カテゴリ:身辺雑記( 34 )

春待つや(大寒)

「安田さん、落とし物…だと思いますけど…」
 内線の電話を取ると、総務の清水さんが遠慮がちにそう言った。
「え?財布?携帯?…は持ってるし…。俺、何か落としたかな?」
「…手がすいたら、ちょっと来ていただけますか?」
 清水さんのひそひそ声に、周りに聞かせるには憚れるもの、いかがわしいものでも落としただろうかと内心穏やかではない。
 すぐに行くと伝えて受話器を置いた。

 清水さんは社員通用口で待っていてくれた。
 何やら、困ったような笑顔で立っている。
 元々がおっちょこちょいな性格なので、入社以来、取引先との約束を忘れたり、電車に仕事道具を置き忘れたりといったミスは数知れない。さすがに最近は落ち着いてきたものの、総務部には迷惑ばかりかけている。
 特に、一年先輩の清水さんには何度も助けてもらっているから頭が上がらない。
「俺、何落としたんでしょう?」
 手招きする清水さんの後に従う。
 会社のすぐ隣は小さな公園になっている。気候が良い季節なら昼ご飯をここのベンチで食べる同僚たちも多いが、真冬の今では人影もない。日陰には三日前に降った雪がそのまま残っている。
 清水さんは、滑り台の裏側を覗き込んで頷き、俺を呼んだ。
「あれ、安田さんのじゃない?」
 清水さんの示す先に目を遣っても、雪に反射した陽射しが眩しくて何も見えない。
 シバシバと瞬きして目を細め、滑り台の後ろの雪溜まりを見つめた。
「…雪、ですよね?」
「雪の上に、見えない?」
 近づいてしげしげと見てみる。
 滑り台の影に重なって、一際濃い影が見えた。
「あれ?あの影、人の形に見えますよね?」
「呑気だなぁ、安田さん…。あれ、安田さんの形でしょ」
 俺は思わず吹き出す。
「いやぁ、雪の凹凸のせいでそう見えるだけでしょ?清水さん、想像力が豊か過ぎる」
「じゃあ、安田さんの影はどこ?」
 笑ったまま、俺は自分の足元を指差した。
 ……へ?
 ……ない。
 太陽は空高く、地面には木立や遊具、清水さんの影がくっきり落ちているのに、俺の足元だけはまっさらだ。
 足踏みしたり両手を上げて振ってみたりしても、地面には何も映らない。
「…どういうことでしょ、これ」
「安田さん、よくあそこで一服してるでしょ。その時に落としたんじゃない?」
 言われてみれば、雪が降り止んだ夜、満月があまりに綺麗だったから、滑り台にもたれて見上げていたのだ。
 帰り際、足元でビリッと紙が破けたような音がした気もする。
「凍りついちゃったってことですかね…。また、俺の足にくっつきますかね…」
 影がないと、本体はどうなるのだろう。
 今のところ、何の差し障りも思い当たらないのだが。
「どうかしら…。雪が溶けたら戻ってくるんじゃない?」
「そのまま蒸発しちゃって跡形もなくなったら?」
「とりあえず、影に体を合わせてみたら?」
 俺は影の形に添うように、滑り台にもたれてみる。
 清水さんが「もう少し右膝曲げて。腕はだらんと。頭は空に向けて…」と細かく修正してくれる。
「月の光の下じゃないと駄目かしら…」
「角度が違いますもんね」
 影と体を馴染ませるつもりで、しばらくその体勢をキープする。
 天気のよい昼下がりとはいえ、風が冷たい。いい加減、寒さで震え出した頃、我慢しきれずに体を伸ばしてみた。
 そろそろと右足を踏み出す。
 左足は高く上げてみてから踏み出した。
 影はしぶしぶといった風に、俺と同じ動きをしてみせた。
 清水さんに向かって、両腕で大きなマルを描く。
 足元の影は、一拍遅れてマルを作った。
 まだ本調子ではなさそうだ。
「やれやれ、清水さんのおかげで影を失くさずに済みました。ありがとうございます。
それにしても、よく俺の影だって分かりましたね」
「すぐ分かるわ。こんなおっちょこちょい、一人しか知らないもの」
 清水さんはくるりと踵を返し、会社に戻っていく。
 髪が風に煽られ、赤い耳と頬がチラッと見えた。
(…あ!)
 と、声を出す前に、影が一歩先に踏み出して俺より先に清水さんに追いついた。


春待つや一樹の影の紺を引き 井沢正江

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穏やかだったお正月が、もう追憶の彼方…。
夢でも見ていたんじゃないかしら?というほど、見事に寒中です。寒さの底です。
先日は二日続けての真冬日でした。
寒さの最中に降った雪は、平地でも極上のパウダースノー。
おかげで雪かきは楽チンでしたが、翌日の道路はスケートリンクのようでした。
かなり慎重に運転していたつもりですが、信号で止まろうとしてもブレーキが利かない利かない。
前に車がなかったので助かりましたが、まだまだ注意が足りませんね。
春が来るまで、本当に気をつけなければ。

写真はお正月飾りに入っていた(残りものの)柳の枝です。
日当りが良いキッチンの窓辺に置いておいたら、いつの間にか小さな芽がふくふくと膨らんでいました。
細い根まで出ています。
一足早く春を呼んでくれているようです。
このまま処分するのは忍びないのですが、かといって庭に下ろして枝垂れ柳の大木に育ってしまっても困ってしまうし…。
さてさて…。

先日、立川志の輔さんの独演会に行ってきました。
大きなホールいっぱいの観客。
その大観衆にたった一人で向き合い、大笑いさせて満足させる力量にただただ脱帽です。
志の輔さんがご自身で作った創作落語2題(古典落語かと思うほどよくできた「質屋暦」と、ゆるキャラを巡る爆笑ドタバタ劇「モモリン」)と、古典の大ネタ一題(廓噺の名作「紺屋高尾」)。
時間を忘れて大笑いさせてもらいました。
ただ、「紺屋高尾」は、全盛の花魁・高尾大夫の色気がちょっぴり足りなかった気がします。
志の輔師匠の真面目なお人柄のせいかも知れませんね。
落語も演劇もコンサートも、「生」で鑑賞できることはとても幸せです。
無駄遣いを控えて小金を貯めて(賢いお金の使い方は今年の密かな目標…)、出来るだけ多く、心に栄養がもらえる機会を増やそうと思います。




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by bowww | 2017-01-20 11:22 | 身辺雑記 | Comments(2)

紙の白さや(小寒)

 放課後、職員室に来るようにと言ったのは越知先生の方なのに、私が入り口から先生を呼ぶと、
「おう、どうした?」と驚いた声を出して立ち上がった。
 背の高い少し猫背なシルエットが、夕日を背にふわりと揺れる。
 本当に忘れていたのか、忘れたふりをしているのか。
 呼ばれたから来たのだと、素っ気なく答える。
「そうだったそうだった」
 越知先生は前髪をクシャクシャとかきあげて、私を手招きした。
 促されて、部屋の隅にある簡単な応接セットの椅子に座る。
 スプリングがへたれたソファは、とても座り心地が悪い。
 パーテーションの向こうで、ほかの先生たちが世間話をしている。
「…で、これのことなんだが」
 前屈みになった越知先生が、紙の束の中から私の英語の答案用紙を取り出す。
 モスグリーンのカーディガンの袖口には、毛玉が三つ四つくっついている。
 筋張った右手の人差し指に絆創膏を貼ってあるのは、授業中に気がついていた。
「理由、話す気あるか?」
 名前以外は何も書いていない。真っ白の答案用紙。
「答えが分からなかったからです」
「嘘つけ。英語は得意科目だろ」
「具合が悪かったからです」
「嘘だ。テストの監督は俺だっただろうが」
「……」
 先生はため息をついて答案用紙を電灯に翳す。
 日は落ちて、職員室は夜の気配に満ちている。ほかの先生たちも次々と帰っていった。
「こうやれば、お前のメッセージが浮き出てくるんじゃないか?」
「…メッセージなんてありませんから」
 先生は、ため息の続きのように笑った。
 人気(ひとけ)がほとんどない校舎に、いつもと同じチャイムが鳴る。


   指切りし紙の白さや冬旱  保坂 敏子


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毎晩のお楽しみ・晩酌用のお酒は、職場の近くにある小さな酒屋さんで調達しています。
ここ数年、元旦に搾った日本酒をこちらで入手して、幸せな新年を迎えています。
昨年までは秋田から届いたとびきり美味しいお酒をいただいていたのですが、その蔵元さんが経営方針を変えられたため、手に入らなくなってしまいました。
残念至極。。
でも、酒屋さんの「地元には美味しいお酒がたくさんある。小さいけれどとても頑張っている蔵も多い。応援というのはおこがましいけれど、そういう蔵のお酒をたくさんの人に知ってほしい。流行りのお酒を追うのではなく、『あの店に行けば、何か面白いお酒があるんじゃないか』と思って足を運んでくれるお客さんを大切にしたい」という方針をお聞きして、気持ちが晴れました。
というわけで、今年のお正月は地元の酒蔵さんの元旦絞りをいただきました。
蓋を開ける度に、「シュッポン!」と景気の良い音がします。
瓶の中でお酒が元気いっぱい息をしている証拠です。
今年も、色々な美味しいお酒と出合えるといいなぁ。

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寒の入り。
今日は、朝の冷え込みはさほどではなかったのに、お昼過ぎてからぐんぐんと風が冷たくなってきました。
冬が本気出してきた感じですね。
穏やかな年末年始だっただけに、寒さが応えそうです。
皆様もお体ご自愛くださいませ。




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by bowww | 2017-01-05 21:05 | 身辺雑記 | Comments(2)

林檎の香のごとく(冬至)

 くしゃくしゃになった毛布とシーツをベッドから引き剥がす。
 残っていたぬくもりと香りが僕を包む。
 僕は立ち竦む。
 激しい感情に絡めとられ、思い知らされる。
 とっくに後戻りできない場所に居る。
 僕はのろのろとベッドに潜り込む。
 褪めていく香りを掻き寄せて、もう一度眠る。


君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ   北原白秋

 
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写真は、冷え込んだ朝の窓ガラス。北向きの窓には氷の花が咲きます。
今年の12月は、気温の上り下がりは激しいものの、比較的穏やかなお天気が多かった気がします。
おかげで窓ふきなどの掃除も、楽に終わらせられました。
とは言え、寒さの本番は年が明けてから。雪の季節もこれからです。
北原白秋のこの有名な短歌は、愛誦性が抜群ですね。
道ならぬ恋の行方もさることながら、雪と林檎の香りの取り合わせの見事さにため息が出ます。
白秋の作品はどれも、粒選りの言葉が並んでいて宝箱のようです。

親しい友人が、少し大きな病気を抱えて入院しました。
本人よりも周りの我々の方がアワアワ動揺したものの、まずは治療の第一段階はクリア。
お見舞いに行って、変わらぬ元気さにホッとしました。
治療は緩やかな長期戦になりそうですが、彼女の健やかさならきっと大丈夫。
大袈裟なことを嫌がる人なので、鬱陶しがられない程度に応援し続けようと思います。

親しい人たちとも、いつかは必ず、なんらかの形でお別れしなくてはいけなくなります。
大切な人たちを大切にしようと、つくづく思います。
クリスマスやお年取り、お正月は、特にそんなことを思う季節なのかも知れませんね。



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by bowww | 2016-12-21 06:47 | 身辺雑記 | Comments(2)

華やげる(大雪)

 レンズの曇りが気になって眼鏡を外す。
 眼鏡拭き専用の布切れは、必要な時に限って見当たらない。
 辺りを見回し、着ているネルシャツの裾をパパッと払って、それでレンズを拭く。
 眼鏡を窓の方に翳し、汚れが取れたか確認する。
 年寄りじみた自分の仕草に苦笑いが漏れ、いやいや、もう充分に本物の年寄りだろうと、もう一度笑う。
 眼鏡を掛け直すと、少しだけクリアになった視界に、にぎやかな色の塊が飛び込んできた。
 孫が忘れていったマフラーだ。
 ローズピンクとベリーピンク、ラベンダー、白、黄色のチェック柄。
 手に取れば、外国のキャンディーの詰め合わせみたいなにぎやかさ。
 物心ついてから、こんな派手なものを身につけた覚えがない。
 気まぐれに、鏡の前でマフラーを巻いてみる。
 チンドン屋みたいと笑うつもりで鏡を覗くと、思わず「あら」と声が出た。
 我ながら、よく似合う。
 明るい色が反射するのか、表情が楽しげに見える。くすんだ肌もさほど見苦しくない。
 なるほどなるほど、年を取ったら明るい色の服を着ろというのはこういうことなのか。
 フワフワのマフラーに鼻先を埋め、そうだ、私はピンクの服がずっとずっと欲しかったのだと思う。
 子供の私が、胸の奥で嬉しそうに頷いている。
 

枯尾花夕日とらへて華やげる 稲畑汀子

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すっかりほほけた芒の穂が風に揺れていて、近づいてみると、日の光を孕んでとても綺麗だったのです。
このまま、光を含ませたままでおけたらいいのになぁ、寒いどんよりした冬の日なんかに取り出して、手の平で転がしたり、飾っておいたりできるのになぁ…などと妄想しておりました。
その後で見つけた稲畑さんの俳句です。
私が見た芒よりも、もっとぐっと激しい何かを秘めていそうですが…。
枯れてなお、光を纏う姿が愛おしくなります。


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師走、例年のごとくバタバタバタバタ、気忙しい毎日です。
自分の心のあたふたに引きずられてしまっています。
進歩ないなぁ…と反省してばかり。
落ち着いて一つずつ片付けていかなくては。
これは霧の朝に見つけた草の実。よく見ると、水滴がそのまま凍っていました。
思いがけず綺麗なものを見つけると、その日一日、楽しい気持ちでいられますね。

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by bowww | 2016-12-07 02:43 | 身辺雑記 | Comments(2)

誉めぬむすこ(小雪)

 親父の十三回忌の打ち合わせをしたいと弟から電話があった。
「週末あたり、時間取れないか?」
「すまんな、今週末は俺、S市で取材なんだよ」
 それならS市で落ち合おうと言う。
 小さいとはいえ、弟は会社を経営している。
 身軽に遠出ができる立場ではないだろうに。
「実は週明けに、S市の隣街へ出張する予定だったんだ。
 前倒しで行って兄貴と会って、当日、うちの連中と合流すればちょうどいい」
 そこまで段取り良く進むなら、こちらに否やはない。
 土曜日の夜、私がS駅に弟を迎えに行くことになった。

 親父の印刷会社を継いだのは、長男の私ではなく、四歳下の弟だった。
 親父は早い段階で私に見切りをつけていた。
 私は飽きっぽくて放浪癖があり、協調性がない。
 一方の弟は、真っ正直で粘り強く、何よりも周囲の人間を大事に扱った。
 弟の方が、明らかに経営者にふさわしい。
「本当はお前の能天気を、少しばかりあいつに分けてやって欲しいぐらいなんだが…」
 全く当てにならない長男に、親父は一度だけそう言ったことがある。
 確かに、四角四面な性格は世渡りするのも難儀だろう。狡く立ち回らなくてはいけない場面もあるはずだ。
「それでも、俺よりはずっとマシだろ?」
 親父のなんとも言いようのない情けない顔が、今でも忘れられない。
 弟は周りの期待に応えて、手堅く会社を切り盛りした。
 おかげで私は野放し状態で、好きなことをさせてもらった。
 文章を書いて、なんとか食べていけるだけの収入を得ている。

 S市で見つけた小料理屋に弟を案内する。
 港がある街だけあって新鮮な魚が旨い。
 刺身の盛り合わせを突き、牡蠣と豆腐を炊き合わせた椀物を啜って、弟と顔を見合わせる。
「こういう料理がしみじみ旨いと思う年になったよな」
 にやりと笑う弟の生え際はだいぶ後退して、亡くなった親父にますます似てきた。
 酒を注いでやりながらそう言うと、
「兄貴の腹だって、父さん並みの貫禄じゃないか」と返された。
 カウンターの向こうで女将がくつくつ笑う。
「お二人がご兄弟だってすぐに分かりましたよ。そっくりですもの」
「こんなハゲと?」
「こんなデブと?」
 同時に叫ぶ。
 ほら、息もぴったりと、女将はころころ笑い転げた。

 若い頃、私は弟が苦手だった。
 一緒に居ると息が詰まった。
 自分で好きなことをしているくせに、人望が厚い弟を妬んでいたのかも知れない。
「俺、兄貴が嫌いだったよ」
 酔いの回った弟が、ぽつりと言った。
 私は黙ったまま弟に酒を注いだ。
 手酌でいこうとした私から徳利を取り上げ、今度は弟が酒を注ぐ。
「嫌いだったんだけどなぁ」
 飲み干せば、緑釉の杯の底がてろりと光る。

 店を出ると、北風が切るように冷たい。
「雪の匂いがするな」
 もう一軒、と誘うまでもなく、弟と私は同じ歩幅で歩き始めた。


  初雪を誉めぬむすこが物に成(なり)  武玉川

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ここ数日は穏やかに暖かい日が続いたのですが、明日には雪が舞うかも知れないという天気予報です。
暦通り、雪の気配が近づいてくる季節です。
「武玉川」は江戸中期の雑俳集。
連句が大流行した江戸中期、俳諧のお師匠さんが作った初めの句に、お弟子さんたちが続く句(付け句)を詠んで添削してもらって腕を磨いたそうです。
その付け句の面白いものを集めたのが「武玉川」で、今読んでも「そうそう!あるある!」という人生の機微が、短い言葉で描きだされています。
…と、ネットで調べてみました。
田辺聖子さんの「武玉川・とくとく清水」という本がとても面白かったので、探し出して読み返そうと思います。

今年はあまり美しい紅葉に会えなかった気がします。
お天気のせいなのか、平地は鮮やかさに欠けていたような…。
昨年、見事な黄落を見せてくれた銀杏の大木も、今年の色づきは今ひとつ。
不完全燃焼のまま、冬本番を迎えそうです。
師走が目前、気忙しさばかりで仕事が捗りません。
ああ、一晩寝たら新年になっていればいいのに!
…もちろん、仕事も大掃除も年賀状もなにもかも済んだ状態で。


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by bowww | 2016-11-22 04:03 | 身辺雑記 | Comments(2)

玉のごとき(立冬)

 目の前を、女子高生たちがキャラキャラと通り過ぎていく。
 ベビーカーを押す若い母親が、なにやら我が子に語りかけながら通り過ぎていく。
 揃いの服を着た幼稚園児たちが、学生のような保育士にじゃれつきながら通り過ぎていく。
 買い物帰りらしい老いた夫婦が、荷物を分け合ってゆっくりと通り過ぎていく。
 誰も彼もが幸せそうに、楽しそうに見える。
 最初は小さな失敗だった。すぐに立て直せるはずだった。
 しかし、一度掛け違えたボタンはずれ続け、正しい場所はどんどん遠のいていった。
 そして、空っぽになった。
 行き先はもちろん、戻る場所さえなくなった。
 公園のベンチに座り込み、時が過ぎてくれることだけを待っている。

 小さな男の子が駆けてきて、ベンチの隅に何かを置いた。
 そしてまた、向こうへ駆けていく。
 視界の隅に鮮やかな黄色が飛び込んできた。
 見れば黄色の銀杏の葉が一枚。
 また駆けてくる。
 今度は赤く色づいた桜の葉三枚。
 次はもう一度、銀杏を二枚。
 その次は松ぼっくり。ハナミズキの赤い実も。
 ベンチの上は、たちまち賑やかになった。
 男の子を呼ぶ声がした。母親らしい。
 彼は初めてこちらを見てにっこり笑った。
「ほら、いっぱいきれいね」
 そして母親のところへ駆けていった。

   玉のごとき小春日和を授かりし  松本たかし


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秋らしい心地好い季節をほとんどスキップして、いきなり冬がやってきました。
山が雪を冠りました。根雪になるのはもう少し先かもしれませんが、あの雪が徐々に下に降りてきて、里も冬になるのです。
年の暮れが見えてきました。気が焦ります。。


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by bowww | 2016-11-07 01:32 | 身辺雑記 | Comments(0)

空、広々と。

遮るものなく広い広い空です。
夕暮れ時の空を独り占め。
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すっかり日没が早くなりました。
この後、日が沈んだ場所からちょっとだけ南に、一番星が見えました。
素朴な歌を思い出します。

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これだけ晴れたから、きっと明日の朝は冷え込みますね。
いつもより早めに布団に潜り込もうと思います。

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by bowww | 2016-10-30 22:01 | 身辺雑記 | Comments(2)

晩秋の大きな木(霜降)

 うたた寝から覚めると、電車は山間(やまあい)の村を走っていた。
 身じろぎもせず眠っていたらしい。節々が強張っている気がして、堅いシートの上でそっと体を伸ばす。
 四人掛けのボックス席の向かい側には、いつの間にか一人のおばあさんが、ちんまりと座っていた。
 昔の着物を仕立て直したらしい藍染め絣のコートに、白髪のまとめ髪がよく映える。
 車内は秋の陽射しがたっぷり入って暖かい。私と交代のように、今度はおばあさんがうとうとし始めた。
 乗客は少ないのに、おばあさんは律儀に自分の荷物を膝の上に乗せている。
 花柄の買い物袋から、真っ赤な林檎と黄色いビスケットの缶が覗いていた。
 窓の外には、僅かな平地を細々と区切った刈田が見える。早くも暮れようとする西日が、東の山の斜面を照らす。金色に色づき始めた山肌は、少しでも多く温もりを抱え込むように明るかった。
 大きなカーブに差し掛かったのか、電車が大きく傾く。
 おばあさんの荷物が崩れかけ、思わず手を伸ばして支えた。
「…あらあらまぁまぁ、どうもすみません」
 おばあさんは歌うような調子でそう言った。
 私は姿勢を戻して、笑顔を返す。
 アナウンスが次の駅の名を告げると、おばあさんは降りる準備を始めた。
 間もなく、電車は小さな駅に止まった。
ホームだけがやけに長く、待合室しかないような駅舎は私たちが乗った車両よりもずっと後ろにあった。
 おばあさんは立ち上がって、袋からビスケットの缶を取り出した。
「ほい、おやつ」
 私の膝にトンと乗せて、思っていたよりずっと達者な足取りで電車を降りた。
 断る間もお礼を言う間も与えない、絶妙のタイミング。与え慣れている達人の間合いだ。
 動き出した電車の窓から、小高い場所にある数軒の家が見えた。
 大きなケヤキの木が三本、集落を守るように立っている。
 おばあさんの家が、あそこにあるような気がしてならない。
 黄色の缶には、胡桃を齧る栗鼠の絵が描かれている。

   帰るのはそこ晩秋の大きな木 坪内稔典

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お天気、すっきりしません。
こうも曇り空が多いと、能天気な人間もちょっと塞ぎがちになります。
少し仕事が立て込んでいるせいもあって、職場でついイライラと喧嘩っ早くなります。
いけないいけない。
「なんだろ、何が足りてないんだろ、私。カルシウム?イソフラボン?」という呟きを聴き取った上司に一言、「酒だろ?」と返されました。。
そこまでアルコールに依存してはおりませぬ。
いずれにしても、私に一番足りていないものは辛抱だと思います。
そんな私を哀れに思ったのか、それとも祟られないようにというお供え物のつもりなのか、同僚が「ほれ」とキャラメルを一箱くれました。季節限定「和栗」キャラメル。
キャラメル舐めて一息ついて、どうかもう少し穏やかな人になれますように。

写真の大きな木はブナの木。
大きな木のそばに立つと、何やら嬉しくなってニコニコしてしまいます。
見上げるだけで気持ちがスカッとします。
お天気が良くなったら、木に会いに行こう。

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ぐっと冷え込むようになりました。
「火恋し」という季語もあるそうです。
そろそろ暖房が欲しい。と同時に、人恋しい気持ちも含まれているのでしょうね。
体も心も寒さに負けないようにしなくては。

※パソコンからの投稿が出来なくなっているのでしょうか?やむなくスマホから投稿。
見辛い箇所がありましたらご容赦くださいませ。
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by bowww | 2016-10-23 22:40 | 身辺雑記 | Comments(0)

秋の月

昼間は雲一つない晴天。
夜は冴え冴えとした月明かり。
こんなに気持ちのよい週末は本当に久しぶりでした。
旧暦九月の十三夜は「後の月」。
栗名月、豆名月と呼ばれるそうですね。
この月は、もうちょびっと太った十四夜。
でも、満月よりはほんのちょびっと痩せてる小望月です。
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実際はこんな風に見えました。

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数ヶ月前、勤務先近くのガソリンスタンドで給油しようと立ち寄ったら、店員のお兄さんが、
「もしかしたらマフラーに穴が空いてるかもしれません。そういう音がします。放っておくと、最悪、走っている最中にマフラーが落ちるかも…」と教えてくれました。
慌てていつもお世話になっている工場に車を見てもらったところ、お兄さんが言った通りでした。
マフラー1本を替えてもらって思いがけない大きな出費になりましたが、もうすぐ走行距離10万キロの老体なので、メンテナンスは仕方がありません。
大事になる前で良かったです。
今日、そのガソリンスタンドに寄ったら、教えてくれたお兄さんが居たのでお礼を言うことができました。
「それは良かったです!」と、お兄さんがとても嬉しそうに笑ってくれたので、こちらまで良い気分になりました。
毎日の仕事の中で、誰かから感謝してもらったり労ってもらったりすると、それだけでちょっと報われた気持ちになります。
お兄さんもお仕事帰りに、「疲れたけど、ちょっとだけ良いことあったな」と思ってくれているといいなぁ。
少なくとも私は、ちょっと良い気分で晩酌できました。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。
良い気分貯金。



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by bowww | 2016-10-16 23:43 | 身辺雑記 | Comments(0)

花野かな(寒露)

 ともに行く人はいない。
 この広野に、延々と伸びる道を一人で行くのだという。
 どこに辿り着くのか、教えてくれる人もいない。
 途方に暮れながら、足を踏み出す。

 どれぐらい歩いたのか。
 控えめな華やぎにふと気がつき、立ち止まり、野を見晴るかす。
 乾いた草の匂いが立ち、草の実がちくちくと触る。
 橙、黄色、朱色に白、紫。
 小さな花々。
 金色はエノコログサの穂が孕む日の光。

 手放してきた懐かしいものたち。
 終わりはこんなにも美しい。


  ふところに入り日のひゆる花野かな 金尾梅の門


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9月はほとんど青空を見ないまま終わってしまいました。
大きな台風が、木をなぎ倒し、林檎や梨を振るい落として過ぎていきました。
さて、やっと青空…と思ったら、再び続くグズグズ曇り空。
壁の向こう側を、背伸びして覗き込むような気持ちで週間予報を見ています。
特にお出かけの予定はないのだけれど、お日さまマークが心底恋しいです。

我が家の裏手は空き地になっています。
いずれは宅地になるのでしょうが、もう暫くは広々とした眺めを楽しませてもらえそうです。
そういえばこの空き地、近所のツバメたちの幼稚園になていました。
子供ツバメたちが、大人たちに教わってグルグルグルグル飛び回っていたのです。
あのツバメたちも、いつの間にか旅立っていきました。
今年は空き地との境界に、ミゾソバ(溝蕎麦)の花がたくさん咲きました。
水路や湿地に群生する植物で、ソバに似ていることから、「溝(水路)に咲く蕎麦の花」と名付けられたようです。
名前はイマイチ地味ですが、可愛らしいピンクの花が咲きます。
母が「こんなに可愛い花だとは気づかなかったね」と、ちょいちょい摘んできては空き瓶に挿して飾っています。
金平糖みたい。
きっと、母がいなくなっても、この花が咲けば母を思い出すんだろうな。
…いえいえ、まだまだ元気ですけれど。


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年を重ねるごとに、「寒い冷える冷たい」が苦手になります。
普段まっったく運動をしないので、新陳代謝が落ちているのだと思いますが、とにかく体が冷えると途端に調子が崩れます。
なにより、冷えるととても悲しい惨めな気持ちになります。
ハラマキ(「ほぼ日」オリジナル。おしゃれな柄で嬉しくなります)と、小さな使い捨てカイロは、年間を通しての必需品。
どこか具合が良くないな、と思ったらとにかく温める。
そして、胃の動きが鈍いときは、白湯を飲みます。
大橋鎮子さん(「とと姉ちゃん」のモデルですね)のエッセイに、白湯の効用が書かれていたのです。
白湯が流れ込むと、喉から胃がじんわりあたたかくなって、お腹全体がホッと緩むのが分かります。
ありがたやありがたや…と、思わず呟きそうになります。
…嗚呼、こうやっておばあちゃんになっていくのですね。。
でも、秋冬はきれいな色のニットを着たり、ストールを巻いたりできるので、嫌いではないのです。
穏やかに、冬の準備を始めたいですね。


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by bowww | 2016-10-08 10:42 | 身辺雑記 | Comments(4)