常連客の一人である山内さんは、実はなかなかの男前だった。
うちの店に来るときはいつも、寝起きのようなボサボサ頭に無精髭(実際、起きたばかりなのだと思う)。 洗濯を繰り返して、色がすっかり抜けきったチェックのシャツに、穴が開いたジーンズ。つっかけ履き。 分厚いレンズの眼鏡に猫背、聞き取りにくい小さな声。 つまり一言でいえば、まったくもって風采が上がらない。 それがどうしたことか、今日はボーダーのTシャツにコットンジャケットなぞ羽織っている。 髪も髭もすっきり整えられ、眼鏡なんて細い鼈甲フレームだ。 「いらっしゃいませ、お一人ですか?」 山内さんと気づかず、「よそいき」の声で迎えてしまった。「どこの男前が来たかと…」と軽口を叩こうとして、山内さんのお連れさんに気づく。 なんと、女連れだったか。 ほっそりとした長い手足、背中まで伸びたさらさらの髪、水色のシャツワンピースがよく似合う、賢そうな大きな瞳と白い頬。 絵に描いたような美少女・推定十二歳。 山内さんは片手をちょっとだけ上げて、カウンターから一番遠い窓際のテーブルに着いた。 美少女は、こちらにぺこりと頭を下げて後を追った。 「そうか、綾ちゃんは知らなかったんだっけ」 カウンターに座った小田さんが、小声で教えてくれた(町会の役員を歴任した小田さんは近所の情報通だ)。 美少女は山内さんの十歳になる娘さんだそうで、名前は一花ちゃん。今はお母さんに引き取られている。離婚したのは五、六年前で、山内さんは娘さんと、三ヶ月に一度会えることになっている。養育費は…。 「なるほどなるほど。はい、コーヒーお待たせしました」 カウンター越しに、小田さんの前へカップを置く。放っておくと、山内家のすべてを語り尽くされてしまいそうだ。 カフェを開いて五年、地元のお馴染みさんも増えて、何とか続けてこられた。 ただ、私が想定していたよりも、お客さんの年齢層が高い。平日はほとんど、ご近所のお年寄りたちの寄り合い場と化している。 「この店は落ち着くんだよねぇ。なんだか懐かしい感じがしてさ」というお言葉はありがたいが、古い建物を改築して「モダンな昭和レトロ」を目指したこちらとしては、とても複雑な気持ちになる。 このままでは「懐かしの昭和遺産」だ、お客さんも含めて。 一花ちゃんは、そんな店内が珍しいらしく、きょろきょろを辺りを見回している。 山内さんは向かいの席で、知り尽くしているはずのメニュー表とにらめっこしている。 「ご注文は?ジュースもありますよ?」 気を利かせたつもりだったが、美少女は毅然と 「アイスティーで」と答えた。 「…じゃあ僕は、アメリカンで」 山内さん、うちのメニューにはアメリカンなんてありません。 とは言えないので、いつものブレンドコーヒーを持っていくことにする。 カウンターに戻り、ティーポットやカップを用意する。 読んでいた新聞を畳みながら、小田さんがクスクス笑う。 「父親はやっぱり緊張するもんかね」 「それにしても、山内さん見違えちゃいますね」 「うん、ああしてりゃあ、さすがデザイナーって思うわな」 危うく薬缶を取り落とすところだった。 デザイナー?山内さんが? 「そうだよなぁ、普段はニートか引きこもりか?って感じだもんな」 もう少し話を聞くと、どうやら山内さんは雑誌や本、カタログなどの編集デザインをしているらしい。自分で事務所を立ち上げて、若い人たちも数人働いているそうだから大したものだ。 「一花ちゃんはお母さん似だわな。奥さんって人が相当の美人でね。ただ二人とも仕事が忙しくて、すれ違いが多かったんだろうなぁ、いつだったか…」 「小田さん、コーヒーのおかわりどうぞ」 有無を言わさずコーヒーを注いでお喋りを遮る。 奥のテーブルをそっと窺えば、一花ちゃんも山内さんもそれぞれ、窓の外眺めている。 テーブルの上が、がらんと寂しい。 「もし良かったら、試食してもらえますか? 夏限定のメニューに載せようかと試作してみたんです」 一花ちゃんの前に、細長いグラスを置く。 アイスティーに、あり合わせのバニラアイスを浮かべた。 山内さんには、エスプレッソをかけたバニラアイス。 二人が揃ってスプーンを取り上げ、アイスを一掬いするのを見届けてカウンターに戻る。 アイスがなくなる頃には、ぽつん、ぽつんと言葉が行き交い始めていた。 店内に西日が入り込む。 そろそろ西側に葭簀を立てなければいけない季節だ。 「ごちそうさまでした」 山内さんがレジの前に立つ。 照れくさいのか、財布の中を覗き込むようにしてこちらを見ない。 「…アイスは…」 「お代は結構ですよ、味見してもらったんですから」 一花ちゃんはまっすぐこちらを見ている。睫毛が長い。 「あの、美味しかったです。ありがとうございました」 お父さん、見習ったらどうでしょう、このハキハキさ加減。 「でも、あのままだと見た目が殺風景だと思うんです。お店に出すなら、ミントの葉をちょっと乗せるとかした方が売れると思います」。 …的確なアドバイス、頂戴しました。 店を出る親子の背中を見送る。 一花ちゃんが、お父さんの背中をぽんぽんと払っている。ジャケットに糸くずでも付いていたらしい。 どちらが親なんだか…と可笑しくなる。 そして、実際の年齢よりも少しだけ速く大人になっていく美少女に、自分の甥っ子の姿を重ねてみた。 高校生の甥は三年生になった。毎年、夏休みにアルバイトに来てくれていたのだが、受験を控えていることだし、今年はさすがに無理だろうか。 片付けをしていると、携帯電話が鳴った。 甥のケイからだ。想うと呼び水になるのだろうか。 とにかく、夏のメニューについて相談に乗ってもらおう。 六月の氷菓一盞(いつさん)の別(わかれ)かな 中村草田男 西日に輝く麦の秋。 梅雨入り目前ですね。
by bowww
| 2017-06-05 17:24
| 作り話
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