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金糸雀(白露)

 よりにもよって、王様の目の前で。
 歌姫の声は、ぴたりと止まってしまったのです。

 貧しい村で生まれた少女は、言葉を覚えるよりも先に歌を歌いました。
 母親の子守り唄も、村の年寄りたちが口ずさむ古い歌も、一度聞けばすぐに覚えました。
 小鳥たちの鳴き声も、そっくりそのまま真似ました。
 もっと、もっと歌いたい。
 耳に入る歌だけでは飽き足らず、やがて少女は自分の中から音を汲み出し、歌にしたのです。
 少女の周りにはいつも人が集まりました。
 喜びの歌、悲しみの歌、鼓舞する歌、鎮める歌。
 思わず踊り出す人、涙を流す人、胸を張って再び歩き始める人、拳をそっと背中の後ろに隠す人。
 少女の歌は、人々の心を映して自在に響きました。

 評判は瞬く間に広がります。
 少女の父親は、彼女の歌がお金になることに気づきました。
 村を出て街へ、もっと大きな街へ。
 人が増えるほど評判は高まり、お金もたくさん入ってきます。
 父親は少女に、お金を取らずに歌うことを禁じました。
「商売道具を安売りしちゃいけない」
 惜しみなく払ってくれる金持ちにだけ聞かせればいいのです。
 身分のある人たちの前に立つ度に、歌声は美しく洗練されていきました。
 でも、少女の心は次第に、カサカサと乾燥していったのです。

 小さな歌姫の評判は、とうとう王宮にまで届きました。
 王様のお誕生日を祝う宴に呼ばれたのです。
 有頂天になる父親に、歌姫は言いました。
「なんだか声が掠れ気味なの」
 父親は、喉に良い薬草をたっぷり入れた蜂蜜を娘に飲ませました。
「頭が痛くて、歌の言葉を忘れそう」
 父親は楽団に、もしもの時は楽器の音を大きくして凌ぐように言い含めました。
「王様の宴にふさわしい衣装が…」
 父親は、それはそれは美しいドレスと靴、髪飾りを用意しました。
 それだけのお金は、もう持っていたのです。
 歌姫は気が進まないまま、王宮へ赴きました。
 きらびやかな宮殿の豪奢な宴。
 歌姫は王様の前に呼び出されました。
 評判の歌姫に、大勢の視線が集まります。
 お祝いの歌を。
 楽団の演奏に合わせて、美しい声が流れ出すはずでした。
 歌姫の口が、ぽっかりと開きました。
 楽器の音だけが、飾り立てた広間に虚しく響きました。

 王様の前での大失態で、歌姫の評判は地に落ちました。
 歌を失くした歌姫は、みすぼらしい少女に戻りました。
 どんなに歌おうと思っても、耳を澄ませても、旋律も言葉も出てきません。
 少女は話すことさえ止めてしまいました。
 そんな少女を、母親は黙って見守り続けました。
 浅い眠りに就く娘の傍らで毎晩、小さな声で子守り唄を口ずさみました。

 ある美しい秋の朝、少女は空を見上げました。
 南へ帰るツバメが、少女の目の前で一声鳴いて宙返りしました
 少女は思わず手を差し伸べ、「チィ…」と声を返しました。
 途端に、風の音、木々の葉のざわめき、小川のせせらぎ、動物や小鳥たちの鳴き声、人々の笑い声がどっと少女を包み込みます。
 あっという間に、少女に豊かな音が沁み込み、涌き出し、満ち溢れました。
 気づけば、少女の唇から懐かしい歌が零れ出ていました。



 唄を忘れた金糸雀(カナリヤ)は
 後ろの山に棄てましょか
 いえいえ それはなりませぬ

 〜中略〜

 唄を忘れた金糸雀は
 象牙の舟に銀の櫂
 月夜の海に浮かべれば
 忘れた唄をおもいだす

   西条八十作詞

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実はこっそり、童謡唱歌が好きなのです。
(同年代の友達に、そんな人はいません…)
シンプルなメロディーと、美しい歌詞が好きなのだと思います。
「夕空晴れて秋風吹き 月影落ちて鈴虫鳴く…」
「埴生の宿も我が宿 玉の装い羨まじ…」
「更けゆく秋の夜 旅の空の 侘しき思いに一人悩む…」
などなど、秋になると口ずさむことが多くなります。
でも、私が将来、おボケおばあちゃんになっても、一緒に歌ってくれる人は居ないんだろうなぁ…と思うと、ちょっと寂しいです。


金糸雀(白露)_b0314743_04404764.jpg


「白露」とは、なんて綺麗な言葉なんだろうと毎年思います。
明日は久しぶりの青空が見られるでしょうか。



by bowww | 2017-09-07 21:50 | 作り話


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