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白萩や(秋分)

 実家に寄ったのは、母の三回忌以来だから二年ぶりになる。
 予め言っておいたのに、訪ねてみれば兄は外出中で、兄嫁の和子さんが出迎えてくれた。
「すぐに戻るから」とダイニングに通される。
 広々と明るいダイニングキッチンに、座り心地の好いソファ。
 空色の皿に、和子さんが焼いたパウンドケーキが一切れ。揃いの空色のティーカップには、淹れたてのコーヒー。
 いつ来ても掃除が行き届き、部屋の片隅には小さな花が飾られている。
 母の介護中でも、家の中はこざっぱりと片付いていた。
 パート勤務とはいえ和子さんも働いているのに、家事や介護の手を抜くことはなかった。
 母が歩けなくなってからは、娘の私でさえ手出し口出しする必要がないほど、こまやかに面倒をみてくれた。
 感謝してもしきれないと思っている。
 ケーキを食べながら、窓の外を眺める。
 小さな庭もきれいに手入れがされていて、色づき始めた庭木が美しい。
 昔はあの辺りに大きな柿の木があって、この季節になると渋い実を鈴生りにつけた。
 台所は狭くて、冬は寒く夏は西日が射し込んだ。
 いつも何やらごちゃごちゃ物があって、母はいつもバタバタ忙しそうだった。
 溢れ出しそうになる思い出を、コーヒーと一緒に飲み込む。

 和子さんは美人で優しく気が利くと、結婚した当時でさえ周りから「今時珍しい」出来たお嫁さんと褒められた。
 兄は子供が生まれたのを機に実家を改築した。
 古くて隙間風でがたつく家は、明るく清潔に生まれ変わった。キッチンは使い勝手が良くなり、訪ねれば、和子さんの凝った手料理が振る舞われた。
「母さん、出番ないわぁ」
 そう言って母は、私たちの家に来てはあれこれと世話を焼いた。
「あれだけ完璧なお嫁さんだと、嫁いびりする隙もないでしょ?」
 私の冗談に、母は真顔で
「そんなことしたら罰が当たるわ」と答えた。
 本当に良くやってくれるもの、と続けた母の横顔を今でも思い出す。

 兄は帰って来ない。
 互いの子供たちの近況、自分の体の調子と健康情報の噂、夫への愚痴を一通り話し終えると、和子さんと私の間の話題は尽きてしまった。
 特別な用事があったわけではない、お彼岸が近いから両親の仏壇に挨拶に来たようなものだ。
 またお邪魔するからと腰を上げた。
「これ、作ってみたの。食べてみて」
 帰りしな、和子さんは小さな重箱を持たせてくれた。
 見た目より持ち重りがする。
「おはぎ。お母さん直伝なんだけど、どうしても上手に作れなくて、毎年挑戦してるのよ」
 目尻に深い皺を寄せて、和子さんは微笑んだ。

 玄関を出ると、生け垣の萩が風に煽られて花を散らした。
「萩は枝が伸びるから、手入れが厄介でしょ?」
「ううん、ほったらかしよ。私も好きな花だからいいの」
 家に着いて、着替えて湯を沸かす。
 ガスコンロの青い炎をぼんやり眺めていて思い出した。
 母は、萩の花が好きだと言っていた。
 あの生け垣は昔からあったのか、それとも和子さんが育ててくれたのか、私には思い出せない。
 考えてみれば、私が母と暮らした時間より、和子さんが母と過ごした時間の方が長いのだ。
 お湯が沸いた。
 熱い焙じ茶を淹れて、重箱の蓋を開ける
 ごつごつした小豆の餡をまとったおはぎが、ぎゅぎゅっと不格好に詰まっている。
 何とか一つだけ引っ張り出して、齧りつく。
 美味しい。
 けれど、これが母の味かどうか、私はとうに忘れてしまった。
 今度は和子さんに会いに、実家に行こうと思う。


  白萩や母なき里の遠くなり


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…白萩の写真が撮れず、その対極にあるような深紅のケイトウ…。

白萩の句は、実はラジオで聞いただけなので、どなたの作品なのか分からないのです。
昨年、NHKラジオの「文芸選評」という番組を聞くともなく聞いていたとき、入選したこの句がとても心に残りました。
車の運転中だったため、作者のお名前を聞きそびれ、メモも取れずにうろ覚えです。
満開の白萩とそれを眺める人(作者は女性でした)の品のある佇まいや、清々しいような寂しさまで想像できて、佳い句だなぁと思います。
こんな俳句が詠めたら、嬉しいでしょうね。

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雨が降るごとに気温が下がって、秋がぐっと深まります。
お天気もようやく安定してきたでしょうか。
日没直後、たなびく雲が金色に輝く龍のようで、色褪せるまでぼんやり眺めていました。
瑞兆…ではなかったようですけど(特に良いことは起こりませんでした…)。
自分が住んでいる場所を、春夏秋冬、「良い所だなぁ」と思えるのは、本当にありがたいことだと思います。

 


by bowww | 2017-09-23 16:23 | 作り話


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