カテゴリ:身辺雑記( 34 )

我風展のこと

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今年も、ブログでご縁がありましたhiyoさんが主宰されている写真展・我風展にお邪魔しました。
(…ほぼ一ヶ月前のお話、タイミングを逸するにもほどがあります。。)
「ジャンル不問・準個展形式のグループ展」、今年で5回目となりました。
会場に伺うまではドキドキちょっと緊張、帰る頃には楽しいエネルギーをたっぷり充電できる展覧会です。
今年は10人が参加、多彩な作品が揃っていました。
こちらも思わず笑顔になってしまうような躍動感あふれる写真、大自然を一部切り取ってきたような写真、息を潜めてそっと覗き見るような写真、アコースティックな音楽が聞こえてくるような写真、映画の一場面のような写真、自分の足元がくらりと歪むような写真、そして、深い敬意と愛情に裏打ちされた日本画のような雀たちの写真(=hiyoさんの作品です)などなどなど。
見ているだけなのに、視覚だけではなく、聴覚や嗅覚、触覚まで刺激される感じがします。
何よりも立派な大人たちが、真剣に「遊んでいる」のがとても素敵でした(プロの方もおられるのに、失礼ですね。申し訳ありません)。
「写真」というキーワードで繋がった10人が、互いを尊重しながら、のびのびと自分の感性を発信している写真展。
風通しの良い素敵な時間と空間を楽しませて頂いて、ホクホクしながら帰りました。

hiyoさんが、愛溢れる記事をたくさん書いておられます。
私が伺った日、hiyoさんは白いブラウスにふんわりした紺色のスカートをお召しで、踊るように軽やかに、会場の中を行き来されていました。
大変な準備がおありだったでしょうに、目をキラキラさせて楽しんでおられる姿が印象的でした。
来年の開催も、今から楽しみです。



おまけ。
我風展の会場となった松本市美術館の前庭。
東京の新国立美術館で開かれた草間彌生さんの個展、大盛況だったようですね。
草間さんの出身地ということもあり、松本市美術館には素晴らしいコレクションが常設展示されています。
運が良ければ、空間アートの一部屋を独り占めすることも可能です。
…が、かなりのインパクトです…。夢に見そう。。

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by bowww | 2017-06-05 22:38 | 身辺雑記 | Comments(2)

袖の香(小満)

 洗いたての白いTシャツに袖を通し、着古したデニムを履く。
 鏡を見て、苦笑いが浮かぶ。
 こんなさりげない格好が似合うのは、やっぱり二十代、頑張っても三十代前半までだろう。
 全身の輪郭がぼやけ始めた年代に、洗い晒しのTシャツは下着のようで野暮ったい。
 去年の夏は、もう少しマシに見えたと思ったのだが。
 ため息をついてシャツを脱ぐ。
 せめて、アイロンを当ててパリッとさせよう。
 アイロンを温めている間に霧吹きをする。
 ラベンダーの香りが部屋に広がった。
 不意をつかれて手を止める。
 そういえば娘が、リネンウオーターを買っておいたと言っていたっけ。


 良く晴れて暑いぐらいの高原。埃っぽい道。繋いだ手は暖かく乾いていた。
 要らないと言うのに、「頭痛に効くし、リラックスできるよ」とラベンダーの精油を買ってくれた。
 本や写真、万年筆、指輪。手紙。
 小さなプレゼントをしまっておく箱には、ラベンダースティックも混じっていた。
 開ける度に、日向の花畑のような香りが立ち昇った。
 積もる想いが息苦しく、握られた手を捥ぎ離すようにして別れた。


 窓を開けて風を入れる。
 多少はしゃっきりしたTシャツを、風に晒す。
 リネンウオーターの匂いはすぐに飛んでいった。
 再び袖を通し、いつもより少しだけ多めにトワレを纏う。
 口紅は赤にしよう。


  さつきまつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする  よみ人知らず
  橘のにほふあたりのうたた寝は夢も昔の袖の香ぞする  藤原俊成女(ふじわらのしゅんぜいのむすめ)
 
 
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ラベンダーの香りは、「時をかける少女」でも印象的な小道具になっていましたっけ。
スケッチ作り話、和歌とは真逆の雰囲気になってしまいました。。
本当は、懐かしい恋しい人を、橘の香りで思い出すロマンティックな歌です。
精油はいくつか持っていますが、ラベンダーの香り、実はあまり好きではないのです。
薄荷油は常備しています。
ゴキブリが嫌う匂いだそうなので、薄荷油を振りかけたペーパータオルを、シンク下や床下収納庫、靴箱なんかに入れてあります。
悪魔退散!の、お札みたい。
効果があるのか、今のところ、ゴキさんとは遭遇していません。
薄荷油に、ひのき精油をブレンドしたルームスプレーは重宝しています。


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「香水」は夏の季語ですね。
汗ばむ季節のエチケットだから、ということだそうです。
香水、オードトワレ、オーデコロン。
自分の好きな香りを、そぉ〜っと身につけているのが好きです。
周りの人には分からないくらい、でも、つけ忘れると落ち着かないのです。
どうやら、女っぷりの良い香りよりは、少し中性的な、男性でも女性でも使える香りが好きなようです。

数年前、ちょっとしたことから、グズグズひねくれた気持ちになって、そのまま戻れなくなってしまったことがあります。
どこかで切り替えなきゃ…と、きっかけを探していたときに、おフランスから日本に「上陸」したばかりだというトワレのことを知りました。
東京の百貨店のキラキラとしたフレグランス売り場に行って、ドキドキしながらその香りを試させてもらいました。
(一流の百貨店の店員さんは、田舎者でも優しく接してくださる…)
一嗅ぎ惚れ。
30分ほど、別の売り場を回って考えてから、そのトワレを買いました。
我ながら、背伸びも背伸び、足裏が攣りそうなぐらいの背伸びをして手に入れた香りです。
分不相応ではあるのだけれど、このトワレを纏うと否応なく背筋が伸びました。
毎日こっそり身につけているうちに、グズグズした気持ちもいつの間にか薄らいでいました。
今でも自分に喝を入れたいときには、この香りに助けてもらいます。
「普遍なる水」という名前のトワレ自体は、柑橘系をベースにした凛々しくも軽やかな香りです。


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ニセアカシアの花が満開です。
夜気に、甘い香りが混じります。
昨日、今日と真夏日になりました。
このまま夏本番になってしまうんじゃないかと心配です。
過ごしやすい季節は、本当に短いですね。

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by bowww | 2017-05-21 22:40 | 身辺雑記 | Comments(2)

空をゆく

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自分のブログを読み返してみれば、立春の頃から「桜、さくら、サクラ…」と譫言のように呟き続けていたようです。
我ながらしつこい…。
ここ数年は沈静化していた桜狂いも、今年はぶり返してしまいました。
通り過ぎていく桜に追い縋って惚けてきました。
本当に地元の皆さんしか行かないような(でも、ちゃんと提灯はぶら下がっている)広場の桜。
もう散り際で、風が吹く度にハラハラと花びらを散らしていました。
付き合ってくれた母が、枝を揺すって喜んでいました。
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 空をゆく一とかたまりの花吹雪 高野素十


今夜は雨が降っています。
土を緑を養う春の雨。
芽吹いたばかりの薮に、山吹が鮮やかな花を咲かせ始めました。
桜浮かれの熱を冷ましてくれるような清冽さです。
春を送り、夏の準備をしなくては。

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by bowww | 2017-04-26 23:34 | 身辺雑記 | Comments(0)

送る詩

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車で1時間半ほどかけて、桜の名所・高遠に行ってきました。
ほぼ毎年、出掛けます。
花の名所と言われる場所は、行くとがっかり…ということも多いのですが、高遠は別格です。
城址公園に入ると、右を見ても左を見ても見上げても桜・桜・桜!
今年は一番良いタイミングに行けたと思います。
青空を背景に、満開になったばかりのタカトオコヒガンザクラ。
ピンクのグラデーションが、うっとりするほど美しかったです。
桜狂いも、ここを見ればようやく鎮まります。
満腹、満腹。
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今年は桜の開花寸前で雪が降ってみたり、かと思えば夏日に届く程の暖かさになったり、そして一番の見頃には春の嵐が無情にも吹き荒れたりと、本当に気が気ではない花時でした。
いつもなら、市街地の桜が満開になって一日遅れで郊外が見頃、そちらが散り始めれば川のほとりの並木が見事になる…と、「桜の時間割」が決まっているのですが、今年はお天気のせいなのか、どこの桜も咲き急ぐように一斉に満開になってしまいました。
いつもより少しだけ遅いかと思った桜の季節ですが、帳尻を合わせるかのように逃げ去っていきます。
ツバメがやってきました。
桜が散れば田んぼに水が入り始めます。
季節は初夏へと移ろっていきますね。
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今月5日に、詩人の大岡信さんが亡くなりました。
享年86歳。
朝日新聞の1面で連載されていたコラム「折々のうた」が大好きでした。
あんなに小さなコラムの中に、言葉の美しさ、面白さが過不足なく詰め込まれていました。

 神様の楽書(らくがき)として自分を全うしよう  海藤抱壷

中学生の頃だったか、「折々のうた」で紹介されたこの句を読んで、救われた気になりました。
十代にありがちな、つまらない自意識でパンパンになっていた時期です。
作者は昭和15年に結核で亡くなった38歳の自由律俳人。
アホな中学生は、作者本人が置かれていた環境の過酷さになんて思い至らず、ただただ「いいもの見っけた!」と有頂天になっていました。
それでも、あの頃に刻まれた言葉というのはなかなか根深く残るもので、ン十年経った今でも密かな拠り所になっています。
大岡さんの道案内で、豊穰な言葉の世界を少しだけ覗かせてもらいました。
「折々のうた」をまとめた岩波新書は全巻持ってます。
人生の最後が近付いて身辺整理をする時が来ても、この一揃いだけは身近に置いておきたいな、と思います。
大岡信さんの友人・谷川俊太郎さんが朝日新聞に寄せた追悼の詩が、とても瑞々しく美しかったです。

 本当はヒトの言葉で君を送りたくない
 砂浜に寄せては返す波音で
 風にそよぐ木々の葉音で
 君を送りたい

 声と文字に別れを告げて
 君はあっさりと意味を後にした
 朝露と腐葉土と星々と月の
 ヒトの言葉よりも豊かな無言

 今朝のこの青空の下で君を送ろう
 散り初める桜の花びらとともに
 褪せない少女の記憶とともに

 君を春の寝床に誘うものに
 その名を知らずに
 安んじて君を託そう

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by bowww | 2017-04-22 00:50 | 身辺雑記 | Comments(0)

漂流郵便局

高校時代からの一番の友人とは、今も手紙のやり取りをしています。
高校生の頃は、ありったけ一緒に遊んだ上にまだ喋り足りなくて、ほぼ毎日、手紙を交換していました。
今の子供たちなら、LINEでしょうか?
(ちなみに、私自身は未だに、LINEもその他のSNSも使いこなせないアナログ人間。。)
友人は絵が上手でセンスが良いので、いつも思わずニンマリしちゃうようなイラスト入りの手紙が届きます。
一方の私は絵心もセンスも皆無。でも、話したいことはあの頃とほとんど変わりないので、字ばっかりのボテボテ分厚い手紙を送りつけるのです。
(ブログも、やたらめったら長いですよね。。)
嫌がらずに読んでくれる、友人の変わらぬ優しさに感謝です。
「清明〜その2〜」の写真に写っているペーパーナイフは、その友人と鎌倉旅行に行った折、アンティーク屋さんで見つけたもの。
高校生にとっては高価な買い物でしたが、刃の表面の素朴で美しい細工に一目惚れしてしまったのです。
宝物の一つです。

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斎藤史の短歌が心に引っかかっていて、それから作り話が書けないかな、と考えていたところ、ネットのニュースで「漂流郵便局」の話題を目にしました。
瀬戸内海・粟島漂流郵便局。
届く筈のない相手への手紙を、代わりに預かってくれる郵便局。
もともとは、瀬戸内国際美術祭で現代アーティストの女性が作品として立ち上げたプロジェクトでしたが、反響が大きかったことと、「臨時局長」を任命された男性が受け継ぎたいと申し出たことで、今でも手紙を受け付けているそうです。
自分で書くとしたら、誰宛てにしよう。
私を可愛がってくれた祖父母や伯父伯母に、「お元気ですか」と送ってみたい。
昔お付き合いした方々には……いや、まぁ、特に言いたいことはないな。
…なんて、ちょっと楽しく想像しました。

昨年のちょうど今日、大切な方が亡くなりました。
その方へ手紙を…と思いかけたのですが、なんだかちょっと違う。
郵便局に預かってもらうだけじゃ、駄目なんです。
お返事はなくてもいいから、絶対確実に届いてほしい。
心から感謝していて、それを直接お伝えする術がなくて、一年たった今も途方に暮れているんだということを、どうにか伝えたい。
そんなことを思っていたら、「春風郵便局のハルばあさん」の話ができました。
残されたご家族の元へ、優しい花の風の便りが届くといいなと祈っています。

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急に暖かくなって、桜の蕾が一気にぷぅぅっと膨れています。
お花見の予定が狂ってしまう!
春はとにかく、気もそぞろです。



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by bowww | 2017-04-06 12:03 | 身辺雑記 | Comments(0)

磨いて待たう(清明)〜その1〜

 町外れの、もう廃止されたはずの簡易郵便局の屋根に、古ぼけた風見鶏が取り付けられました。
 日光や雨風に晒された看板が戸口に立てかけられ、近付いてよくよく見れば『春風郵便局』と読めます。
 町の人たちは慣れたもので、看板をちらりと横目で見ては「ああ、今年もそんな季節だね」と言うのです。
 春だけ開かれる郵便局の局長はハルばあさん。
 本名なのか郵便局の名前から取った愛称なのか、誰も知りません。
 頭のてっぺんで丸めた髪は真っ白で、腰はすっかり曲がっています。
 お客さんがやってくると、大きな目をぎょろりとさせます。
 小さな子供たちが初めてハルばあさんを見ると、お伽噺に出てくる魔女を思い出して泣き出しそうになります。
 それでも、期間限定の春風郵便局にはお客さんが絶えません。
 実はこの郵便局には、伝えたい想いを絶対確実に相手に届けてくれる葉書があるのです。
 想いを書き留めた葉書は、風が運んでくれます。
「春は四方八方から風が吹くからね。好都合ってことさ」
 だから、春風郵便局。
「葉書に書けるのはカタカナ十文字まで。それ以上だと重たくなって、風じゃ運びきれないよ」
 その葉書が一枚千円。
 ボロ儲けじゃないかと陰口を叩く人もいましたが、ハルばあさんは気にしません。
「春は短いんだ。稼がないとね」
 にやりと笑います。
 なるほど、魔女そっくりです。

 高校二年生の陽菜(ひな)ちゃんは、埃っぽい南風が吹く朝、郵便局にやってきました。
 頬を真っ赤に染めて、緊張した様子で千円札を取り出します。
 ハルばあさんは「ほいほい」と葉書を一枚、陽菜ちゃんに渡しました。
「そこにある色鉛筆でね。カタカナ十文字までだよ」
 陽菜ちゃんは少し迷って水色の鉛筆を手に取ると、より一層、頬を赤くしました。
 葉書の隅っこに小さな字で
『ズット ダイスキデシタ』と書き記しました。
 卒業して遠くの大学へ行ってしまう先輩宛てです。
「…お願いします」
「ほいほい。確かにお預かり」
 ハルばあさんは葉書をエプロンのポケットに仕舞いました。
 陽菜ちゃんは気が気ではありません。
「あの…本当に届くんでしょうか?」
 ハルばあさんは、じろりと陽菜ちゃんの顔を見返します。
「南風は昼近くなればもっと強くなるのさ。もうちょっとお待ち」
 陽菜ちゃんは黙るしかありません。
「先輩って人は男前かい?」
 陽菜ちゃんは、こくりと頷きます。
「ふぅん。さてはスポーツができて優しくて、皆の人気者だろ?」
 陽菜ちゃんは項垂れてしまいました。
 私なんか、先輩に釣り合うわけがない。告白なんて、とんでもない。
 だからせめて、好きだったとだけ伝えたい。
「でもねぇ、そんな人気者なら、届いた『ダイスキデシタ』は誰からのか分からないんじゃないのかい?」
 ハルばあさんは表に出て、風見鶏を見上げました。
「うん、こんなもんだね」と呟くと、ポケットから取り出した葉書を、ツイッと放り上げます。
 一際強く吹いた風が、白い葉書をひらりと攫っていきました。
 陽菜ちゃんも空を見上げます。
「ほら!ぼーっとしてない!命短し恋せよ乙女!」
 ハルばあさんが陽菜ちゃんのお尻を叩きました。
 陽菜ちゃんは、なんだか分からないまま駆け出しました。
 今ならまだ、先輩は駅に居るはずです。
 
 史郎さんが春風郵便局に飛び込んだのは、北風が吹きつける午後でした。
 冬に戻ったような寒さです。
「葉書一枚!」
 史郎さんは、カウンターにバンッと千円札を叩き付けました。
 ハルばあさんがじろりと史郎さんを見上げます。
 葉書を「ほれ」と渡しました。
 史郎さんは黒鉛筆で、ぐいぐいと書き始めました。
 どうやら職場の課長宛てのようです。
『クソッタレ シン…』
「お前さん、人を呪わば…って言葉知ってるかい?ほどほどにしとくこった」
 史郎さんはハルばあさんを睨みつけました。
 …が、眼力でハルばあさんに勝てるわけがありません。
 苛立たしげに、書きかけた後ろ半分に線を引くと、『ハゲチマエ』と書き直しました。
 ハルばあさんは、「やれやれ…。まぁ、仕方がないね、お預かり」と葉書を受け取りました。
 吹き荒れる北風は、ハルばあさんの手から葉書をもぎ取っていきました。
「で、お前さんの上司は禿げそうなのかい?」
「…てっぺんが結構、やばいです」
 課長はトイレの鏡の前で、時々、不安そうに髪を撫で付けています。
 その貴重な髪がゾクゾクと抜け始めたら、さぞかし慌てふためくだろうと想像すると、史郎さんの気持ちは少し晴れました。
「それにしても、そんなに嫌いな奴の下で働いてると、今にかお前さんも禿げそうだね」
 史郎さんは、思わず自分の頭を撫で付けました。


【…続きます】

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長くなりました。まだ半分。
残りは明日、更新します。
そして写真は、その場しのぎで昨年の桜です。手抜きでごめんなさい。
本当はまだ、蕾の状態です。今年は少し遅そうです。
それにしても、咲きたてほやほやのソメイヨシノは、こんなにもピンクが濃いんですよね。


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by bowww | 2017-04-04 11:47 | 身辺雑記 | Comments(0)

ねびまさりけり(春分)

 高校に入って一年、樹(たつき)が平井君也と話したのは二、三度しかない。
 それでも、ほかの同級生に比べれば多い方らしい。大半は挨拶を交わす程度だという。
「そんなわけで中川、プリント類を自宅に届けてやってくれ」
 三学期の終業式の後、樹は担任の先生に紙の束を渡された。
 学級委員として、ついでに平井の様子を見てきてほしいと注文もついた。
「俺、そんな親しいわけじゃないんですから」 
 平井は不登校でも引きこもりでもない。休みがちとはいえ、成績は申し分ない。
 樹が見ている限り、いじめられている様子もない。
「教師より、同級生の気軽な声掛けの方がいいんだよ。気持ちが萎えたまま長い休みに入ると、そのまま学校に出てこられなくなる生徒って結構いるんだ。
 中川だって同級生のことは気になるだろ?」
 平井の家は近くまで行けばすぐに分かると、担任は地図を書き示しながら言葉を継いだ。
「ほい、電車賃とお駄賃」
 小銭とコロッケパンを渡されて、樹は渋々と頷いた。

 毎日乗り降りする駅を通り越して、四つ目の駅で降りる。
 樹の家や高校がある街よりも、山が近く空が狭い。
 手書きの地図に従って駅の西口に出て少し歩く。
 郵便局の角を左に曲がれば、「黒い板塀」が見えるはずだ。
 分からなければ、この郵便局で訊ねてみようと思いながら、樹は角を曲がった。
 右手に、確かに墨色の板塀がある。それが延々と続いている。
(まさか、あの一角全部が平井の家?)
 樹は半信半疑で塀に沿って歩き、入り口を探す。
 もう一度角を曲がったところで、ようやく「平井」の表札を見つけた。
 もちろん門はぴちりと閉まって、中の様子は分からない。
 樹は怖々とインターフォンのボタンを押した。
「はい、どちら様でしょうか」
 女の人のきれいな声がした。
「あの、君也さんの同級生の中川といいます。届け物があって…」
 緊張で声が裏返る。
「ああ、君也のお友達!すぐに開けますね。そのまま玄関までいらしてくださいな」
 門扉がギギッと軋んで内側に開いた。

 門から玄関まで、どれぐらいあるのだろう。
 大きく枝を広げた松の下をくぐり、しっとりと濡れた飛び石を踏む。
 花の香りに誘われて目を上げて、樹は首を傾げた。
 玄関へと続く小道の左側には、京都の寺のような日本庭園が広がっている。
 ところが右手の奥には、今は枝だけの薔薇のアーチが見え、ヒヤシンスやクロッカスが花畑を作っている。
 どちらも丁寧に手入れがされているものの、和洋折衷というにはあまりにもバラバラだ。
 そして、どこかに沈丁花の大木もあるらしい。
 甘い香りは歩くにつれていよいよ濃くなり、噎せ返りそうになった樹は思わず目を閉じた。
 どん!
 肩に何か、誰かがぶつかった。
「ごめんなさい!」
 咄嗟に謝って目を開ける。
 女の人が立っていた。
 薄紫の着物に銀糸の刺繍。銀鼠の帯に茄子紺色の帯締め。帯留め代わりのアメジストのブローチ。
 黒い髪を艶やかに結い上げて、驚くほど赤い口紅がよく似合う。
 樹は言葉をなくして女の人を見つめた。
 平井のお母さんだろうか。
「中川さん?」
 向こうから、樹を呼ぶ声がした。
 女の人はにっこり笑って会釈すると、樹とすれ違った。
 濃い花の香りも通り過ぎる。

 玄関先で待っていたのが平井のお母さんだった。
 樹はプリント類だけ渡して帰ろうとしたが、「せめてお茶でも」と引き止められた。
 通された座敷には、豪華な雛壇が二組、飾られていた。
 君也と差し向かいに座った樹は落ち着かないまま、出されたお茶を飲み干した。
 普段から付き合いがないのだから、話などすぐに途絶えてしまう。
 君也は話が尽きても、穏やかにニコニコ笑っている。
 夕暮れにはまだ間があるはずなのに、日が陰ってきたせいか広い座敷は仄暗い。
 お母さんがやってきて、「お雛様も見てやってくださいね」と雪洞に灯を灯した。
 途端に人形たちに生気が宿ったような気がして、樹はますます居心地が悪くなる。
「…見事なお雛様だよね、平井はお姉さんか妹さんがいるんだっけ?」
「ううん。僕は一人っ子なんだ。これは母と祖母のもの」
 言われてみれば、それぞれ相応に古びている。
「お姉さん、いないの?」
 樹は先ほど庭ですれ違った女の人を思い浮かべ、重ねて訊ねた。
「うん。父は滅多に家にいないから、母と祖母と僕の三人だけ。
 普段から『男一人』で分が悪いんだけど、雛人形が出ている間は完全に孤立無援。囲まれて、なんだか息苦しいぐらいだよ」
 君也は笑顔のまま答えた。
 樹は、君也の後ろに控える男雛の面差しが、君也とよく似ていることに気がついた。

 玄関の戸が開く音がした。
「ただいま」
「あ、おばあちゃんが帰ってきた」
 微かな衣擦れの音と足音が、座敷に近づいて来る。
「おばあちゃん、こちら僕の同級生の中川樹君」
 樹は挨拶しようと頭を下げたが、喉がひりついて声が出ない。
 視界の隅に、真っ白い足袋と薄紫の着物の裾が見える。
 声が出ない。
「あら、さきほどは…」
 沈丁花の香りが、樹を包んだ。


  綿とりてねびまさりけり雛の顔  宝井其角
  春の闇幼きおそれふと復(かへ)る  中村草田男
  沈丁花その存在を闇に置く  稲畑汀子

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都心ではそろそろ桜が開花するかどうかというタイミングですから、お雛様の話題はちょっと時期外れかも知れませんね。
私の住む辺りは月遅れの雛祭りですので、ご勘弁ください。
我が家のお雛様、「お前さん、まだ居たのかい?」と呆れ顔です。
毎年毎年ご期待に添えず申し訳ない…と思いながら、お詫びにチューリップを飾りました。
 
穏やかな暖かな三連休になりましたね。
空は春霞、山々のシルエットが淡く溶けてしまいそうです。
ところが明日は雪の予報。
冬はまだまだ、グズグズ駄々をこねる気のようです。
 

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by bowww | 2017-03-20 11:04 | 身辺雑記 | Comments(2)

仰ぎ癖(啓蟄)

 できたばかりの老人福祉センターは、陽射しがたっぷり入る明るい雰囲気の建物だった。
 昼間のこの時間帯は、デイサービスを利用する比較的元気なお年寄りが多い。
 スタッフにも余裕があるようで、こちらの問いかけにも快く応じてもらえた。
 地元の市役所に勤めて十年、昨年から市の広報作りを担当している。
 市からのお知らせや市議会の議題、市が主催したイベントなどを数ページの冊子にまとめて、二ヶ月に一度発行する。
 新しい施設を紹介するコーナーで、こちらのセンターを取り上げることになった。
「できれば利用者さんのお話も伺いたいのですが、可能でしょうか?」
 一通り施設の説明を受けた後、ベテランといった風情の女性スタッフに訊ねてみた。
「それなら、斉木さんがいいかな」
 彼女は、近くを通りかかった男性スタッフを呼び止める。
「斉木さんなら、庭にいらっしゃいましたよ」
「そう、ありがと」
 中庭が見える窓際へ案内された。
 焦げ茶色のカーディガンに紺色のジャージのパンツを履いた男性が、木の下に佇んでいる。
「あちらが斉木さん。今日は体調が良さそうだから、きっとお話できると思いますよ。
 元々、学校の先生だったせいか、しっかりしたおじいさんなの」
 昼食の用意があるからと足早に去っていく女性に頭を下げて、再び庭に目を遣る。
 斉木さんは左足が不自由らしい。杖で半身を支えている。
 もつれる足がもどかしいのか、右足をせかせかと動かし右腕を大きく振ってバランスをとっている。
「斉木先生…」
 あのせっかちな動き方は、中学生時代に毎日見ていた。

 学校に行くのが嫌いだった。
 私は成績こそ良かったものの、引っ込み思案でクラスになかなか馴染まなかった。
 いじめられていたわけではないが、女子特有のグループごっこが苦手だった。
 担任だった斉木先生は五十代で、熱心な教師として保護者や同僚からの信頼が厚かった。
 確かに、斉木先生は熱心だった。
 クラスは皆、互いに助け合い切磋琢磨し団結しなければならない。
 落ちこぼれは出さない、決して見捨てない。
 もちろん、校則は厳守。
 そんな先生だったから、私のような生徒は見逃せなかったのだろう。
 何かと声を掛けてくれたのだが、私は先生が目の前に立つ度に目を伏せた。
 二年生の春、突然、クラス委員長に指名された。
 必死で無理だと訴えたのだが、
「河瀬ならできる。自分を変えるチャンスだ」と取り合ってもらえなかった。
 結果、惨敗。
 私のか細い声は、ワイワイと騒がしい教室の中では掻き消えてしまう。
 おどおどとした態度が苛立たしいのか、クラスメイトたちは途端に意地悪になった。
 誰も私の話を聞いてくれない。助けてくれない。
 夏頃には、クラスはすっかりまとまりを欠いてしまった。
 私は学校を休みがちになった。
 家庭訪問に来た斉木先生は無理しなくていいと言いながら、去り際に、
「河瀬はもっと仲間を信じないと。いつまでもこのままだぞ」という言葉を残していった。

 庭に出て、斉木さんの側に行く。
「失礼します、市の職員の者ですが、少しだけお話よろしいですか?」
 振り向いた斉木さんの顔には、特に何の表情も浮かばない。
「こちらのセンターの印象を教えていただけますか?市の広報で紹介させて頂くんです」
 ああ…と唸るように返事をする。
「みんな優しくて明るい。良くしてもらってありがたいよ」
 少し言葉が不明瞭で聴き取りづらい。病気の影響だろうか。
「ありがとうございます。お名前とお年はお聞きしてもよろしいでしょうか」
 斉木さんは右手を大きく横に振った。
「いいいい。名前はいい」
 ぐらりと体が傾ぐ。
 とっさに支えた。
 斉木さんは思っていたよりずっと小柄だった。
 すぐに体勢を立て直すと、斉木さんは頭の上の梢を指差した。
「もうすぐ咲く」
 見れば紅梅の蕾が膨らみ始めている。
 堂々と枝を張った古木にあらためて見入った。
「立派な木ですね」
 斉木さんは、うんうんと満足そうに頷いた。

 出来上がった広報を持って、お礼を兼ねてセンターを再訪した。
 先日お世話になったスタッフに声を掛けると、彼女は窓際で私を手招いた。
「ほら、梅が咲いたんですよ」
 春の光を受けて紅梅が満開になっていた。
「斉木さんが、『河瀬さんが来たら教えてやってくれ』と言ってたの」
「…私の名前…」
 きっと私のことは忘れたか思い出せないかだろうと、先日はあえて名乗らなかった。
 斉木さんも何も聞かなかったのに。
「ええ、ちゃんと『河瀬さん』て仰ってましたよ」
 聞けばあの梅の木は、斉木さんが寄贈したものだという。
 自宅で育てた木だが、手入れも行き届かなくなったから、と。
「移したばかりのせいか、なかなか蕾が開かなくてね、今年は咲かないかしらと皆で話していたら、斉木さんが『時機がくれば咲く。焦らなくていいんだ』って」 
 
 梅の木の下に立ち、梢を見上げる。
 柔らかな香りに包まれる。
 斉木先生は、梅がほころぶ前に亡くなったと聞いた。


   青天に紅梅晩年の仰ぎ癖(ぐせ)  西東三鬼


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仰ぎ見るのは、紅梅ではないのですが…。

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by bowww | 2017-03-05 11:13 | 身辺雑記 | Comments(0)

持重りする柔らかさ(雨水)

 店に入るまでは、一つずつ、と決めていたのに。
 頬っぺたが苺大福のような女の子が、ニコニコしながら注文を待っている。
「…あら、うぐいす餅も出たのね」
「はい、さきほど本店から届いたばかりですから、特に柔らかいんですよ」
 受け答えが明るくて気持ちいい。
「…じゃあ、桜餅と草餅、うぐいす餅を二つずつ…」
 ガラスケースから目を上げて、女の子の顔を見て、
「苺大福も…」という言葉はやっと飲み込んだ。

 一人暮らしなのに、「一つだけ、お願い」がなかなか出来ない。
 一つだけ包んでもらうのが申し訳ない気がするし、寂しい人と思われるのが嫌だという見栄も、多少あるのかもしれない。
 餅菓子の包みは、見た目よりも重いし傾けられないから、意外と気を使う小荷物だ。
 バスに乗り込み、膝の上に包みを置く。
 包装紙越しに、桜の葉がふわんと香った。
 バスの中は暖房が効いて暖かい。数少ない乗客は皆、私と同じような年寄りばかりだから静かなものだ。
 つい、うとうととしかけて目を覚ます。
 気がつくと、隣の席に誰かが腰掛けていた。
 そっと隣を窺うと、むき出しの膝小僧が見える。
 年がら年中日に焼けて、擦り傷切り傷かさぶたが絶えない膝小僧だ。
 こんなたくましい膝は、今時なかなかお目にかかれない。
 その上に、握った手をちょこんと乗せて、男の子はおとなしく座っている。
 小学校の五年生ぐらいだろうか。
 停留所でバスが止まり、開いたドアから冷たい風が吹き込んだ。
 桜餅の葉が、再び香る。
 ぐうぅぅう…!
 びっくりするほど大きな音で、男の子のお腹が鳴った。
 思わず、隣を覗き込む。
 男の子は顔を真っ赤にして俯いている。
 桜餅の匂いに釣られてしまったらしい。
 だとしたら、私にも責任がある。
「あのね、ちょっと助けてもらえないかしら」
 私は男の子に声を掛けながら、包みを手早く開いた。
「私ね、帰っても一人なのに、こんなに沢山、お菓子買っちゃったの。
 半分、もらってもらうとすごく助かるんだけど…」
 私の膝の上で、薄いビニールフィルムにくるまった桜餅、草餅、うぐいす餅が行儀良く並んでいる。
 私はハンカチを取り出した。出掛けにアイロンをかけておいて良かった。
 男の子はまん丸な目で私を見た。
「…いいの?」
「うん。人助けだと思って。それとも、こういうお菓子は嫌いかな?」
 ぶんぶんと頭を横に振る。
 日向の匂いがした。
「…妹が、桜餅食べたいって言ってた」
「それなら良かった」
 私が降りる停留所が近い。大急ぎでハンカチに三つ、餅菓子をくるむ。
 アナウンスが停留所の名前を告げる。
 慌てて降車ボタンを押してから、男の子の膝にハンカチの包みを置いた。
「妹さんと仲良く食べてね」
「はい。ありがとうございます!」
 席を立つ私に、男の子は嬉しそうに頭を下げた。
 ハンカチの包みを、両手で抱えている。

 家に戻って、熱いほうじ茶を淹れる。
 桜餅を食べる。葉っぱもむしゃむしゃ食べる。
 湯呑みや皿を洗った後も、指先に桜の葉の香りが残っている。
 ちょっと愉しくなって指をくんくん嗅いでいるときに、唐突に思い出した。
「お兄ちゃん…」
 昔々、私はよく熱を出して寝込む子供だった。
 あの日もたぶん、風邪をひいて寝ていたのだと思う。
 五つ年上の兄が、そっと部屋に入ってきて枕元に座った。
 神妙に正座している。
「桜と草とウグイス、どれがいい?」
 熱でぼんやりした頭では、何を言われているのかさっぱり分からない。
 腫れぼったい瞼をこじ開けると、得意げな兄の顔が見えた。
「やっぱり桜だよな?俺はウグイス!」
 私に見えるように、枕元で包みを解く。
 開いたハンカチの上に、桜餅、草餅、うぐいす餅が行儀良く並んでいた。

「それで、草餅はどうしたんだっけ?」
 半分こ、したんだっけ?
 もう居ない兄に、胸の中で呼びかけてみる。

 
鶯餅の持重りする柔らかさ 篠原温亭

 
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我が家はやたら風通しが良い土地に建っています。
夜、気持ちよく眠っていると、「ドンッ!ミシミシッ!」という音で目が覚めます。
南風が全力で体当たりしてくる音です。
お願い、安普請なんだから、もう少し手加減して。。
一昨夜のこの南風が、春一番、になるのでしょうか。
暦に合わせたように、昨日は雨が降りました。
ただ、雪ではないとはいえ、冷たい雨です。
春一番が吹いた後は、「必ず、絶対、確実に」寒くなりますよ、と何人もの気象予報士さんが言ってました。
最近は天気予報だけでなく、気象の仕組みを分かりやすく解説してくれるのでありがたいですね。
解説の通り、本当に今日は冬に逆戻りの寒さです。

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写真は二枚とも、一昨日、家の近くをフラフラ歩いて撮ってきたものです。
薄氷(うすらい)などという儚げな氷ではありません。日が当たらない場所はがっつり凍りついたままです。
一方で、南向きの土手の斜面には、柔らかい草が萌え始めています。
冬と春を行ったり来たり。
当分は、冬が優勢、でしょうか。

 
 

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by bowww | 2017-02-18 10:52 | 身辺雑記 | Comments(2)

二月の桜の木(立春)

 煙草の巻き紙が焼けて、チリリと音がする。
 風に煽られないようにと覆った手の内を、ライターの炎が照らす。
 あんな小さな火に縋りついているみたいだと、女は思った。
 煙草を吸う男の肩と背中が丸い。
 三年前は、もっと角ばっていた気がする。
「じゃあね」
 男は驚いたように女の顔を見る。
 女はにっこり笑って手を振った。

 思っていたよりさっぱりしたものだと思う。
 別れ話らしい話もしないまま、もう会わないと決めた。
 こちらが連絡しなければ、きっとこのままになる。
 男はいつも、何も決めない。
 主導権を握っているのは自分だと思っていたが、案外、都合良く扱われていたのはこちらの方だったのか。
 男を狡いと決めつけるのは容易いが、それはフェアではない。
 ぐるぐるとそんな自問自答を繰り返す時点で、終わっていたのだと女は思い定める。

 駅へ向かう。
 帰宅途中の人の流れに逆らって、いつもより大股で歩く。
 ここの商店街の総菜屋でコロッケを買って、駅前のコンビニで缶ビールを買って、小さな公園のベンチで花見をした。
 女の足が止まる。
 コンビニの前だった。
 そのまま店に入り、甘ったるいミルクティーを買った。
 店を出て少し歩き、公園の前で再び立ち止まる。
 日没直後、夜が来る手前の薄青い闇が辺りを包んでいた。
 女は冷えきったベンチに座った。
 あの日満開だった桜の木の梢は、藍色の空に細々とした枝を広げ身震いしている。
 風が冷たい。
 まだ温かいミルクティーの缶を握り締める。

「ごめん!マジでごめん!もうしない、しません!ほんっとにごめんなさい」
 突然響いた声に驚き、女は声の主を探した。
 桜の木の下、高校生らしき男の子が携帯電話で誰かと話している。
 相手は彼女なのか友達なのか、内容までは聴き取れないものの、懸命な様子は離れていても分かった。
 やがて声の調子は嬉しそうに変わって、どうやら思いは伝わったらしい。
「…良かったぁ、電話出てくれて。超嬉しい、マジで」
 やはり彼女だろうか。
 女は思わず笑みをこぼす。
 冷めかけたミルクティーを飲み干し、甘ったるさに顔をしかめながら立ち上がった。
 今度は男の子が、びっくりした顔で女の方を見た。
 ちょうど瞬きする時間ぐらい余分に、女は彼の顔を見返した。

 女は再び、大股で歩き出す。
 強い向かい風が、髪にまとわりつく煙草の匂いを吹き飛ばしてくれる。
 この街へは、多分もう来ない。


   少年がもたれ二月の桜の木   坪内稔典


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少しずつ少しずつ、日が長くなっています。
「日脚伸ぶ」という言葉がぴったりくるのは、まだ先になりそうですが、日向の暖かさがしみじとありがたい季節です。
立春。
「春」ということばがちらつくだけで嬉しくなります。
実際はまだまだ凍えるほど寒かったり、雪が降ったり(それも春が近づくほどドッサリ重たい大雪)する季節なのですが…。

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写真は、私が尊敬する一本桜の枝先です。
厳しい余寒を乗り越えるため、まだキュッと堅く閉じています。
木全体がほんのり紅色を帯びてくるのは、一ヶ月ほど後でしょうか。
老いて罅割れた太い幹の奥では、きっと着々と春の準備が進んでいるはず。
今年も見事な花を見せてもらえますように。



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by bowww | 2017-02-04 22:48 | 身辺雑記 | Comments(0)