学生の頃、SF小説家のレイ・ブラッドベリに夢中になりました。「たんぽぽのお酒」を読んだときのキラキラした気持ちは、でも、大人になって再読したときにはすっかり薄れてしまっていて…。
 なんなのでしょうね、感受性が錆びてしまったのか、旬が過ぎてしまったのか。
 作り話の中で男の子が読んでいたのは、レイ・ブラッドベリの短編集ではなかったかな、と想像しています。

 さて、「桃始笑」。文字通り、桃の花が咲く頃ということです。
 海の旬のものは、ホタルイカ、ニシンなどなど。
 山の旬は、ゼンマイ、ワラビなど。
 桃と言えば桃の節句。雛祭りですね。
 私の住む辺りでは月遅れの節句なので、お雛さまは4月までゆっくり飾っておきます。嫁にも行かず、ずっと親の許でぐうたらしている身としては、お雛さまの顔を正視できないような気持ちでおりますです…。


 次回は「菜虫化蝶」、3月16日に更新予定です。

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by bowww | 2014-03-11 01:18 | 七十二候 | Comments(2)

第七候 蟄虫啓戸

 高校卒業と大学合格のお祝いをするから、次の週末、泊まりに来るようにと叔母から電話があった。相変わらずこちらの都合など聞きもしない。
 同級生たちと遊びに行く予定があったが、もともと気が乗らなかったのでそちらをキャンセルすることに決めた。
 叔母は一人暮らし。私が生まれた頃に離婚して、今は猫一匹と暮らしている。兄である私の父は「一度結婚しただけでも、あいつにしては上出来だよ」と諦めている。四人きょうだいの末っ子で兄三人。子供の頃からお姫さま気質。大人になっても変わらないと溜め息をつくのだが、結局は皆でよってたかって甘やかしたのだろうと私は思う。
 叔母が好物だという母特製のキッシュを持たされた。母は「羽目を外しすぎないように」と言い渡して私を送り出した。

 電車に乗って二十分。叔母のマンションは、私がついこの間まで通っていた高校の近くにある。同じ電車に三年間乗って学校に通った。車窓の見飽きた景色とももうすぐお別れだ。春からは東京の大学に通うため、一人暮らしを始める。
 駅から叔母の部屋に向かう途中、公園の桜の木の下で、銀色の猫と白黒ブチの猫が睨み合っていた。少し離れた場所に、小柄な三毛猫が毛繕いをしている。
 三角関係、ただいま修羅場、か。
 発情期の雌猫の鳴き声を思い出し、顔をしかめた。あの三毛猫も、妖怪じみた声で雄たちを呼んだのだろうか。
 ふと、銀色猫に見覚えがあることに気づいた。
 叔母が飼っているギンだ。
 シャム猫の血でも混ざっているのか、細身でしなやか、小顔の今風な美猫だ。「立ち居振る舞いに気品があるのよ」と叔母は自慢するが、猫のくせに甘えることもないギンは、私に取っては少々物足りない。
 いつも澄ましているギンが恋敵と決闘している。やや優勢かと見極めて、先を急いだ。真剣勝負に水を差してはいけない。

 叔母の家はいつも散らかっている。
 本やCDがあちらのテーブル、こちらの棚に積み重なっている。埃がたまっているところは見たことがないから、掃除はしてるらしい。
「わぁ! 義姉さんのキッシュ!」叔母は嬉しそうに受け取ると、私を部屋の中に招き入れる。テーブルには簡単なオードブルとワインの瓶、グラスが並び、隅には読みかけの本が伏せてあった。
 大学合格が決まったら乾杯しようと約束していたのだ。「未成年とはいえ、大学生になればコンパやら何やらで飲まされるのよ。アホな飲み方をしてしくじらないように、私の監督下で訓練していきなさい」と。
 広い窓から西日が射し込む。
 初めてのワインはイタリアの白。軽くて飲みやすい、のだそうだ。きりりと冷やしてあって喉越しがいい。母のキッシュにもよく合った。
「いけるかも…」と伝えると、叔母は「我が家は酒好きの血筋だからね」と笑った。

【続きます…】


〜蟄虫啓戸(すごもりむし とを ひらく)〜



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作り話、いつもより少し長くなりそうなので次回へ続きます。
二十四節気では啓蟄です。虫を始めとした生き物たちが、冬ごもりから這い出して活動をスタートさせる頃。
写真のように、川の流れがキラキラし始めると、春が来るぞとワクワクします。水温む春。風光る春。
…ま、この翌日には雪景色になったのですが。
虫たちもきっと、表に出たり引っ込んだりでしょうね。
海の旬のものは鰆(サワラ)、赤貝、ひじき。
山の旬は山葵などなど。
私の住む辺りは山葵の産地なのです。春先の山葵の花のおひたしは、風味が高く辛みが利いて絶品。日本酒の肴にはもってこいです。

春の季語に「猫の恋」があります。猫、とても飼いたいのですが、借家住まいのため叶いません。猫ブログなんかを覗かせてもらって我慢しています。
発情期は春と秋が多いとのことですが、実際は決まっていないようですね。あの特有の鳴き声がいきなり聞こえてくると、いつでも何回でもビックリしてしまいます。
春の季語になったのは、悩ましげな雰囲気が春の気怠い空気感に合っていたためでしょうか。

 戀猫の戀する猫で押し通す 永田耕衣


 次回は3月11日「桃始笑」に更新予定です。


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by bowww | 2014-03-06 06:30 | 七十二候 | Comments(0)

第六侯 草木萌動

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 記憶を辿ってみれば、去年の夏までは灯りが点いていたのだ。


 自宅から駅までの途中、新築の家と古くからの家が混在する住宅地の一角。
 ちょうど大人の肩の高さぐらいの生け垣に囲まれた古い家がある。
 軒が少しせり出した玄関は引き戸で、磨りガラスが嵌められている。家の前はいつも掃き清められていて、夏は早朝から水が打ってあった。どこもかしこも古びてはいたが、隅々まで手入れがされて小ざっぱりしていた。
 慎ましい庭の入り口には梅と金木犀が植えてある。どちらもかなり古く大きく、春と秋にはそれぞれ花をたくさんつけた。
 駅や家へと急ぐ足も、花の香りについ引き止められた。
 老夫婦が住んでいた。
 母によると、二人とも元は学校の先生だったらしい。隣近所との付き合いもさほど積極的ではなく、静かな暮らしぶりだったそうだ。
 会社からの帰り道、何度かピアノの音を聞いた。ブラームスの小品だったと思う。上手ではないが一音一音を確かめるような音色で、どちらかは音楽の先生だったのかもしれないと思った。
 何とはなしに玄関を覗く癖がついていたはずだったのに、灯りがともらなくなったことに暫く気が付かなかった。
 生け垣がボサボサになり、雑草が茂り、ガラス戸は曇っていた。
 ご主人が急に亡くなり、奥さんは遠くの街に住む息子夫婦と同居することになったらしいと、母が近所のクリーニング屋で聞いてきた。
 もうすぐ梅が咲くのに。
 二人揃って梅の梢を見上げていたのは、去年の春のことだったのに。


 てっきり取り壊されて更地になるものだと思っていた。
 今日、あの家の前を通りかかったら、玄関先に赤い三輪車が置いてあった。奥から子供の泣き声がする。叱られて癇癪を起こしたようだ。
 これまた母がクリーニング屋で聞いてきたところによると、若い夫婦があの家を買い取ったそうで、「自分たちでリフォームしながら住むんですって。最近の若い人たちは物好きね」と感心しているのか、呆れているのか、どちらともつかない感想を述べた。
 もうすぐ梅が咲く。
 親子三人で、花を数えるのだろう。
 庭の隅には鈴蘭が咲くことを伝える術はないだろうかと考えている。


梅の奥に誰(たれ)やら住んで幽かな灯(ひ) 夏目漱石
梅一輪一輪ほどのあたたかさ  服部嵐雪


〜草木萌動(そうもく めばえ いずる)〜




読んで字の如く、草木が芽吹く頃、ですね。
旬は蛤や春キャベツ、山ウドなどだそうです。
大雪の後でぐんと暖かくなって、屋根から落ちる雪解けの水音がうるさいくらいです。まるで幼稚園の子供たちがチャプチャプ騒いでいるみたいです。
庭の梅の蕾も膨らんできたようです。早く咲かないかなぁ。
でも、春を一番感じさせてくれるのはやっぱりオオイヌノフグリ。田んぼの畦などで瑠璃色の小さな花を見つけると本当に嬉しくなります(それにしても、名前が気の毒。。)。
このオオイヌノフグリ、傷めないようにそっと摘んで押し花にすると、花びらが半透明になって瑠璃色の宝石細工のようになります。子供の頃によくやりました。
…一人遊びが好きなのは今もあまり変わりません。


次回は「蟄虫啓戸」、3月6日に更新予定です。
啓蟄ですね。
虫…ゴキさんは年中無休ですね。。お会いしたくない。。
三寒四温、来週は再び冬景色に戻りそうです。




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by bowww | 2014-03-01 00:16 | 七十二候 | Comments(0)