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第四十三候 草露白

 夜が明ける。
 窓の外はまだ暗いけれど、まもなくすべてが目覚める気配が漂う。
 結局、眠れなかった。
 ベッドの中の中途半端な温もりにも嫌気がさして、のろのろと這い出す。
 顔も洗わず、寝間着のジャージのままで外に出た。

 そりが合わない上司と、何かにつけて衝突する。
 十代の子供じゃあるまいし、正しさや理屈ばかり主張しても、社会では通用しないことぐらい分かっている。
 同僚や先輩たちにも「もう少し大人になれ、うまくやれ」と注意される。
 分かってはいるのだが、気持ちが淀む。
 夜、職場での苛立ちを思い返しては考え込み、眠れなくなる夜が続いていた。

 近くの公園に辿りつく頃には、辺りに夜明けの明るさが満ちていた。
 生け垣に囲まれた芝生のスペースに誰かがいる。
 小さな男の子がしゃがみ込んで、しきりに何かを探している。
 こんな時間に、一人で何をしているのだろう。
「…どうしたの?」
 できるだけ驚かさないように、そっと声を掛ける。
 白い半袖の開衿シャツに紺色のショートパンツ。どこかの小学校の制服だろうか。
 むき出しの腕や足が白々と見えて、寒くはないかと心配になる。
「ないの。探しているのに、ないの」
 男の子は泣き出しそうな顔で僕を振り仰いだ。
「何を探しているの」
「大切なもの」
 大きさはビー玉より小さくて、透明で、キラキラしていて。
 僕もしゃがみ込んで、水分をいっぱいに含んだ芝生を掻き分ける。
 冷えた草の匂いと湿った土の匂いがする。
「お日さまが上る前に見つけないと…」
「落としたのは本当にこの辺り?」
「うん。夕べはお月さまが明るかったから、ここでお話してたの」
 月見がてら、親と散歩にでも来ていたのだろうか。
 僕は一度立ち上がって、ぐるりと見回した。
 明るさが増している。
 大きな桜の木の根もとで、何かが光った。
 近寄ってみると、クローバーの葉の上に雫が三つ。
 なんだ、朝露か、と突くと、雫はコロコロと手のひらに転がり落ちた。
「…ねぇ、もしかして、これ?」
 男の子を呼ぶ。
 一粒だけ、消えない朝露。水晶の欠片のような。
「それ!」
 男の子は駆け寄ると、両手を出して嬉しそうに受け取った。
「お月さまの光をちょっとだけ持ち出して作ったの。返さないといけないの。お日さまの光が当たると溶けちゃうの」
 今日の一番初めの、まっさらな太陽の光が射し込む。
 芝生の上の水滴が、一斉にきらめく。
「見つけてくれてありがとう!」
 雀たちの賑やかな囀りの中、男の子は公園の奥へ駆けて行った。

 喉が渇いたけれど小銭も持って出なかったから、水飲み場で水を飲む。
 思いがけないほど冷たくて、体の奥に澄んだ芯が通る。
 時々、朝の散歩するのも悪くない。
 もしかしたら、男の子や男の子の友達が置き忘れた宝物を拾えるかも知れない。
  


~草露白(くさのつゆ しろし)~


第四十三候 草露白_b0314743_06372743.jpg

写真は7日の月。
私のカメラ(FUJIのX10)と腕前(横着して三脚も使わず…)だと、お月さまを撮ってもこれが限界です。。
もう少し、綺麗に撮れるように頑張ろう…といつも思うのですが。
9日が十五夜・中秋の名月になりますので、これは十三夜の月、になるのですね。
上ってきたばかりの月も綺麗でした(写真に撮ったら、ただの白い点になってしまった。。)。

二十四節気も白露。
明け方の気温がぐっと下がって、朝露が満ちる季節ですね。
今年は天気もぐずつきがちなせいで、朝晩の涼しさのありがたさが半減している気がします。

中学生のとき、百人一首を覚えさせられました。
百人一首に触れたのはこの時が初めてだったのですが、なぜか全100首、覚えられたのですよね。
驚異の記憶力!(…以降、低下の一途。。)
初めはやはり好きな歌から覚えたのだと思います。
  白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞちりける 文屋朝康
この歌も、情景が思い浮かびやすくて好きでした。「見たまんま」なシンプルさ。
露の歌では、万葉集の
  わが背子(せこ)を大和へ遣るとさ夜更けて暁(あかとき)露に我立ち濡れし 大伯皇女(おおくのひめみこ)
も、国語で習いますよね。
ここでの「背子=愛しい大切な人」は、弟の大津皇子(おおつのみこ)です。
二人は天武天皇の子供たちです。
天武天皇亡き後、危うい立場になっていた大津皇子が、伊勢に斎宮として下っていた姉・大伯皇女を訪ねます。
都へ帰る弟を見送った姉の歌。
結局、大津皇子は謀反の疑いで捕えられ、処刑されてしまいます。
もう多分、二度と会えない弟を案じて、眠れないまま朝を迎える切なさが胸に迫ります。
…なぁんて言いつつ、「暁露に我立ち濡れし」という言葉に、艶っぽさを感じてしまうのです。

海の旬は、なんと言っても秋刀魚!肝のほろ苦さも美味しいと思えるようになったら、すっかり大人になった証拠でしょうか。
そろそろ安くなってきました。秋のうちに一度はたべなくては。
亡くなった祖父は、秋刀魚が食卓に乗るとよく、「さんま、さんま、さんま苦いかしょっぱいか」と口ずさみました。
なんのこっちゃ?と思っていたけれど、佐藤春夫の詩の一節だったのですね。
山の旬はカボチャ(ホックリよりシットリの方が好きです)、桃などなど。
果物の中では桃が最上級に好きなのですが、今年は今ひとつ、甘さに欠けた気がします。
雨め。


次回は9月13日「鶺鴒鳴」に更新します。

※訂正。「十五夜」は本日8日、本当の満月は9日、なんですね。


by bowww | 2014-09-08 06:41 | 七十二候


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