第五十四候 楓蔦黄

 フルムーン旅行、とでもいうのだろうか。
 男は電車に揺られながら思う。
 下の娘が先月、嫁に行った。上の二人の息子たちも、それぞれ家庭を構えている。
 これでようやく、子供たちを無事に育て上げたと胸を張れる。
 妻と二人だけで旅行は新婚旅行以来だった。
 男の仕事は忙しく、家のことは妻に任せきりだった。
 定年まで残すところ数年となり、娘を嫁がせ、やっと気持ちに余裕ができた。
 ローカル線に乗って、紅葉や温泉、新蕎麦を楽しむ旅。
 妻をねぎらうつもりで、秋が深まる信州へ連れ出した。

 あいにくの小雨模様だったが、妻は窓の外を流れる田園風景に目を細めていた。
 娘が買ってくれたという深いワイン色のスカーフが、顔に映えていつもより若々しく見える。
 男は向かいの席から妻を観察した。
 確かに皺が増えた。白髪もある。だが、顎の辺りは年齢の割にはすっきりしていて、横顔は若い頃とそう変わりがないように思う。
 二人っきりで電車で向かい合っていても、特に話すことはない。
 何十年も夫婦でいれば、こんなものだろうと男は思う。
 妻がチョコレートを差し出した。男は黙って一つ摘む。
 昔はよく、家族で旅行へ出掛けた。子供が騒がしいと男の機嫌が途端に悪くなる。だから子供たちがむずかると、妻は小さな鞄から玩具やら駄菓子やらを次から次へと取り出してなだめていた。
 あんな小さな鞄に、どうやってあれこれ詰め込んでいたのだろうと、男はふと思い出す。
 電車はゆっくりと北へ向かっている。

 戸隠に着くと雨は上がり、薄日が射してきた。
 まずは腹ごしらえに蕎麦を食べてから、戸隠神社へ行く。
 随神門から奥社へ向かう参道は、杉の巨木が連なる並木になっている。昼も小暗く空気はしんと冷たい。
 男と並んで歩いていた妻が、「ここは変わらないわね」と呟いた。
「お前、来たことあったっけ?」
 男が気なしに問うと、妻は一瞬、言葉に詰まった。
「…そう。娘時代にね」
 参道が急に険しくなり、男の注意は足元へ逸れた。
 会話はそこで途切れた。

 宿は山間の温泉旅館だった。
 チェックインを早めにして、夕飯の前にそれぞれひと風呂浴びる。
 男は妻よりも先に部屋に戻り、窓辺のテーブルでビールを空けた。
 雨上がりの空気は澄み渡り、沈む直前の太陽の光が目の前の山肌を照らす。
 金や黄、ところどころに深紅。もうすぐ冬を迎える木々が、ありったけの色を絞り出して豪奢に峰々を染め上げる。
 日が沈む。
 妻が戻って来た。
「もう少し早ければ、山がきれいだったのに」と男が言うと、
「私はお風呂から見ていたわ」と答えた。
 浴衣を着た洗い髪の妻は、ほんのり上気している。
「…あら、あそこも紅葉してるのね」
 庭が途切れる辺りに、枯れかけた松の老木があった。
 蔦がぎりぎりと巻き付き、葉が滴るような赤色に染まっている。光を失ってひたひたと藍色に沈んでいく景色の中で、そこだけが暮れ残っていた。
 男は残っていたビールを妻に注いでやった。
 妻は苦そうに飲み干した。
 夕飯まで、まだ少し間がある。
 手持ち無沙汰になった男は、部屋に備え付けてあるテレビをつけた。

 夕飯の後、男はもう一度、風呂に行った。妻は面倒だからと部屋に残った。
 浴場まで行ってタオルを忘れたことに気がつき、男が部屋に戻った。
 部屋の前まで行くと、妻の声が漏れ聞こえた。誰かと電話で話しているらしい。
「…そうなの。あの参道。あなた、途中で息が切れちゃって…」
 妻がくつくつと笑う。声が甘い。
「…うん、また一緒に…。今度はどこ…」
 男は部屋の襖を開ける。
 窓際の椅子に座っていた妻は、ゆっくりと電話を切って男を見た。
 真っ暗な窓の向こうに、見えないはずの蔦紅葉が見えた。


  この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉 三橋鷹女



〜楓蔦黄(もみじ つた きばむ)〜


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今年は紅葉が綺麗だね、と周りの人と言い合っています。
朝晩の冷え込みがきつかったせいでしょうか。
イチョウもカエデも庭のドウダンツツジも、色がパキッと冴えています。
カラマツの黄葉も好きです。
カラマツ林のある山全体が金色に染まり、まるで日向ぼっこをしているように見えます。
この色とりどりが散ってしまうと、寒い寒い冬が来ます。
あああぁ…年末の仕事の追い込みだとか、年賀状だとか、大掃除だとか。。
11月になると、「んぎゃあ…!」と叫びながら逃げ出したくなります。
一晩寝て覚めたら、なにもかも終わっていてお正月になっていればいいのに…。

海の旬はカジキ、ボラ(カラスミを、ふりかけ状ではなくてしっかり切り身で食べてみたい、という夢があります)などなど。
山の旬はニンジンなどなど。
林檎の季節です。
先日、栗原はるみさんがタルトタタンを作っている様子をテレビで見てから(2年前の番組の再放送でした)、ずっとタルトタタンが食べたくて仕方がありません。
美味しいアップルパイでも可。
パン屋さんのアップルパイも好きです。
仕方がないので、100%のりんごジュースを買って来て、電子レンジでチンして飲んでいます。
ホットりんごジュース。
酸味が和らいで甘みが増して、美味しいのです。
クローブやスターアニス、生姜なんかを入れて風味をつけても。
喉と鼻の奥に、風邪の気配が…なんて時に飲むと、体が温まります。


次回は11月7日「山茶始開」に更新します。


※どういうわけか、自分のスマホからはこの記事の写真が見られなくて…。
パソコンではきちんと見られるんですけれど…。
念のため、もう一度アップしてみます。

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by bowww | 2014-11-02 10:10 | 七十二候 | Comments(7)
Commented by 高橋 at 2014-11-03 20:49 x
いやはや不覚!!

県外長期出張中(言い訳)で、二候もタイムリーを逃してしまいました!
前候では、服装のお話をされていましたが…服と言えば(笑)

いえ、以前ですね、汚れたコートをクリーニングに出し、指定日に取りに行った事を思い出したんです。

しまいっぱなしで汚くて…だからこそのクリーニングです。
汚れを綺麗にしたいからこそ、クリーニングです!
以下、その後の成り行きです(笑)


「あのぅ、高橋と言いますが、先週出したコートを取りに来ました」。

店員の女性
「コート…?ですか?」。


「あ、はい。あの、黒いヤツです」。

店員の女性
「…黒のコート?
あー!あの汚いヤツ!!?」

汚いヤツ!!!?
汚いからクリーニングに出してるんですけど!!(笑)
Commented by 高橋 at 2014-11-03 21:14 x
そして、

楓蔦黄。

何やら凄い展開。
男子としては、今をどう受け止める?把握する?べきなのでしょうか…。
実は、思いを寄せてる人がおりまして、当人は「彼氏はいない」。と申しておりますが、
拝読し、
(え!!?チョ…じゃ待てよ!!?)
な、心持ちに(´д`|||)

あ、いえ…あの、すいません。
文章の善し悪しではなく、
自分の心(ハート)の問題です。心の。

覚悟が足りませんね…。
Commented by bowww at 2014-11-03 22:53
高橋さま。

出張、お疲れさまでした。お帰りなさいませ♪
私自身、紺やらグレーやら地味な色の服ばかり着ていますが、最近、年を取ったきたせいか明るい色の方が顔に映えます。
おばちゃんたち(特に大阪に多い気が…)が派手な色を身につける気持ちが分かってきてしまった。。
クリーニング店の店員さん。
きっと、お母さん的な気持ちになってしまったのではないかしらん(笑)。
思わず吹き出してしまいました、ごめんなさい。
Commented by bowww at 2014-11-03 23:09
そしてそして。
「女の人は誰でも鬼女になれるのですぅ〜♪男性諸氏、お気をつけ遊ばせ〜♪」なぁんて思いながら書いたのです。
怖い…!と思って頂ければ本望です(笑)。
でも、タイミングが悪かったですね、申し訳ないです。
…と思いつつ。
わ〜〜♪恋バナだ〜♪
…無責任なこと言ってちゃいけない。
たぶん、このご夫婦、奥さまはきっと以前から何回もサインを出していたのだと思うのです。
もしくはSOSを。
それを旦那さまは気付けなかったんだろうなぁ。
思いを寄せる方がいらっしゃるなら、覚悟も必要だけれど、まずはその方のサインをキャッチするのが早道かな、と。

好きな人がいるだけで、毎日がキラキラしますよね。
たとえ胸が苦しくても。
ちょっと羨ましいです。
Commented at 2014-11-05 12:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 高橋 at 2014-11-05 20:30 x
貴方の良いところは…個性的なところかしら。
他の人には無い不思議で新鮮な感性って、あるのね。

貴方の悪いところは…個性的過ぎる事かしら。
他の人には無い、ややこしい感性って、あるのね。

そうしてるうちに、向こうから
さようなら。

どっちですかね…。
俺が変わるべきなのか。

俺が世間を知り、社交辞令を覚え、人と付き合うべきなのか。

…あ、いや、何だか無理ですね。
社交辞令、とか。
Commented by bowww at 2014-11-06 00:58
高橋さま。

実は私、社交辞令は容認派、なんです。
私が自由でいられるための手段、と考えています。
限りある人生、大切にしたい人たちとだけお付き合いできれば最高ですが、そんなワケにもまいりません。
さして重要でもない、敬意を抱けない方々に割く時間が惜しいので、社交辞令で済むならそれで済ませてしまおうと…。
私のテリトリーに踏み込まれないための手段です。
年を取れば取るほど、どんどん狡くなるのかも知れませんね。

個性的であることは長所でもあり、短所でもあり、ということでしょうか。
私は同性や異性を問わず(=恋愛や友情など問わず)、誰かを好きになったときには、自分の中の「いいもの」をプレゼントしたくなります。
谷川俊太郎さんの詩に、「魂のいちばんおいしいところ」という詩があります(興味があったらネットで検索してみてくださいませね)。
私も、誰かとお近づきになりたいと思ったら、自分の中の「おいしいところ」をほんの少し、迷惑にならない程度に、差し上げたいと思うのです。
私を丸ごと放りつけて、「これが私なの!」なんて言われたって、相手は困ってしまうでしょうから。
自分自身が「変わる変わらない」ではなくて、相手にどんな自分をプレゼントするか、ではないかなぁ。

…なんて、高橋さまのコメントを読んで、いろいろと考えてしまいました。


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