芒種

 璃子の宝物は、ディズニーランドで買ってもらったクッキーの空き缶に入っています。
 澄んだ空のような青い地に、チョコレート色のミッキーマウスのシルエットが描かれています。
 本当は、たくさんのキャラクターたちが踊っているピンクの缶が欲しかったのですが、お母さんは「青い方が断然素敵」と、きっぱり宣言したのです。
 お母さんの「断然」は絶対です。
「璃子には断然、紺色のブラウスが似合う」「お母さんは断然、モンブランが好き」「お父さんは断然、休みを取るべきです」などなど。
 「断然」が出たら、誰も敵いません。
 実際のところ、今では小学生になった璃子も、この青い缶が「大人っぽくてちょっといいかも」と思っています。
 さて、肝心な中身。
 幼稚園で一番仲が良かった珠里ちゃんからもらった手紙(「ずっと なかよしでいてね」と書いてあります)。大好きな従姉妹のお姉さんからもらった白いレースのハンカチ。去年の夏、海で拾ったピンク色の貝殻と青いガラスの欠片。くまのプーさんのレターセット、シール付き(これで珠里ちゃんに手紙を書きました)。ピアノの発表会で髪を結んだ薔薇色のシフォンのリボン。
 そして箱の隅っこには、茶色のしわくちゃな種が三つ転がっています。
 箱を動かす度にカタカタ鳴ります。
「璃子、これは何?」
 璃子と一緒に箱を覗き込んだお母さんが言いました。
「梅の種だよ。梅干しと、梅漬けの。おばあちゃん家で食べたの」
 璃子はまだ小学一年生なのに、おばあちゃんの梅干しと梅漬けが好きなのです。
 特に、甘い梅漬けは大好物です。
「…どうするの?」
「これを植木鉢に蒔いてね、梅の木にするの。
 お花が咲くでしょ?もっと大きくなれば実がなるでしょ?
 そしたら、おばあちゃんに甘い梅漬けをいっぱい作ってもらうつもりだったの」
 璃子は俯いてしまいました。
 おばあちゃんは去年の秋、お友達と行った温泉で亡くなってしまったのです。
 夏休みに会いに行ったときは、とても元気だったのに。
 お母さんは璃子の頭をそっと撫でました。
 梅干しの種では芽が出ないなんて、とても言い出せませんでした。

 璃子のお母さんの大切なものは、学生時代に鎌倉の骨董屋さんで見つけたシェーカーボックスに入っています。
 日本の曲げわっぱによく似た楕円形の木の箱は、古びて飴色になっています。
 学生にはちょっと高価でしたが、「これは断然素敵」と一目惚れして手に入れた箱です。
 さて、中身。
 ガラス細工の小鳥、プレゼントでもらったネックレスや結婚指輪(アクセサリーをいつも身につけているのは苦手なのです)、璃子が初めてプレゼントしてくれた紙のカーネーション、裏に象眼でスズランの絵が施されている小さな銀色の手鏡。
 お母さんは手鏡を取り出してため息をつきました。
 お母さんが子供の頃、お母さんのお母さん、璃子のおばあちゃんに、おねだりして譲ってもらった鏡です。
 去年の夏、璃子を連れて実家に帰ったとき、些細なことからおばあちゃんと喧嘩をしてしまいました。
 「似た者母娘」と言われる二人は、言い出したら聞かないところもそっくりです。
 謝るきっかけを見つけられず、それでも次に会ったときには何でもなかったように話せると思っていたのです。
 結局、仲直りできないまま、おばあちゃんは不意に居なくなってしまいました。
 鏡を覗けば、おばあちゃんに益々似てきた顔が、への字口で見返してきます。
「ごめんね…」
 ごめんなさいもありがとうも、もう届きません。

 璃子のおばあちゃんの宝物入れは、小さな漆塗りのお弁当箱でした。
 おばあちゃんが残した物を整理していたおじいちゃんが、「こんなものがあったよ」と持って来てくれたのです。
「お父さん、開けてみたの?」
「うん、開けてはみたけど、なんだか俺よりお前が見る方がいい気がしてな」
 お母さんは、そっと箱の蓋を開けました。
 璃子もお母さんの手元を覗き込みます。
 さて、中身。
 古い古い絵はがき(おばあちゃんのお父さんとお母さんからでした)、古い手紙(おじいちゃんからおばあちゃんへ)、璃子の赤ちゃんの頃の写真、結婚指輪、空っぽの香水瓶。
「…これ、私が昔あげたトワレだ」
 お母さんが初めてのお給料で買ってあげたプレゼントです。
「まだいい匂いがするね」
 璃子は瓶をくんくん嗅いで言いました。
「お前が預かっておいてくれ」
 ただし、こいつだけは勘弁と、おじいちゃんは自分が書いた手紙を素早く抜き出しました。
「そうだそうだ、冷蔵庫からはこんなものが出てきたぞ」
 種です。
 硬い殻が割れて青白い芽が伸びています。
「もしかして、梅?」
「ああ。璃子がえらく梅漬けを気に入ってただろ?
 母さん、庭の梅の実で熟したやつを拾っておいたんだよ。『璃子と一緒に蒔いて、璃子の梅の木にしてあげるの』って言ってたから、きっとこれがその種だと思うよ」

「璃子、そんなに大きな鉢に植えるの?」
「だって、大きな木にするんだもん」
「…ということは、俺はいずれ庭付きの家を買わなきゃいけなくなるんだな」
 璃子のお父さんは、やれやれと背伸びして笑いました。
 三つの梅の種は、ふかふかの土に具合よく収まりました。
 梅干しと梅漬けの種は、璃子の宝物と一緒に青い缶の中に転がっています。



芒種=6月5日〜21日頃
初候・蟷螂生(かまきりしょうず)次候・腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)末候・梅子黄(うめのみきばむ)


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麦秋は本当は小満の末候ですね。写真、ちょっとだけ季節外れ。
今年も金色の麦畑にうっとりしています。
そんな麦畑や早苗田の上を、ツバメたちが艶やかな黒い羽を閃かせて盛んに飛び交っています。
梅雨入り直前の本当に美しい季節。


さて、二十四節気に合わせて書いてきた作り話、一年ぐるりと巡りましたので、ひとまずこれにてお休みします。
私の頭の中の引き出しの一つは、ちょうど璃子ちゃんの宝物箱みたいなものだと思います。
他の人から見ればガラクタの山ですが、本人にとってはどれも大切な宝物。
その中を引っ掻き回して材料を探して、作り話に仕立て上げて…。
読んで頂くだけでも嬉しいのに、「イイネ」や時々頂くコメントに、毎回舞い上がっておりました。
本当にありがとうございました。
当分の間は、また宝物(ガラクタともいう)探しに専念したいと思います。
今はモリモリ本を読んで、展覧会に行って、映画を観て、人に会って、ありったけインプットしたい。
充電して、次の立春を目処に作り話を更新できたら…と。
それまでは皆様のブログを拝読して、二十四節気の節目ごとに身の回りのことなど書けたらいいな、と思っています。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。



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by bowww | 2016-06-05 09:22 | 作り話 | Comments(8)
Commented by ekaleidoscope at 2016-06-05 09:33
ありがとう!
毎回わくわくしながら待っていましたよ~
たくさん栄養を貯えまた楽しませてね~
Commented by bowww at 2016-06-05 11:54
> ekaleidoscopeさま。

ありがとうございます、そんなお言葉の一つひとつが栄養です♪
私、元々が底が浅いので、あっという間にネタが尽きてしまうのです。
たくさん仕入れて、また楽しんで頂けるような作り話が書けるといいな、と思っています。
これからも、ぜひぜひよろしくお願い致します。
Commented by blackbird9280 at 2016-06-05 19:48
こんばんは。
oriさんの作り話のファンのひとりです。
いつも楽しませて頂き、ありがとうございます。
作り話がお休みの期間も、近況を知りたくてこれからもお邪魔すると思います。
過去記事を遡る楽しみもありますし…ね♡
Commented by a-ki_la at 2016-06-05 20:41
ほろりとしたりクスりとしたり。
素敵なお話にいつも魅了されていました。
添えられる近況とお写真からも東京では感じられない風が吹いてきて、
そちらもお話同様に楽しみにしていたのでした。
oriさんが急に書きたくなっちゃったりしますように!な〜んてことも
コッソリ祈りながら
再開と再会、心待ちにしていますね♪
Commented by bowww at 2016-06-07 00:35
> Souさま。

こんばんは。
ファンだなんて…。嬉し恥ずかし…です、ありがとうございます。
Souさまがそっと「イイネ」してくださった過去記事を、自分でも読み返してみて「ほほぉ、私、こんな話も作ったんだった」なぁんて思ってみたりしています。
絵が描けない自分にとって、作り話は日常や感情のスケッチのようなものなのかもしれません。
Souさまの素敵なお庭スケッチも、とても楽しみにしております♪
Commented by bowww at 2016-06-07 00:49
> a-ki_laさま

暮らしの中で、ふと見かけた素敵な風景や「いいなぁ」と思ったことなどを、いそいそと引き出しに仕舞い込んでいる気がします。
読んだ方がちょっとでも楽しい気持ちになってくれたら…と思いながら書いていますので、ほろり・クスリして頂けたなら、こんなに嬉しいことはありません♪
a-ki_laさまのお写真は、撮影されたときの弾むような思いまで分けて頂いた気持ちになるので、更新を楽しみにしております。
嬉しいコメント、本当にありがとうございます♪
Commented by 11hiyo at 2016-06-07 23:10
夢という字をそっとなぞります。
夜中に見る夢も
明日に見る夢も人の夢ですね。
oriさんの小箱は人の間に見る夢の字。
毎回、ほっこりを楽しんできました。
もちろん、来年の立春と言わず、小箱が一杯になったら
是非、是非、お待ちしています。
宝物がたくさん、たくさん、たまりますように!
Commented by bowww at 2016-06-09 11:27
> 11hiyoさま。

いつも素敵な励ましのお言葉、ありがとうございます♪
不思議なことに、「…ネタにも詰まってきたし、さぼっちゃおうかしらん…」という怠け心が芽生えるタイミングで、hiyoさんがコメントくださるのです。
嬉しいお言葉にお尻を叩かれるようにして、書き続けてきた気もします。
夢見がち…というより、妄想好きなだけかも知れませんね、私。
楽しんでいただける作り話が書けるように、しっかり拾い集めたいと思います。
これからもよろしくお願いします♪


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