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目にはさやかに見えねども(処暑)

パソコンのディスプレイから、ふと目を上げる。
雷?いや、花火の音?
そうだ、今夜は市街地の花火大会だった。
ブラインドを上げる。
光の玉がいくつも空に駆け上り、ふと暗闇。一瞬のちに開花。
赤、青、緑、金の光。
無造作なようでいて緻密な図形を夜空いっぱいに描いて、再び暗闇。
そこでやっと、音が追いつく。
残業の手を止めて、光と音がばらばらに届く花火を眺める。
何年もここで働いているのに、これほど街の花火が見えるとは知らなかった。
後ろで同僚が、「花火はやっぱりビール片手に見たいよな」とぼやく。
まったくだと思う。
あの花火の下では、家族連れや仲間同士、カップルが楽しげに空を見上げているのだろう。
その賑わいまでは届かない。
窓ガラスに映るオフィスには、私を含めて三人しか残っていない。
細かい作業で軋むように痛む目を、遠くの花火で休ませる。
一際大きな金色の花火が、五つ六つと続けざまに上がる。
散らかった火の粉の一つ一つが瞬くように輝いて、夜空に吸い込まれていった。
チリリ…リリリ…。
金の鈴の音が聞こえた気がした。
「一色(ひといろ)だけの花火もいいもんだな。なかなかシックだ」
窓ガラスには、私と並んで腕組みをした先輩が映っていた。
「…そうですね。今のは散り際も良かったですね」
「お、次もでかいな」
先輩は上機嫌で続ける。
「女の子はさ、浴衣で二割増し、花火を見上げる横顔で三割増し。つまり浴衣着て花火大会に行けば、合計五割増し可愛く見えるんだぞ」
「それはかなりポイント高いですね」
「だろ?お前も気になる奴がいたら、花火大会に誘え」
私はガラスに映る先輩を睨みつけた。
「…先輩を誘うつもりだったんですよ。浴衣も買っておいたのに」
先輩がちょっと俯いた。
「…悪かったな」
私の頭を軽くポンと叩いて、先輩は消えた。
死んでからも、言いたいことだけ言って去っていく。
相変わらず勝手な人だとため息をついてから、思わず笑った。

光の玉がいくつも空に駆け上り、ふと暗闇。一瞬のちに開花。
赤、青、緑、金の光。
再びの暗闇。


  死にし人別れし人や遠花火  鈴木真砂女


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半分だけ実話です。

花火大会に行ったことがありません。
人混みが苦手な両親(特に父親が短気で、混雑した場所が大嫌い)に育てられたせいか、大きなイベントや遊園地などにはほとんど行った記憶がないのです。
そのため、混雑するというだけで行く気が失せてしまう人間になってしまいました。
若いときは、多少ムチャをしても賑やかな場所に行くべきだと、今になって思います。
「花火」=打ち上げ花火は本来、秋(初秋)の季語だったようです。
一方、「手花火」は夕涼みに合わせて晩夏の季語。
でも最近は、「花火といえば夏真っ盛りでしょ!」という人も多くて、夏の季語とする歳時記も増えているとか。
季節の感じ方は移ろっていくものですよね。

  夜は秋のけしき全き花火かな  加舎白雄


夏はお盆があるせいか、亡くなった親しい人たちが特に懐かしく思い出されます。
祖父祖母伯父伯母に、お世話になった方々。
もっと優しくすれば良かった、もっと恩返しするべきだった、もっと話したかった、もっと、もっと…。
懐かしさや感謝の気持ちに、「もっと」という小さな後悔も混じります。
大切な人を大切にしよう。
年を重ねるほど、しみじみと思うようになりました。
山国の夏は、鉄鍋を空焚きするようにじりじりと暑いけれど、あっという間に過ぎ去ります。
すっかり秋の気配。
太平洋側から北海道にかけて、台風が大暴れして過ぎていきました。
どうか今年はこれ以上、大きな被害が出ませんように。


by bowww | 2016-08-23 22:52 | 身辺雑記


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