【…前回からの続きです】 と、頬に冷たいものが当たった。 雨だ。それも大粒。 はるか遠くの空に光が走った。だいぶ遅れて雷が低く鳴る。 彼は私の手を取り、遊歩道から外れた四阿(あずまや)に駆け込んだ。 四阿の支柱に小さな外灯が取り付けてあって、弱弱しい光を投げかけている。 私は改めて彼の顔を見上げた。 濃い眉毛に切れ長の目。鼻筋も通っている。 髪をこんなに刈り込んでなければ、きっともっと男前なんだろうな…。 …いやいや、そうではなくて、この人は誰なんだ? 当の本人は、にこにこしながら遠くを眺めている。 四阿の屋根、木々の葉を打つ雨の音がパタパタと騒がしい。 雲の奥の方で光った雷が、黒い雲の縁を照らし出す。 「雷が遠ざかって行く。すぐに雨も止むね」 機嫌が良さそうに話す。 どう考えても「あり得ない状況」なのに、なぜか不安な気持ちが消えていた。 肩が触れる位置に居る相手が、あまりに楽しそうだからつられてしまう。 彼が言う通り、激しかった雨脚が少しずつ穏やかになって、やがて止んだ。 「見ててごらん、蛍が動き出すから」 公園は池を底にしたすり鉢状で、その縁を辿って遊歩道が続いている。四阿からは池が一望できた。 「ほら!」 彼が指差す方を眺めても、僅かな明かりに慣れてしまった目には暗闇しか映らない。彼は私の後ろに立って、外灯を遮った。 大きな影に包まれる。 目を閉じて深呼吸して、そっと目を開ける。 すると、窪地のあちこちで、無数の淡い光の粒が瞬いているのが見えた。 呼吸をするように明滅する光。 羽を乾かし終わったのか、蛍たちは空気の揺らぎに乗るようにして一斉に舞い上がった。 無数の光の水尾がフワフワと斜面を滑り上がる。 私は声もなく見つめていた。 四阿にも、蛍の一群れが辿り着いた。 袖口に止まった蛍を、彼がそっと捉えた。 指の隙間から光が漏れる。 思わず覗き込む私を見て、彼は嬉しそうに笑った。 「良かった、幸せそうだ」 その時、携帯が鳴った。 「美沙、どこにいるの?」 友人たちが、私が居ないことにやっと気が付いたらしい。電話の向こうで「いたいた!無事を確認!」と賑やかな笑い声がした。 「ごめん、雨宿りしてた。待ってて」と告げて電話を切った。 画面の明かりが眩しくて眉を顰める。 「会えて良かった。ミサオが幸せそうで、良かった…」 振り向くと、彼はもう居なかった。 ミサオ…操は、おばあちゃんの名前だ。 公園の出口で待っていてくれた友人たちと無事に合流し、家に帰った。 浴衣を脱いで衣紋掛けに掛ける。 あれは結局、誰だったのか、何だったのか…。 ぶら下がった浴衣をぼんやり眺めていたら、ふと違和感を感じた。 「あれ…。蛍、一匹じゃなかったっけ?」 襟の近くに描かれた蛍が二匹になっている。 「…ついて来ちゃったのかな」 カキツバタの葉先が、さっきより少し撓んでいる。 操おばあちゃんに、心当たりがあるか聞いてみなくては。 おじいちゃんが居ない時に、こっそりと。 〜梅子黄(うめのみ きばむ)〜 我が家の庭の梅の実は、そろそろ収穫期です。 大きな瓶に、同量の氷砂糖と漬け込んで、お酢をちょっとだけ入れて放置しておくと、それだけで上等な梅シロップが出来上がります(梅がシワシワになるまで、毎日一回、瓶をグルグル回す。梅が常に濡れている状態にしておく)。 梅酒よりも応用範囲が広いので重宝します。 何よりこういう保存食的なものを作ると、「きちんと暮らしている」錯覚に浸れるのが嬉しいのです。 「梅は手を選ぶ」と両親が言います。 どんなに工夫しても、「ぱりぱり漬けの素」なるモノを浸かっても、我が家の梅漬けはどうしてもヤワヤワのクチャクチャになってしまうのです。味はともかく、食感が頗る残念。。 一度、私も紫蘇の葉を揉んだり梅を洗ったりと手伝ってみたのですが、やっぱり結果は同じでした。 うちの家系は、梅とは相性が悪いようです。 海の旬はホヤ(仙台に旅行に行った時に食べた塩辛=「ばくらい」は美味しかった…気がします)、ウニ(新鮮なウニ丼をたらふく食べてみたい…)などなど。 山の旬は梅のほか、トマトなどなど。 この週末は気持ち良く晴れました。 まさに梅雨の晴れ間。 風が心地好かったです。 写真は近くの美術館の庭に咲くバラ。それほど広い庭ではないけれど、色々な種類のバラを見事に咲かせていて、割と見応えがあるのです。 名札を見たら「シティオブヨーク」とありました。 バラは大輪より、小ぶりの花の方が好きです。 次回は6月21日「乃東枯」に更新します。
by bowww
| 2014-06-16 08:35
| 七十二候
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