白玉の…(白露)

「昼酒ですか?いいご身分で…」
 嫌みを不快に感じさせないのは、こいつの人柄だろう。
 勝手知ったるといった風情で上がって来ると、独り者の卓の上を覗き込む。
「肴はないんですか?酒だけじゃ毒ですよ」
「昨夜は寝てないんだ。一杯引っ掛けて眠りたい」
 頼まれた原稿の締め切りは疾(と)うに過ぎていた。
 さすがに観念して原稿用紙に向かったものの、一文字も筆が進まない。
 それでも明け方近く、物語の糸が指先を掠めた。
 藁にもすがる思いでその糸を手繰り寄せ、どうにかこうにか物語が動き始めたところだった。
「君の方こそ、昼間っからぶらぶらしてて大丈夫なのか」
「私は先生が心配で寄ったんですよ。行き詰まったまま、いつ出奔するかと気が気じゃない」
 そう言うと彼は、今度は散らかった文机を覗き込んだ。
「おや。やっと始まった」
 私は背中で彼の気配を感じながら、湯呑みに酒を注ぐ。
 紙をめくる乾いた音が聞こえる。
「…なるほど」
 カサカサと原稿用紙を束ね、トントンと整える。
 特に感想は言わない。私も聞かない。
 彼はそのまま台所に向かうと、何やらゴソゴソし始めた。
 やがて香ばしい匂いがする一皿と、湯呑みをもう一つ抱えて戻ってきた。
「先生、何を食べて息してるんです?米櫃は空っぽだし、台所中探して揚げ一枚っきりですよ」
 その残り物の揚げに味噌を塗って炙ってきたらしい。
「どれ、ご相伴」
 酒瓶を掴み、自分の湯呑みに注ぐ。
「酒だけは上等ですね、いつも」
「うるさいな、不良学生め」
 私の悪態に、機嫌の良い笑い声が返ってきた。
 畳に落ちる明るい陽射しが目に痛い。
 土間の隅で、蟋蟀が一節鳴いた。

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若山牧水は酒と旅の歌人。
…というより、どうやらお酒依存症だったようですね。
  白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かにのむべかりけり
有名なこの短歌はとても素敵ですが、
  かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
という歌を読むと、牧水の心の奥を思わずにはいられません。
暗い淵を覗き込むような独り酒です。
飲まずにはおれない人だったのでしょうね。
お酒、好きです。
若い頃は、「鉄の肝臓を持つ女」と持ち上げられ(?)、調子に乗ってよく飲みました。
年を重ねれば、当然、鉄の肝臓も錆び付きます。
今では美味しいお酒を、美味しい食べ物と、大好きな人たちと一緒に、程よく頂くときが至福です。
晩酌は日本酒。小さなグラスに一合の半分だけ、と決めて飲むのが楽しいのです。
日本酒は、春夏秋冬全国各地、みんな違ってみんな旨い。
一日の終わりに、少しのお酒で、ふんわり良い気持ちになる時間が大好きです。
9月9日は「ひやおろし」(前年の冬に醸造した後、春夏と熟成させてから出荷するお酒)の解禁日。
行きつけの酒屋さんのケースが、一気に秋めく楽しい季節です。


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田んぼが日に日に金色を増し、稲が熟れていく甘く乾いた匂いがします。
所々には、真っ白なソバ畑。小さな可愛らしい花が満開です。新蕎麦の季節はもう少し後です。
実りの秋…とはいうものの、手放しで喜べないお天気が続いていますね。
台風が次々とやってきて、東北から北海道は大変な被害が出ています。
その影響か、残暑もジメジメ続いています。
どうか穏やかな秋が、早くやってきますように。

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by bowww | 2016-09-07 11:52 | 身辺雑記 | Comments(2)
Commented by 11hiyo at 2016-09-10 20:45
書店で坂口安吾を見つけておもわず・・・
買ってしまいました。
家に帰るまでに、ああ若山牧水であったかと
後悔しました。
相変わらずそそっかしいです^^
Commented by bowww at 2016-09-11 14:43
> 11hiyoさま。

こんにちは。
無頼派の堕落論ですね♪
私は恥ずかしながら「桜の森の満開の下」しか読んでませんが…。
「依存症」は、言い過ぎであっただろうか…とちょっと反省しております。
生きることは即ち歌うことであったのだろう牧水にとって、お酒はまさに「命の水」だったのでしょうね。


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